第13話
「――というわけで、くれぐれも他言無用で頼む」
結局、俺は事の経緯を田宮に明かした。別に花ケ崎に口止めされてたわけではないし、田宮も当時者なのだから知る権利はあるだろうという自己判断によって。
「……すごく厳しそう」
全てを聞き終えた田宮の第一声は難色を示すものだった。
「やっぱそう思うよな」
当たり前の感想に俺は同意する。
「ちなみに花ケ崎さんにその、『返愛』? はできていそう?」
「全然」
俺の迷いなき返しに苦笑いを浮かべる田宮。だってしょうがないじゃないかぁ、事実なんだから。
「あのさ、さっきの話を聞いて疑問に思ったんだけど、花ケ崎さんは二つの顔を持ち合わせてるってことなんだよね?」
「そうだな。皆が良く知る『深高のマドンナ』の一面にあの日の放課後に示談を持ちかけてきた悪女の一面、確かに二つあるな」
「じゃあこの一週間に黒金君が話しかけた花ケ崎さんはどっちの花ケ崎さんだった?」
「えーっと……『深高のマドンナ』の方だな。示談の事なんて身に覚えがございませんって感じだったし」
「そっか。つまり話を整理すると悪女の花ケ崎さんが黒金君に恋に落としてほしいって言ってきて、でもこの一週間に黒金君が話しかけたのは全部猫被った花ケ崎さんだったってことだよね。それってちょっと矛盾してない?」
「……確かに」
田宮の意図するところがわかった。悪女の花ケ崎が言った事が本音だとしたら、それを建前の花ケ崎が邪魔しているという現状そのものがおかしいってわけだ。
「なにか理由でもあるのかな」
首を傾げる田宮は絶賛悩み中。俺も思い当たる節がなく何も言えず、彼女の答えを待った。
「うーん……だめだ、わからないや」
悩みに悩んだ挙句、わからないがわかったらしい。
「まあしょうがないだろ。そもそも自分を恋に落とせとか言ってくるやつの脳の構造を理解しようとする方が無理があるんだよ。常人には手の届かない領域だ」
「それはちょっと言いすぎな気もするけど」
困った表情をする田宮、けれど否定できない部分もあるのかそれ以上は何も言ってこなかった。
「ま、とりあえず俺の問題だから後は自分でどうにかする」
「ちょっと待って!」
ここらが潮時と俺はこの話を終わらそうとしたが田宮が開いた両手を前に突き出し待ったをかけた。
「どうした?」
「いや、あのね、私にもその、責任があるから思うから、だからその……協力させてくれないかな」
唐突に協力の申し出をしてきた田宮は人差し指を合わせながら窺うような視線を何度も向けてくる。
「田宮が責任感じる必要はないだろ。あくまで俺と花ケ崎との問題なわけなんだし」
「く、黒金君が良くてもあたしは納得しないの! ほらッ、あたしだって女だし男の子のどういった言動や行動がドキッとするとか教えたりできるし! 女心的な!」
「いや、俺がドキッとさせなきゃならないのは花ケ崎で田宮じゃないからな」
「うッ……。でも他にもあるよ、役に立つこと。あたしの友達に手伝ってもらって黒金君と花ケ崎さんがいい雰囲気になるようセッティングしたりとか――」
「他言無用と言ったはずだけど」
またしても言葉が詰まる田宮。ああ言えばこう言うの状況に彼女の瞳には薄い水の膜が張られ、さすがに罪悪感がわいてくる。
「なあ、どうしてそこまで関わろうとするんだ」
「あたしにも、原因、あるから」
涙声の田宮はつっかえながらも最後まで言い切った。
「それは最初にお互い謝って許しあった。だから田宮は気に病む必要はないって」
田宮を拒むたびに俺の中で罪悪感が肥大していく。対照的に田宮はどんどん縮こまっていった。
コーヒーの水面に目を落とす田宮の肩はわなわなと震えていた。断り続けたのは俺の方だが女の子にそんな態度を取られてしまうと心配になってしまうのが男のさが。だがこんな状況に不慣れな俺は気の利いた言葉一つも見つからない。
結局、ちびちびカフェオレを口に運び時間の経過するのを待つ事しか俺にはできなかった。
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