第4話 呪いの恋愛度マックス
あの後、頭が真っ白になった僕は、しばらくの間トイレから出ることができなかった。
午後の授業が始まっても教室に戻る気になれず、助けを求めるようにして保健室のドアを叩いた。
「
保健医の
「先生。僕の……えぇと、そのぉ、体が……」
そこまで口にしてハッとする。
そう言えばこの人もヒロイン候補の一人だったハズ。
体が女になったことを話しても大丈夫なのか。
「だから言ったじゃない、普段からちゃんと用意しておきなさいって。予備のナプキンあげるけど、学校の備品なんだからゴワゴワしたって文句言わないでね」
ふへっ?
先生はどうやら、僕が女の子の日だと勘違いしてるようだ。
僕の体が女の子になったってことは、もう公然の事実なのか……いや、そうじゃない。
僕はこの世界で最初から女だったことになってるんだ。
そう思うと、どうしてだか急に目頭が熱くなってきて、ヤバいと思ったけど我慢できなかった。
両目からとめどなく溢れる涙を見て、山野先生は優しく僕を抱きしめてくれた。
◇◇◇
しばらく保健室のベッドで横になってたら、休み時間に担任教師がきた。
悠太も一緒だ。
山野先生が僕を早退させるために担任に連絡したらしい。
悠太は僕のカバンを持ってきてくれた。
「大丈夫か? 真純」
ベッドに横になる僕の顔を心配そうに覗き込む悠太。
彼の向こうでは担任教師が山野先生と話をしている。
「俺が家まで送っていくからな」
悠太が優しく微笑む。
それを見て僕の心臓が跳ね上がった。
悠太って以前からとってもイイヤツだったけど、こんなに優しかったかな?
『ラヴ・パーミッション』の物語だと、真純はヒロイン候補になるとまもなく主人公に想いを寄せるようになる。
つまり、僕はこの先、悠太に恋をするってことなのか?
ふざけるな!
心が男なんだから、男に惚れるとは限らないだろ!
性同一性障害ナメてんのか!
作者出てこい!
……って、現実逃避しててもなにも解決しない。
どうしよう。
清潔なピンク色の毛布を頭まですっぽり被る。
どうしよう。
もう布団から顔を出すことができなくなった。
「真純くんのお母さんが迎えにくるわ。だから貴方は安心して教室に戻りなさい」
山野先生に諭されて不服そうにしながらも保健室を出ていく悠太。
僕も残念だけど、この顔を見られなくてホッとした。
母親に付き添われて帰宅すると、両親は当然のように僕が女の子であることを知っていて、性同一性障害の子として気遣ってくれた。
夕食後、熱い風呂に浸かって、深いため息をつく。
女の子になった体で始めて風呂に入るのに、大きく膨らんだ胸もアレが見当たらない股間も違和感がなくて、まるで以前からずっとそうだったみたいに思えてくる。
自分の体が男だったと考えるほうが、なんだか凄く背徳的な妄想のように思えて恥ずかしくなってくる。
でもそれは全部『ラヴ・パーミッション』のせいなのだ。
悠太が優しいと感じるのも、あのありふれた顔がイケメンに見えるのも、僕より背がちょっと高いだけで特徴がない体型が男らしく感じてなんとなく気になってくるのも……ああ今頃、悠太もお風呂入ってるのかなぁ……って、違ぁーうっ!
なんだコレなんだコレなんだコレ!
独り言をぶつぶつと呟きながら、風呂の湯をバシャバシャかき混ぜる。
これが『ラヴ・パーミッション』の力なのか?!
勝手に恋愛度マックスかよ!
それじゃまるで洗脳じゃないか!
こんな状態で相手を好きになったって、それはホントに幸せだって言えるのか?
漠然とした恐怖を感じながら、風呂から上がり下着とパジャマを着て髪を乾かす。
下着は男女兼用のボクサーパンツ。パジャマは性自認が男の僕に合わせたデザインのブルーとグレーのストライプだ。
ベッドに横になってスマホを眺めると、夕方になって悠太から何度もメッセージがきてた。
でも、僕はそれを見ないようにする。
見たら返事を送りたくなってしまう。逢いたくなってしまう……。
もしもこんな状態で悠太の顔なんか見たら、自分がどうなってしまうのかわからない。
◇◇◇
翌朝、いつもと同じ時間に目覚まし時計が鳴った。
目は覚めたけど、ベッドからは出ない。
毎朝必ず観ていた天気予報コーナーの音声が、階下からかすかに聞こえてくる。
でももう、あんな番組なんか観ない。
あれは悠太が……この世界でただ一人の主人公が、ヒロインたちとのその日の相性度を測るためにだけある番組だから。
親には適当な言い訳をしてしばらく学校を休もう。
どうせここは『ラヴ・パーミッション』の世界なのだ。
受験だとか就職だとか、そんなリアルな未来がこの先あるかどうかもわからない。
バカバカしくて学校になんか行く気も起きない。
母親に頼んで学校に連絡してもらい、朝ごはんをちょっとだけ口にする。
そのまま夕方までゲームしながらダラダラと過ごしていると、チャイムが鳴った。
どうやら悠太がきてくれたらしい。
学校の連絡用のプリントとかなにかを持って、僕の様子を見にきたようだ。
僕のことを心配してくれてる。
相変わらず悠太は優しい。でも僕はその優しさに応えることができない。
『会いたくない』
母親に伝言を伝えた後、布団にくるまって息を殺して泣いた。
どうしてこんなことになってしまった?
胸が張り裂けそうな痛みに歯をくいしばって耐える。
こんな呪いみたいな想いには絶対に負けない!
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