第54話
昼間は他人を巻き込み味方にするスタイルを常套手段としている、それはこの一週間で明白だ。いわば自分軸、心の根底、揺るぎない信念を持っている。その信念をもってして花ケ崎に振られたのだ。それはもう生き方を否定されたも同然、余裕がなくなるのも頷ける。
ならその失われた余裕を手っ取り早く取り戻す為にはどうすればいいか……答えは同じ手段で成功させるだ。
今までその手段で着実に結果を出してきたんだろう、だから失敗に終わった後も切り離せないでいる。気持ちはわかる、俺だってこんな状況ですら平和に縋ろうとしているんだから。
だがもう平和主義は捨てる。『恋愛債務』において自己保身は枷にしかならないから、今までの俺じゃ花ケ崎を惚れさせる事は到底できないから……。
小さく息を吸いゆっくりと吐く。そして席を挟んで隣にいる三谷の方へと振り向いた。
「三谷、ちょっと逃げられそうにないから仕方なく援護するわ」
「え、逃げようとしてたの? 策とかじゃなく?」
ポカンと口を開けマヌケ面を晒す。ほんとに信じてたのかよ…………。
「それは、自供と汲み取っていいのか?」
俺と三谷のやり取りかを聞いた昼間が半笑いを浮かべてそう口にした。今や仲間の木暮も三谷に目もくれず鋭い眼光を俺に向けている。
「ああ俺が計画したことだ」
お前の勝利条件が罪を認めさせるこなら白星をくれてやる。俺の勝利条件はあくまで花ケ崎を惚れさせることだからな。
「なッ⁉ 何言ってるんだ黒金!」
三谷の驚く声が教室内に響き渡る。しかし発言の取り消しはしない。
「……随分と潔いいな」
「まあな」
昼間の僅かな驚きをはらんだ声に俺はそう返した。
「そうか、なら許してやる。その潔のよさに免じて」
昼間にとって信念の成果が上がった瞬間だった。そのおかげで容量に空きができ許容できる余裕が生まれる。
この男は現時点で花ケ崎に毛ほども興味を持たれていない。だがこの男の中にまだ未練があるのならそれは俺にとって脅威の種、摘み取り絶やす他ない。ちっぽけなプライドなんかよりこっちは人生がかかっているのだから。
見せてやるよ昼間。平和を、軸をなくした真に余裕のない人間の立ち回りを!
そう決意した俺は事実を認めた上で反旗を翻す。
「許す? それはどれをさしてるんだ?」
「……は? それは今回の件に決まってるだろ」
首を傾げわざとらしく困惑する俺の訊ねに、昼間の反応は一歩遅れる。
「だからそれのどこのどの部分を許そうとしてるのか聞いてるんだが」
「あ? お前達が邪魔してきた事に対してに決まってんだろうが。そのせいで振られたんだしな。つかなに、開き直ってんの?」
同じ問いを繰り返し訊ねられた事に苛立ちを声に、表情に、態度にだす昼間。しかし俺は聞きたかったフレーズを引っ張り出せたことで険悪な空気にも関わらずついつい笑みが零れてしまう。
「なに笑ってんだよてめぇ」
青筋を立てドスの利いた声で威圧する昼間は今にも掴みかかってきそうで、俺は両手を前に突き出し制止を呼びかける。
「悪い悪い、別に煽ってるわけじゃねえから。争いとか俺が最も嫌うやつだし……ただなんか勘違いしてるなって思っただけだ」
「勘違い?」
「ああ、俺達が邪魔したってのは認めるしその件で許しを貰えるんなら是非お願いしたいが……お前が花ケ崎に振られたのは別に俺達関係なくね? と思ってな」
「…………」
俺の言に口をつぐみ鋭い眼光を放つ昼間はどういう意味かを無言で問いかけているようだった。
「お、おい黒金! 争いは好まないんじゃなかったのか⁉」
そんな空気に息が詰まったのか三谷があわあわとした様子で口を挟んでくる。いるよね、当事者の時は我を忘れるくせに第三者になった途端に宥めてくる奴。
「そうだけど」
「そうだけどって……喧嘩売ってるようにしか見えんのだが」
「違うな、俺は事実を言ってるだけだ」
「…………へ?」
そう事実を言ってるだけ、ただそれだけの事だ。
まるで狐の化かしを目の当たりにしてるような無理解の三谷を放置し、俺は昼間へと向き直り口元を歪めた。
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