第3話

放課後、高校生としての定められたスケジュールが終了し、部活・遊び・帰宅とそれぞれ目的を持つ者達が各々散り散りになる中、俺は重い腰を上げる。


 お隣は既に無人、花ケ崎はホームルームが終わると同時にそそくさと教室を出ていったのだ。


 行く場所は知っているし、これから俺もその場所に赴かなければならない。


 胃がキリキリと痛む、できることなら最短で真っ直ぐに一直線にお家に帰りたい。


 がしかし、それはできない。化学の授業で送られた手紙……否、花ケ崎から送られた脅迫文にそれは許されないと明確に記述されていたからだ。この場でバックレるとはすなわち人生を放棄すると同義だ。


 かつての罪人が装着させられていた鉄球付き足鎖が付いてるかのように俺の足取りは重かった。それでも花ケ崎が待つ旧棟へと進む……進むしかなかった。



 旧棟の二階は閑としていた。人の気配は全く感じられず異質、別世界に迷い込んでしまったと錯覚してしまうくらいに静けさに満ちていた。


 階段近くで佇んでいた俺の耳には一階に集う文芸部の喧騒が微かに聴こえてくる。その音がまるで子守歌のように不安に駆られる心を解してくれる。ここが現実の空間だと証明してくれる。


 不気味だ。けどここなら誰かに聞かれる心配はなさそうだな。


 俺は止めていた足を動かし指定された場所を探す。聴覚が敏感になっているのか自分の足音がやけに反響して耳障りだ。


 ……ここしかないよな。


 指定場所はすぐに見つかった。普段見慣れた教室札がこの教室にだけなかったからだ。


 もう一度周囲と見比べやはりこの教室だけ違うと確信した俺は、心を決め引き戸を開け中へと足を踏み入れた。



「……あれ?」



 空き教室の中は意外と整頓されていて、明日からでもクラスとして機能できそうなくらい清潔を保たれていた。

 けれどそこに俺を呼び出した張本人の姿が見当たらない。

 まだ来てないのか? てっきり先に――。

 ――ガラガラガラドンッ!


「うえッ⁉」


 吃驚仰天、静かすぎる旧棟でいきなり大きすぎる物音が後方から聞こえ、俺は情けない声を上げてしまった。


 その正体は何か、恐る恐る振り返る……と、そこには笑顔を浮かべる花ケ崎が立っていた。



「随分と重役出勤ね。自分の立場、わかっているの?」

「あ、えーっと、すまん。それより今の音って」

「ああ、開けっ放しだったから閉めただけよ」



 そう言って花ケ崎は引き戸に視線を向ける。開けっぱなしにしていたはずなのに今は閉まりきっている。



「そういうことか……ってお前、俺が来るまでずっとそこにいたのか?」

「ええそうよ。黒金君を驚かせようと思ってここで待機してたの」



 死角からの驚かしが成功してどこか自慢げな花ケ崎。そんな緊張感の欠片もない彼女に俺は言葉を失う。


 え、暇なの? てかコイツ、誰だ? 『深高のマドンナ』と呼ばれる花ケ崎とはかけ離れているというか、幼稚というか。



「なにか言いたそうな顔してるわね」

「え? ああ、その、なんかいつもと雰囲気違うなというか、特にやってる事とか喋り方とか」



 不意打ちの如き花ケ崎の言に俺はつい本音を漏らしてしまった。けれど彼女は特に気に留めた様子もなく至って冷静だ。



「気にする必要はないわ。それより……」



 そこで一拍を置いた花ケ崎は、適当に椅子を見繕って足を組み座る。太ももと太ももの重なりが絶妙にスカート内部を塞ぐ。



「――本題に入りましょうか」



 堂々たる態度をとる花ケ崎の口から爽やかな声音で切り出された。俺はそれに頷いて返す。 

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