第16話 示した者と目覚めた者



「…ハァ…ハァ……」



「大丈夫か…?」

「は、はい、いや俺から引っ張り出したのに…俺がこんな息切れしちゃって…すいません」

「いや、私の方こそすまない…。いざと言う時の適応力は高い方だと思っていたんだが動けなくなってしまった。お前が手を…あの、あそこから連れ出してくれて助かった」


噴水による水が弾かれる音が妙に心地良く感じる。

俺達は商店街から抜け出し、たまたま目に付いた公園へと辿り着いた。

平日だからか、周辺には今の所人は見あたらない。

それを確認しすると、ゆにはサングラスを外す。


「しかしギリギリでしたね。サン…おじいさんにはバレちゃったかもしれませんが…」

「そうだな。店主には悪い事をしたかもしれない」

「良いじゃないですか、有名な人が自分の商品を買ってくれたとなれば嬉しいんじゃないですか?」

「買ったのは君だぞ」

「あ、そうか」

「全く…君と言う奴は…」


ゆには呆れたような声を出すが、笑顔だった。


「今までこんな体験をしたのは始めてだ。もしバレていたらどうなっていた事やら」

「まぁ、その時はその時で皆でホットドックを食えば良いんですよ」

「ハハハ、それも良いかもしれないな」


最初と比べゆにの表情は大分柔らかくなった気がする。

俺はゆにを強引に付きあわせ、しかも正体がバレそうになったと言うのにそれも含めて楽しんでくれたようだ。

彼女の懐の深さに感謝し安堵する。


「ん? あれは何だ…?」


ゆにが少し離れた場所に来た少し変わった出で立ちの車に目を向けた。


あれは…志咲にもあるあれだよな…。


「多分アイスクリームの移動販売では? 平日のこの時間に見るのは俺も初めてですが…」


お昼時にはまだ早い。

平日ならば子供達も幼稚園なり学校なり行っているだろう。

まぁ、この町にも幼稚園と言う制度があるのかは知らないが。


「アイスってのはあの冷たい奴か。 調度良い。走って疲れただろう? デザートついでに食べるか」

「あ、いや俺は…」


先程のペンダントで俺の有り金は綺麗に0だ。

一銭すら残っちゃいない。


「今回こそは私がお金を出す。甘いものは嫌いか?」

「いえ、大丈夫です」


俺はゆにの好意を遠慮なく受け取る事にした。

ここで無理に断っても彼女に悪いだろう。

ゆにはサングラスを掛け直し、俺達はアイスクリーム屋へと足を運んだ。

看板を出しているので、開店はしているようだ。

ゆにが車内の店主に声を掛ける。

商店街では声を出すのを躊躇っていたが、今は気にもしていないようだ。


「すいません。アイスを二つ貰いたいのだが」

「いらっしゃいっ。お味はどれにしましょう」


こういったアイスを食べた事が無いのか

ふむ、とゆにはメニューを睨んでいる。


「大和は何が良い?」

「俺は…抹茶きな粉ですかね。」

「なら私もそれにしよう」


ゆには俺のチョイスを聞くと迷わず同じものを選びお金を支払った。

店主は初めて来た俺達に 毎度っ と一言言うと大きめなコーンに抹茶ときな粉のハーフアイスを乗せ、その上に黒蜜をかける。

甘い香りと琥珀色の輝きで一気に甘味への食欲を刺激される。


「まさか、たまたま来た公園で、しかもこの時間に本格的なアイスに出会えるとは」


抹茶単品のアイスならコンビニとかでも買えるのだが、こうしたコーン付きブレンドアイスは専門店でないと中々見られない。


「いやぁ、私もこの時間のお客さんは久々だよ。はいどうもっ」


俺の言葉を聞いていた店主が、ゆににアイスを渡した後そう言った。

やはりラーヴェンツでもこの時間に公園で移動販売するのは珍しいようだ。


「今日はたまたま来たんですか?」

「いや、昼頃になるとここにも人が増えるんだよ。弁当を持って昼食を取る人や、親子でお昼の散歩とかでね。わたしは町中で売った後に休憩がてら早めにここに来てるのさ」


なるほど、商店街では見あたらなかったが近くにいたのだろうか。

それともまた別のスポットがあったのかもしれない。


「客さんは朝から恋人同士でジョギングかいっ? 珍しいねぇ羨ましいよっ。家のかみさんも昔は可愛かったんだがねぇ…。 そっちのお客さんはグラサンで隠れてるがきっとかなりの別嬪だろう? これからも彼氏の為に綺麗でいてあげてな…」


俺は恋人などと一言も言っていないのに店主は勝手に暴走しだした。

そんな事を言えば、またゆにが自然と一体化を試みてしまうのでは…。


「はい、肝に銘じておきます」

「っ!?」


俺の予想とは間逆の反応。

ゆには平然と恋人として返事を返した。

適応力高すぎでは?


俺もアイスを受け取ると、二人で公園のベンチへと戻り腰かける。


「良かったんですか? あの人ほんとに恋人同士と思ってましたよ…」

「嫌だったか?」

「むしろこのまま親御さんに紹介して欲しいぐらいです」

「それは……面白いかもしれないな。命は保障できないが」

「えぇっ…そんな怖い人なんですか?」

「まぁな。せめてもう少し鍛えておいた方が良いかもしれない」

「精進します…」


他愛の無い話をしながら、それができることに嬉しさを感じる。

ゆには最初から俺に対して真摯に対応してくれていたが、この数時間で大分打ち解けたのは気のせいではないと思いたい。


「そういえばアイスと言いあれから結構な量を食べたな…。昨日は脂っこい物を食べたし夜まで我慢するか…」

「何を食べたんだ?」

「カレーみたいなシチューで…おいしいんですけど結構重いんですよね…。それ以外のメニューも肉料理ばかりで…」

「ああ、たしかにここらは肉料理がメジャーだからな。私も嫌いでは無いのだが…外で食べる時は大体和食にしている」

「え!? この町にも和食があるんですか!?」

「あ、ああ。あまり大きな店ではないのだが、昔からの行きつけでな。私の事情を知った店の人が、ご好意で開店の少し前や、閉店後にも入れてくれるんだ」


ゆにに他の客が気づくと面倒になるからだろう。

店の人がどう考えての事かはわからないが、彼女の語る様子を見るに、きっと純粋に優しい人なのだろう。


「もし良かったらだが、今度一緒に行かないか?」


なんて展開になれば良いのだが。

流石に今日あったばかりでそれは高望みし過ぎ…


「え?」


「今日はこの後実家に顔を出さなくてはならなくてな…。借りも返したいしまた今度時間がある時に一緒にどうだろうか?」

「行きますっ! 絶対行きますっ! 死んでも行きますっ!  でも俺ちゃんとアイス貰いましたよ!?」

「いや、アイスだけでは割に合わないだろう…お前には、その、素敵な物も貰ったしな…」


ゆにはいつのまにか首に掛けていたペンダントを取り出す。

それを嬉しそうに眺めているが、よく考えると今回のお金は俺が働いて稼いだ物ではなく、人から貰ったお小遣いで買った物だ。

なんとなく罪悪感と悔しさが芽生えてしまう。

志咲と靖旺では同じ通貨を使っているが、ラーヴェンツの通貨に換金できたりするんだろうか……。


「まぁ、とにかく、約束だぞ。 連絡先は後で教えるから大和のも教えて貰って良いか?」


俺は何かあった時の為の連絡用としてホテルの電話番号を教えられていた。

勿論今がその何かあった時だ。俺はすぐさま番号を思い出すと。


「勿論ですっ」


と。今までに無い真剣な顔でゆにに頷いた。




―――――――――――――――

――――――




「………遅いですね」


ルゼさんが顔の落書きが取れないと私の部屋の扉を凄まじい勢いで叩き、私の体へとダイブしてから数時間。

大和さんがいつから外へと出掛けたのかはわからないが、朝食の時間はとうに過ぎている。

今の所、この町は平和的な印象だが、流石に長時間の単独行動までには気が許せない。


「な、ナノぉと、とれ、とれたぁ?」

「あ、すいません。うーんなんとか落ちそうですね」

「なんか雑じゃない?」」

「そ、そんな事はありませんよっ?」


私は顔の書置きをそのままにしたルゼさんと、まずは朝食を済ませた後、それを消す作業に移っていた。

洗顔で軽く洗ってタオルで擦り、なんとか文字を消していく。

それにしても白くて綺麗な肌だなぁ…なんか同じ人間とは思えない。などと我ながら呑気な事を考えていると、


扉が開いた音がした。

ノックが無かったので恐らくこの部屋に泊まっている期限付きの主である可能性が高い。


「フフフゥ~♪ ただいまー…なにやってんだ?」


大和さんが泊まっている部屋でルゼさんの顔をタオルでごしごしと擦る私。

まぁ なにやってんだ。 と言う言葉は場違いではない。

が、その前に言うべき事があるのは確実だ。


「大和さんこそっ! 今まで一体何をしていたんですか!?」

「ああ、ちょっと早くに目が覚めてな。少しジョギングに出掛けたら思ってたよりも時間を掛けてしまった」


ただのジョギングにしては時間を掛け過ぎじゃないだろうか。


「なら私を起こしてでも良いから一言言って下さい…。この町にはマナを扱えるシエル軍学院の人間がそこらじゅうにいるんですよ?」

「まぁ…確かに…、すまなかった。だけど書置きは残したぞ?」


大和さんがルゼさんの顔をじっと見る。

ルゼさんはそれに頬を膨らませて激高した。


「残したぞじゃないわよっ! 何すんのよ! 私の顔はメモ用紙じゃないのよっ!! 洗っても取れないしっ馬鹿じゃないのっ!!」

「そうですよ大和さん。書置きならちゃんとした物に残して置いてください」

「ルゼの顔はちゃんとしてるだろう。菜乃…それは流石に酷いんじゃないか? 俺は綺麗な顔だと思うぞ?」

「すいま…はっ!? いや、そうい意味ではなく……いや…えっ!?」


私今何か間違った事を言っただろうか。


「綺麗とか、そんなこと言っても許さないよっ」


大和さんが珍しくルゼさんを褒めたような気がしたが、ルゼさんの怒りは収まらないようだ。


「ルゼ、この町でも本格的なアイスクリーム屋を見つけたから今度一緒に行くか」

「アイス食べたいっ!!」


えぇ………。

何故かいつもより上機嫌に見える大和さんはルゼさんをいとも簡単に丸め込む。

いや、それはいつものことか。

ルゼさんが只者で無いことはこの数日で嫌でも理解しているが。

その兄である大和さんは、やはりルゼさん以上に異質なのかもしれない。


「遊んでいると雅さんに怒られますよ…」


二人を見ていると、神野崎家の重要任務の最中だと言う事なんて忘れてしまいそうになる。

二人に会えて良かった。

大和さんにもう一度会えて良かった。



――――そ――は――――あな―――の―――



「……」



大和さんが何故か文無しである事が発覚するまで、私達はホテルで今後の方針を話合った。



―――――――――――――――

――――――



二日目の朝。


昨日の夜は先輩達と夕飯を共にし、情報の共有を行った。

と言っても先輩達はこの町の散策、取材に出掛けていたぐらいで特に変わった事は無かったようだ。

まぁ観光気分で町を巡り、それを自慢してくる先輩とルゼさんに多少、まぁまぁ、

イラついた程度だ。

私からの報告は特に無かった。

昼までには学院での手続きが完了し、必要な教材を貰ったぐらい。

勿論その教材全てには目を通してあるし、夕食までに何もしていなかった訳ではない。

だがその努力はわざわざ報告する事でもないので、此方は今の所順調と伝えただけだった。


もし、報告するべき事があるのならばそれは今日からになるだろう。



ゴーン、ゴーン。


聞き慣れない鈍い音が鳴り響く。

この鐘の音がこのシエル軍学院のチャイムのようだ。


「雅さん。今日は通常の授業とマナの講習があります。初日はシエルでどんな事をしているのかを見るだけでいいので、焦らなくても大丈夫ですからね」

「はい、ありがとうございます」


女性教師に先導され、私はシエル軍学院の教室に向かっていた。

着慣れないシエルの制服をもう一度一瞥し、着くずしが無いよう整える。


すぅっと息を吐いた。

今日からシエル軍学院での教授が始まる。

普通、こんな時どんな事を考えるのだろう。、

周りにどう思われるか不安だ。授業について行けるかだろうか。

それとも友達ができるかどうか?

多分そう言った感情が普通なんだろう。

私にも多少はそのような感情が無いことも無い。

だけど私の中の大半の感情はいつもこうだ。


一体これから何が起きてくれるんだろう。


未知への期待感。未来への希望。これは多少なりとも誰もが持っている物だろう。

だけど私のソレは人よりも異常なまでに大きい物だった。

無論、初めからそうだった訳では無い。

四旺の長女として生まれ、求められて来た期待には全て応えてきた。

このまま決められたレールの上を辿り私の人生は終えると思っていた。

それも幸せの一つ、いや十分過ぎる程に恵まれた境遇と言えるだろう。

だが一つの出来事が私を変えた。


町の外に出たのだ。

訓練用ではなく、本物のibsとの戦闘訓練を行う為に。

ただそれだけ、ただそれだけの出来事が私を変えた。

今まで見た事の無かった広い世界。

私の知らない物が見渡す限り広がっていた。

私は町の近くにいたibsをなんなく排除した。

訓練用ibsと比べれば使用されている武器の殺傷性が高いだけ、だがそれすらも私には新鮮な出来事だった。


この光景を、今の気持ちを形に残したい。

この感情を失いたくないと思った。

それを唯一信頼を寄せていたリカルドに相談した。

すると彼はこう言ったのだ。


「では、これからはその気持ちを形にして残すのはどうでしょうか? 日記をつけたり、写真を撮ってアルバムにすれば、思い出が消えることはないですよ」


私はリカルドの言う通り、自分の体験を日記に記した。殆ど使うことのなかった小遣いでカメラも買った。

それを期に私の世界はどんどん変わっていった。

日記に書き留めるだけではなく、もっと色んな人に世界の真実を共有したいと思うようになった。

カメラで写した景色を皆にも見て欲しいと思うようになった。


そして私は記者と言う職業に目を付けた。


日々スキャンダルを追い。

真実を世間に知らしめる。

勿論評判やイメージは良い物ばかりではない仕事だったが、

私にはこれしかないと確信した。

それが四旺の長女として邪な考えだと言う事はわかっている。

だが私はその願望を持った時点で、四旺の人形ではなくなったのだ。

私にも生きる意味はある。私にだってやりたい事がある。

こうして今の私が形作られた。


ならば後はそれを貫き通すだけだ。

ラーヴェンツ、黒陽、と言う特大のネタを前に足踏みはしていられない。


それに先輩にルゼさんに菜乃さん。あの方達から目を離すなんてありえない。


その為ならこれからの事など踏み台でしかないのだ。


もう一度深呼吸をする。

気づけば教室の扉の目の前。

女性教師に続き、私はその扉の中へと足を踏み入れた。


なんら変わった事などない。


「この度、靖旺から短期留学生として参りました。四旺雅と言います。短い間ですがよろしくお願い致します」


先生からの紹介の後に、簡潔に自己紹介を終える。

余所者である私に対して多少の奇異の目は感じられた。だが生徒達が必要以上に騒ぎ立てることはない。

ここは軍学院なのだ。普通の学校と違い生徒達はただの子供ではない。

むしろ私など眼中に無い者も多いのではないだろうか。

空いていた席に座り教師の話に耳を傾ける。

留学生である私の事と、一ヵ月後に行われる実力試験の説明。

今日から数十日程度しか無いと考えると、不安が無い訳ではないが。

単純な戦闘力を測る試験ならば私も負ける気は無い。


しばらくして授業が始まる。

今回の授業内容は

「この世界におけるマナの特徴と変換」


テーマ通りの内容ならば基本中の基本と言える。

世界にはマナ満ち溢れており、それらは不完全な形で空間に漂っている。

例えば雪の結晶のように六角形の形をしていたと思われる水のマナの粒子がある。

思われる。と言うのは、その形のまま発見されるマナ粒子が極端に少ないからだ。

そして問題は、六角形に満たない粒子も、元の形が六角形だったと推測される事にある。


つまり、その形が完全な形だと言う事が分かっているのに、何故この世界にある大半のマナ粒子が、それに満たない不完全な形として存在しているのか、それが解明されていないのだ。

そして人類にとって重要なのが、

この不完全なマナをどう使用するのかと言う事。

マナの形が不完全な場合、その効力は本来の半分にも満たない。

その不完全なマナ本来の力を引き出し、さらに攻撃用のブラストに変換する為の制御機構がテスタメントと言う訳だ。


ここまでは基本中の基本。

きっと神野崎家など他の町の八大家でも習っている内容だろう。


「では、次にテスタメントを元に作られたリデルメントについてですが…これを簡単に説明できる者はいますか?」


少し間が開いた後に数人が手を上げる。見た目からして真面目そうな生徒達だ。

私は教師が彼女達の中から当てるだろうと予測していたがそれが外れる。


「四旺雅さん。でしたね…? 貴方はリデルメントの事についてはどこまで知っていますか?」


教師は私を直々に指名した。どういった意図だろうか。

純粋に言葉のままか、四旺がどこまで知っているのかを探りたいのか、

または嫌がらせか…、

私はその場で起立し、質問に対して素直に応えることにした。


「リデルメントとは先程先生が仰った通り、テスタメントを元に作られたマナ変換機です。ですがオリジナルとの違いはその汎用性。テスタメントを扱うに必要な最低限のマナ量の十分の一程度でマナの補強と変換を行うことが出来ます。これによって体内マナの活性化訓練にて、すこしでも適性がある者ならば扱えるようになります」


私は事前に貰っていた教本に記されていた通りの事を言った。

教師は私の知識になるほど、と言った様子で手元の教科書に視線を落とす。


「ですが、リデルメントには欠点があります」


視線を落としていた教師がすぐさま私の顔を見る。


「それは雷のブラストしか扱えず、その使用方法は多様性に欠けると言う事です。マナを圧縮し、超高速で打ち出す機構と、本体に纏わせる機構のみが開発に成功しており、それは雷のブラストの式でのみなりたっていますが、それ以外のマナでは他の基準に当てはめれる技術がまだ無い為、現状では雷のブラストのみリデルメントでの使用が可能となっています」

「ふむ… 確かに四旺さんの言う通りです。マナの数式と圧縮についてはまだ先の授業になりますが…靖旺でも同じ事を?」

「いえ、靖旺のとは異なりますが共通する部分もありましたので、たまたま覚えやすかった。と言うだけです」

「なるほど…どうやら知識もあり、予習もしっかりなされているようだ。もしわからない所があれば遠慮なく聞いてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


私は一礼して席に座る。我関せずの様子だった他の生徒達に、私への関心の目が多少向けられていた。

多分だが、私がまだ習っていない筈の情報を答えたお陰だろう。

シエルの一年生の授業がどこまで進んでいるか私は把握している。

この町に着いてリカルド達に命じていたことが、まず情報収集と調達。

それは、ありとあらゆる学院の情報と勉学の為の参考書だ。

本当は私が大和さん達と買出しに行った時、リカルド達には別で行動して貰っていた。

何故大和さん達には言わなかったか、まぁ深い意味は無い。

私は靖旺で周りから天才と呼ばれる程には記憶力や速読術には自信がある。だが二日でシエル軍学院全ての授業内容をある程度理解するには流石に苦労した。

そこを知られたくなかったのだ。

四旺家が持つラーヴェンツの情報など大半が既に昔の物。

私が糞真面目に参考書を読みまくり、寝ずに努力していたなんて、彼らからしたら私の柄ではないだろう。


まぁその努力のお陰で今のシエル軍学院の授業に付いていける訳だが、

いや、付いて行くだけでは駄目なのだ。

私は黒陽家に認めてもらう為にも価値がある者と証明しなければならない。

そしてこの町を知る為、あわよくばこの町の組織の中核であるシエル学院の生徒を味方にできれば上々だ。

勿論、出る杭は打たれる。との言葉があるように、

余所者の私がでしゃばるのが気に食わないと思う人が現れる可能性もあるが、それならそれで、その方達を黙らせる事ができたのなら生徒達も認めざる負えないでしょう。


―――――――――――


「では今日はここまで、お疲れ様でした」


一限目とは違う教師が退出する。

授業は既に二限目を終え、昼休みに入ろうとしていた。

二限目は小テストが配られた。

先生は私に、教科書を見ても良いのでわかる所だけ埋めていって下さい。と配慮して下さったが、

見なくても特に問題無く終えた。


「四旺さん。よろしいかしら?」

「はい」


眼鏡を掛けたいかにも真面目そうな生徒が声を掛けて来た。

髪は茶髪だが、染めた訳ではないのだろう。


「私は、木佐奈清葉と言います。生徒会の書記をしている者で今回私が学院を案内させて貰います」

「生徒会ですか…。わざわざすいません。四旺雅です。よろしくお願いします」


案内役はいるだろうと予想していたが、シエルの生徒会役員とは…。

一年でそれに抜擢されるあたり、木佐奈はかなり優秀な生徒なのでは…。


「四旺さんは昼食はお持ちですか? 無いのならば食堂へと案内いたしますが」

「シエルの学食ですか…是非お願いしますっ」


軍学院の学食…流石にレーションのような物しか無いなんて事はないだろうが、

今の所は普通の学院施設としての印象しか無い為に少し拍子抜けだ。

目新しい物が見つかるだろうか。


私達は二人で教室から抜けて食堂へと向かう。

この機会に木佐奈と仲良くなっておこうと思い、何から聞こうかと思案していると、

木佐奈の方から話題を振ってきた。


「四旺さんはさっきの小テスト、教科書も見ずに一番最初にペンを置いていましたが…大丈夫だったんですか?」


大丈夫って言うのは、問題を解けたのかって意味だろうか。

木佐奈は一番後ろの席だったから私の姿が目に入ったのだろう。


「一応、全て解けているとは思います。とは言っても此方で始めてのテストですからねぇ。返ってきたら0点! って可能性もありそうですが…」

「四旺さんなら流石に0って事は無いでしょう。授業でも先生の質問に全て答えていましたし。やはり靖旺でも同じような授業をしているのですか?」

「マナへの考え方は基本同じですねぇ。リデルメントの事は此方に来てから知ったので、それらに対するオリジナルのマナ数式は覚えるのに時間が掛かりましたが、此方も根本的な部分では大体同じでしたね。まぁ八大家が作られる前から考案されていた物などはラーヴェンツでも殆ど共通しているのでしょう」

「え…、リデルメントの事を知らなかったのに、先生の質問に答えていたのですか!?」


物静かな木佐奈の表情に初めて感情が表れた。


「はい、あれを初めて見た時は正直腰を抜かしましたねぇ。まさか量産化してるなんて…靖旺ではそこまでいってませんから」

「ちょ、ちょっと待って下さい! そんな事まで一生徒である私なんかに喋ってしまって良いのですか!?」

「別にこれぐらいなら構いませんよ。それに貴方はシエル軍学院の一年生にして生徒会の書記なんでしょう? 下手な事を言っても言いふらすような人間だとは思っていないですから」

「それは…信用してくれるのはありがたいですが…。私はそんな器ではないんです…。この役職もたまたま情報処理能力に長けている事がきっかけで断れずに就いたものですから」


なるほど、そうゆう系か…。


「器ではない…ですか、まぁ無理に押し付けられるのは私も嫌いですね。でも少なくとも、私は案内役が木佐奈さんで良かったなぁって思っていますよ」

「私が?」

「だって普通の学院では無く、軍学院ですから、もっと意識の高そうな風紀委員とか、ございましてよ。とか言うお嬢様みたいのが出てくるかもと身構えていたんですが、木佐奈さんは普通に私に接してくれていますし、内心凄く助かっているんですよ? まぁそういう方々がいても楽しそうではありますが」

「あはは…そこまでキャラが強い人は流石にいないですけど…でもやっぱり意思の強い人や、負けず嫌いな人は多いかも。その人たちに比べると私は何も無いだけなんです」


リカルド達の調べによると、この軍学院に入るだけでも並みの努力じゃ難しいのだとか、

木佐奈がこの軍学院に入った事情はわからないが、もう少し自信を持っても良いんじゃないだろうか。

とは、言えませんか…。昔の私がそうでしたし。何も無く、ただそこにあるだけ。

彼女には自分の 好き がまだ見つかっていないのでしょう。


「なんだか貴方とはもっと仲良くなれる気がしてきました。お昼で女子会と行きましょうか!」

「じょ、女子会ですか!?」

「ええ、お友達も呼んでも構いませんよ? とりあえず席があるか確認しましょう!」

「わ、私よりもう慣れてる!?」


木佐奈を連れ立って私は和食は無いのかとメニューを睨むが、そこまでは都合よく用意されていなかった。




――――三日目の朝――――



「おいしいんだけどなんかちょっと飽きてきたかも」

「贅沢を言うな」


ルゼが朝食のスクランブルエッグを摘まみながら愚痴を垂れる。

朝食はバイキング形式で、どれも今ままでに食べた事が無いぐらい美味であったが、

パンやサラダ、スクランブルエッグなど朝食としてメジャーな物以外は濃い味付けの物が多かった。

特にルゼは20種類ほど用意されたソーセージの類を三日目にしてコンプしている。


「これだけの料理を作れるんです。厨房に言えば望む物を作って貰えるのでは?」


吉村が提案する。


「ヤマトの家にあったみそしる作ってくれるかな」


流石にここまで行動を共にしてきただけあって、警護隊の隊員ともだいぶ打ち解けてきた。

他の隊員の日向野とリシトの皿を見るとバランスよく栄養を取っているように見える。

それに比べると隊長のリカルドの皿は肉ばかりだった。


「野菜は苦手でね…いつもはレイラにどやされてるから多めに見てくれ…」


以外だ。レイラに怒られているリカルドを見てみたい。


「そういえば、レイラさん達は大丈夫なんですか?」


菜乃がリカルドに尋ねる。確かに俺達には情報が来ていなかったな。


「ああ、レイラの部隊は病院で無事治療を終えたそうだ。重症だった木田、三原はしばらく安静にとの事で、レイラと羽柴には治療と護衛を兼ねて病院に待機させている」


どうやらリカルド達は連絡を取り合っているようだ。

死人が出なかったのは不幸中の幸いだったな…。


「今日は確か雅はクラス内の模擬戦があるんだよな…俺達はその間に情報収集…ほんとにそれで良いのか?」


昨日の夜も雅とは話した。どうやら留学二日目にしてクラス内実技授業があるらしい。

雅は、一日目から友達もできましたし順調ですよ! と勇んでいたが大丈夫だろうか。


「いざと言う時はルゼ殿にも動いて貰う事になる。それまではお嬢様の変わりに町の様子を探ってもらうのも大事さ。ただ細かい所までのマッピングはしなくて良い。路地裏などに入っては何が起きるかはわからない。そういった事は私達にまかせてくれ」

「俺達は一応殺人犯を探しにこの町に来ました。そういえばそれの言質もとっていないですし…。いっそ今日は黒陽ゆりさんに聞いてくるか」

「あの人なら答えてくれそうですけどね」


菜乃も同じ事を思っていたようだ。

あの人はわざわざ隠すような事はしないだろう。


「それは今は待って貰いたい。お嬢様の留学は始まったばかりだ。念の為慎重を期したい」


まぁ今すぐしゃないと確認できないと言う訳でも無いしな…。

正直言ってしまうと、志咲で死んだ人と面識があった訳でも無いし焦る必要も無い。


「わかりました。…なら今日はヴェロニカさんに会いに行ってみるか。楓さんが会いに行っても良いと言っていたし」

「事前に連絡してくれれば当日でも良いと言っていましたね。是非ルゼさんも一緒にと。ルゼさん人気者ですね」

「ヴェロニカってだれだっけ?」


菜乃の言う通りヴェロニカはルゼをご所望らしい。

楓の話では、ああ見えて可愛いものが好きなのだとか……ルゼはすでに誰か忘れてしまっているようだが。


「ではそちらは大和君達に任せよう。我々は病院に行ってから少しやる事がある」

「え、リカルドさん達行かないんですか? ヴェロニカさんがいる所って軍事施設って話ですよ?」

「彼女はルゼ殿と会いたくて招待したのだろう? 私達が行けばそれは偵察になってしまう」


それの何がいけないのだろうか。


「あーこれは隊長のこだわりって奴ですね」


日向野がつまようじで歯をメンテナンスをしながら答える。


「昔からめんどくさいところが多いっすからね」


それに便乗してリシトが深く頷きながら同意した。


「うるさい。俺達には別にやる事があるし、俺達がいては向こうの警戒も強くなる。それにあのヴェロニカと言う女性は女子供に手を出す輩ではないだろう」


確かに、卑怯な手を使うような人には見えなかった。

胸も大きかったし。

菜乃と佳代とゆにといい、胸が大きい人には悪い人はいないのかもしれない。

そういえば、ゆりも結構大きかったな。


「やまとまた菜乃の胸見てる」

「ふえっ!?」


何故ルゼは、いつも俺の視線の先を言い当てるのだろうか。

菜乃は手で胸を隠し、少し怯えた表情になっている。

それに対して俺は冷静に対応する。


「さて、そうと決まれば支度するか」


俺は何食わぬ顔で席を立った。


「あの大和さん? 今見てましたよね? 私の胸見てましたよね? あの、反応が無いとそれはそれで寂しいのですが…」


流石だ…とリカルド達警護隊の声聞きながら俺は部屋へと戻って行った。



――――――――――――――

――――――



――――ラーヴェンツ軍第一基地――――




旅装基地に似た出で立ちの一角。

一角とはいえラーヴェンツの一部を大きく占める広大な施設。

頑丈なフェンスに囲まれ、厳重な警戒態勢で守られたこの基地はラーヴェンツ軍の本部とも言える場所だった。

その建物内の司令室、銀髪の女性が受話器を置いた。



「ふぅ…」


ヴェロニカはコーヒーを飲み一息吐いた。


「本当に来てくれるとはな…リカルドだったか? 彼らが来ないというのは少し気を使わせてしまっただろうか…」


リカルド達は我々軍人に近い人間だ。ラーヴェンツの戦力は貴重な情報になるだろう。

だが我々も見られたく無い物などそのままにする筈が無い。大体この基地ある物は私の部隊と少しの兵器だけ。

これらはラーヴェンツの力を示す為にいずれ公開する事になる一部だ。

無論、全てをさらけ出す訳ではないが…。


「明確に全員招待と銘打っておくべきだったか…」


せっかくこの町に外部の者が来てくれたのだ。

できれば皆を歓迎したかったのだが…。

まぁいい。あのルゼちゃんが来てくれるのだ贅沢は言うまい…。

どうにかして楽しんで欲しいのだが、どうしたら良いだろうか、

小さい子供が喜ぶような事か…。


「ん? 所長からの着信…?」


珍しいな。私が研究所でお世話になった以来だ。


「はい、ヴェロニカです。…お久しぶりです。はい、確かにそうですが…」


彼は挨拶を済ませると淡々と用件を言い出した。


「な、それはどういった理由で……なるほど…はい、ほんとによろしいんですか?」


ありがとうございます。と礼を済ませ通信を切る。


まさかの提案だったが…なにも無い軍事施設が彼らを持て成すにはこれしかない…。

そうなると警護隊の皆がいないのは少し残念だが、まぁいい。

存分に楽しんで貰おうじゃないか。


「フフ…フフフ」


司令室にはニヤつきを隠せない、ヴェロニカの不適な笑い声が響いていた。



――――――――――――――

――――――



―――シエル学園戦闘訓練室―――


「ぬぐぅ…くっ」


鉄と鉄がぶつかる音が鳴り続ける。

黒と赤の影が一方的に、同じ黒と赤の四肢を狙い迫撃する。


「使えるならばマナを使っても良いとの話でしたが…必要無いみたいですね」


私はさらに鉄刀を振るスピードをあげた。


「うっ…」


相手の生徒もそれを全て防ごうと腕を果敢に振るが、一振りのフェイントに釣られ隙を作ってしまう。

しまったと思った時には既に遅い。

手に持っていた鉄刀は巻き上げられ、相手の顔には私が持つ鉄刀の先が向けられていた。


勝敗が決まった。


「参りました。認めます…口先だけではないようですね」

「ありがとうございます。これからも仲良くしてくださいね♪」


私は同じクラスメイトであるミーシャに笑みを向ける。

それを見たミーシャは一息ついた後、此方に近付き耳打ちした。


「昨日は失礼致しました。このクラスで貴方の事を疎ましく思っている人はいません。一人を除いては…」

「その方が…」

「はい、リカナ・アミニア。彼女はマナ感応訓練にて、このクラスで一番効力を大きく引き出した者です。リデルメント無しでもマナを扱えます。気を付けて下さい」


ミーシャはそう言うと外野にいる他の生徒達の方へ静かに去って行った。


「しかしまぁ凄い技術ですねぇ」


自らが持つ黒い鉄の刀を見る。

その中心には少し溝があり青く光っていた。

そして自分の腕と足に付けられたガードを一瞥し、制服のポケット内に付けられた四角い物体を手で触る。

これのおかげで鉄の刀は体に触れる寸前で必ず止まる。

ルゼさんの力ならわからないが、少なくとも私の力ではビクともしない。

この試合のルールは本人が降参するか、直撃判定を受けガードが光ればそこで負け。

お陰で怪我人を出さずに、安全に実技の授業ができる訳だが、一体どんな仕組みなのだろうか。


この特別な鉄同士じゃないと駄目らしいですが…これもリデルメントの技術の末端なんですかねぇ…。

量産する事ができれば中に浮く車とか作れそうですが…。


「退屈そうね? それとも疲れたのかしら? 少し休んでから始めても良いけど」


気づいたらリカナがブロンドの長髪をポニーテールにし、闘技場に上がっていた。

そういえばこのイベントがまだ残っていたな。

まさか、本当にクラスメイトの優等生に目を付けられてしまうとは…。


「いえ、お気遣いなく。私は元気ですよ」

「模擬戦とはいえ、ここまで勝ち残るとは以外だったわ。でも私は本戦に出なければならない。余所者と言うと失礼だけど、流石にいきなり来た貴方に負けるつもりはないから」


やはりシエルの優等生、理不尽に暴言を吐いてくるような真似はしないか。

そういう手合いの方が楽なんですがねぇ…。

きちんと礼儀を心得ている。

むしろ礼儀が無いのは此方の方だ。


――――――――――


昨日の帰宅時。

私は木佐奈に実力試験の事を聞いていた。

全学年のクラスから優秀者を一人選抜し行うこの試合。

ルールは相手を戦闘不能にするか、降参させれば此方の勝ち。

模擬戦のようにガードシステムは使わない真剣勝負。

装備は自分に見合ったものを扱って良い。

大抵の生徒はマナを制御しやすい銃型のリデルメントだが、才能ある者は近接型のリデルメントも扱える。

一定以上の成績を収めた物は、あらゆるリデルメントを試験運用し選定資格が貰えるそうだ。


「試験運用…それは優秀な成績を収めれば私も触らせて貰えるんですかね?」

「うーん、どうでしょう? 雅さんはオリジナルのテスタメントを持ってるんですよね?」

「まぁ、そうなんですが。実力試験に出るとなるとリデルメント知っておいた方が良いでしょうし」

「え!? 実力試験に出るつもりなんですか!?」

「ええ、優勝する為に来たような物ですから」


「聞き捨てならないわね」


私達が歩いていた前方の二人が振り返る。

そこそこ距離が空いていたのによく聞こえたな。

その聞き捨てならなかった方がリカナだった。


「その挑戦心は素敵だけど、この学院には幼少期から実力試験に出る事を目標にしている生徒が大勢いるわ。私もその中の一人、勝手に本戦に出るつもりでいられたら困るわね。そうよねミーシャ?」

「え、あ、まぁ…優勝は流石に舐めすぎかもしれませんね」

「出るからには優勝を狙うものではないのですか?」


純粋な疑問を問う。参加商品でもあるのだろうか。


「だからまず出る事が不可能なのよ。出場選手はクラスに一人だけ。つまりは私が出れば貴方は出られないのよ」

「なるほど、勿論他の生徒を舐めている訳じゃありませんよ。なにせシエル学院の生徒ですからね。それでも私には優勝しなければならない理由があります。その理由は言えませんけど」

「また…私だって出るからには優勝を狙うけど…その言葉は簡単に口に出して良い物ではないわ。それを明日の実技授業の模擬戦で教えてあげる」



そう言うとリカナはブロンドを翻し、足早に去っていく。

それに対しミーシャは軽くお辞儀をしてからリカナを追いかけて行った。



「昨日の帰宅時間、最後の最後でイベントフラグを立ててしまうとは…私も隅に置けませんねぇ」

「何をブツブツ言ってるのよ。準備はいいの?」

「おっと失礼しました。いつでも大丈夫です」


お互いが鉄刀を構える。

場外にいる教師がそれを確認し合図を発した。


「始め!」


―――――――――


リカナは動かなかった。

私も同じだ。


隙が無い。リカナは先程まで私に噛み付いていた人物とは思えない変わりようだった。

あの性格をからして一気に詰めてくると予想していたが、存外冷静に此方の出方を見ている。

此方が隙を見せたのなら私のガードシステムは敗北の判定を出す事になるだろう。


どうするか。


どちらかと言うと私は攻める方が得意だ。

いつもなら先制攻撃で流れを掴む所だが、今はシエルの生徒達の出方を見たかった。

だが既に理解した。リカナは強い。

それがわかった今、私が攻めない理由は無い。


――っ!?


リカナが凄まじいスピードで私の懐に踏み込んだ。

開いていた距離を一瞬でつめる。

リカナの掬い上げるような一閃を鉄刀で受け止める。

それを弾き、切り払うと彼女は距離を取ってかわした。

あの速さはマナによる身体強化だ。

身体強化と言っても、ただ筋肉量、運動神経を上げるような簡単な物ではない。

マナの固定と放出、それに耐える防護を調整しなければ成立しない技だ。


「ミーシャから聞いてはいましたが、ここまでとは…」

「貴方が来ないならこのまま行かせてもらうわよ!」


リカナが真っ直ぐ突っ込んできた。

そのスピードを乗せた一撃を受け流すが、すぐさま二撃目が繰り出される。

重い。この鉄刀自体がかなりの重量だ。

クラスに刀を振れない者はいなかったが、ここまで早く重い攻撃を繰り出せるのは彼女だけだろう。


鈍い鉄の音が耳に残る


リカナの三連撃を受け流し反撃の一太刀を振るう。

だがそのカウンターは虚しく空を切った。


「っ!?」


右側から、鉄刀に今までよりも重い一撃がのしかかる。


「今のは少し危なかったです」

「強がりを!」

「ええ、では少し奥の手を使いますね」


刀を少し引き、リカナの腹に蹴りを繰り出す。

それに寸前で反応したリカナは腕でガードするも吹っ飛んだ。


「なっ――」


鉄刀以外の攻撃は禁止されていない筈だ。

鉄刀からの致命傷はガードシステムが守ってくれるが、蹴の衝撃からは守ってはくれない。

何故他の生徒が使わないのか不思議だったが、禁止されていない以上使わない手は無い。


「行きます」


リカナが着地したと同時に鉄刀を振るう。


「ぐうっ…!」


彼女は私の一撃を止めたが、それはギリギリのタイミングだった。

そして、この姿勢では次の二撃目を止めきれない。

終わりだ。


「うぐっ!!」


だが、リカナは私が繰り出した二撃目を完全に防いだ。

あの体制からでは大した力は入らなかった筈。

例え鉄刀を私の動きに合わせたとしても、そのまま力の差で弾けた筈だ。

なら何故リカナが防げたのか、

それは今この場で、リカナが私の想定を上回ったのだろう。


「驚きました…今の一瞬で身体強化を片腕に集中させるとは…。ですが、今のでマナ欠乏症になりかかっていますね。もうマナは使わない方がいいですよ」

「うるさい…わね…ハァハァ…あんたの、マナは…どんなけあるのよ…あんただって無限にある訳じゃないでしょ」

「勿論です。私はファインドとしては下の方ではないでしょうか。まぁ…あのお二方が異常なだけな気がしますが…」

「お二方…? まぁいいわ。なら、泥試合になったってもう少し粘ってやるわよ…あんたのマナが尽きれば私にもまだ勝機はある…」

「なるほど…確かにリカナさんのような方々が相手ならば優勝は簡単ではないですね…」

「なんで私にもう勝った気でいるのよ…私はマナが尽きただけで…まだ動けるわ」


リカナは最低限のマナは残してあるのだろう。喋りながらでも息も整ってきている。

あそこまで回復が早いのはかなりの鍛錬をして来たに違いない。

追い詰められているようでリカナの表情は冷静だ。おそらくカウンターを混ぜつつ、私のマナを消費させればまだ勝敗はわからない。と思っているのだろう。

まだ勝負を諦めていない目だ。

私は騎士道精神なんて物は持ち合わせてはいないが、このまま淡々と終わらせるのは相手に失礼な気がする。

此方も少し本気を見せよう。


「では本格的に攻守交替ですね。今度は私がマナを使う番です」


「――――なに……?」


リカナが凍りついた表情となる。

彼女の額を流れる冷や汗は、マナ欠乏症のせいだけではないだろう。


「なにを言って」

「因みにですが、私はマナをまだ使っていません」


事実だった。私はこの試合だけでなく全ての試合でマナを使っていない。

それは何故か。

答えは単純だ。使う必要が無かったから。

数試合見て分かっていた。このクラスの平均は私に遠く及ばない。

単純な身体能力もだが、マナを扱えていない様を見るに脅威にはならないと思った。

だがリカナは違った。油断すれば負ける可能性は十分にある相手だった。

だがそれも、純粋な私の身体能力とリカナのマナを行使しての戦闘力と比べてだ。


「リカナさん。一年生なのに我流でそこまで自分を鍛え上げたなら凄いことです。ファインドにはファインドの鍛え方がある。それをしていないのにそこまで自分の体を鍛え上げ、さらにはあの状況でマナを瞬時に収束させるセンス。もしかしたら貴方は私よりも才能があるかもしれない」


「……才能?」

「ええ、貴方はもっと上を行ける。ですが、今この場では、私が先に行かせてもらいます」

「私はまだっ――――」



リカナが言葉を言い終わる前に判定が出る。

勝敗を決っする音が鳴り、リカナのガードシステムの光は、私が持つ鉄刀を薄く照らしていた。


「流石ですね。リカナさん」


今の一瞬にもリカナは僅かに反応していた。

意識的なのか、反射的にだったのかはわからないが、

残りのマナも使い果たし、彼女は崩れ落ちて私に抱きかかえられている。


「四旺…雅…」


私の名前を小さく呟いてから、リカナはそっと目を閉じた。



―――――――――――――――

―――――



「俺は、知らないぞ、何も知らない、何も見てないし、関わってもいない!」

「大和さん目を逸らさないで下さい! 貴方が当事者なんです! 貴方はルゼさんのお兄さんなんでしょう!?」

「その言い方だと、自分は関係無いと言いたいように聞こえるんだが」

「あ、不味いです! 見つかりました! 」


一人の兵士が此方に銃口を向けると銃が淡く光りだした。

と同時に廃墟の中から幼さを含んだ楽しげな声が届く。


「そこにいたんだ♪」


バヒュン、と軽い音が鳴ると兵士の後ろの廃墟から光弾が放たれた。

声を聞いた瞬間に心臓を鷲掴みにされたかのような表情へと凍りつき、兵士はとっさに前方に転がり、すぐさま立ち上がり走る。

それと同時に菜乃と俺も全力で兵士から逃げていく。

そしてその兵士の後ろから不適な笑い声聞こえてくる。


「アハッアハハハッ! 」


「ぐっ、くそ見つかっちまった! 抑えてたはずの二人はなにをやってるんだっ!? ハンデが欲しいのは俺達だ! なんなんだあれは!?」


兵士の嘆きが此方まで聞こえてくる。ご愁傷様としか言えない。

だが叫びながらも距離が近づいてきているのがわかる。さすがはラーヴェンツ軍の兵士。


多分、いや確実に、俺がこの中で一番運動神経が悪いだろう。

菜乃に付いていくのにも精一杯だ。


「大和さん。どうやら先程の方は追跡を辞めたようです。それかルゼさんに殺られたのでしょう」


菜乃が足を止めて振り返る。殺られたとか言うなよ。

死んだ訳じゃないんだから…。


そう、これは決して死人の出る事の無い戦い。

皆で楽しくわいわい競い合う。お互いの緊張感をほぐす為のサプライズエンジョイゲーム。


その筈だった。



―――――――――――――――

――――――



俺と菜乃とルゼは、約束通りヴェロニカの元をへ訪れていた。

律儀にもホテルまで迎えをよこしてもらい。数十分で基地まで送ってもらうとヴェロニカ本人が迎えてくれた。


この人中佐だったよな…良いのか俺達の相手なんかしてて。と正直思ってしまう。


ヴェロニカは以前通りの堂々とした挨拶を終えた後、基地内を案内してくれた。

やはりリカルド達は来た方が良かったんじゃないだろうか…旅装基地に置いてあった物より数段デカイ装甲車や機関砲。

試作中の宙に浮くバイクや、銃型のリデルメントまで見せてもらえた。


何故か渡されたアメちゃん付きで。


俺とルゼと菜乃は、なんだかんだ初めて実物を見た気がするペロペロキャンディーを舐めながら、アホ面でヴェロニカの説明を聞いていた。

だって志咲と規模が違いすぎるもん。


「と、そろそろ物騒な物ばかり紹介してもルゼちゃんや君達も退屈してきただろう?」


ヴェロニカが唐突に立ち止まり振り返る。


「そんな事はな

「そこでだ! 我々とゲームをしようじゃないか。勿論報酬は用意してある」


なんだかヴェロニカがやけに活き活きとしている気がする。

この様子を見る限りだと、そのゲームとやらが今日の本命なのだろうか。

まぁ一人を除いてこの面子なら、王様ゲームなど良いんじゃないだろうか。

ヴェロニカや菜乃に命令するのもされるのも悪くない。


「報酬はラーヴェンツ軍に関わる情報を二つ。これはまだ公開していない物だ。一つはリデルメントに関する事と、もう一つは君達が勝ってからのお楽しみ。それとルゼちゃんにはラーヴェンツが誇る最高のパティシエが作った最高級のケーキを用意しよう」

「ケ―キッ!?」


今日一番の食いつきようだな。

予想だが俺達が負けてもケーキはルゼにくれそうな気がする。


「それで一体どんな王様ゲームをするんですか?」

「大和さん王様ゲームとは言ってませんよ…」

「それは軍の訓練でも使われていたリデルメントのレプリカを使って行うサバイバルゲーム。ハンデを背負った私の部下達八名を全員倒すか、制限時間を迎えるか、相手のフラッグを取れば君達の勝ち。君達が全員倒されれば私達の勝利だ」


サバゲーと言う奴か、クラスにやっている奴がいた気がするな。

名前は思い出せないが。


「八名ですか…ハンデとは一体どういったものなんでしょう?」


菜乃が心配するのも無理はない。八対三じゃ相当な差を付けなければゲームにならない。


「此方が扱うレプリカは引き金を引くと一部が光る。そしてその発光から三秒後に弾が発射される。そして体には訓練用ギプスを装着しており身体機能は三分の二といったところか。君達の残機は二ずつ。部下達は一度でもヒットしたら終わりだ。ステージはまだ未処理の廃墟区域。ここは部下達も地理を知らない。君達だけにはMAPが用意してある」


ふむ…レプリカ銃が光ることによって場所も把握しやすく、さらには三秒の時間差攻撃で連射は効かず避けやすい。

相手はギプスで動きを制限され、此方は一回までなら被弾しても良い。

時間まで耐えれば俺達の勝ちで、しかもMAP付きか。

それでも人数差が厳しい気がする。


「おぉ~~~っ凄く面白そうだね!」

「そうだろう、そうだろう」


既にルゼはやる気満々だ。

そういえばこっちにはコイツがいたんだった。

まぁ、変な事はしないように念を押してあるから無茶はしないだろう。

ラーヴェンツ軍の情報とやらも気になるが、所詮はゲームで得られる情報。

あまり深く考えずにやってみようではないか。




と、思っていたのだが―――――――




「大和さん! 回想して現実逃避している場合ではないですよ!? 本当にルゼさんは大丈夫なんですか?」

「いや、まぁ、人前で飛ぶなとは言ってあるし、あまり無茶するなとも言っといたんだが…」


『大丈夫~羽はつかわないし無茶もしないよ~! ちょっと行って来るねぇ!』

と言い残しゲーム開始早々消えてしまった。

そして数分後、MAPに表示されている相手の数がいきなり三人分減った。


「あ、大和さん! MAPの表示がまた減りました! 相手はあと三人です。どうやらルゼさんは近くで戦闘しているみたいですね」

「おかしいな。フラッグを取れば勝ちなのに、なんであいつは残りの部隊を襲撃してるんだ」


もしかしたらルゼは基地内見学、いや、この町そのものに飽きていたのかもしれない。

龍を倒してからとくに大きな事件は無かったし、犬が久しぶりの散歩で自分を抑えきれなくなる程にテンション爆上げして疾走してしまうかのように、力を発散したかったのかも。


「行きましょう! 手遅れかもしれませんがマナでも使ってしまえば完全にルゼさんがファインドだとバレてしまいます」

「それか悪魔だと思われてしまうな」

「何アホな事言ってるんですか! 行きますよ!」


俺は菜乃に凄まじい力で引きずられ、行きたくもない戦場へと駆り出された。

ていうか菜乃の俺への扱いが雑になって来ているような気がする。


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