第20話 女にされた僕

 始業のチャイムが鳴り、教室に戻って自分の席に座っても、まだ信じられなかった。

 僕だったハズの『ラヴ・パーミッション』の主人公が長谷川はせがわさんに変わってる……なんて。


 そういえば、僕が突然女子の制服を着て登校してきたっていうのに、クラスメイトは誰も気にした様子はない。

 僕の体は生まれた時から女の子ってことになってるけど、特例措置で男子生徒として通学してるっていう設定はどうなっちゃったんだろう?


「どこに行ってたんだ?」


 隣の席の悠太が今日初めて僕に話しかける。

 でも、ちょうど担任教師が入ってきて会話は中断されてしまった。


 朝のホームルームの間中、担任の先生の話も、クラスメイトのおしゃべりも僕の耳にはまるで入らなかった。


 悠太はどうして長谷川さんと付き合うなんて言い出したんだろう。

 僕のことが好きだって言ってたのに……。

 女の子になった僕と二人で幸せになれるように、何度だってゲームをリセットするって言ったくせに……。

 これはやっぱり本人にきちんと聞かなきゃならない!


 ホームルームが終わり担任が教室から出て行く。


「朝はちょっと他のクラスに行ってたんだ」


 隣の悠太に向き直って、途切れてしまった会話を紡ぎ直す。

 でも、長谷川さんに会いに行ったことは言わない。


 ねぇ、悠太。長谷川さんの家に泊まっていったいなにをしてたの?

 どうして急に彼女と付き合うなんて言い出したの?

 僕のことはもう好きでもなんでもなくなったの?


 頭の中は聞きたいことでいっぱいなのに、どうしてだか言葉が喉から出てこない。

 万が一「もう好きじゃない」なんて言われたら、僕はどうすれば良いんだろう。

 悠太のために女の子になったっていうのに、そんな僕を放置して、他の女の子と付き合うだなんて!

 そんなの、どう考えたっておかしいじゃないか!


「どうして長谷川さんなんかと付き合うんだよ!」


 気がついたら僕は席を立って大声を出していた。

 おしゃべりしてた生徒たちが驚いて一斉にこっちを見る。

 しかし、当の悠太はポカーンとした表情で僕を見上げたまま、なにも言わない。


「なんで黙ってるの? 僕を女にしたのは悠太だろ! なのにどうして他の女の子と付き合うのかって聞いてるんだよっ!」


 僕の一言で、なぜか教室内が蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 でも、そんなことに構ってられない。

 悠太に聞かなきゃならないんだ。


「ゴホンっ! えーと、もうチャイム鳴ってるんだけどなあ……」


 一限目の社会科の先生が、ドアのところに立ったまま、生暖かい目で僕たちを見ていた。


 ◇◇◇


 結局、僕と悠太は生活指導の先生に放課後に呼び出されることになってしまった。


 彼と二人で生活指導室の前で呼ばれるのを待つ。

 今日一日、悠太は怒ったような顔をして黙ったままだった。

 もちろん、いままで恒例だった学食でのランチタイムもなし。


 生活指導なんて初めて呼ばれるから、どんなことになるのか全然わからない。

 僕は不安でいっぱいなのに、悠太は平然としてて、それがすごくムカつく。


「待たせちゃったわね。二人とも入って良いわよ」


 僕の不安を裏切って、美人女教師がドアを開ける。

 保健室の天使――山野やまの有栖ありす先生だった。


「生活指導なんて恐い先生がなるもんだって思ってた。まさか山野先生だなんて!」


「こう見えて、結構恐いのよ! なぁ~んて、生活指導って持ち回りだから今年度は私の順番ってなのよ」


 冗談を言いながら、眉根を寄せてみせる山野先生。

 たぶん恐い顔をしてるつもりなんだろうけど、僕の目には『男に言い寄られて、困りながらも意外とまんざらでもない顔』に見える。


 相変わらず大きすぎる胸を強調した白のブラウスに、スリットが入ったタイトスカートという、まさに『ザ・女教師』ってスタイルだ。

 養護教諭なんだけどね。


「そこに座って説明してくれる? 聞いた話だと、城咲しろさきさんと櫻田さくらだ君が……なんて言うか、その……学生の本分を超えたお付き合いをしてるってことなんだけど……まぁ、あなた達も高校生なんだからお付き合いに細かく口出しするつもりはないんだけど、教室で大声でそんな話をするのは教師としてはちょっと見過ごせないのよ」


 ソファーに座ろうとしていた僕たちの動きがぴたりと止まる。


「ちょっと待ってください、先生。俺たちは、そんなことやってません!」


 悠太が顔を真っ赤にして先生に食ってかかる。

 でも、『そんなこと』ってなんだ?


「あら、そうなの? まぁ、高校生くらいで経験しちゃう子は少なくないから、別に不思議じゃないんだけど……まぁ、そういうことにしておくわ。でも、まだ若いんだからちゃんと避妊はしなきゃダメよ」


 山野先生がそう言って優しく微笑む。

 『そんなこと』ってつまり、エッチのことだったのか!

 そう思った瞬間、顔が急激に熱くなって、僕は両手で顔を覆ってそのままソファーにボスンと座り込んでしまった。


 悠太と僕がエッチ?

 そんなこと……そんなこと……あるのかなぁ?


 でも『好きだ』って言われて、付き合ってデートして……その先には確実にあるものなんだ。

 今まで悠太が僕になにもしなかったから、考えたこともなかった。


 ん?

 なにもしない……?

 それは違うぞ!

 あの夜を思い出せ。


「夜中に部屋に忍び込んできて、僕の胸触ったじゃないか!」


 隣の悠太に向き直って叫ぶ。


「ちょっ! なに言ってんだよ真純! 俺がいつそんなことしたんだ!」


 悠太が慌てて叫ぶ。

 なんだコイツ? 美人教師の前だからって誤魔化すつもりか?


 ああ、わかった。

 ゲームをリセットしたから、僕も他のヒロインたちと一緒に記憶がリセットされたと思い込んでるんだ。


「ホントはちゃーんと覚えてるんだ! 僕だけじゃないよ。ちろるちゃんとか、舞華ちゃんとか、宮澤会長とか……ああ、そうだ、妹の恵流えるちゃんの事も覗いたり触ったりしてるよね!」


「えぇと、確かにそういうハプニングはあったけど、ワザとやってるわけじゃないぞ。それに、お前にはやったことないだろ?」


 悠太が怒ったような顔で僕を見る。

 ふーん。他のヒロインたちとのラッキースケベは認めるんだ。

 それなのに僕にはなにもしてないだって?!

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