第3話 ヒロイン覚醒
「関東地方の今日の天気は曇り。気温は平年並みですが昨日のバレンタインデーに比べると日中は七度も下がる真冬の気候です。コートにマフラー、手袋で防寒対策をしっかりしてくださいね。それでは今日の星占いです……」
毎朝見る番組に自然と目が惹きつけられる。
今日の天秤座――つまり
……らしい。とりあえず悠太に聞かせてみたけど、いつもと変わらず薄い反応。
熱烈なアプローチって、もしかして長谷川さんのことかな?
彼女もたしか山羊座だ。
なぁーんて、ついつい『ラヴ・パーミッション』の設定と重ねてしまう。
「そう言えばさぁ、昨日、長谷川さんなにか言わなかった?」
昨日の彼女の様子を思い出す。
「いや、昨日は話してないな……ってか、なにかあったのか?」
あれ? 悠太は長谷川さんと会わなかったのかな。
……ってことは、彼女からチョコレートをもらってないってこと?
「学食で待ってる時に長谷川さんがきてさ。悠太がチョコレートをもらったかどうか聞かれたんだよ」
「ふーん。ああ、そうか。だからあの時お前、俺にチョコレートのこと聞いたのか」
「うん」
「昼休みにでも瑛のクラスに行ってみるか」
「そうだね」
笑顔で彼に賛同する。
でもそれは本心じゃない。
悠太が今日、長谷川さんに会ったら、彼女に告白されちゃうかも知れない。
そして悠太も彼女のことを……。
『ラヴ・パーミッション』だと、主人公の悠太は最終的にメインヒロインの長谷川 瑛を選ぶハズ。
架空のギャルゲーをベースにした物語だけど、ハーレム物みたいに複数の女の子を同時に攻略……なんて展開にはならない。
主人公はたった一人の女の子を選んで、他の六人のヒロインたちは失恋する。
あるものは告白して玉砕し、あるものは想いを胸に秘めたまま二人を祝福するんだ。
◇◇◇
そして今は昼休み。
急いで昼食を済ませた悠太は、学食に僕を残して長谷川さんのクラスに向かった。
「行ってらっしゃい」
笑顔で送り出した後、足音を忍ばせてあとをつける。
浮気現場を押さえるために夫を尾行する妻みたい……男だけど……。
もしも長谷川さんが悠太に告白したら、ここが『ラヴ・パーミッション』の世界だという可能性がぐっと高くなる。
もちろん、僕だって彼女が悠太に告白するシーンなんか見たくない。
でも、彼女の本心を確かめなくちゃ自分の気持ちに折り合いがつけられない。
廊下の曲がり角に隠れて見張っていると、悠太は長谷川さんを教室から連れ出して二人で階段を降りていった。
告白するのなら、大勢の生徒がいる昼休みの教室なんかでやるワケない。
行くならたぶんあそこだろう。
物陰に隠れて、玄関から校舎裏に出て行く二人を確認する。
ブロック塀に囲まれた狭い通路を通って敷地の角に。
先を歩いていた長谷川さんが通路脇のイチョウの木の下で立ち止まって、悠太を振り返る。
ここは学食の調理場の裏に当たる場所で校舎に窓がない。
それに、なぜか冬になっても葉が落ちない不思議なイチョウの木のせいで、上階の窓から覗かれる心配もない超有名な告白スポットなのだ。
僕は二人に見つからないように校舎の柱の陰に隠れて耳をすませる。
「あたし、悠太に聞いて欲しいことがあるんだけど……」
長谷川さんの声が聞こえる。
いつも元気な彼女に似合わない、消えてしまいそうな声。
ああ、これは間違いなく告白だ。
やっぱり彼女が好きなのは悠太だったのだ。
そう思って気分が一気に落ち込む。
でも、まぁ……いいか。
悠太が仲のいい幼なじみと彼氏彼女の関係になるんだ。
親友の僕が祝福しないワケがない。
帰ってきたら素知らぬフリして、なにがあったのかしつこく聞き出してやろう。
そして盛大に祝ってやる。イヤだと言っても聞いてやらない。
祝うんだよ! 呪うんじゃないよ!
……そんなことを考えてた。
しかし、悠太の返事は僕の予想を覆す。
「ゴメン。お前の気持ちは分かってた。でも、俺はそれに応えられない」
あれ?
コイツ。長谷川さんの告白を断りやがった。
しかも、彼女の話を最後まで聞かずに。
「真純くん……でしょ?」
「えっ?」
えっ?
悠太の返事と僕の心の声がハモる。
なにが僕なんだ?
「悠太。真純くんが好きなんでしょ? だから誰からもチョコレートもらわなかったんでしょ?」
は?
長谷川さんは一体なにを言ってるんだ?
「なに言ってんだ? 俺も真純も男だぞ」
そうだよ。僕たちは男同士……って、こんな展開『ラヴ・パーミッション』みたい。
主人公が幼なじみからの愛の告白を断った後……えぇと、どうなるんだっけ?
「あたし、知ってるのよ。真純くんと同じ中学の子に聞いたの。真純くんは本当は女性で、性同一性障害の特例措置で男子生徒として入学したんだって……」
そうそう、第三巻にそんなエピソードが……って、えぇっ?
その刹那、僕の下腹部に鈍痛が走る。
あっと思って手を当てた股間には、すでに慣れ親しんだモノの手応えはなくなっていた。
襲いくる喪失感に膝の力が抜けて足がもつれる。
積み上げられていた食材の空きダンボールにつまずいて、盛大に音を立ててしまった。
「誰かいるの?」
長谷川さんの声。
覗いてたのがバレちゃう。
僕は通路を通って校舎入り口に飛び込んだ。
廊下を走って最初に目についたトイレに駆け込む。
青い扉。男子トイレだ。
個室に入って鍵をかけると、便器のフタを閉めて座る。
急に走ったせいで胸が苦しい。
学生服のボタンを外してシャツを捲り上げると、スポーツブラみたいな見慣れない平らな下着を着けていた。真ん中に付いているファスナーを下ろすと、丸くて柔らかい肌色のかたまりが二つ、ぷるんと揺れて飛び出す。
なっ! なんじゃコリャあ?!
僕はあの一瞬で女の子になってしまった。
悠太が長谷川さんを振ったせいで、物語の辻褄を合わせるために僕の体が女の子に作り変えられたんだ。
こんな事、現実に起こるハズがない。
もう疑う余地なんかない。
ここは『ラヴ・パーミッション』の世界なんだ!
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