ヘルメットの中で息を吐くと、インカムから立方体を通してモニタ上の通信メニューにシリウスの吐息の波形が表示される。ガイア人のように言葉がすんなり通じるとは限らないから、異星人がいつの日か翻訳してくれることを祈るしかない。ブランは戦争が起こるか否かという状況を楽しんでいるらしく、シリウスに台本など渡してはくれなかった(新しい兵器さえ開発できれば、戦争が起ころうと、起こるまいと、どっちでもいいんだろう)。迷惑な異星人にいろいろ言いたいことはあったが、二人の口をついて出てきたのは、けっきょく感謝の言葉だった。父さんも母さんもハウンドに殺された。それはとても悔しいことで、敵のロボットを何百体壊し尽くしたって壊し足りないけど、そんな恨み言を吐き散らしたところで戦争が止められるだろうか?相手にしてみれば、それは脅し文句にしか聞こえまい。かつてカプセルの子供が地球人を怯えさせたように。少なくとも二人はそう考えたのだが、それは彼らの遺伝子に深く刻み込まれた性分とでも呼ぶべきものが言わせたのかもしれなかった。
モニタの輝きが部屋いっぱいに広がり、マアトはシリウスとマイラを銀河の果てに連れ出した。二人は知らないことだが、翼のあるおねえさんの姿は博士の亡き妻。マイラが生まれる前に死んだ祖母のものだった。そこへ青白く光る少年が寄り添う。落ちてきたカプセルの少年、花々に囲まれ、死んだ街の記念館に今も眠るプロキオンだ。
星々の海の彼方、八つの惑星を従える恒星系の第三惑星に、黒い母艦の主はいた。色とりどりの毛皮を持ち、ハウンドと同じように尻尾のない人々が惑星狭しとごった返している。突然、街が光に包まれ、もうもうとそびえ立つ巨大なキノコ雲の下で、すさまじい爆風と紅蓮の炎が地上のすべてを舐め尽くした。
シリウスは見た。サイロから発射された核ミサイル達が大きさも形もさまざまなロケットになり、ロケット達が黒い葉巻型の宇宙艦隊になり、黒い宇宙船から無数の黒いロボットが発進するのを。異星人の宇宙開発もまた戦争の副産物にすぎなかった。核ミサイルの性能は惑星を半周できれば事足りるのに、ライバルと競いながら衛星や遠くの惑星や恒星系外へと射程距離を伸ばし、支配するものなどなにもない宇宙空間に自分の旗を立てていった。そうまで異星人達を駆り立てたのは、自らの生み出した力が自らを滅ぼすかもしれないという恐怖と不安だ。この人達はお互いをまるで信用していない。息をするように嘘をついては、笑顔の裏でも相手を出し抜く機会を窺っている。いちいち話し合うより相手を殺してしまうほうが手っ取り早いと思っている。しかし、シリウスもマイラもプロキオンもマアトも、この人達がいなければそもそも生まれることはなかった。
シリウスには分かった。これは遠い遠い昔の光景、そのころ人類の祖先は、この異星人に最も従順な獣だった。多くの獣が宇宙へ打ち上げられ、ある者は生き延び、ある者は使い捨てられていった。自分達の存在は、星になった小さな生命達の礎の上で異星人の科学文明が絶頂期を迎えたとき宇宙に放たれた最後の輝き、断末魔の叫びだったのだ。こうしてメッセージを送っても、人類を滅ぼすまで際限なく殺到する無人艦隊を止めることはできないだろう。
……だけど、今も誰かが聞き耳を立てている気がするよ。
プロキオンが言った。
……そうね、彼らが撒いた生命の種は、銀河のそこかしこで芽吹き続けています。
マアトが言った。
シリウスとマイラは手を取り合い、互いの尻尾を絡ませた。別の地球の誰かさん、俺達を謎と不思議に満ちた世界に生んでくれてありがとう。友達を作るよろこびも、宇宙の広さも、あなた達のおかげで知ることができた。でも、せめてひとこと説明が欲しかったな。あなた達がいなくなったあと、その記憶を受け継ぐのは俺達なんだから……。
四人の旅は終わった。
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