第10話 セカンドキス

真純ますみくん、今誰か好きな人……いるの?」


 悠太ゆうたの幼なじみであり、僕の憧れの女性ひとだった長谷川はせがわ えいさんが、突然そんなことを言い出した。


 え?


 とっさに返事ができない。

 僕を待ってまで話したかったことってそういうことなの?

 まさか、長谷川さんが僕のことを……。


 ……いや、待てよ。

 これって、言葉の通りに受け取っちゃダメなヤツじゃないの?

 彼女は悠太が好きだったハズ。

 変に期待したら大ケガするかも。

 そう自分を落ち着かせて、そっと彼女を観察してみる。


 長谷川さんの熱のこもった瞳がすぐ目の前にあって、まるで恋愛ドラマの恋するヒロインみたいに揺れている。


 これってガチなヤツだー!


 こんな状態の彼女に見つめられてたら、女性化TSした僕だって心を奪われるに違いない。


 目の前に迫った彼女の唇がツヤツヤと輝いて僕を待つ。


 急に目の前に悠太の顔が浮かんだ。

 でも、彼が好きだと言ったのは女の子の僕だ。

 男の子の僕じゃない。


 それに、僕はもともと長谷川さんのことが好きだったんだ。


 長谷川さんの唇が目の前に迫る。

 瞳が僕の瞳を射抜く。

 あともう少しでキス……ってところで、彼女の唇が開いた。


「真純くんって、やっぱり睫毛長いのね」


 え?

 近づいていた彼女の唇がピタリと止まる。


「あのね、あたし……聞いちゃったの」


 なにを?


「真純くんって、ホントは女の子なんでしょ? 性同一性障害の特例措置で、男子生徒として入学したって……」


 ど! ど! ど!


「どうして、それを?!」


 驚いて頭の中が真っ白になる。

 だって、悠太は会長のチョコレートを食べちゃったし、長谷川さんは振られたわけじゃない。

 それなのに…それなのに……胸がギュッと苦しくなって、お腹の辺りにわずかな痛み。


 きたっ!


 いまさら触って確かめるまでもない。

 僕の体はもう完全に女の子になっているハズ。

 さっきまで見下ろしていた長谷川さんの顔が、ほとんど同じ高さに感じる。


「不思議! そうだって確信したら、もう真純くんのこと、女の子にしか見えないわ」


 いやいや、不思議でもなんでもないから!

 あなたのセリフで僕は今この瞬間に女になったんですから!

 まぁ、不思議と言えば不思議だけどさっ!


 僕の劇的な女性化TSにも気づかずに、彼女はなぜだか興奮気味に喋り出す。


「ねぇねぇ。聞いてもいい? 真純くんって女の子が好きなの? それとも男の子?」


 可愛い女の子代表である長谷川さんがそんなことを聞いてくる。

 これって、僕に恋愛感情があるわけじゃなくて、性同一性障害とかそういうLGBT的なものへの興味なの?

 なんとなくガッカリ。

 でも、瞳をキラキラさせて返事を待ってる長谷川さんに、なにか言わないと済まない感じ。


「えぇと、うーん。そうだねぇ……自分でもよくわからないけど……」


 当たり障りのない答えかたとか、そんなことを考えてたワケじゃなくて、これは僕の本心。

 前回、女の子になった時には悠太がすごく好きだったのに、今はそれほどじゃない。

 いくら自分が女の子になってたからと言って、なんのキッカケもなしに男を好きになるなんて変だよ。


 そう、僕はやっぱり長谷川さんが好き。

 今までずっと隠してきた彼女への想いを今、ぜんぶぶち撒けてやる!


 僕は長谷川さんに向かい合うと、彼女の肩に優しく手を置く。

 ゆっくりと顔を近づけても彼女は嫌なそぶりを見せない。

 そしてそのまま、僕は初めてのキスをした――えーと、女の子とは初めての――ね。


 彼女はびっくりした顔で僕を見つめ、僕も彼女を見つめる。


「でも、女の子なら長谷川さんが一番好き」


 言った。

 前回まで、言いたくても言えなかった一言が、どういうワケかこんなカンタンに僕の口から飛び出した。

 でも彼女は、口をポカンと開けたまま固まってる。


「ああ、ごめん。急にこんな事して。でも、長谷川さんが好きなのはホントなんだ」


 まるで悪ふざけの言い訳をするみたいに、彼女に『好き』と言い続ける。

 そんな僕の頬に長谷川さんのちょっとひんやりした細い指が添えられて……。


「さっきのことは気にしてないわ。でも真純くん、大丈夫? なんだか苦しそう……って言うか、辛そうな顔……してるわ」


 彼女の整った眉尻が下がる。


 辛そうな顔?

 それってどんな?


「隠さなくていいわ。真純くん、悠太のこと……好きなんでしょ?」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、いったい僕はどんな顔をしたんだろう?


「僕が……悠太を?」


 好きだって?

 でもそれって、前回の物語なんだよ。

 今回は状況が変わっちゃって……。


 だって、悠太は男の僕じゃなくて女の子の僕が好きで……あるぇ?


 そういえば僕は女の子なんだった!

 だったら素直に悠太に好きって言えるんだ。


「良いこと教えてあげる。さっきね、悠太に教室で待ってて……ってメッセージしたの。ちょっと用事があったんだけど、それはもうどうでもよくなっちゃった……まだいるハズよ。さぁ、行って!」


 そう言って長谷川さんが僕の背中を強引に押す。

 

「うん! ありがとう、長谷川さん!」


 僕は彼女に笑顔を向けて、走って校舎に戻った。


 ◇◇◇


「関東地方の今日の天気は快晴。風もなく四月上旬並みの暖かさですが、それも日中だけのようです。日が暮れると急激に気温が低くなりますから、お帰りが遅い方は防寒対策を忘れないように。年に一度のバレンタインデー。風邪などひかないようにご注意ください。それでは今日の星占いです……」


 これで三度目の今年のバレンタインデー。

 星占いの内容も聞かなくたって覚えてる。


 え?

 どうして巻き戻ってるかって?

 それはひとえに、悲しい偶然が重なった結果だよ。


 あれから僕はすぐ教室に戻った。

 クラスメイトはみんな帰るか部活に行ってしまって、悠太一人だけが残ってた。

 僕は怒って先に帰っちゃったことを謝って、それから彼の目を見て言ったんだ。


『ラヴ・パーミッション。ラストまで読んだよ』って。

 流石に、いきなり『好き』とか言うのは恥ずかしかったし……。


 そうしたらどうなったと思う?

 悠太は僕の制服のボタンを外して、シャツの中に手を入れたんだ!

 僕は悲鳴を上げて彼の頬を叩いた……まるで前回みたいに。


 まったく!

 乙女の胸に何度も触りやがって、なに考えてんだ?

 ……なんて腹を立てながら、シャツを戻そうとした時、僕は異変に気がついた。

 僕のシャツの下には、胸を押しつぶすための例の変な下着はなくって……それどころか、女の子の胸さえなかったんだ。

 女性化TSしてなかったってこと。

 長谷川さんの言葉に反応して、錯覚してたのかも知れない。


 ごめん……乙女じゃなかったね。

 でもさ、前回僕の胸を触ったのって、ラノベ主人公的な展開とか、健康な男の子の生理的なことが原因とかじゃなくって、単に僕がしただけってこと?

 うん。謝る必要はない。


 男の胸を触っただけで頬を叩かれた悠太は、そんなことを気にする様子もなく、一緒に帰る僕に『ラヴ・パーミッション』の世界の秘密を説明して、リセットして必ず迎えにくると言って駅の改札で分かれた。


 もちろん、今回は彼からのキスはなかった!

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