第2話 続く怪奇




「だって、私悪魔だもん」




血まみれの少女、いや、幼女は屈託のない笑顔でそう言った。


悪魔…悪魔ってなんだっけ。

確か蝙蝠のような翼を持った、血を吸う奴か。

いや、それは吸血鬼だ。

そういえば、堕天使って悪魔だったか?

ルゼと名乗った幼女の翼は天使のようだ。

だが色は赤黒く、堕天使のイメージがしっくり来る。

羽毛が重なってできた翼は、天狗でもやっていけそうだな。と思った。


…あれ。


「どうしたの? もしかして今さら怖くなった?」


ルゼは怪しげな笑みを浮かべて俺を見下ろしている。


おかしいな。相手はどうやら本当に人間じゃない。

浮いてるし、吊るしているワイヤーがあるようには見えないし、ここは屋上だ。

悪魔かどうかは疑わしいが、正真正銘のUMAだと思う。

それが、目の前にいる。

なのに。


俺は上から見下ろす、少し得意げだったルゼの顔にイラッとした。


「ふぅぅぅん」

「ふぅぅぅんってなによ、ふぅぅぅんって」

「いやぁ、悪魔ねぇ…」


俺は少し大げさに、呆れたようなリアクションをする。

すると、少女が上から、スッっと降りてきた。

着地の寸前に翼が羽ばたき、小さなサイズへと戻る。

あの翼、やっぱ動かせるのか。


「なんなのよその顔、飛んであげたのにまだ信じてないの?」


ルゼはジト目で俺を睨みつけている。

気のせいかもしれないが、他にも何か見せてやろうか? と言わんばかりの殺気を感じる。


「いやいや、信じるよ。信じてる。だってこの目で見ちゃったし。別に疑ってるわけじゃない」

「じゃあ、なんなのよ」


「インパクトが弱いんだ」


そう、さっきから感じていたのはこれだ。

インパクトが弱い。俺はそのせいでこのUMAを目の前にしても恐怖を感じていない。

いや、この幼女自体のインパクトは凄まじいのだが、それでも足りていない。

何故なら…。


「イ…インパクトが、弱い…? な、なんで!? 人間は悪魔をすごく怖がるわ。見ただけで恐怖し、争いを招く事もあるって言ってたし、何がいけないのよ!」


誰が言ってたんだろう、親かお世話してた人かな?

まぁ確かに普通なら、普通の人なら逃げていたかもしれない。


「いや…なんというか、先ほどルゼよりも、ショッキングな光景を見たばかりなんだ。その後に鳥人間を見ても、驚いてるけど、なんかなぁ…って感じでさ。後俺は、グロいのが嫌なんだよ。それに比べてルゼは、羽が無ければただの女の子だし。まぁ俺も世間離れ気味だし、最近の子なら浮くかもしれないって…」

「浮かないわよっ! ただの人間は浮かないわよっ! …多分。私も外のことは知らないけど…。ていうか、鳥人間ってなによ! 悪魔に対してなんなのよ貴方!!」

「貴方、じゃなくて大和な」

「むうぅぅ、なんかムカつくぅ…」


自分でも驚くほどに冷静だ。

もしかしたら人間は、本当に危険な目に会う程冷静になるのかもしれない。

繁殖でも行為が終わると物事を落ち着いて分析する冷静さを得る。

これは雄が事後の雌を守る為の能力らしい。危機管理能力って奴だろうか。

だが例外もあり、賢者には一人でもなれる。

その代償に凄まじい虚しさと倦怠感を味わう事になってしまうが、男は代償を恐れるような情けない生き物じゃない。


む、話が反れたな。まだ少し混乱しているようだ。


「フ、フフフ…じゃあ」


何故か怒っていたルゼが不気味に笑い出す。

鳥人間が意外と気に入ったのだろうか。


「インパクトってのがあれば、良いのね?」

「いや、良いなんて言ってないし、むしろもうお腹いっぱいなんですが…」


やばい、先ほどから少し感じていた殺気が強くなった気がした。

殺気と言っても、あ、コイツなんかやらかしそう。ぐらいの予感だが。

今はそれがビンビンに反応している。気がする。


「じゃあ、そのお腹を裂いちゃう。ってのはどうかしら」

「いきなりキスをして、お兄様、ついに見つけた。って方が個人的には驚くかな…」

「キ…ッ、わ、私に兄弟はいないもん」


お兄ちゃん、の方がいいかな…。


いや、そんなことより、まずい。この幼女にそんな力があるようには見えないが相手はUMAだ。

あの大きさが変わる翼で切り裂かれたり、第二形態とかになって襲ってくるかもしれん。

もっと警戒しておくべきだったか。

でも喋った感じ別に悪そうな幼女に思えなかったんだよな。

悪い幼女ってのもよくわからないが。


「すぐ壊しちゃったらつまんないから、やっぱりまずは、足にしようかしら」


物騒なことを言いながら、白く綺麗な細い指を顎に当て、可愛らしい仕草でゆっくりと近づいてくる。

指の先には鋭く尖った爪があった。

もしかしてあれで切り裂かれるのか。

力任せに引っこ抜かれたらやだな。

痛みで死にそうだ。


「……逃げないの?」

「…」


確かに。じっくりと観察してる場合じゃなかった。

なんで俺は逃げなかったんだろう。

熊は逃げる者を追う。って話を聞いたことがある。

本能的に逃げたら殺されると思ったのだろうか。


「………」

「………」


お互い、何も言わなかった。

手を伸ばせばすぐに届く距離だったが。

ルゼは何もしてこなかった。

脳内で最初に食べる部位を吟味しているのかもしれない。

などと思っていたら。



グウゥゥゥゥ―――――。



沈黙が破られた。


それは見事な音色だった。

その特徴的な旋律は俺が趣味の家電作りに熱中し、一日中飲まず食わずでいた時に発した、腹の歌声にそっくりだ。

因みに、今回は俺じゃない。


「う…」


ルゼを見ると、少し泣きそうな顔でお腹を押さえている。

俺と言う御馳走を前に腹の虫が鳴いてしまったのだろう。

なるほど、つまりルゼは食べ物を欲している。と言うわけだ。

これは俺が助かるチャンスかもしれない。


「なぁ、これ食うか?」


俺は鞄から、ここで食べようと思っていた弁当を取り出した。

弁当と言っても中身は簡単な物で、ラップの上からご飯を握り、そのままぶち込んだおにぎりオンリー弁当だ。

具は、梅、鮭、高菜、塩のみ。

ちなみに俺は塩が好きだ。ただ好きだからと言っても飽きないわけじゃないので毎回四種類のおにぎりを作ってくる。

最後の締めに塩むすびを喰らい、心を清めるのだ。


「……」


ルゼは不思議そうな顔で弁当を見つめていた。




―――――――――――――――

――――――




グチャ、べチャ、ガブリ、ムシャムシャ、と、

小さな口は、容赦なく俺の右腕に


…ってのは嘘だ。

因みにそんな擬音も出ていない。


俺達は街を一望できる端に腰を下ろし。

ルゼはおにぎりを幸せそうにほお張っていた。

自分が作った物をおいしそうに食べてくれるのはまぁありがたい。

だが、汚い。とにかく汚い。頬に大量のご飯粒をつけてかっ喰らい。

あまりの食いっぷりに、グチャ、べチャと、擬音が聞こえてきそうだ。

時折むせるので、俺は水筒から注いだお茶をその度に飲ませていた。

ラップで巻いてきて良かった。お手拭はあったが、血に触れた手で直接おにぎりを持たせるわけにはいかない。

血まみれで食事する事自体アウトだが。


「ふぅ~…。ねぇ、もう無いの?」

「あぁ、残念だがそれだけだ」


ルゼはあっという間に最後の一つを平らげた。


それだけ。と言っても、一つ一つ結構な大きさにしたつもりなんだが…。

俺は朝はがっつり食べて、後は適当なので毎朝これぐらいの量をきっちりと食べているが、一般的なコンビニサイズでも朝食一人分におにぎり四つは多い方だろう。

それでも幼女の癖してルゼには物足りなかったようだ。


そんなに腹が減ってんのか。と思いつつ。

お手拭を裏返し、顔を拭いてやる。

顔に付着した血は少量だったが、それでも、頬に付いたご飯粒を口にするのは衛星的にまずいかな、と思い一応取ってやる。


いや、こいつ悪魔だったか、人間の腕とか食うかもしれない奴になにやってんだ。


「それにしても、お米をあんな丸めて食べちゃうなんて初めてだったわ」


どうやらルゼは今までおにぎりを食べたことがなかったようだ。

なんと勿体ない。この伝統的なソウルフードを食べたことが無いなんて人生の損失と言ってもいい。


「どれが一番うまかった?」


おにぎりは四種類。悪魔の好みは一体なんだろうか。

まぁ、子供には鮭あたりが人気だろう。

最近ではシーチキンマヨなる物が売れ筋らしい。


「緑っぽかった奴」

「ほう、高菜か…中々良い所を突いてくるじゃないか。因みに塩は大丈夫だったのか? 悪魔だから清められたりしてまずかったんじゃないのか?」

「そんなんじゃ清めにならないわよ。ヤマトって、悪魔の事虫か何かだと思ってるの…?」


ルゼは不満そうな顔した後、コップに注がれたお茶を、ズズ、と飲んでいる。


「虫か…まぁ、黒い悪魔、って言われるような虫もいるけどな。主に台所とかにいる奴」

「ブッ…ちょっと! それゴキブリじゃないの! あんなのと比べないでよ!」


せっかくお茶を注いでやったのに噴き出しやがった。

まぁ、ゴキブリと比べられたら気分が悪くなるのはわかる。

でも何故俺がそう思ったのかは訳があった。


「いや…だってな…。その、うーむ…」

「なによ、なにか言いたいことがあるならハッキリ言ってよ」


俺が正直にその理由を言って良いのか悩んでいると、ルゼが催促してきた。


「言って良いの?」

「そこまで言われたら気になるじゃない。言ってよ」


「くさい」


カランッ。


ルゼは俺の答えを聞いた瞬間、手からコップを落とした。

まだ中にはお茶が入っていた為、服と床が少し濡れてしまう。

悪魔とやらは自分の服を汚す趣味でもあるのだろうか。


「あ、ああ、貴方、え?え!? …くさっ、くさいって、え? だ、誰がくさいのよ。まさか私じゃないよね?」


本人の許可が貰えたので俺は正直に話した。

ルゼの瞳はコップを落としてから、みるみる光を失っている気がする。


「あの、私ね? 悪魔だから、汗とか全然かかないからっ、お風呂は毎日入らなくていいって言われてたし、お外にも出てなかったし、他の臭いじゃ…ない?」

「いや、汗とかの臭いってより、血の臭いとカビみたいな古臭い臭いかな。服は洗濯してたのか? 歯磨きとかは? てかいつ風呂入ったんだよ」


「………50年くらい前にお湯はかぶった」


…は? 被った? というか今、気き間違いでなければ、50年前って言ったか?


「いや、でもだからって普通、女の子に向かって、く、臭いとか言う!? わたし悪魔だけど、女の子だよ!? ハッキリと、臭い、とか、なんでそんなこと言うの!?」

「言えって、言っただろ」

「もっとおぶらーとに包みなさいよっ!」


中々難しい表現を知っているじゃないか。

というか先程から薄々感じていたがこの幼女、中々鋭い突っ込みをする。


ここに、オブラートじゃなくてラップならあるぞ。

と言おうかと思ったが、これ以上は本気で怒りそうなので辞めておく。

ていうか、今更だがこんな事をしている場合じゃないのだ。

俺は惨殺されていた死体群を思い出す。

この悪魔幼女は死体なんて知らない。と言っていた。

なら他に犯人が存在している事になる。


俺の日々漫画等で鍛えられた妄想力から推察するに。

あれは悪魔召還の儀式に必要な生贄だ。

悪魔を召還し、良からぬ事を目論むが、

何かミスを犯してしまいこの失敗作が召還されてしまった。ってオチじゃないだろうか。


うん、非現実的でありながらも我ながら冴えている気がする。


「なんか凄く失礼な事考えてない?」

「ん? そんなことはないぞ。とりあえず、まだ腹が減っているのなら俺の家で御馳走してやるよ。洗濯機もあるし。何より、ここにいると危険だ。さっさと移動したい」

「そういえば。さっきも危険とか言ってたけど、なにが危険なの? ていうか、私に会う前に見た物ってなんなの?」

「死体だよ。下に大量の死体があった。バラバラにされてたから犯人はかなりの異常者だと思う。ここにまだ潜んでたら俺達も危ない。いや、正確には俺が危ない」

「なーんだ、死体か。死体よりも私のが凄いじゃん…。あぁ、でも、ヤマトはグロい? 気持ち悪いって感じが駄目なんだっけ?」


いや、なーんだ。って、なんだよその淡白な反応。

死体だぞ? 死体! しかもバラバラにされた奴。

実際に目にしてないからこんな楽観的でいられるんだ。

それとも悪魔ってのは死体なんて見慣れてるって事か…?

そういえば、さっき俺の足を食べようとしてたし。

いや、食べようとはしてないか。


「ん~…でも、たくさん人間が死んでたんだよね? この下?」


ルゼは何やら難しそうな顔をして話に食いついてきた。

こいつ人の話を信じてないな?


「血の臭いが全くしないんだけど」

「自分の臭いで鼻がイカてるんじゃ?」

「しっつれいねっ! 自分の臭いなんて気にしてなかったのよ! ていうか、自分でもちょっと臭うな、って思ってきたとこよ!!」


まぁ、自分の臭いって気づかないもんだよな。

もしかしたら俺自身、他人からしたら臭いかもしれないし。


「なぁ、お前って強かったりする?」

「なによ急に、まぁあまり考えたことないけど、そこらへんの魔物よりは強いんじゃない?」

「比較対象が魔物かよ。ちょっとわかりずらいな…いや、待てよ…ルゼみたいのがいるって事は犯人が人間とは限らないんじゃ…」


嫌な可能性だが十分にありえる。ルゼとは違うUMAの仕業かもしれない。

むしろ、あんな事する人間がいるとは思いたくない。そっちの可能性のが高いんじゃないだろうか。


それにまず、俺は本当に死体なんて見たんだろうか、何かの見間違いか、幻覚だったとか。

ルゼはどうやら嗅覚に自信があるらしい。血の臭いがしないと言われ少し不安になって来た。

正直怖いがそれを確かめたい。

できれば夢であって欲しい。この目の前の自称悪魔も含めて。


「よし、じゃあ帰るついでに、ルゼの鼻がイカれてないか確かめに行こう」


なによそれ、とジットリとした目でルゼは俺を睨んだ。




――――――――――

――――――




俺達は屋上から出て、階段を下り、少し歩いた場所にいた。


「で? ヤマトが見た死体って一体どこにあるわけ?」

「おかしいな…確かここらへんに、階段を下りて曲がれば部屋があったはずなんだが…」


死体は見つからなかった。それどころか死体があった部屋すら見当たらない。

確か部屋と階段の距離はそこまで離れていなかったはずだ。いくら必死だったからと、あの短い距離感を忘れることは無い。と思いたい。


「イカれていたのは私の鼻じゃなくて、どうやらヤマトの頭だったようねぇ! グヒヒヒ」


う、うぜぇ…さっきまで従順について来たルゼが、焦りだした俺にいやらしい笑みを浮かべて挑発してくる。

こうなったら意地でも見つけてやろうかと思ったが。

マジで見当たらない。実は隠し扉になっていて壁にボタンがある。なんてオチも考えて探してみたが、全く見あたらない。

どうなってんだ、本当に幻覚だったのか…?


「どんなに探してもここら辺には無いと思うよ。夢でも見てたんじゃないの?」

「それは無いと思うけどな…」


今でもあの時の衝撃は残っている。足に当たった柔らかい感触、死体から出ていた血。

あれが夢だったとは考えられない…。

いや、もしかして俺は今ほんとうに夢の中にいるのかもしれない。

いつもの夢ならともかく、見ている最中に夢だと気づくのは難しいんじゃないだろうか。

昨日はかなり夜更かしをした。きっと今目を覚ませば我が家のベットの上で目が覚めるに違いない…!


「ルゼ、ほっぺ貸してくれ」

「はひぃ?」


俺はルゼのやわらかいほっぺを両端からつまみ、引っ張った。


「いだっいだいいだいだ! いだだだだだだっ!!」


「夢じゃないか…」

「何すんのよぉ…自分ので確かめなさいよぉ!」


そこまで強く引っ張ったつもりは無いのだが、ルゼは涙目になりながら頬を押さえていた。

意外にも悪魔の弱点を見つけてしまったようだ。


「まぁ、見間違いだったならそれで良いんだ。ていうかその方が良い。どちらにせよここにはもう用は無いんだ。さっさと出てしまおう」

「うぅ…絶対いつか仕返ししてやるんだから…」


いつも使っていたルートを通り俺達は施設から出た。

その途中にも例の部屋はどこにも見当たらなかった。





―――――――――――――――

――――――





「ちょ、ちょっと! いやっ、痛い、痛いてばっ!」


「我慢しろって、すぐ終わるから」

「あうっ…んっ、うう~、ねぇ、もうちょっと優しくしてよぅ…」

「悪魔なんだろ? ならこれくらい我慢しろって。ていうか、ほんとにこの羽、背中から生えてるんだなぁ」

「ひゃあっ! ちょっちょっと、付け根にっ…触らないでよっ変態!」

「じゃあ、ぶっかけるからな」


「まっ、まって!」



俺はその声を無視し、ルゼの頭に、お湯をぶっかけた。


「びやぁあああ! ぶっぶべべべおほぉおおおおお」


ルゼが暴れたせいで口にお湯が入り、軽く溺れているような悲鳴を出している。


「よし、頭拭くから、じっとしてろよ」


俺は濡れた金髪をタオルで覆い、ガシガシと水気を拭いていく。


「ああっ!! ああうっあうっあうっうう~」


ルゼが頭を必要以上に揺らす為拭きにくかったが、まぁ、これでいいか。

体は自分で拭いてもらい、後でドライヤーで乾かしてやれば完璧だろう。


「ちょっと! いきなり水をぶっかっけないでよっ! もし今のが聖水だったら、私死んでたじゃないのっ!」

「水じゃなくて、お湯だし、聖水じゃなくて、塩素とか入ってるちゃんと汚い水道水だよ。古いから錆も入ってるかも」

「人の頭にぶっかけといて汚いとか言わないでよっ! ムキィィィイッ」


俺は自宅にに着くなり、ルゼをシャワーで洗ってやった。

風呂を貸してやると言ったら、一人でまともに風呂に入ったことが無いらしく、シャワーの使い方もわからないと言うので、臭いし俺が洗うことにした。

念の為に言っておくが、ルゼにはちゃんとタオルを巻いてある。

全裸だったとしても俺にロリコン趣味はないので、邪な気持ちなど全く沸いてこないぞ。

まぁ、やけに髪と肌が綺麗だな。と思ったくらいだ。


しかしルゼはずっと不機嫌だった。

何がそんなに気に食わないのか。

いや、まず何故こうなっているのか、と言った方が良いか。

俺は人生で初めて他人の死体を発見し、UMAに遭遇したのだ。

そして、そのUMAの頭を今しがたシャワーで洗ってやった。

うん、おかしいな。

普通の物語だったら、俺が謎の力に目覚め悪魔を退治するって流れが王道なのでは?

それともこれから目覚めたりするのだろうか。


「ねえ、私の服は?」


体を拭き終わったルゼが、タオルで体を隠しながらソファでくつろいでいた俺に聞いてきた。

最初は裸を見られるのは嫌だ。とか怒っていた癖にあまり羞恥心が無いように見える。


「あ、汚くてついゴミ箱に入れちまったな…ちょっと拾って来る」

「はぁ!? なに平然とゴミ箱に入れた物を着させようとしてるのよ! 他に私の着る服ないの!?」

「冗談だよ、冗談。今下着も纏めて洗濯してるけど、あの汚れは完全には落ちないと思うぞ。時間も掛かるし、悪いがその間はこれで我慢してくれ」


下着…と呟くルゼを無視し、俺はテーブルに前もって用意していた服を渡した。


――――――――


「え、なにこれ…ダサくない? なんか、ちょっと変な臭いするし…」

「俺の思い出の服をダサいとか言うんじゃない! それにちゃんと洗って綺麗にしまっておいた奴だ」


俺の目の前にはジャージ姿の悪魔がいた。サイズは少し大きく袖がダボダボだった。

俺がまだ小学生の頃に使っていた物だ。

男の俺が使っていた物なので、派手な色はしておらず白をベースに紺のアクセントが入った至って地味なデザインである。

両親が生きている頃もじいさんの家、現在の家にはよく遊びに行っていた。

当時の家と、丘の上では少し距離があったので動きやすいジャージをよく着ていたのだ。

じいさんの朝の散歩に着いて行ったりと色々思い出のある服でもある。

まぁ、本当はたまたま捨てて無かっただけなのだが。

ギリギリで思い出して良かった。これが無かったら俺はどうしていたんだろう。


「ふーん…。しょうがないわね、ちょっと大きいけど我慢するわ」


なんとなく偉そうなのが癪に障るが、不機嫌顔が少し笑顔になったので良しとする。

サイズは確かに大きいが、背中に羽があるので中で窮屈にならず調度いいだろうと都合よく考えておく。


「それで、今度は何を食べさせてくれるの?」

「ん? ああ、そういえばそうだったな」


確かに、家に来たらもっと飯を食わせてやると言ったな。

見た感じ雑食っぽそうだからなんでもいいか、と思ったがある事を思い出す。


「あ、そういえば今日買い出しに行く予定だった…」

「かいだし?」


そうだ。あそこで弁当を食った後、足りなくなった物を街に買いに行く予定だったのだ。

その中には勿論食料も含まれており、現在家にはまともな食い物が無い…。


「よし、ルゼよ」

「な、なによ」


ルゼは俺の急に改まった態度にたじろぐ。


「そんなにその服が気に入らないと言うのなら、まず服を買いに行こう!」

「え、別に気に入らないなんて言ってな

「まぁまぁルゼだって女の子なんだから、お洒落な服が着たいだろ? それについでに街で美味しいもの食べよう。俺も久しぶりに外食したいし、まさに一石三鳥と言う奴だ」

「なによ、その急な女の子扱い…でも、ま、街? 街には行ってみたい…かも…」


お、どうやらうまく誘導できたようだ。

いや、別に騙したとかじゃなくてね?

確か食べ物はあったんですよ。でもカップラーメンしか無かったはず。

ルゼなら興味津々で食べそうな気もするが、食べ物で家に釣って、お湯を入れて、はい召し上がれ。

というのは流石に自分でもどうかなーなんて思う。

それに、洗濯機に適当に入れた汚れた下着と服を見て、後で服も買いに行くか…と思っていたし。


「よぉし、じゃあ街に出掛けるぞ」

「う、うん」


ジャージの悪魔は街に行くのが始めてだからか、少し緊張しているようだった。



―――――――――――――――

―――――――



「おぉ…ひ、人がたくさん歩いてる…」


「こら、食べちゃいけませんよ」

「食べないわよ!」


俺達は丘から降りて、一番近いレーウェン地区へと足を運んだ。

ルゼは街の景色や、行き交う人たちに興味津々の目を向けている。

これでも俺達が来たエリアは、中心エリアの商店街よりは店同士の間隔が広く、落ち着いた場所なので人通りは少ない方だ。

あまり込んだ場所に行くとジャージの金髪幼女は目立ちすぎるからな…。


「さて、まずは服だな。なにか希望とかあるか?」

「え、別に私この、じゃーじ? って奴でいいんだけど」


ん~ルゼはお洒落には以外と無頓着なのか? 自分で着させておいてなんだが

女の子をジャージのままで歩かせるのは、なんか罪悪感があると言うか。

ルゼは正直美幼女なので勿体無い気がしてきた。


「じゃあ、店は俺が決めていいか?」

「うん、私お店とかよくわかんないし」

「わかった。じゃああそこだな」


俺は先程から目に入っていた少し古そうな服屋に入って行った。


扉を開けると、リリン。と来客を知らせる鐘が鳴る。

店内は落ち着いた照明で、今時のお店って感じでは無くシックな感じだ。

まぁ今時の店なんて俺知らないんですけどね。

そういえば、入ってから気づいた。俺も制服のままだ。

ジャージと制服…こんな二人を見て店の人はなんて思うだろうか…。

人と話すのは苦手ってわけじゃないが、なんだか緊張してきたぞ。


「あら、これは…また…いらっしゃいませ」


店奥から店員? 他に人がいないから店主だろうか、

少し巻いた金髪のロングで、ドレスを着たいかにも貴族って感じの人が出てきた。

俺達を見た瞬間不適な笑みを浮かべたが、何故か嫌味な感じはしなかった。

内心はめちゃ馬鹿にしてるのかもしれんが…。

ていうか、この店主の身なりからして、かなりの高級店に入ったんじゃないのか。

多少覚悟して来たが、払えない額の服しか無かったら俺めちゃかっこわるいぞ…。


「今日は、こちらのかわいらしいお客様の服をお探しで?」

「え、ええそうです。俺こういうのは疎くて…できれば選んで欲しいんですが」


ずいぶんと察しの良い人だ。

いや、女性物の服屋で平日に学生が自分の服を買いに来るわけが無いか。

察しがいい、と言うよりは、見透かされてる感じがする。


「畏まりました。ですがそちらのお客様の意見も聞きたいのですが、よろしいですか?」

「え…ああ、はい。でもルゼは特に希望は無かったんだよな?」

「ん、うん。わたしはこのじゃーじでいい」


なんだろうルゼの様子がおかしい。人見知りしてるのか店主の顔も見ない。あまり元気が無いようだ。


「なるほど。わかりました。少々お待ちください」


店主はまた不適な笑みえお浮かべ、一礼してから奥に消えていった。

丁寧と言うよりは、優雅、優美と言った印象だ。

変わった人だな。

ルゼは相変わらず、ボーっとしている。

腹でも減ったんだろうか。


「お待たせ致しました」


3分も掛からず店主らしき人が戻って来た。

手元には色違いの似たような洋服が何故か三着ある。

どれもルゼが元々着ていた洋服に近い物だったが、リボンの位置が違ったり、ヒラヒラが多めだったりと各所の特徴が違った。

ルゼに選ばせるつもりだろうか?


「では、お客様。お選びください」

「え!? 俺ですか?」


何故俺!? こういうのは本人が選んだ方が一番良いだろ!


「お客様は何故わざわざこの店をお選びになりました? 暗いし、小さいし、決して目立つ店ではなかったでしょう?」


「それは…」


なんだこの質問!? 心理テストか!? 何かの嫌味? なにか粗相をしてしまっただろうかと不安になる。


「俺は、この店のウィンドウに飾ってあった服が気になって選んだんです」


窓の方に視線を向けると、服が飾ってあった。

それは今店主が持っている洋服と同類の物だった。


「何故、気になったんですか? 詳しく聞かせてくれません?」


店主は何故か喰い気味で聞いてくる。

ええっマジでなんかしたのか俺!?


「いや、ただルゼが、この女の子の元々着ていた服がアレに近かったんです。それで」

「他の選択肢もあったはずでは? 別に同じ服じゃなくても良かったでしょう?」

「いや、俺はあの服がルゼに似合ってると思ってたので…」


「そうですか」


質問に答えると店主は、スッと一歩下がり先程の不適な笑みとは違い純粋な笑顔を見せた。

そして視線を俺の隣に落とし、優しい笑みで問いかける。


「では、この方が選んだ物でよろしいですね?」


するとルゼはきちんと店主の目を見て


「うん」


と、微笑みながら言った。


―――――――――――――――

――――――


俺は三着の中から、黒色の一番シンプルな物を選択した。

勿論適当に選んだわけじゃ無く、個人的に無駄が無い方が好きだからだ。

服を選んでもうやる事は無いな。と思ったらサイズ合わせがあった。

そりゃあそうか、洋服だもんな。ちゃんと合わせないと。

すぐにできるから、と待たされていた途中店主に呼ばれ、なんだと思って行ってみると、さらに俺の服の好みを聞かれた。


俺は素直に、可愛いだけじゃなく、かっこ良さもあるといい。

あまりゴテゴテした派手なのは好きじゃないが、無くても寂しいなど答え性癖をさらけ出している気分になった。

何故かあの店主の前では嘘は言えない気がした。いや、言うつもりは無いけど。


そして今、ルゼが奥で服を着替えている。

店主と二人きりになった。

沈黙しているのも気まずいので気になっていたことを聞いてみる。


「あの、なんでルゼじゃなく俺に服の好みを聞いたんでしょうか? ルゼは最終的に気に入ってくれたみたいですけど…」

「あら、まだ気づいておられないのですか?」


店主が今までに見せたことのない、少し驚いたような顔になっている。

どうやら俺は鈍感キャラだったようだ。


「あの子は、貴方がくれたジャージが気に入っていたんですよ。いえ、ジャージと言うより、きっと貴方から物を貰った事が嬉しかったんです。それを適当な服と取り替えられると思っていたんでしょう」

「え、ジャージを…? でもここの服だって立派な贈り物になりませんか?」


ルゼの育ってきた環境は特殊だ。だから人からのプレゼントとかに敏感なのかもしれない。

それは俺にもわかる。でもここで買って渡してもそれは変わらないだろうに。


「服が無いから買って貰う。だけでなく、貴方に選んで欲しかったんですよ。きっとあの子は自分でも気づかないくらい欲張りなんでしょう」


フフ、と優しく笑う店主。不気味に微笑んだり、色々と読めない人だ。

というか、ほんとに何者なんだ。最近の服屋はカウンセラーも兼任しているのだろうか。

本人が気づかない欲望までも見抜くなんて恐ろしすぎる。これからは服屋に行く時身構えてしまうかもしれない。


「フフフ」


と、そんな俺の思考を読み取ったのか、店主は不気味に微笑んだ。

そこでカーテンを開ける音が響く、ルゼが服を着替え終わったようだ。


「…どう?」


ルゼが少し照れているのが分かる。前の服とあまり変わらないとはいえ、俺の好みを全力で取り入れたものだ。

やはり、色々と気になるのだろう。

そこで俺は素直に答えた。


「最高に似合ってる」


形自体は前の服とあまり変わっていない。半袖にミニスカート。

スカートや襟についた控え目のヒラヒラが可愛らしさと高級感を出している。

袖は黒のベルトで止められており、胸元はリボンからオレンジに近いスカーフになっていた。

ここらへんは俺の好みが最大限に出ているだろう。


「へへへ。ヤマト、ありがとう」

「あ、ああ」


やばい、普通に可愛い。

いや、元から綺麗な子がそりゃ自分の好みの服を着てくれたら可愛いと思うだろう。

別に素直に受け止めてもいいんでは?

でもそういや人間じゃなかったな。

あれ、なんか普通に忘れてたけど、いいのか俺?


「えへへ、大切にするね!」


いいか。


リリン。と扉の鈴がまた鳴り響く。

俺達はもう一度お礼を言って、先にルゼを店から出す。


「本当に良かったんですか?」


服を仕立てて貰った後、あわてて支払いがいくらか聞いた。

正直最低でも四万は覚悟し、おそらくもっとするだろうなと思っていた。

だがこの出来栄えで世界に一つしかないオーダーメイド。

足りるかわからないが、今の財布の中身を全部出しても良いと思っていた。


「うーん、無料では服屋としては駄目でしょうし…では、五千円で」


む、無料!? え、五千!? この言葉を聞いた時は聞き間違えかと思った。

元になった服だけでも五千は安すぎる。

動転し過ぎて五千万の略語かと思った。


「いえ、言葉通り、五千で良いです。私はお金の為では無く、趣味で服を作っているのです。ですが勿論、お客様に見ていただいて、着て貰いたいという願望もありました。そんな中、あなた方のような私の服を必要としてくれる素敵なお客様に会えて、私が作った服を着ていただき、とても嬉しかったのです。だから今回は、それでかまいませんし、余ったお金はあの子の為にでも使ってやってください」


店主はそう言うが、流石に納得はできなかった。


「嬉しかったのは俺達も同じです。俺はまだ学生ですし、未熟者なんで相応の対価を払う。なんてカッコつけた事は言えませんが…せめてこれだけでも受け取って欲しい」


俺は二万を手渡した。財布の中身の半分だ。

半分は言われた通り、ルゼの為に使おうと思ったからだった。

これが正しい行為かはわからないが、とにかく五千では気がすまなかった。


「フフ、わかりました。貴方は変わった人ですね。ではこれは仕事の報酬としてきっちり受け取らせて貰います」

「はい、ありがとうございました」

「それだけは、こちらの台詞ですよ。では機会があれば、またのご来店をお待ちしております」


扉が閉まる。ルゼと店主は扉が閉じるまで手を振ってお別れし、俺は一礼して店を後にした。


「さて、買出しの前に飯にするか」

「うん、お腹減ったー!」


お腹を満たす為に、どこか良い店は無かっただろうかと思い出しながら歩いて行く。


ルゼがご機嫌にくるくる回りながら俺の前ではしゃいでいる。

相当あの服が気に入ったのだろう、ご満悦だ。

なんと良い買い物をした事か、悪魔と一緒だというのに運が良いだなんて、

後で何かある…んじゃ……



え…?



そう、ルゼは悪魔だ。人間じゃない。

その特徴として、ルゼの背中には小さな翼が生えている。

赤黒い堕天使のような翼。

大きさを変えられるので今のサイズなら正面からは見えないし、見ても装飾だと思われるだろう。

それが俺の目の前で、くるくると回るルゼのせいで見えたり見えなかったり。


いや、待て。


なんで、翼が見えてるんだ?


「ルゼ、止まれ!」


俺はルゼに駆け寄り、肩を掴んで背中を見る。

そこには小さな一対の翼がある。

そして服には翼を出す為の切れ目が入っていた。

切れ目に触ってみると、ゴム製の生地でできており伸縮率が高い。


「ちょっと、ヤマトくすぐったいってっ、エッチィ!」


これは…完全に翼を出す為に意図的に作られた物だ。


「ルゼ、お前あの店主に悪魔だって事教えたのか?」

「え、教えてないよ? 家出る前に正体と翼は隠しとけよって言ったのヤマトじゃん」

「じゃあ、なんでルゼの服に翼を出す為の切れ目がある? これ、伸縮するから大きくしても大丈夫なように作られてるぞ…」


「あ…」


ルゼもやっと意味に気がついたらしい。

嬉しさでそこまで考えられなかったのか。


俺とルゼは走って服屋に戻ったが――――


先程まで俺達がいた服屋は、ただの廃墟でしかなかった。

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