おまけ
シリウスとマイラのメッセージが届く頃、銀河の果ての恒星系にはいよいよ終わりのときが迫っていた。赤黒く肥大化した太陽の下、堕落の果てに滅び去った人類に代わり、地球では新たな人類が繁栄を極めていた。
「あああああああーかったりぃにゃああああああああああああーっ」
シルベスター博士は虎縞の身体を伸ばし、椅子を軋ませて大あくびをした。死にかけの地球に残った彼らの仕事は、かつての人類が無節操に放った全自動テラフォーミング艦隊の後始末だ。なにしろ、真実にたどり着いた開拓者達が、とうの昔に滅んだ人類の迷惑メールに銀河系のあちこちから返信を送りつけてくるものだから、地球はそろそろおしまいです、という、こちらの現状を説明しておかないと、太陽の寿命のあおりを受けて地球が死んだとは知らないまま、はるか未来の太陽系に帰ってきてしまいかねない。深刻な救援要請や地球への脅迫に対しては宇宙艦隊を派遣するなどの処置をこなしつつ、地球に住み続けることが困難になり次第、彼ら自身も荷物をまとめて宇宙の彼方へ旅立つ予定だった。世界に残る旧文明の遺産?そんなもん知ったこっちゃないにゃ。
「あなた、その語尾なんとかならない?話しにくくてしょうがないわ」
カチンときたシルベスターは同僚のフェリーン博士の尻尾を雑に引っ張った。
「ふにゃあっ!?なにするにゃ!!」
「ほらにゃ?これは生まれつきのもの、あいつらが自分の都合でボクらの祖先に媚び媚びの口調を刷り込んだせいでこうなったんだにゃ。遠い昔、ボクらは惑星開拓用ではなく手元に置いておく愛玩用として、獣から人型へ品種改良されたにゃ。はぁ~あ、帰ってまたたび茶でも飲んで寝たいにゃあ……」
電波望遠鏡につながっている端末のアラームが鳴った。鳴ったところでどうということもない。異星人からの信号を初めて検出したときは、それはもうファーストコンタクトだなんだと世界中大騒ぎだったが、信号なんぞ珍しくもなくなった今では、寝ぼけまなこの夜勤が二人で対応するだけのルーチンワークだ。
「おおいぬ座の方向からだにゃ。発信者はシリウスとマイラと、ライラプス……?博士、みんなを起こしてくれにゃ」
「緊急事態なの?」
「この星系は居住可能惑星が隣同士に二つ見つかって、双方からの抵抗が激しかったために戦力が第四段階まで投入されたみたいだにゃ。おそらく文明が進みすぎていたんだにゃ」
「第四段階!それはすごいわね。その人達、もちこたえているといいけれど……。
フェリーンはインカムに肉球のある手をやった。
天文台からの通報を受けた地球防衛軍は、予想しうる敵戦力の規模に基づいて艦隊を編成し、さっそくテラとガイアのある恒星系へ送り出すことにした。ワープシステムを持つ巨大戦艦といえども、一度の跳躍だけでいきなり目標宙域に到達するわけではない。まず船のレーダーの最大レンジに“アンカー”と呼ばれる偵察ポッドを打ち込み、その座標の安全を確認してからアンカーの周囲に船体を再構成する。星々は銀河の中を絶え間なく動いているので、これを繰り返して航路を修正しつつ進むのだ。巨大ロボットを満載した宇宙艦隊は、現在、赤黒い地球を背にして衛星軌道上に集結している。
「アンカー感度良好、周辺宙域に異状なし」
「ロックせよ」
「アンカー、ロックしました。進路クリア。ワープシステム、スタンバイ」
「全艦出航準備完了」
「よし、錨を上げろ」
「錨を上げろ!」
《カウントダウン開始。総員衝撃に備えよ。繰り返す、総員……》
副艦長はヘルメットのバイザーごしに横目で艦長を見た。
「……戦争になりますかにゃ?」
「我々の力が滅びをもたらすか、救いをもたらすか、それは彼ら次第だにゃ」
巨大戦艦の跳躍シークエンスは瞬く間に終わり、艦隊は跡形もなく星の海へ飛び去った。
天狼のライラプス ユウグレムシ @U-gremushi
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