第20話

「俺が今まで誰とも交流を持たなかったのは、避けてきたのは怖かったからだ。私情のもつれや負の感情からくる悪意の刃、そういったものがどうしようもなく怖かったからだ。過去のトラウマってやつかな、とにかく俺は身を守る為に孤独を選んだ」


 独白を見守る花ケ崎と田宮の瞳は憂いを帯びていた。その事実が嘘に火を点け加速させる。


「その選択は間違ってはなかった。誰とも関わらないことで確かに俺は平穏な生活を手に入れたんだ。でも同時に激しい寂寥感にも襲われた。俺も感情のある一人の人間で孤独が続く毎日に人恋しくなったのかもしれない。そんな時、隣の席にいた花ケ崎が目に写ったんだ」

「えッ」


 突如名前を上げられ驚く花ケ崎。しかし俺は気にせず語り続ける。


「誰とでもわけ隔てなく言葉を交わす花ケ崎が眩しくて、もしかしたらこんな俺にでも優しく接してくれるんじゃないかって、そう思って……話しかけたんだ。きっと俺は友達が欲しかったのかもしれない……そしてそれが花ケ崎だったらいいなって思ったのかもしれない」


 嘘だと自覚していたからかこそ気持ちの悪い発言でも不思議と恥ずかしさはなく、一度も噛まずに語り終えた。


「ガネ君……そんな辛い過去が、あったんだね……でももう心配しなくてもいいんだよ、あたしはガネ君を傷つけたりしないから」


 隣にいる田宮は鼻をすすらせ震える声音でそう慰め、温もりある表情を浮かべた。

 ちょっと田宮さん、これ嘘だからね? 暗い過去のエピソードなんて持ってないからね? なんなら俺、昔も今も何一つ変わらないつまらない人間だからね? だからそんな目で俺を見るのをやめろ! 情を動かしたい相手はお前じゃなくて花ケ崎なんだよ!

 そんな自由人な協力者に俺は心中で悪態を浴びせる。けれど表では自然な流れになるよう「ありがとう」と返した。


「聞いてもいい? 黒金君」


 すると突然、花ケ崎が俺を名指しで訊ねてきた。それに対し俺は「ああ」と言って頷き返す。


「黒金君は今の私と友達になりたくて話しかけてきたの?」


 そう口にした花ケ崎の黒瞳は真剣そのも、ふざけやはぐらかしはご法度と訴えかけているようだった。


「そうだけど……やっぱ迷惑だよな」

「そんなことない、そういってもらえて私も嬉しいわ」


 そう笑顔で返してきた花ケ崎。その淀みの一切がなく洗練された屈託のない笑みは誰もが気を許してしまいそうな甘みを含んでいた。

 『恋愛債務者』となってから花ケ崎を注意深く観察してきたが、彼女は今のような笑顔ばかりを浮かべていた、いや多用していたというべきか。まるで笑ってさえいれば問題ないとでもいうように。

 だから俺には花ケ崎の笑顔が磨きに磨き上げた社交辞令の最上級にしか見えなかった。だから俺には花ケ崎が誰にも気を許していなんだとしか思えなかった。


「おお! てことは鏡花ちゃんとガネ君は今日から友達ってことだね! えーい、やったねガネ君このこの~」


 そんな俺の思いなど露知らず、田宮は人間味あふれる笑顔で自分のことのように喜び、肘で何度も小突いてくる。

 こいつの呑気さときたら……でもまあこれも花ケ崎の笑顔に魅入られ安堵した結果なんだろうが。そもそも俺の考えすぎという可能性もあるしな。

 ともかくこれで表面上は友達になれたな……『返愛』できたかどうかは正直微妙だが。

 それから俺達は予鈴が鳴るまで他愛もない会話を交えた。主に田宮が回し役だったが。

 それ以降は特に花ケ崎との展開が訪れることなく学校は終わり、同時に一週間の学業を終え癒しの二日間を迎える。

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