第9話 幼なじみの反乱
「だけど、悠太……チョコレートもらったみたいなの」
「なんだって!!!!!」
僕は叫びながら椅子を蹴倒して立ち上がった。
悠太はチョコレートを受け取ってないって言ってたのに!
いや、そういう次元の話じゃない。
ヒロインたちからのバレンタインデーのチョコレートを断って長谷川さんを振らないと僕が女の子にならないってわかってるハズなのに……。
「いったい誰からもらったの?」
「わかんない……けど、たぶん生徒会長だと思う……」
しかも成績は常に学年トップ。清楚で優秀。非の打ち所が無い女性。
だからと言って悠太がチョコレートを受け取るワケがない!
「悠太、宮澤会長のこと好きだったのかな」
まるで痛みに耐えるような瞳でそう言う彼女。
「そんなハズないよ!」
だって、女の子になった僕と付き合うために、リセットしてやり直したのに!
「ありがとう。真純くんは優しいのね」
長谷川さんが微笑む。
でも彼女の瞳は悲しい色を湛えたままだ。
「いや、その、僕は……」
彼女は勘違いしてる。
僕が怒鳴ったのは彼女のためでも悠太の名誉のためでもない。
それは、僕自身の……。
「あたし、悠太のことホントに好きだったのかわかんなくなっちゃった……」
長谷川さんの瞳が悲しみに染まる。
それは今にも滴となってこぼれ落ちてしまいそう。
「そんなこと……」
言っちゃダメだよ。
心で思っても、僕は長谷川さんにそれを言うことはできない。
今日、彼女が悠太に愛の告白をしたら、それが失敗に終わることを知ってるから……。
僕が彼女を励ますことは、彼女を騙すことになる。
「真純くんって、ホントに優しい」
彼女が同じことを繰り返す。
僕はやっぱりなにも言えず……。
「あたし、行くね」
そう言い残して長谷川さんは学食を出て行った。
◇◇◇
午後の授業が始まる直前まで、悠太は教室に戻ってこなかった。
きっと長谷川さんを探してたのだろう。
彼が戻った直後に午後の授業の先生が来たから詳しい話を聞くことができない。
いったい悠太はなに考えてるんだ?
女の子になった僕と付き合いたいって言ってたのに!
授業が終わると同時に僕は悠太の袖を掴んで、廊下の端まで引っ張っていく。
「悠太! いったいどういうこと?!」
階段の壁に彼を追い込んで、顔を近づける。
「なんだ? どうしたんだ、真純」
彼はまるでワケがわからないとでもいった表情で答える。
これは演技?
それともホントに身に覚えがないの?
「さっき、学食に長谷川さんがきたんだよ!」
「ウソだろ?! 俺、ずっと探して……」
悠太の目がまん丸に見開かれる。
でも、残念だけど嘘じゃないよ。
「彼女が言ってたよ! 悠太が他の女の子からチョコレートもらったって!」
誰からも受け取ってないって言ってたクセに……。
それに、夜中に部屋に忍び込んできて、僕のこと好きだって言ったクセに!
腹が立ってきて、ふいに視界が歪む。
「そんな! ホントに俺は誰からも……」
そこまで言って、悠太は突然黙り込む。
まさか、もらってたの?
「昨日、宮澤会長に呼ばれただろ? あれって仕事の手伝いだったんだよ。次の生徒会選挙の投票用紙を運ばされたんだ」
え?
あれは宮澤会長の演技なんじゃなくって、ホントにお手伝いの要請だったの?
「なぁんだ。僕はてっきりチョコレートを渡されるのかって……」
「そうなんだよ。だから俺もすっかり安心しててさぁ、手伝ったお礼にアメをあげるから口を開けてって言われて……」
「まさか!」
「舐めてみたらチョコレートだった……高級そうなヤツ」
「バカかとっ!」
悠太ってバカなの?
いやそんなことより、宮澤会長の狡猾さが恐ろし過ぎる。
純真な悠太を騙してチョコレートを食べさせるなんて、まるで悪女じゃないか!
でも、それじゃあ……。
「それじゃあ、僕はどうなるの?」
「え? 真純がどうしたんだ?」
あ……。
今回、僕はまだ女の子になってない。
『ラヴ・パーミッション』のことに気がついてても、自分がヒロインの一人だとは知らないことになってるんだ。
僕の記憶が残ってるってこと、悠太は気づいてないかも知れない。
そうだとしたら、今の僕は男の子なのに悠太が好きなヤツってことになっちゃう!
もしもそれで、悠太に引かれちゃったら……僕はどうすればいい。
「えぇと、その……僕だって男なのに、誰からもチョコレートもらってないのにさ!」
まるで世の不公平さを嘆くみたいに僕の唇が嘘をつく。
そうだ、悠太が攻略したいのは女の子の僕なんだ。
女の子になれなかった僕にはなんの価値もない!
「ごめん。今日は先に帰る」
「ちょっ、真純」
僕は教室に駆けて戻ると、カバンを持って飛び出した。
授業は終わってたし、掃除当番でもなかったからね。
階段を駆け下り、外履きに履き替えてふと振り返るけど、誰も追いかけてはこない。
そうか、僕が
今日明日には悠太がリセットするだろう。
「真純くん」
ボケッとしたまま校門を潜ろうとした辺りで声を掛けられた。
振り返ると、長谷川さんが駆け寄ってくる。
「今日は一人なのね」
長谷川さんが僕の横に並ぶと、ごく自然に歩き出す。
僕もつられて一緒に歩いた。
「うん。ちょっと都合があってね」
僕の適当な返事のあと、ちょっとだけ間を開けて彼女が切り出す。
「真純くん、今誰か好きな人……いるの?」
突然彼女はキラーワードを投げてきた。
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