ランデヴーポイントへ到達してもガイア艦隊は見つからず、星々に彩られた無音の宇宙をさまよううち何日もの時が過ぎ去っていった。どこに敵が潜んでいるか分からない状況ではあったが、二隻の宇宙船は全方向に救難信号を送り続けた。互いの存在に気づかぬままガイア艦隊と行き違って本当に戦争が始まってしまうよりはましだ。

 装甲貨物船ケンネルにはクルー全員の生命を数年保証するだけの物資と機器が積み込まれていて、シリウスも地球でハウンドから逃げ惑っていた頃より頻繁に身体を洗うことができた。浴室に並ぶ円筒形のシャワーポッドの前で服を脱ごうと悪戦苦闘していると、その背後のポッドの赤い警告灯が緑に切り替わって突然ハッチが開いた。五つのポッドから同時に出てきたのは、銀の鳥部隊のおねえさん達だった。

「おわっ!?」

「かーわいー!」

「ちっちゃーい!」

 シリウスは全裸のライカ達に空中で好き放題もみくちゃにされた。シャワールームとバスタブを兼ねるシャワーポッドの中では、窓のない内壁を這うシャワーヘッドがボディソープ入りのお湯で全身をくまなく高圧洗浄したうえ、船室を濡らさないようにポッド上下のファンで温風乾燥までしてくれるので、タオル一枚持ち込む必要がない。湯気を発する五人のおねえさんの引き締まった肢体は毛皮に包まれてどうせなにも見えないのだが、子供相手に前を隠す者などいなかった。

 ポッドから上がると、浴室のソファでいつものパイロットスーツ姿のライカがゼリー飲料をしゃぶりながらくつろいでいた。シリウスの着替えが済むのを待って未開封のひとつを差し出す。話がある、という意味らしい。

「ガイアの連中と模擬戦をやってみたい。きみの同意がもらえ次第、ドクターブランにも話す」

「いいですけど、なんで?」

「ラジオ放送を垂れ流している以上、敵は必ずあたし達の存在を嗅ぎつけてくる。訓練もなしに、いきなり協力してオルトロスの群れとやりあえると思う?」

 ヴィクセン部隊との散々な戦闘を思い出してシリウスは頭を掻いた。そうだ、宇宙空間でライラプスを操る練習をしておかないと。

「それから、連中の腹を探る目的もある。今度のことは勘違いだったみたいだけど、それはそれとして、あいつらが地球に対する野望を持ってないとは限らないからね」

「ライカさんはガイアの人達を疑ってるんですか?」

「相手の腹の底が見えないんなら、いっそ仲良くなっておこうってことさ。じゃあドクターにかけあってくる」

「ゼリーありがとうございました……あ、そうだ」

「なに?」

「ブランさんってお医者さんなんですか?」

「ドクターには博士って意味もあるけど、あの人はあたしの背中の特注メカをメンテナンスしてくれてるんだ。知ってる?兵士のサイボーグ化技術はドクターブランが発明したんだよ?」

「そうなんだ」

「……触ってみる?」

 ライカはソファに座り直し、シリウスに背を向けて赤いパイロットスーツを肩胛骨の下まではだけた。肌着の周りにはまだ熱気が滞留している。後頭部から背骨に沿って埋め込まれている、レーシングカーのカウルのような光沢のある赤いパーツを指先で下へなぞってゆくと、ライカの毛が逆立った。

「ひゃっ、継ぎ目はだめ!」

「ごめんなさい!」

 背中の動きに連動して、普通の骨格ではありえないシリンダーのようなものが肩胛骨の奥でうごめいた。うわ、毛皮の中も機械なのか。

「でも全部がメカじゃないんですね。たとえばの話、首から下を丸ごとロボットの身体に交換しちゃえば、もっと頑丈になりそうなのに」

「全身の三〇パーセント。そこを超えると流動食しか食べられなくなる。パイロットにとっちゃ生身の内臓なんて弱点以外の何物でもないが、あたしは赤ちゃんを産みたいから、大事な部分だけは残してあるんだ」

「好きな人、いるんですか」

「きみの子供なら考えといてあげるよ」

 シリウスは最後に尻尾を触ってみたが、艶やかな毛の奥はさすがにメカではなく、悲鳴を上げたライカの腋に抱えられたまま頭をこねくり回されてしまった。部下達が浴室に戻ってきたので、ライカはあわててパイロットスーツのファスナーを上げた。サモエドは緑、ハスキィは青、マラミュートは桃色のパイロットスーツをそれぞれ着ている。

「パトロールさぼってどこに行ったのかと思ったら、抜け駆けかい!」

「シリウスくんはみんなのぬいぐるみなんだからね」

「模擬戦の話をしてただけだって!」

「半裸で?またまたぁー」

「隊長、クィンミクがそろそろ帰ってくる」

「はいよっ」

 四人のおねえさんは微笑んでシリウスに手を振ると、浴室にボディソープの香りを残してさっさと引き上げてしまった。ライカ隊のおねえさん達は全員サイボーグだった……俺には装甲作業服があるけど、サイボーグになればもっと無茶な操縦ができるんだろうか?シリウスはよく冷えたゼリー飲料を飲み干して、備え付けのダストシュートにパウチを捨てた。

 サイボーグとパワードスーツ、侵襲型と非侵襲型。ある意味、これが二人の科学者の科学倫理に対する考え方の相違の象徴で、ブランは兵士の能力を底上げするためなら機械部品による人体改造も厭わなかったが、博士は戦闘用ロボットや軍用コンピュータを作りはしても、機械と人間は互いの合意の上で協調するべきだと考えて、装着式や乗り込み式にこだわった。そして融合と共存というそれぞれの信念がハウンドという課題を突きつけられたとき、レイビィシステムとライラプスを生み出したのだった。

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