第43話
花ケ崎は……あ、いた!
教室を出てすぐに彼女を見つけた。恐らく昇降口に通じる階段を目指しているのだろう。俺はその背中に追いつくために廊下を駆けた。
学生の本文を終えた生徒達がいるなかを縫うようにして走る。優雅に歩く花ケ崎との距離は次第に近くなる。
――私を教えて。
景色も不可思議な現象も起きていないのに俺は何故かあの夢を思い出していた。仮面の少女が唯一発した言葉が脳内で反芻する。意味も誰かすらもわからないのにどこか切実で切なげで。そんな仮面の少女をどうしてか花ケ崎にあてはめてしまう自分がいる。
なんとなく、なんとなくだが似ている気がする。
「――花ケ崎ッ!」
丁度階段の手前、花ケ崎の背中が手に届くくらい近づいたところで俺は彼女の名前を呼んだ。
立ち止まりおもむろに振り返る花ケ崎。
「黒金、君? どうしたの?」
俺の存在を確認した花ケ崎は驚いた様子でそう言った。それに対し俺が答えるべき言葉は決まっていた。
「お前を教えてやる」
「…………ちょっと意味が分かんない」
……は、恥ずかしぃ! ちょー恥ずかしぃ! もしかしたらお互い同じ夢を見てて俺の答えで初めて繋がるみたいな展開に期待し夢見ちゃったけどそんな都合よくいかないよね。穴があったらダイブしたい。
「あの、用がないならもう帰るね」
「ちょ待って!」
再び背を向けようとする花ケ崎を俺は咄嗟に呼び止めた。
「用ならある。このあと少し付き合ってくれないか?」
「……黒金君もさっきの見てたよね? なら一人にしてほしい私の気持ちを察してほしいんだけど」
表情や声音にはださなくとも言葉には険が含まれていた。が、その程度で引き下がってはいられない。
「悪いが空気読んでやれるほど余裕はないんだ。俺も犯罪者に仕立て上げられるのは御免だからな。だから嫌でも付き合ってもらうぞ」
「犯罪者? 何言ってるの?」
これだけ核心に迫っても素知らぬふりって『深高のマドンナ』の仮面は厚すぎだろ。けどいい加減その仮面を剥いでもらわなきゃこっちも困る。以前田宮も口にしてたがこれじゃ矛盾もいいとこ、性悪の花ケ崎を引っ張り出してようやく土俵に立てる。ならその建前、崩してやろうじゃないの。
「あくまですっとぼけるか……まあいいや、とりあえず来てくれ」
「一人で納得されても困るんだけど……それに行くとは一言も言ってないよ、私」
あきらかに怪しむ素振りをする花ケ崎。
口で言っても埒があかないか……ここまできたらとことんだ。男見せるぜ黒金環! 一生シャバで美味しい空気を吸うために!
そう己を鼓舞し、花ケ崎の手を掴み彼女の瞳を見つめた。
「お願いだから一緒に来てくれ」
俺の言に花ケ崎は目を点にさせた。が、すぐに俺から目を逸らし慌てたように視線を彷徨わせ、そこでハッと何かに気が付いたのか手を引っ込めるようにして振りほどいた。
「――わかった、わかったから早く行きましょ」
花ケ崎の急な心変わりに疑問を覚えたが、その原因はすぐに判明した。いつの間にか周囲には生徒達のギャラリーができていた。皆、好奇の視線を俺達に向けている。
「これは、確かに早くずらかった方がいいな」
「ええ」
俺と花ケ崎は逃げるように階段を下りた。
まったく、あれじゃ車の排気ガスにたかってくるアブと同じだぞマジで。思春期の色恋に対する嗅覚が尋常じゃないって。でもまあ今回はあのギャラリーが功を成したから大目に見てやるか。
そんな事を思いながらそそくさと前を行く花ケ崎に付いて行き、学校を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます