ライラプスの腕部機関砲の弾倉にペイント弾が装填されてゆく。博士が設計図を用意してくれていた空間戦闘仕様へのアップデート作業は、装甲作業服を着込むマイラがなにもかも取り仕切っていて、手を貸そうとするブランを決して近寄らせなかった。ロボット達の手で両肩と両臑に取り付けられている増設スラスターはグレイホークの宇宙用複合ユニットを流用したものだ。設計段階から宇宙空間での活動を想定して開発されたグレイホークは、このユニットを尾部にポン付けするだけでスラスター噴射による姿勢制御に対応できる。

「地球を守るグレイホークに宇宙用オプションだなんて、ずいぶん用意がいいんですね」

「地球防衛軍は平和維持軍と規定されていますが、事実上の対ガイア軍です。人類は戦争をやめたりはしない。みんな手ぐすね引いてこの時を待っていたのよ」

「ブランさんも戦争がしたくて宇宙に来たんですか?」

「さあ、どうかしら」

《いつまで待たせる気だ。こちらは準備万端だぞ、さっさと出てこい》

「マイラさん、先方がお待ちかねですよ。調整はそのくらいにしておきなさい」

「言われなくても分かってますーっ!」

 シリウスは格納庫の床を蹴った。

 ガイア軍との模擬戦は二対二で行われることになり、初回はシリウスとライカが地球側から、テウメッサと部下一名がガイア側から参加した。正直なところ、ライカはこの機会を利用して生意気なお嬢様にひと泡吹かせるつもりでいたのだが、アロペクスの性能とテウメッサの練度は想像以上、回数を重ねても銀の鳥部隊で彼女にかなう者は誰一人いなかった。サイボーグでもないテウメッサが大人に混じってパイロットをやっているのは単純に強いからで、強さに裏打ちされての態度だったのだ。だったらなおのこと、鼻柱をへし折ってみせなければ。ライカは燃えた。一方シリウスはアロペクスに負けるたびライラプスの増設スラスターの取り付け位置や個数を変えて挑んだものの、機体に振り回されるばかりでたいした成果は挙げられずにいた。そんなときシリウスにひらめきを与えたのが、とある整備ロボットだった。

 シリウスとライラプスの旅に研究所からずっとついてきているロボット達の中に、マイラが“おやっさん”と呼んでいる最古参のヒューマノイドがいた。格納庫にマイラがいないときはおやっさんがロボット達のまとめ役になるのだが、行き詰まったシリウスが壁にもたれてライラプスの整備の様子をぼんやり眺めていると、おやっさんの無駄のない動作にふと気づいた。空中で体操選手のように身体をひねり、進行方向を変える瞬間だけ、シリウスやマイラが使っているのと同じ圧縮空気スラスターをごく短く噴かしている。……スラスターを使うってことは、その方向に見えない足場を作るってことなんだ。スラスターに頼りすぎるなってライカさんにも言われたけど、そういうことだったのか。シリウスはすぐさまライラプスのスラスター配置を博士が設計したとおりに戻し、その作業の中でおやっさんの体捌きを身につけていった。ロボットに性別はないが、男と男の言葉なき対話の場にマイラが割り込む隙などなかった。

 テウメッサとの幾度目かの再戦のときがやってきた。ガイア軍の戦法はいつもどおり、素人同然のシリウスにはお遊戯をさせておいて、二人がかりでライカを潰す。ところが今日のライラプスの動きはこれまでとは違っていた。持ち前の加速力でライラプスを引き離したアロペクスが母艦から離れすぎないように変形機構を利用して急制動をかけ、再度変形して別方向へ急加速すると、ライラプスも追いすがってくる。

《この私のマニューバについてくる……あいつ、反作用を使いこなしているのか!?》

「そうだ!俺の一挙手一投足が作用と反作用を生んで機体を振り回す。でもその動き自体を方向転換に利用すれば!」

《四つん這いがよちよち歩きになったところで!》

「それだけじゃない!ライラプス!レイビィシステム、起動!」

 ライラプスのカメラアイから赤い光が奔った。

《なにやってんだ!演習で船を沈める気か!》

 ヴィクセンをあしらうライカの心配をよそに、急反転のタイミングを見切って先回りしたライラプスは未来位置への牽制射撃でテウメッサの頭を抑え、ついにアロペクスを捕まえた。ライラプスは宇宙からやってきたロボットだ。シリウスなどよりよほど宇宙空間に慣れているというのに、むりやり手綱を取ろうとして機体をいじくり回しすぎていた。この戦いは二対二ではない。手綱を握ったうえでライラプスの自主性に任せれば三対二だ。

《放せ!!》

「放さない!!」

 テウメッサはアロペクスを人型に変形させてライラプスを振りほどいたものの時すでに遅く、ライラプスクローの四つのパーツに取り付けられた塗料スプレーが、アロペクスの胸部装甲に格子模様の爪痕を刻んだ。


《お嬢様!敵襲です!》

 パトロールに上がっていたヴィクセンが帰ってきた。インカムの向こうでつかの間沸き起こった歓声に酔いしれる暇もなく、その場に居合わせる全機のモニタにいくつもの赤いマーカーが表示されてゆく。ヴィクセン部隊のモニタ上でも赤いということは、ガイア艦隊ではない。いびつな葉巻型の黒い艦隊からオルトロス部隊が攻め寄せてきたのだ。

《やっぱりか……!本隊はきっとあいつらにやられたんだ》

《ペイント弾じゃ戦えない。あたし達は母艦に戻ろう》

 パスファインダーの艦長からブラン宛てに、逃げるかそれとも迎撃するかという質問が入電した。併せて、逃走先として艦長はテイアを提案してきた。テイアの地下にはガイア軍の宇宙基地があるからだ。

「なるほど、確かにタイミングがいいわ。エンジンを噴かすのなら、いっそ軌道投入に利用してしまおうというわけね」

《銀の鳥部隊はいつでも出られる。どうしたらいい?》

「うーん……逃げるべきだと思いますが、推進剤を使いすぎました。ここで軌道を変更すれば今度こそガイア行きはあきらめざるをえない。その点を彼女にはかってみます」

 マアトはなんの反論もなくテイアへの予測進路と周回可能期間を示し、またも一行は尻尾を巻いて逃げることになった。だが、地球はどんどん遠ざかり、背後では不気味な黒い宇宙船の群れがシリウス達の帰路を幾重にも阻もうとしていた。この黒い大艦隊を二隻の戦力だけで突破することは、もはや不可能だった。

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