第15話 幸せなひととき
開け放たれた校舎の通用口から、冷たい風が入ってくる。
四月上旬並みの暖かさって言うからポカポカ陽気を想像してたけど、風が吹くと意外と寒い。
特に校舎裏に面したこちら側の出口は、日が当たらないから余計に寒く感じる。
前回はこのタイミングで後輩の
そして、僕と悠太をゲイカップルとして応援するって言い出して、ついには長谷川さんの告白現場にまで乱入して、おかげて僕はまたしても
でも、今回は大丈夫みたい。
舞華ちゃんは現れない。
やっぱり悠太とベタベタしすぎたから、物語がおかしくなったみたい。
そうしてるうちに僕の下腹部に懐かしい鈍痛。
はっとして股間に手を当ててみると、思った通り例のものが見事になくなっていた。
すごい久しぶりの
やった!
前の時に感じた喪失感なんかぜんぜんなくって、まるで憑き物が落ちたみたいに気分が軽くなった。
ちょっと胸が苦しいけどね……。
さて、これからどうしようかな。
午後の授業を頑張って、放課後は悠太と一緒に帰ろう。
胸を潰してるこの変な下着を脱いで、悠太の腕に抱きついてやろうかな。
胸の感触に慌てる彼に『当ててんのよ!』って言ってやる。
アレ、一度言ってみたかったんだ。
それともいっその事、帰り道で『好き』って言っちゃおうか!
きっと悠太はびっくりするハズ。
楽しい想像でウキウキしてくる。
でも……目には目を、念には念を。
最初と違うことをして、またなにかあったら大変。
以前、女性化した時のことを思い出す。
たしか、いったんトイレに飛び込んで身体を確認してから、保健室に行っんだ。
近くにあった男子トイレに入ると、個室に飛び込んで制服のボタンを外す。
シャツをめくって見ると、胸を押しつぶす下着が見えた。
ファスナーを下ろすと、柔らかい膨らみがこぼれ出る。
よし、ちゃんと女の子になってるな。
この前みたいに勘違いだった……なんてこともなく、僕の身体はちゃんと女の子になっていた。
念のためズボンとボクサーパンツを下ろしてみたけど、アレがなくなってる以外はよくわからない。
でもまぁ、こんなものかな。
トイレを出たら保健室のドアを叩く。
『ラヴ・パーミッション』のヒロインの中でも最年長……保健医の
「
山野先生が優しく微笑む。
男の子の時には凄く綺麗で優しい先生だと思ってたけど、
「はぁーい」
「なぁに? 真純くん嬉しそうね。なにか良いことあったの?」
おっといけない。
前に女性化してきた時は、この世の終わりみたいな顔してたハズ。
僕は表情筋に力を入れて、どんどん緩んでしまいそうな顔をなんとか立て直そうと試みる。
「あ! わかった! 可愛い女の子からチョコレートもらったんでしょ? それで好きって言われて、どうしようか考えてる顔だな? どう? 女の勘は当たるのよ」
僕は性同一性障害で身体は女性だけど心は男性、
そういう設定だから、僕が女の子からのチョコレートを喜んでると思ったんだろう。
でも残念でしたー。
相手は男の子なのです。
ふっ!
女の勘も大したことないな。
「うーん? 女の子じゃないのかなぁ? もしかして男の子だったり?」
そう言ってニヤリと笑う山野先生。
うわ!
女の勘マジ恐ぇっ!
なぁーんて遊んでる場合じゃない!
前と違う事をやって失敗したら大変。
自重しないと……。
「ちょっと、体調が悪いんで休んで行っていいですか? あの、ナ……ナプキンとかちゃんと持ってますから……」
「うん。良いわよ。あなたのお家と、担任の先生にも連絡しておくからね」
そう言って山野先生は保健室から出て行く。
よし、僕はちゃんと女の子として認識されてるな。
これで不安要素はなくなった。
後は家に帰って引きこもるだけ。
そうすれば明日の夜に悠太が部屋に忍び込んでくるんだ。
安心したらなんだか眠くなってきて、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
◇◇◇
「真純くん。お母さんさんがお迎えにみえたわよ。起きて」
優しく揺り起こされる。
あれ? いつの間にか眠ってたみたい。
悠太と担任の先生がきたのも気がつかなかった。
お母さんが迎えにきてくれるのも、予定通り。
「お友達がカバンを持ってきてくれたから、教室に戻らなくていいわ。自分で起き上がれる?」
「はーい。ありがとうございました」
僕は山野先生にお辞儀をすると、廊下で待っていたお母さんと一緒に家に帰った。
◇◇◇
脱衣所の洗面台の鏡に裸の女の子が映ってる。
艶やかなショートボブの髪と中性的な顔だち。
もともと男っぽい容姿じゃなかったけど、肩幅も小さくなって胸が膨らんだらもう女の子にしか見えない。
前の時は女の子になってしまったショックでゆっくり観察することもなかったけれど、これから悠太とお付き合いをするとしたら、これを見せる機会だってあるハズ。
この胸が悠太のお気に召すかどうか気になっちゃう。
腕を上げたり下げたり、正面だけじゃなくて身体を傾けたりしながら鏡と睨めっこ。
そのうち鼻がムズムズして、大きなクシャミ。
「真純? 脱衣所でいつまでも裸でいたら風邪ひくわよ。早くお風呂入っちゃいなさい」
キッチンからお母さんの声がする。
「はーい」
返事をして僕はお風呂場のドアを開けた。
◇◇◇
翌朝、階下から聞こえるテレビの音で目が覚めた。
確か今日は、学校を休む日だった。
この世界が『ラヴ・パーミッション』の中だって気づいて絶望してたんだ。
だって、ここがライトノベルの物語の世界だとしたら、これから先、勉強したり努力したりする意味があるのかどうか不安になった。
それに、悠太への好意が強制的だって思い込んで、それに逆らおうと頑張ってたんだよ。
でも、もう安心。
僕はちゃんと女の子になってるし、悠太に対する恋心だってちゃんと持ってる。
あとは今日の夜中の零時までに、彼に『好き』って伝えればミッションコンプリート!
幸せな気分でいっぱいの僕は、この時まだ気がついてなかった。
悠太から、まだなんの連絡もないことに……。
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