第2話 ライトノベルのヒロインたち
「ちろるちゃんと
僕が唖然としていると、目の前に座った
周りの生徒がギョッとして彼女を見る。
もはや彼女の悠太に対する想いは確定だろう。
僕はバレンタインデーというハレの日に、好きな相手から事実上振られてしまったんだ。
「ちょっと、
真っ白になった頭でなんとか彼女の言葉を反芻する。
そうだ、ここで「もらってた」って言えば彼女は悠太を諦めるかも……。
そうすれば僕にもワンチャン……。
いや、ダメだ。
そんな適当なウソ、すぐバレるに決まってる。
それに、恋する乙女の純情を騙すなんてゲスなこと、僕にはできない。
「そう言えば確かに二人に呼び止められてたよ。でも、チョコレートをもらったかどうかわからない……」
僕は事実をありのまま彼女に伝える。
「そう……なんだ」
僕の話を聞いてどう思ったのか、長谷川さんは席を立つと、そのまま食堂から出て行ってしまった。
「悪い、真純。待たせたな。ランチの食券買いに行こうぜ」
長谷川さんと入れ違いにリア充野郎がやってきた。
さっき、彼女の言葉を聞いてしまったせいか、悠太の顔を見てるとなんだかムカムカしてくる。
だけどこれだけは聞かずにいられない。
「悠太。室伏さんと生徒会長からチョコレートもらったの?」
僕の問いかけに周りの生徒がふたたび注目する。
悠太は周囲の視線を浴びながら向かいの席にゆっくりと座り、僕の瞳をじっと見つめたまま答えた。
「チョコレート? 受け取ってねぇよ」
「マジで?」
「マジで!」
「なんで?」
「なんでもだ」
「どうして?」
「どうしても……って、しつこいな! そのうち教えてやるよ」
悠太はなぜか頑なに理由を話さない。
そのうち腹の虫が騒ぎ出した。
この話は後回しにしてランチの食券を買うために席を立った。
◇◇◇
午後の授業はまるで頭に入らなかった。
悠太は誰からもチョコレートを受け取ってないと言う。
「くれなかった」のではなく「差し出されたけどもらわなかった」ということらしい。
そんなバカな!
だって悠太は今朝、確かに言ったんだ。
『誰か俺にチョコレートくれねぇかなぁ……』って。
チョコレートをくれる相手が誰でもいいなら、彼女たちから受け取らない理由はない。
ということは、悠太は幼なじみの長谷川さんが好きで、彼女のチョコレートを待ってるのかな。
それとも他に好きな女の子でもいるのか?
例えば、中学時代から悠太を慕っていた後輩の
一体彼は誰が好きなの……って、ちょっと待てよ?
どうして悠太は恵流ちゃんが義理の妹だってことを知らないんだ? 他人の僕が知ってるっていうのに……。
それに、後輩とか保健医とかならまだしも、実の妹(だと思い込んでる相手)とか仲の悪い相手が恋愛対象だなんて、普通は考えもしないだろう。
でも、僕はそれを知っていた。
小柄で巨乳の同級生。美人の生徒会長。可愛い後輩。優しい保健医。ツンデレのクラスメイト。義理の妹。そして……美しくて積極的な幼なじみ。
今更ながら気がついてしまった。彼女たちは全員『ラヴ・パーミッション』のヒロインじゃないか!
小説のヒロインたちと、現実の彼女たちの名前も同じだ。
そう言えば、昼休みに読んでいた第三巻の表紙に描かれているのは幼なじみの『
そんなこと……と、確認しようとして机の中に手を突っ込む。カバンの中を開けて覗き込み、もう一度机の中を見ていたが、文庫本はどこにも見当たらない。
どこかに置いてきたのかな?
六限の授業が終わるのを待って教室を飛び出すと、廊下を走ってガランとした学食のドアを開ける。
昼に座っていたテーブルには何も見つからず、付近のテーブルや床にも文庫本は見当たらなかった。
その足で職員室に飛び込み、本の落し物が届いていないか聞いてみたが無駄だった。
本を無くしたとしても、まだ調べる方法はある。
小説は通販でも買えるし、書評だってネットにたくさん書かれてる。イラスト投稿サイトでキャラクターイラストを見たことだってある。検索すれば情報は手に入るハズ。
僕はスマホで『ラヴ・パーミッション』を検索した。
しかし、コンピュータ用語の解説ページばかりヒットして、話題になってるハズの小説やキャラに関するページがまったく見当たらない。
ヒロインたちの名前も片っ端から検索してみたけど、保健医の山野先生が学校のホームページで養護教諭として紹介されてただけで、他には何も見つからなかった。
なにかがおかしい。
失恋のショックで僕の頭がおかしくなって、現実の知り合いをライトノベルのヒロインに見立てた妄想の世界から抜け出せないでいるのか。
それとも、僕は本当に物語の中に入り込んでしまって、主人公の悠太が女の子たちとイチャイチャするのをこれから先ずっと眺めて過ごすのか。
そんなの、どっちもイヤだ!
そうだ、僕は一体誰なんだ?
『ラヴ・パーミッション』の世界では、自分がゲームの世界にいると気づくのは主人公の悠太だけだったハズ。
だけど僕は悠太じゃない。悠太は親友だ。
ここで一旦落ち着いて自分の名前を思い浮かべる。
僕――
主人公の親友であり、時には彼のライバルとなり、また時には恋のアドバイスを与える存在。
恋のライバルになった記憶はないけど、名前も立場も僕そのものだ。
本当にこの世界は『ラヴ・パーミッション』の中なのか?
でも、一つだけ決定的に違うところがあった。
物語の中の真純は女の子だったのだ。
女の子として産まれながら小学生の頃から自身の性別に違和感を持っていて、中学生の時に性同一性障害の診断を受けた。そして男子生徒として主人公と同じ高校に入学してくる。
自分をずっと男だと思ってきた彼女は、高校で知り合った主人公の人間性に惚れて親友になるんだ。
やがて、主人公の幼なじみが二人の仲を疑って、真純の性別の秘密を主人公に教えてしまう。
そのせいで二人の関係はギクシャクし、それをきっかけに真純は悠太を意識し始める。
ふと、自分の股間に手を置いて、あるべきものの存在を確認する。
ついでに両手のひらを胸に当ててみたけど、薄めの胸筋があるだけ。
大丈夫。僕は男で間違いない。
この世界がライトノベルの中だって?
バカバカしい。
早く教室へ戻って、悠太と一緒に帰ろう。
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