第5話 ヨバイヨヨバイヨ

真純ますみ。おい、真純」


 どこかで僕を呼ぶ声が聞こえる。

 いつのまにか眠っていたみたいで、しばらく左右に寝返りを打ってから、ゆっくりと目を開ける。

 薄暗い部屋に人影が見えた。


 悲鳴が出そうになるのを、自分で口を塞いで耐える。

 人影が誰なのか声を聞いただけでわかったから……。


「返事がこないから心配してたんだよ。今日見舞いにきたんだけど、具合が悪いからってお母さんに帰されたし……って、お前、大丈夫か?」


 悠太ゆうたが僕の部屋にいる。

 どうして?

 突然のできごとに頭が混乱して、なにも考えられない。


 今は夜中のハズ。

 こんな時間にどうやって……。


「窓のカギが開いてたぜ。不用心だなぁ」


 そう言って彼はニヤリと笑う。


 不法侵入だよ!

 しかも、女の子の部屋に夜中に訪問なんてゲスな行為だ。

 頭ではわかってるのに……ダメだ。

 心配してきてくれたことが嬉しくて嬉しくて堪らない。


 自然と顔が熱くなって、部屋が薄暗いのに掛け布団を引き寄せて顔を隠す。


「どうしたんだ、真純。顔見せろよ」


 ごく普通の男同士の会話のなのに、恋人への甘いささやきみたいに聴こえてしまう。

 

 ベッドの足元に悠太が座る。

 気が動転して、急いで起き上がろうとしたら踏まれた布団で脚がもつれた。

 バランスを崩して、彼を巻き込んだまま、ベッドに倒れ込む。


「うわっ!」


 ぼすん!

 ベッドの上で強く揺さぶられる衝撃……でも痛くない。


 いつの間にか硬く閉じていた眼をおそるおそる開けると、薄明かりの中ですぐ目の前に悠太の瞳。

 彼はマットレスに片手をついて体を支えていた。

 そしてもう片方の手は、まるでお約束のように僕の胸に……。


 ちな、ブラ的なものは着けてない。


 ああ、マンガとかアニメで見る度に『あんなの実際にあるわけないじゃん』なぁーんて思ってたけど……あるんだね。

 まぁ『ラヴ・パーミッション』って、そんなエッチなハプニングだらけの物語なんだけどね。


 幼なじみの長谷川さんは毎日のようにパンチラ見られてたし、義妹の恵流ちゃんはお風呂中に入られたし、巨乳のちろるちゃんは後ろから胸を鷲掴みされたし……裸を見られたり胸やお尻を触られたりするのはもはや日常茶飯事。


 主人公の悠太はコレを全部無意識でやってるから余計にタチが悪い。

 ライトノベルを読んでた時は、そんな『ラッキースケベ』なシチュエーションに呆れたりしてたけど、自分がされる側になったら、もうそれどころじゃない!

 頭が混乱してなにも考えられない。

 

 でも、体験してみるとそれほどイヤってワケでもないし……って、違う違う違うっ!


 ワタワタと両手を振り回して慌てる僕を眺めながら、それでも悠太の手は胸から離れない。

 それどころか、パジャマのボタンの隙間から入ってきた指先が肌に直接触れる。

 冬なのに温かい手……。

 その指がいったん離れてから、今度はボタンを外そうとする気配。


 ちょっと待て!

 これ以上やったらラッキースケベの範疇を超えるぞ!

 そんなシーン、『ラヴ・パーミッション』にだって出てこない。


 そう思った瞬間、金縛りに遭っていたように動かなかった体が自由になった。

 僕は悠太の頬を張り飛ばすと、耳元で強く囁いた。

 夜中だからね。


「お前、勘違いしてるぞ! 僕は親友の真純だ。こんなになってるけど、ホントは男なんだよ。お前が知ってるかどうかわかんないけど、この世界は『ラヴ・パーミッション』っていうライトノベルの中なんだ。お前も周りの女の子たちもみんな同じ名前で登場してる。僕だってそうだ。だから……」


 必死に説明する僕を、悠太は打たれた頬を気にもせずじっと見ている。


「……だから?」


 しばらくして悠太がそう問いかける。

 指先は僕の胸に置かれたまま。


「だから……えぇと、その、こんなこと、もう……やめよう」


 目頭が熱くなってきて、両手でまぶたを隠した。

 どうしよう。

 会いにきてくれた優しい悠太と、叩いても表情を変えない悠太のギャップが恐い。


 彼は黙ったままゆっくりと手を離すとベッドに座り直した。

 僕も急いで起き上がり、乱れたパジャマの前をキチンと合わせて、少しだけ距離を空けて座る。

 心臓は未だ激しく鼓動し続けて、ちっとも大人しくしてくれない。


「真純。お前、俺のこと嫌いか?」


 しばらくして、悠太が静かに口を開いた。

 

「そっ……そんなワケないだろ!」


 恋愛度マックスのせいで、悔しいけど超大好きだよ!


「そっか……」


 そう言ってしばらく黙ると、振り向いて喋りだした。


「俺も知ってるよ……『ラヴ・パーミッション』のこと」


 静かに語る悠太。

 ……だろうと思った。主人公である悠太が『ラヴ・パーミッション』を知らないハズない。

 それに主人公から見れば、僕はヒロインの一人なワケで……そんな相手が世界の舞台裏を知ってる方がオドロキだよな。


「……だったら分かるだろ? 今夜の零時までに、お前に『好き』って言わせるために、俺は部屋に忍び込んだんだ」


 えっ?

 ちょっと待って。

 ぜんぜん話が見えないよ!

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