第10話

「――席に着け~。ホームルーム始めるぞ~」



 呑気な声と共にポニーテールを揺らしながら教室に入ってきたのは担任の冬川照ふゆかわてる先生だった。


 冬川先生は全員が席に着席したことを確認すると、二つの箱を教卓の上に置いた。



「と、その前に席替えをしようと思いま~す!」


 

 突然の席替えにクラスの反応は様々で、両手を上げて喜ぶ者もいれば文句を言う者もいる。


 そんな中俺はというと……。


 ふざっけんなよほんとに、只でさえ花ケ崎を落とすのは難易度高いってのに席まで離れたらもうマジで難攻不落になっちまうじゃねーか。呪ってやる、一生独身って呪ってやる……独身独身独身独身……。


 心の中で呪詛を唱えていた。けれど冬川先生は呪いを潰すかのように両手を叩きクラスの注目を集めた。



「静かに~。今の席は名前の順じゃあれだからって先生が適当に決めた仮の席だから、そろそろ本格的にやつをやろ~と思ってね。てことでこの箱、順番に引いて回していって~」



 そう言って冬川先生は廊下側の前列にいる男女に持ってきた箱を渡し、あっという間に俺の番が回ってきた。


 ――俺は俺を信じている。花ケ崎の隣を引き当てる強運が俺には宿っていることを!


 そして全員がくじを引き終わり、それぞれが新居へと引っ越しを始めた。



「よ~し終わったね~。ちなみにもしかしたらこの席のまま終わりまでいくかもしれないからそのつもりでね~」



 あっけらかんと言ってのけた冬川先生にまたしてもクラスの反応は統一しなかった。けれど周囲の声は耳に入ってこない。何故なら今俺は抗いようのない運命の悪戯に絶賛絶望中だからだ。


 俺が引き当てた席は窓側の一番後ろと高ポジション。対する花ケ崎は廊下側の一番前。そう、俺と花ケ崎は最も近くから最も遠くになってしまったのだ。


 なんてことだ……しかもよりによって。


 と、俺は新しい隣人の方に瞳を動かす。さっきから落ち着きがなく、指を組んでは離し組んでは離し、と思えば握り拳を作ったりこれでもかというくらい広げてみたりで実に騒々しい指の運動だ。


 不意に指の動きが止まり何事かと隣に顔を向けると、遠慮がちにこちらを窺う隣人、田宮笑美と視線がぶつかった。


 はっと顔を驚かせた田宮はすぐに俺から目を逸らし、視線を何度か宙に遊泳させる。文字通り目が泳いでいる田宮は、最終的に机と睨めっこ、俯いてしまった。


 あからさまに俺のこと怖がってるよね、これ。

 田宮の反応を当時者である俺はそう察した。ていうより当事者であるからこそどう考えたって恐れられているに帰結する。


 ああ神よ、さすがにひどすぎる仕打ちじゃあありませんかねこの事態は。どうして今一番攻略しなければならないまさに俺にとって人生の分岐点である存在を地平線の彼方まで追いやるのですか。その上傍に居られたら気まずさで窒息してしまいそうな存在を隣人に割り当てるなんて……ああ神よ、俺が何したって言うんですか! あれですか、今まで平和ボケした生活を送ってきた事なかれ主義の俺に対する罰ですか! それとも俺なんかが花ケ崎を惚れさせられる訳がないっていう神のお告げ的なやつですか! 答えてください神様ぁ!


 オカルト否定派の俺が神に教えを乞うくらい偶然の現実を受け止められなかった。



「じゃあ今日はこれにて~。部活の人もこれから帰る人も遊びに行く人も気を付けて帰宅するように~」



 そんな俺を置いてけぼりにするように冬川先生は帰りの挨拶を済ませ教室を出ていった。


 はぁ、今日はもう帰ろう。


 花ケ崎の隣は『恋愛債務者』の俺にとって唯一の希望だったが、それが途絶え難易度はさらに増した。


 そんな現実から逃げるように席を立ち上がろうとしたその時、何かが机に飛来してきたのが視界に入ってきた。


 俺は机に飛んできた飛来物を確認する。それはしわくちゃに丸められた紙くずだった。


 デジャヴ? あ、俺に対する新たな嫌がらせか! ゴミ箱と間違えちゃった的な古典的にして精神的にダメージの大きいやつね! ハハッもう涙がでちゃう!


 もはや自暴自棄、そんな発想に陥りながらも俺は首を巡らせ執行者を探す。


 すると、隣人になりたての田宮と不意に目が合った。が、彼女はすぐに俺の視線から逃げるように俯いてしまった。


 パッと見た感じ俺を嘲る奴らはいない。特にこの状況に関心を持ってる奴もいなそう、てことは田宮の単独犯か。よかった……俺はまだゴミ箱じゃないんだね。


 安堵した俺は丸められたゴミ同然の紙くずを広げてみる。そこには『この後、お暇でしたら話しがしたいです。待ち合わせ場所は熊谷駅で、迷惑だったら無視してこの紙をゴミ箱にポイッして下さい』と丸みを帯びた筆圧の薄い文字で書かれていた。


 俺はしわくちゃな紙を折りたたみ懐にしまい、教室を後にした。

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