三周目

第11話 僕からのチョコレート

 三度目のバレンタインデー……なんて言うと、恋人と付き合い始めて三年目みたいに聞こえるけどそうじゃない。

 すべてここ数日くらいの話。

 その間に女の子とのキスが一回と、女の子になって男の子としたキスが一回。

 でもってそのキスの相手の男の子が、眠そうな目を擦りながら僕の隣を歩いてる。

 そう言えば二人で歩道を歩く時って、いつも 悠太ゆうたが車道側を歩く。

 あまりに自然にやってるから、今まで全然気がつかなかった。

 これって、女の子になる前から僕の事を女の子扱いしてるってことなのかな?

 えー。でも、いつからだろう?

 わからない。


「なにかいい事でもあったのか?  真純ますみ


「うん? べつになんでもないよ」


 僕は微笑みながらそう答える。


 午前中の授業が終わって、僕たちは学食に向かう。

 そして前回と同じく宮澤みやざわ会長が悠太に声をかけて生徒会の用事を頼んだ。

 

「先に席を取っておくからね。ご飯前だからお菓子とか食べちゃダメだよ」


 悠太にやんわりと釘を刺して、学食で彼を待つ。

 その間、悠太の幼なじみの長谷川はせがわさんがきて、僕と前回通りの会話を済ませ、学食を出て行った。

 そして入れ違いに悠太がくる。


 うちの高校の学食は安くて美味しいから生徒に大人気……なんだけど、ランチメニューを食べてるのはほとんど男子生徒。

 なぜかと言うと、メニューに揚げ物とか生姜焼きとか割と脂っこいものが多くて、女生徒にはとってもウケが悪い。

 もっとヘルシーなメニューを追加すれば儲かるのにと思うんだけど融通が効かない。

 学校ってそういう所だよね。


 そんな中、男子に混じってボリューミーな豚カツ定食を注文する女傑がいた。

 同じクラスの須藤すどう このみさん。

 陸上部のエースとして有名らしい彼女は、男子に混じって高カロリーの昼食を摂っても、そのスラリとした細身のスタイルになんら影響はない。


「あら、ごめんなさい。豚カツおわっちゃったわ」


 学食のおばちゃんが申し訳なさそうにそう言った。

 須藤さんの目の前で、ちょうど豚カツ定食が終わってしまったのだ。

 食券の機械ってメニュー数が設定できるハズなのに、なんで毎日のようにこんなことが起こるのか……それは学校だからである。

 ちな、ラストの豚カツを掴んだのは僕の親友――櫻田さくらだ |悠太だった。


「ちょっとぉ! アンタが豚カツ注文したから、あたしの分がなくなったじゃない!」


 彼女は大声で言いがかりをつけてくる。

 僕も同じメニューだけど、須藤さんが文句を言ってるのは悠太に対してだ。

 彼女も『ラヴ・パーミッション』のヒロイン候補の一人。

 ツンデレ枠ってヤツだけど、もちろん僕は彼女がデレてるシーンを見たことはない。

 それどころか、今日学食で彼女に言いがかりをつけられるなんて、今までなかった事態だ。

 それに、こんなこと星占いにだって出てきてない!


 このタイミングで主人公の悠太に絡んでくるなんて、ものすごーく嫌な予感がする。

 もしかして、彼女も恋愛度が高いヒロインなのかな?

 だとしたら悠太にチョコレートを渡す危険がある!

 でも、どうやって?


 頭をフルスピードで回転させて考える。

 悠太に言いがかりをつけて、昼休みか放課後に呼び出してからの告白!

 ……これはなんだか無理があるなぁ。

 あるいは、悠太に豚カツを譲らせて、そのお礼と言って、チョコレートを無理やり渡す!

 ……うん。これは意外とありそう。


「まったく、うるさい女だなぁ。仕方ないから俺が……」


「待って! 僕、注文したけどなんだか胃がもたれてきちゃって、別のに変えようか悩んでたんだ。須藤さんが食べてくれたら助かるよ」


 そう言って、トレイに乗った豚カツ定食を須藤さんに差し出す。


 ふふふ。どうだ?

 これなら僕を無視して悠太から豚カツをもらうことはできないぞ。


 乙女の純情?

 なにそれ美味しいの?


 明日になれば僕だって立派な女子高生。

 立場は対等。

 敵に情けをかける余裕なんかない!


「そう。じゃあ遠慮なくもらっておくわ。でも、後で文句言わないでね」


 そう言って僕をひと睨みすると、食券と空のトレイを僕に渡して豚カツ定食を持って行った。


 勝った!


 勝利の美酒に酔いしれながら、残された食券をおばちゃんに見せる。

 一部始終を見ていたおばちゃんに説明は不要だ。

 しかし、おばちゃんは残念そうな顔で言った。


「ごめんね。他のもみんな終わっちゃって……」


 え?

 ぜんぶ? ホントに?

 僕たちがすったもんだしてた時間って意外と長かったんだ。

 でも、それじゃあお昼食べられないよ。


 昼食を抜くだなんて、拷問みたいなものだ。

 それでも、泣いても喚いてもどうにもならない。

 須藤さんにも文句を言わない約束だから、何も言えない。


「そんな顔すんなよ。真純が納めてくれたんだから、コイツを二人で食べようぜ」


 一つ残った豚カツ定食のトレイを持ち上げて、悠太が微笑む。

 うん。やっぱり悠太は優しいね。

 大好きだよ……まだ口には出せないけど。


 だけど、まがりなりにも健康な男子高校生二人だ。

 いくらボリュームのある豚カツ定食と言えど、二人で食べたら……二人で……食べたら……最高かよっ!


 でかした。須藤さん!

 心の中で彼女にサムズアップ。


「足りなきゃ購買で残り物のパンでも漁ればいいさ」


 そう言って僕の隣に座って、二人の真ん中にトレイを置く悠太。

 ぇ? そこ座るの?


「どうした? 変な顔して。向かいに座ったら食べにくいだろ?」


「うん。そうなんだけど……」


『どうした、真純。ほら、口開けろよ、あーん』……なーんて展開になるハズもなく、僕の分の箸と、おばちゃんが無料でサービスしてくれたご飯を渡されて、二人で豚カツを突いて食べた。


 じっと見ていると、悠太は付け合わせのキャベツをほとんど食べようとしない。

 彼のこんな子供っぽいところ、どうして今まで気づかなかったんだろう。

 ちょっと可愛いかも……。


 隣り合って仲良く食べた豚カツ定食はとっても美味しかったんだけど、やっぱり二人には足りなくて、僕たちは購買にパンを買いに行った。


お昼になってだいぶ経つせいか、ガラスケースの中はほとんど空っぽ。

 ようやく奥に一つだけ、捻れた丸い型のパンが残ってた。

 今度は誰にも文句を言われないうちに、お財布から小銭を出して速攻で手に入れる。


 二つの校舎に挟まれた狭い中庭のベンチに二人で腰掛けて、紙袋からパンを取り出す。

 丸くてグルグルと細くなっていくキツネ色に焼けたパン……コロネだ。


 中身はもう分かってる。

 一年中作ってるくせに、こんな日でも注目を浴びることがない、まるで陰キャな菓子パン……『チョココロネ』だ。


 巻貝の入り口みたいに大きな穴が空いた側から、小さくちぎったパンにチョコレートクリームをつけて口に入れる。

 チョコレートと餡子の中間みたいな舌触りは相変わらずだけど、久しぶりに食べると美味しい。

 そのまま、悠太の分をちぎって渡そうと思ってたら、彼は僕の手を掴んでそのままチョココロネにかぶりついた。


 悠太ったら、今食べたのがだって気がついてるの?


 そんなことを考えながら手元のコロネに視線を向けると、悠太の歯形がクッキリ残ってる。

 僕にここから食べろって?

 もちろんこんなこと今まで何度もあったし、ペットボトルの回し飲みだってしたけれど、実際にキスした相手とするのって、なんだか特別に感じてしまう。

 ふわふわとした気分のまま、僕もチョココロネにかぶりついた。


 でも、僕たちは気がついていなかった。

 この選択が間違いだったことに……。

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