第19話 主人公が交代?

 教室に着くと、もう悠太ゆうたは登校してた。

 長谷川はせがわさんと一緒にきたんだろう。

 僕は毎朝情報番組を観てから家を出るから、いつも遅めになる。


「おはよう」


 仲の良いクラスメイトたちに挨拶しながら、悠太に視線を投げる。

 彼は他の友達と話しながら僕に挨拶を返した。

 そのあまりの自然さに頭の芯がスーっと冷えていく。


「ちょっと行ってくるね」


 悠太にそう伝えて廊下に出た。

 どういうワケか悠太は長谷川さんと付き合うと言い出した。

 彼は僕を攻略するために女の子にしたって言ってたけれど、そんなこと最初からなかったみたいにキレイさっぱり忘れてる。

 今の彼にはなにを言っても無駄だろう。

 僕は長谷川さんのクラスに行き、中を覗いて彼女を探した。


「長谷川さん!」


 彼女を呼び出して、人通りが少ない廊下の端の階段の踊り場まで連れて行く。


「なあに? 真純ますみくん。昨日は威勢のいいこと言ってたけど、悠太に聞いたでしょ? あたしたち付き合ってるの。だからもう彼につきまとわないでね!」


 長谷川さんが腕組みしたままそう言い放つ。

 昨日見た彼女と同じ、ラスボスヒロインだ。

 キスまでした仲だっていうのに、同じ女の立場に立つと表情から纏うオーラまで全然違って見える。

 僕はこんなに恐ろしい人に恋してたんだ。

 そう思うと膝が震えてくる。

 でも、負けるわけにはいかない。


「それは昨日悠太からも聞いたよ。僕は二人の邪魔をしたいワケじゃないんだ」


 とりあえず無害アピール。

 本を返してもらわないとならないからね。

 そして長谷川さんに怪しまれないように、ごく自然にライトノベルの話に繋ぐ。


「えぇと、長谷川さん。一昨日貸した『ラヴ・パーミッション』返し……」


「イヤっ!」


 拒絶された。

 しかも即答。


「ど! どうして? 借りたものは返すのがマナーだよ」


 驚いて自分でもワケがわからないことを言ってしまう。

 でも、ホントにどうして返してくれないの?


「返してっていうけど、アレってもともとは悠太の本なんでしょ? それを又貸しした真純くんの方がマナーが悪いんじゃないかしら」


 ぐあ!

 確かにその通りで、反論の余地が全然ない。


「それに……」


 長谷川さんは一旦言葉を切ってから、僕の瞳を覗き込む。


「メインヒロインは長谷川 えい――つまり、あたしなんだから、あの本はあたしのモノでもあるのよ」


 長谷川さんがそう言って腕組みする。


「確かに、メインヒロインは長谷川さんなんだけどそれはギャルゲーの話で、ライトノベル版の主人公は僕なんだよ」


 悠太もそう言ってたし……。

 僕のその余裕が長谷川さんのカンに触ったらしく突然大声を出し始めた。


「そんなハズないわ! だって、バレンタインデーの次の日に告白する場面があって、その時には失敗するんだけど、ラストではちゃんと二人は結ばれるんだから」


「なんだって!」


 そんな場面、見たことないぞ!


「ウソだと思うなら読んでみなさいよ」


 そう言う長谷川さんの手には、一昨日貸した『ラヴ・パーミッション』が載っていた。

 書店の紙カバーが掛かっていて表紙は見えないけど間違いない。

 僕が彼女に貸した本だ。


 ページを捲るのももどかしく、ラストシーンの辺りを斜め読みする。


 ―――


 一度は振られた男の子にもう一度告白するなんて、すごく勇気がいる。

 でも、ここまできて諦めるわけにはいかない。

 今まであたしは、悠太の周りにいる女の子たちに遠慮ばかりしてきた。

 いいえ、アレは遠慮なんかじゃない。

 彼の側にいるのは自分だって信じて、それがずっと続くものだと疑わなかったのだ。


 でも、あたしは気づいてしまったのだ。

 縋り付いていた自信はあたしの単なる慢心で、そんなものいつでも簡単に覆されてしまうってことに……。


 だからあたしは決めた。

 これからは遠慮なんかしない。

 ライバルの女の子が有利だったら躊躇なく足を引っ張ってやる。

 バレンタインデーの翌日、悠太に振られた時からあたしは変わった。

 変わらざるを得なかった。

 幼なじみという立場はなんのアドバンテージにもならないのだ。


 ―――


 そこまで読んではっとする。


 ナニコレ?


 僕が読んだ時には、僕――城咲しろさき 真純ますみの一人称視点だったのに、内容が完全に変わってしまってる。

 これじゃまるで長谷川さんが主人公だ!


 ―――


 あたしの最大のライバルは、『ラヴ・パーミッション』の隠しヒロインでもある城咲 真純くんだ。

 もしも彼が本当に男の子だったら……そして悠太が男の子としての彼を好きだと言うのなら、あたしだって諦められた。

 でも真実はそうじゃない。

 彼……いいえ、彼女は女であるくせに男の子フリをして悠太に近づき、彼の親友として水面下でアプローチを続けてきたのだ。

 こんなこと、許せるハズがない。


 ゲーム版『ラヴ・パーミッション』では、バレンタインデーから三日目の深夜十二時までに真純くんの方から『好き』と言われないと二人は結ばれないらしい。

 だからあたしは一世一代の大芝居を打つことにした。

 急に体調が悪くなったと言って悠太に家まで送ってもらい、そのまま彼を監禁するのだ。

 名目は勉強会でもなんでもいい。

 最後の我がままだと言って彼に泊まってもらい、次の日は学校をサボって彼と二人きりで過ごす。


 これは女の闘い。

 手加減なんかしていられない!


 ―――


 ページを捲る手が震える。

 そのまま読み進めると、物語は長谷川さんと悠太の熱いキスシーンで締め括られていた。


 視線を上げると長谷川さんが勝ち誇った顔で見下ろしていた。


「これで分かったでしょ? 正直最初は半信半疑だったけど、あなたが女の子になって家にきた時に確信したわ。

この世界はつまり、『ラヴ・パーミッション』の物語の中だってことをね」


 そう言って彼女は僕の手から『ラヴ・パーミッション』を取り上げる。

 それに逆らうほどの気力は僕には残ってなかった。

 そして彼女はそのまま自分の教室に帰って行く。


 長谷川さんは一人で真実に辿り着いていたんだ。

 そして、ライトノベルの物語を手本にして僕を牽制し、見事に悠太のハートを手に入れたということだ。


 でも、まだだ。

 僕はまだ負けてない!


 長谷川さんに勝つ方法がまだ残されているハズだ!

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