第40話

「まあ誰も挙げないよな、空気的に……」


 見渡さずとも挙手する勇者はいるはずがないと遠回しに言う木暮。実際に周囲を窺うばかりの臆病者しかいなかった。

 本来ならば今この瞬間に昼間が花ケ崎に告白し玉砕されて内心ほくそ笑むべき場面だった。だが予期せぬ乱入者のせいで俺の予定調和は脆くも崩れ去る。

 ほんの僅かな時間で場を完全に掌握した木暮の考えが毛ほどもわからない。嫌な予感と言い得ぬ焦りがマイナスの思考に拍車をかける……なにか、とんでもない爆弾を放ってくるのではないかと。


「じゃあ一方的に言わしてもらうけど、晴斗は三股なんてしてないよ。あれは晴斗のツイートにリプしてきた奴等の嘘、根拠もある。それに……」


 そこで一度間を置いた木暮。衝撃の事実にクラスはざわつく。が、まだ何かありそうな木暮の態度に再び口を閉ざし耳をそばだてる。その沈黙が俺には息苦しくてしょうがない。

 木暮は自分自身に注目が集まっているか確認するようにクラス全体を見回す。そして一巡し終えた彼は前へ向き直り口を開いた。


「俺は嘘リプした奴の正体を知っている」


 真剣な面持ちでそう口にした木暮にクラスメイトの反応が遅れ妙な時間差が生まれた。例えるならピアニストの伴奏が終了してから拍手喝采までのあの絶妙な間だ。余韻とでもいうのだろうか。

 ……はったりか? それとも本当に……。


「え、だれだれ? ちょー気になるんだけど」

「つーかよく突き止めたな。なに、木暮って探偵かなにかなん?」

「いっそ晒しちゃった方がよくない? そんで皆の前で昼間君に謝らせよーよ」

「それな。ほったらかしてたらまたやりそうだし」


 拍手の代わりに各々の意見が飛び交いクラスは騒然とする。昼間に向けられていた猜疑心は今や犯人への敵愾心へと形を変えていた。


「そうしてやりたいのも山々なんだけど、できれば正直に名乗り出てほしい。このクラスにいるのはわかっているから」


 そう言い終えた木暮の瞳は俺の方を、より正確に言えば俺の前に座る三谷を捉えていた。

 ――こいつ、マジで気付いてやがる!

 新たな提示にクラスはやかましさを増す一方だが、それを煩わしいと思える余裕すらも俺の中からなくなっていた。


『おい三谷、木暮は間違いなくお前が犯人だと知っているぞ!』

 俺は周囲に怪しまれぬようにスマホを操作して三谷個人へとLINEを送った。すると直ぐに既読が付き返信が返ってくる。


『どうやらそのようだな、思いっきり目が合ってしまった……ちびりそうなう』  

『ふざけてる場合じゃねえ! どんな些細な事でもいい、気になる点や違和感に感じたことはなかったか?』

『……関係ないかもしれんがフォローされたな、二つのアカどちらとも。だが前にも言った通り深高生ではないから安心してくれ』


 ……怪しい匂いしかしねぞ。


『ちなみに、どんな奴に?』

『ああ、どちらも県外の女子高生だ。そしてこれまたお揃いでフォロワー数がゼロ、現実でもネットでも友達がいない子なんだろうな。孤独な少女……そそられるな(笑)』


 初耳なうえに笑えないんだけどそれ。


『三谷、それ俺達のやり口と酷似してるきがするんだけど。思いっきり逆手に取られてる気がするんだけど』


 既読と同時に目の前にいる三谷の上体がビクッと動く。返信は中々返ってこず既読スルー状態。


「……あくまで反抗するか」


 すると中々名乗り出ない状況にすっかり手持ち無沙汰な木暮がスマホを片手にそう口にした。


「たった今、例のアカにブロックされた。本人はこれで証拠隠滅したつもりになってるかもしんないけど、こんな時に備えてスクショしてあるから意味ないよ。俺としては誠意を見せてほしかったけど……残念」


 その諦めたような言い方が、俺には断罪の布告ようにに思えた。

 そして観衆は更生の余地なしと断罪を求める声が広がっていく。勢い待ったなし、どうしようもなくチェックメイトだ。

 なんとなく三谷が遅すぎる後始末をしてんだろうなと察してはいたが、全ては木暮の手の内の中か。さすがにこの劣勢を打破する糸口なんかないし……これはいよいよ三谷切り捨て御免しかないな。後は田宮と棚橋で口裏合わせて白を切れば三谷の供述は嘘百八、全責任丸被りだ。

 すまない三谷、お前の事は忘れないから。

 気付けば三谷から『万策尽きた』と返信がきていたが俺はスマホを懐にしまい見なかった事にした。


「論より証拠、いまからこのスクショをクラスのグループLINEに送るから」

「――もういい夕也」


 もはや絶体絶命、さよなら三谷が俺の心を埋め尽くす。が、突如割って入った一人の男の一言で俺の心はおろか場の勢いすらも霧散させた。

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