第9話
禍福は糾える縄の如し、有名なことわざだ。世の幸、不幸は縄をより合わせたように表裏をなすもの、交互に訪れるという意味だ。
高校生活は実に順風満帆だった。今思えば出来過ぎなくらい幸せだった。が、昨日の田宮との一件で不幸は形を成して現れた。
そしてその不幸は短時間でいとも容易く連鎖した。
その事を踏まえ俺は思う。これから帳尻合わせのように怒涛の不幸が押し寄せてくるのではないかと。
俺の心の防波堤などあってないようなもの、そこに不幸の津波なんて押し寄せてきたらひとたまりもない。簡単に流されてしまう。やだ恐ろしい。
ショートホームルームが始まる前の朝の教室、どこか眠気すら漂う緩みきったこの空間で、俺は一人凍え縮みあがる。
そんな冷え切った俺とは対照的に、隣人であり『深高のマドンナ』である花ケ崎は優雅に友人と談笑中、余裕綽々といった感じだ。
俺はこいつを恋に落とさなきゃいけないのか……。
ふと昨日の帰り道を思い出す。少ない会話の中で花ケ崎が口にした重要な事。
それは『恋愛債務者』についての補足事項だ。
内容は三項目。一つ目は毎月の返済……じゃなく『返愛』の最終期日、これは月の末日まで。が、あくまで最終期日であって月の途中に返愛を満たした場合はその月の残りの日数を繰り上げ返愛とみなすとのこと。
二つ目は返愛の確認連絡。その月の返愛を満たしたその日に花ケ崎がLINEで送るとのこと。但し返愛が滞ってしまった場合、その時は催促も取り立ても一切無しに切り捨てる、つまりは最終期日までLINEが来なかったら社会的な死が待ち受けるということだ。
そして三つ目、これが物凄く厄介で『幻滅』というペナルティーの存在についてだ。くどいようだが返愛とは花ケ崎の好感度をあげること。そして花ケ崎曰くその反対もあるとのことでつまりは借入、すなわち花ケ崎の好感度を下げてしまうこと。その好感度が地に落ちてしまった時、言うなれば限度額いっぱいになった瞬間に『幻滅』なるペナルティーが発動、俺に社会的な死を与える。しかもこの場合、最終期日など関係なしで即座に執行するらしい。余地は与えられない。
これらを念頭に置き三月まで乗り気っても花ケ崎が俺に惚れなければ意味がない。高嶺の花を摘み取るのは道が険しい。
それと田宮についてだが花ケ崎曰く心配は無用とのこと。というのも田宮はどうも自分にスポットライトを向けられるのを極端に嫌がる性格らしく、今回の件も中心人物だからこそ彼女は誰にも言えないらしい。
兎にも角にもこれで花ケ崎に集中できる。マイナスから始まる債務者生活がここから始まる。必ず成し遂げそして――平和を取り戻してみせる!
そこから俺の学校生活は百八十度変化した。
授業中、昼休み、放課後とタイミングを見計らっては花ケ崎に話しかけにいった。たとえ周囲に友人がいようが関係なしに。俺の人生がかかっている局面、周りの目をなど気にしてなどいられない、そう自分に言い聞かせ羞恥心を必死で押さえて俺は花ケ崎に愛を返そうとした。
そんな生活を一週間ほど続けた俺はある事に気が付いた。
どうしよう、好感度上がってる感じがこれっぽっちもないんだけど。
いくら話しかけても社交辞令、上っ面だけの会話しか成り立たたない。色恋に無頓着だった俺にもわかるくらいの脈無し判定、無関心だ。
反比例して周囲の俺への関心は強まる一方だがな……悪い意味で。
もともと日陰者の俺が『深高のマドンナ』と呼ばれる太陽のような存在に積極的に声をかけているのだ。始めは珍しいものを見るような好奇な視線だったが次第に突き刺す鋭利な視線へと変わっていき最近では花ケ崎の取り巻きを筆頭に陰口を叩かれるまで進展していった。
「まじ身分わきまえろって、気持ち悪い」
「でも勇気凄いよね~、うちだったら恥ずかしすぎて学校に顔出せなくなりそう」
現に隣にいる花ケ崎の取り巻き達から容赦ない言葉が浴びせらている最中だ。
「そういうのよくないからやめなって」
そんな取り巻き達を花ケ崎が止めるのが一連の流れ。その度に俺は思う……いやお前のせいじゃね? と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます