第41話

「晴斗……」


 木暮の呟き通り止めに入ったのは昼間。

 その昼間はおもむろに立ち上がり木暮をじっと見据えていた。


「みんなで寄ってたかって吊るし上げなくてもいいだろ。時間を改め個人間で話し合ったり円満に済ます方法はいくらだってある。わざわざ晒す必要はない」

「でも晴斗はその寄ってたかってをやられた被害者じゃないか! 悔しくないのか?」

「悔しくない、と言えば嘘になるな。俺だって腹が立ったし悔しくて苦しかった……でも許す、それだけだ」


 憎たらしいぐらいの爽やかな笑顔で答えた昼間にさすがの木暮も二の句が継げず、昼間の寛大さに感嘆の声が多くあがる。が、俺はきれいすぎる話の決着に薄気味悪さを感じていた。 

 もしこの青春群像劇みたいな流れに台本があったとしたら、俺達を逆手に取るのみならず都合の良いシナリオを加えられていたら、だとしたら今この瞬間は昼間にとって絶好のチャンスなんじゃ……それ即ち――。


「それより俺には最優先事項がある」


 そう口にした昼間は立ち上がりじっと佇む花ケ崎の元へと進んでいった。

 周囲も察したのか両手で口を覆う者や指笛を鳴らす者がでてくる。そして誰が決めたわけでもないのに昼間と花ケ崎の周囲に皆が集り、俺の知る告白のシチュエーションとはかけ離れた状況が出来上がった。

 やっぱそうだよねそうくるよね……あれ、ひょっとして俺的にまずいんじゃないのこれ。この空気で断るのって相当至難だよね。てことは花ケ崎オッケーしちゃうんじゃ……つまり俺乙、有罪確定、やだそれなにそれ帰りたい。


「ね、ねえガネ君、これまずくない?」

「チッ……一本取られわね」

「……昼間のおかげで晒されずに済むとはこの上ない屈辱……でもよかった」


 と、前方の集団に加わらずいる『昼間の告白阻止し隊』のメンツがようやくっといった感じに各々口を開いた。心配、屈辱、安堵とそれぞれが共通しない感情の中、俺は必死に頭を働かせる。


「なにか、なにか突破口は……あッ!」


 そこで圧倒的閃きが舞い降りた。思わず笑みが零れてしまいそうなほどの打開策が……いやもう笑っちゃってる、駄目だ堪えられない。

 そんなただならぬ様子に田宮達も期待の眼差しを向けてくる。


「三谷、今から大量のパンティーを掻き集めてくるんだ。そして昼間の下駄箱の中に詰め込んどけ。周囲の目が一点に集中してる今ならいけるはずだ」

「ふっ……対極を変える一手、俺の策が物を言う時が来たようだな。承知した、今こそ奴の面目を粉々に潰してやろう……これはリア充に対する反逆だッ!」

「ちょ待ちなってば三谷君! 本気にしちゃ駄目だって!」


 気合十分いざ出撃な三谷を田宮が必死に食い止める。棚橋は頭痛でもするのか頭を押さえている。


「邪魔するな田宮。一刻を争うんだぞ、悠長に構ってられる時間はない!」

「いやあたしは猶予を与えてるんだよ。三谷君が変態にならないように」

「くッ! だが、黒金が最後に俺に、俺の策を託してくれた……だから成し遂げなければならない……俺のプライドにかけてもッ!」

「そんな大層な話じゃないでしょ! どう見てもガネ君自暴自棄になってるだけだよあれ。期待したあたしが馬鹿だったよほんとに」


 そう言って残念そのものを見つめるような視線を俺に送ってきた。だってしょうがないじゃないかぁ、真剣に考えようとすればするほどどうでもいい雑念が目立とうとするんだもん。下駄箱に詰める以前に俺の脳内がパンティーに埋め尽くされてるよマジで。


「……本当か黒金? お前は自棄になったがために現を抜かしたのか?」

「…………パンティー」

「なんて……ことだ……」


 俺のオヘンティー……ではなく返事を受け愕然とする三谷。

 と、そこでセミの鳴き声が消える秋の訪れのようにクラスは静まりかえった。

 見れば昼間と花ケ崎はお互い見つめあい甘ったらしい雰囲気。観衆も察したのだろう、いよいよ審判の時が訪れる、と。


「……もし告白が成就したら雨の中全裸で校庭走り回ろう。そして俺の尿でライン引きしてやるぜ……あ、雨だから後も残らないか、はは、ははは……」

「ガネ君⁉」


 小声で呟く俺に同じく小声で驚愕する田宮。しかしそんな俺たちなど関係なしに花畑にいる両君は花弁を散らす。

 一歩、前へ踏み出し花ケ崎との距離を詰める昼間。そして皆が待ちわびていた言葉が、計画が破綻した今の俺には聞きたくもない言葉が昼間の口から紡がれた。

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