第17話 戦端の引き金


「こっちだ!」


兵士の銃が光を放つ、それはルゼに対しての攻撃の合図だった。


「フフフ、次は貴方ね♪」


銃から光弾が発射されるもルゼは身を少し傾けて避ける。

既に来るとわかっている攻撃など脅威にすらならなかった。

ルゼが使い慣れた愛銃かのようにリデルメントレプリカの銃を乱射しまくる。

兵士は廃墟の残骸を利用し身をかわすが、徐々に追い詰められていく。

もう一度ルゼに攻撃を試みる。

だがこのゲームを始める前から決められていたハンデ、トリガーを引くと銃が発光。そして三秒後に発射されると言う仕様によりルゼにはたやすく攻撃のタイミングを読みきられてしまう。


だがそれも狙い通り、目立つというならばそれを利用する他ない。


ルゼの後ろには銃を構えたもう一人の兵士がいた。

一人を囮にし、ルゼの背後を取る。元からそれが狙いだったのだろう。

銃が発光。その三秒後、ルゼに光弾が発射される。


「やっと出て来たね」


ルゼは後ろから飛来した光弾を光弾で打ち落とす。

そのまま後方に向けて引き金を引き、最初に追っていた一人を脱落させた。

そして今しがた姿を現した兵士の息の根を止めようと、次弾が発射される三秒前に距離を詰める。


「ひっ」


兵士は迫るルゼから背を向け逃げる。

その表情はまさに悪魔に対する恐怖の表情だった。

相手が子供と言う認識はとうに捨て去り、敵と認め、今では手に負えないナニか、とすでに兵士達はルゼをそう捉えていた。


「くっ」


兵士は逃げ回った挙句、半壊した建物の一室へと追い詰められる。

退路は断たれ、ルゼから餞別の言葉が送られた。


「もう一人は何処にいるのかしら? まぁいいか。貴方には先に死んで貰うわね」


慈悲は無い。

逃げ場の無い一室でルゼは銃口を相手に向ける。

その表情は屈託の無い笑み。

今から相手を屠ろうと言うのに、この娘にはそれを感じさせない異常さがあった。

そう、この相手は普通ではないのだ。


だがラーヴェンツの一兵士には既に十分理解していることだった。


「もう一人だって? そんなに会いたきゃ……会わせてやるよ!!」


兵士が壁に立て掛けてあったクローゼットに手を掛け、床に叩き付けた。


「なにをっ…」


ルゼがその行動の意味を探る前に床に亀裂が入り崩落する。

罠だった。

仕掛けていたのか、既にそうあった物を利用したのかはわからない。

だがルゼは落下する直前、してやられたと理解した。

あの兵士は追い詰められたフリをして自分をここに誘導したのだ。

廃墟の一階の床が崩壊し、地下一階の床に叩きつけられまいと受身を取る寸前。


「「今だ!」」


男と女の声が聞こえた。

囮は二重だった。一人は先程しとめた一人、もう一人はこの部屋への誘導役だ。

本命の女兵士はすでにこの地下に潜んでいたと言うわけだ。

そしてルゼの残機は二つ。

今の誘導役と潜んでいた兵士の攻撃を同時に受ければゲームオーバーとなる。

この状況ふまえて、落下しながらも既に発射体制に入っていた兵士と潜んでいた女兵士はルゼに向かって光弾を放つ。


炸裂。

光はルゼの身体を捉えると眩い閃光を発した。


「やったか!?」


男は確かな手ごたえに勝ちを確信する。

地下の暗闇を照らす閃光と崩落の際に発生した煙が晴れていく。


「にげ…て…」


女兵士の声がした。

天井から挿す光で辛うじてわかる。

女兵士はルゼの足元で倒れた。


なにがおこったのか。

ルゼの手元には女兵士のリデルメントレプリカが握られていた。



「エリナァ――――ッ!」



男兵士が女兵士の名前を呼ぶ。

二人がどういった関係かはわからないが、親の仇と言わんばかりの形相で男兵士はルゼに銃口を向け引き金を引く。

放たれた光弾をルゼは持っていた女兵士のリデルメントレプリカを投げつけて打ち消した。


「やるね。まさか一回やられちゃうなんて思わなかった」


ルゼの残機は確かに減っていた。

だがそれは一機だけだ。ルゼは床が崩落し、受身を取る寸前、エリナの光弾を今のように自分のリデルメントレプリカを投げつけて打ち消していたのだ。

そして、瞬時に自分のリデルメントレプリカを拾いあげ、エリナのリデルメントレプリカを奪い。

ルゼの攻撃によりエリナは帰らぬ人となった。


「そんな…」


男兵士には反撃する気も無かった。

渾身の一撃を防がれ、仲間を全て倒されてしまうなんて誰に予想できただろうか。


「あれ? もう終わり? 他には何か無いの?」


ルゼは膝をついた男兵士に疑問を投げかける。

その言葉は相手を貶す物ではない。子供が持つ純粋な探究心や好奇心から来る物のように思えた。

それが男兵士には悔しくてたまらなかった。


「ねぇねぇ。どうしたの? 戦わないの?」


ルゼが男兵士の顔を覗き込む、そのどこまでも無垢な行動に、既に敗者と化した兵士に少しの迷いが生まれる。

今なら、刺し違える事ができるのでは無いのかと。

今まで散って言った仲間を思い返す。

ここで諦めてはいけない。最後まで戦い抜く。それがラーヴェンツ軍ではなかったのか。

消えかかっていた闘志に再度炎が灯り、瞳に輝きが戻る。

俺はまだ終われないと。


「やりすぎだアホ」

「いてっ、なにすんのよヤマト」


これ以上何かが起こる前に、ルゼに声を掛けて頭にチョップをお見舞いした。

止めに入るタイミングを逃し一部始終見ていたが、あまりにも酷い。

まるで虐殺だ。


「無茶すんなって言ったろ…」

「してないもん。私ケガ一つしてないよ」


お前自身の事を言ったんじゃなくて、周りの事を考えて言ったんだが…。

まぁこれは俺の言い方が悪かったか。


「そういえば、ナノは? まだ生きてるの?」

「上にいる。お前が一人で暴れまわったお陰で俺達は誰も相手してないよ」


せっかくのゲームだと言うのに俺は銃を一回も撃っていない。

菜乃はこういうのにあまり興味ないかもしれないが、俺は少し残念な気がする。


「あ、そういえばまだ終わってなかったか」


俺は呆然と此方を見ていた男兵士に自分のリデルメントレプリカの引き金を引いて、このゲームの幕を下ろした。



―――――――――――――――

――――――



「おめでとう。君達の勝利だ!」


ゲームを終え基地に戻るとヴェロニカが盛大に迎えてくれた。

いつも間にかヴェロニカの後ろには、先程戦った部隊の面々が並んでいる。

老朽化した廃墟を利用した事に、やりすぎだとヴェロニカから摂関をくらっていたが、

今では先程の戦いが嘘のように、皆凛々しい顔付きへと戻っている。


「いやはや…今日の戦闘は大型ibsと出会った時よりも緊迫したものでした。我々の完敗です」


最後に生き残った男の兵士が頭を下げ、それに続き他の部隊員も頭を下げた。


「いや、本当に良い物を見せて貰った。こう見えてこいつらは私の部隊の精鋭だったんだがな。勿論手加減するように言っておいてんだが、まさか本気を出してルゼちゃんに壊滅させられるとはな。元々何か心得があったのか?」


ヴェロニカは笑顔でそう言う。

良い物で済む話だったのだろうか。

それに心得と言っても、ゲームとはいえ小娘が大の大人、八人を圧倒した訳だが、

ヴェロニカはなんの疑念も抱かなかったのかと思いつつも一応それに答えておく。


「実はルゼは地元でサバゲー界の童神と言われてましてね…ハハハ。いやぁ此方が得意なゲームで良かった」

「なるほど、そういう事だったのか」


それで納得するのかよ。


「ヴェロニカさん。ラーヴェンツ軍の情報と言うのは教えて貰えるのでしょうか?」

「ケーキッ!!」


菜乃が恐る恐るヴェロニカに尋ねる。

約束を違える人ではないだろうが、若干反則的な勝ち方をしてしまったので聞きづらいのだろう。

ルゼはもう少し空気を読んで欲しい。


「ああ、わかっているとも。きちんとケーキも用意してあるさ、全員分な。それを食べながら話そうじゃないか」

「やったー!」


ルゼがはしゃいでヴェロニカについていく。

菜乃の顔を見ると若干嬉しそうに見えた。

やはり女子だから甘い物には興味があるのかもしれない。



俺達は食堂へと案内された。


「では、諸君。遠慮なくいただいてくれ」


目の前にはケーキと紅茶が用意されていた。

ルゼや菜乃はショートケーキ。俺はチョコケーキにした。

そしてヴェロニカもショートケーキを取り、他の皆もそれぞれ好みのケーキを選んでいく。


「本当に全員分用意してたんですね」


そう、食堂には俺達だけではなく、先程ゲームで戦ったヴェロニカの部隊も来ていた。


「昨日の敵は今日の友、と言うだろう? すでに我々は食を共にする戦友だ。それにこの基地の指揮権は私にあるが、今回私の提案で付き合せたのは事実だからな。疲れた後は甘い物が良いだろう?」

「中佐はたまにこうして差し入れをくれるんです。疲れた後は甘い物って言ってますが、ただショートケーキが中佐の大好物ってのもありますけどね」

「おい、エリナ。敗北者にはレーションの方が良かったか?」

「いえ、甘い物が大好きなのは私です! いただきます!」


エリナ、最後の方でルゼにやられてた女兵士か。


「この部隊は男女混合なんですね」


軍と言えば堅苦しいイメージがあるし、風紀的にどうなんだろう。

見た感じ男と女で半々と言ったところか。

色恋沙汰とか起きないのだろうか。


「勿論普段は女性部隊と男性部隊で分かれているよ。任務の内容も役割も違う。だが今回のように、必要に応じてその中から私が少数を選抜する時はある。まぁ部下が色恋に現を抜かす事に文句は無いさ。だがそれで任務に支障をきたすようなら、この基地に必要はない。こいつらもそれをよくわかっているだろう」


まぁ学生じゃあるまいし、そこらの分別は流石についているか。


「私はヴェロニカ中佐一筋ですけどね!」

「なに言ってんのよ。貴方には勿体無いわよ!」

「まぁ、恋つっても殆どが中佐のファンだからなぁ…」

「俺も中佐が理想のタイプですよ!」


いや、完全に学生のノリだこれ。


「んー私は大和君? 結構好きよ?」

「ほぇっ!?」


斜め向かいに座っていた少し大人なお姉さんから、予想外のアピールを貰う


「僕も気になるね。君とルゼ君は一体何者なんだい?」

「う…」


何故男性からもアタックされるんだ。

もしかしてそっち系…?

それならば女性トラブルも起きない訳だ。


「君がルゼ殿を指揮していたんだろう? 龍に襲われていた時の子だと気づいて、只者では無いと思ったが、まさかあれ程とは…」

「…いや、俺は何も?」

「…大和さん」


菜乃が俺の腕を小突いて耳打ちをする。

力加減を間違えたのだろうか、ちょっと痛い。


「多分ですが、最後に大和さんがルゼさんを止めてゲームを終わらせたでしょう? あれで大和さんがボスだと思っているようですよ」

「はぁ? 俺はボス猿なんかじゃねーぞ」

「それはルゼさんの事をさ…なんでもありません。とにかく最後の終わらせ方は最悪でしたよ。ルゼさんを制止してなんの感傷や感慨もなく、冷静に男兵士さんに止めを刺した大和さんを皆何者だと言っていました。これからはもう少し相手を労わって引き金を引いてください」

「引き金を引く機会なんてそうそう無いだろ…。いや、あの時はどうせ後一人で終わるなら撃っておこうかな、と思っただけで他意は無かったんだ」

「他意が無いから問題なんですよ」


しまったな。完全に余計な事をした。

只者でない悪魔は、見たまんまルゼだと言うのにとんだ風評被害だ。

俺はルゼのように無意味に相手をいたぶったりする趣味は無いぞ。

つかできないし。

いや…でもこれはありか?


「…はーい」


ルゼがいきなり返事をしだす。

何事かと皆目を向けるが、ルゼは黙々とケーキを食べているだけだ。

俺はその隙に菜乃に耳打ちし返す。 


「この状況を利用しておこう。ルゼが一番強いファインドだと疑われるよりは、俺に注目を向けさせた方が良いかもしれない」


菜乃からすっと顔を離す。

何故か菜乃の顔が少し赤いような気がする。

もしかして反対なのだろうか。


因みにルゼがいきなり返事をしたのは、俺が密かにルゼの袖を引っ張った時は黙っておくか、話を合わせろと前もって言ってあるからだ。

それに対して返事をされた事は予想外だったが。


「まぁ、俺はこう見えても一応、お嬢様の付き添いですからね。俺の指示通りに動けば誰でも容易な事でしたよ」

「ほう、大和君は参謀のような存在な訳ですな? いやはや見事な腕前、四旺の人間は侮れぬな」


我ながら余計な事をしている気がする。

俺の話を簡単に鵜呑みにするとは、皆良い人達なのだろう

後に志咲の人間だとバレた時、どういう風に思われるのかが少し怖い。


「君達がラーヴェンツの客人として来てくれて良かったよ。此方も情報の開示のしがいがあると言う物だ」


ヴェロニカがショートケーキを頬張りながら満足げに言った。

この場で教えて貰えるのだろうか。


「約束通り、ラーヴェンツ軍の二つの情報を提供しよう。まぁこの情報が君達に有益になるかはわからないが、とりあえず聞いてくれ」


ヴェロニカの部下達を見る。皆何気ない顔でケーキや紅茶を楽しんでいる。

つまり俺達に開示する情報と言うのは、この人達にとっては大した事ではないのだろうか。


「一つは、リデルメントについてだ。マナをブラストに変換する装置。現在ラーヴェンツでは雷のブラストを応用することしかできない。多分だが、君達の調べではそうなっているのではないか?」


確かに、リカルド達から聞いている情報では、今だラーヴェンツではマナを雷のブラストにしか変換できないらしく、用途は限られる。と聞いている。ヴェロニカの口ぶりだと、リカルド達がラーヴェンツの情報を収集している事は明白なのだろう。


「まだ公表はしていないが、私達は既に雷のブラスト以外を扱えるリデルメントの開発に成功している。いや、まだ一応試作段階だったか。万人に扱える程には至っていないが、相手が雷のブラストしか扱えない。といったイメージは捨てた方が良いかもしれないな」


「それが何の属性までかは教えてくれないのですか?」


聞ける事はきちんと聞いておいた方が良い。

例えば雅が相対する相手が火のブラストを扱う敵ならば、風のブラストを扱う雅は不利になってしまう。


「うーむ、一つは風。としか言えないな。もう一つは…すまないが私でもわからない。何かを開発している。と言う噂は知っているのだが、それが何かまではわからないな。一つ以上ある。と言った情報を言っただけでも私は怒られるかもしれない。すまないがこの話はここまでで勘弁してもらいたい」


ヴェロニカが言うのならば、それは本当なのだろう。

わざわざ嘘を言って相手を惑わすような人には見えない。

まぁ、なんの確証も無いのだが。今の所、胸が大きい人に悪人無し。の説は有力だから信じる他ないだろう。


「もう一つの情報だが、ラーヴェンツは今や町としての規模を超え実際に国になろうとしている。これは世界が一度滅びたと言っても全てが無くなった訳では無いからな。残された物の差でこうなった部分も大きい。無論、黒陽家がこのラーヴェンツを率いてくれなければ、ここまで大きな町にはならなかっただろうが。だから私達は他の町の助力など必要とはしなかった。表向きはな」

「表向き?」

「密かに協定していた町があるのさ、特にリデルメントの部分はな。我々以外にもテスタメントの量産化を試みる町はいた。八大家に託されし、この世に存在しない物質により作られた存在その物がブラックボックスだったテスタメント。それを量産するには我らだけでは骨が折れたからな」


そういえば佳代にも似たような事は言われた。

俺はテスタメントの試作品を貰ったが、菜乃のテスタメントと違い大分小さな物だった。

同じ規格の物になると、時間も掛かるし、希少な素材を使わなればマナの循環機構が持たないらしい。

じゃあ、ルゼのテスタメントはなんなのか。あれはコストと使用者の負担を度外視で作られた最先端技術を結集したゴm…試作品と言っていた。

つまりきちんとしたテスタメンの正規品を作るには、かなりの労力と資源が必要と言う事だ。


「その提携していた町と言うのが?」

「アイドレントだ。あの町の家元とは昔から縁があるらしくてな。ibs掃討作戦時。別大陸にも関わらず参加してくれたのは黒陽家との繋がりがあったからと聞いている。それが最近まではリデルメントの開発に協力してくれていた訳だ」

「最近まで?」

「最近と言っても、10年以上前だが…既にリデルメントの製作において彼らと共有している情報は無い。つまり確定とは言えないが、リデルメントを所有しているのが我々ラーヴェンツ軍だけでは無いと思っておいた方が良い。アイドレントの技術は当初、我々程ではないとの認識だったが…今はどうだろうな。何を隠していても不思議ではないだろう」


アイドレントもテスタメントの量産化に成功している可能性があると言う事か。

志咲と靖旺では直接聞いた訳では無いが、そこまでの領域には至っていないだろう。

世界のパワーバランスはもしかしたら、予想以上に大きく傾いているのかもしれない。

というか志咲と靖旺が田舎なのでは…?


「今の私が提供できる情報はこれだけだ。まぁ大した事のない質問なら答えても良いがな。ケーキはまだあるから、存分に堪能してくれ」

「ケーキ欲しい。黄色い奴とって~」

「モンブランか、ルゼちゃんに出してあげろ!」


ルゼは兵士達にケーキを取ってもらい、紅茶のおかわりまで注いでもらっている。

どうやらルゼはここでも愛玩動物としての地位を獲得したようだ。


俺達はせっかくの機会なので色々な事を質問した。

なぜ皆は軍に入ろうと思ったのか、学院はどんな場所なのか、皆はどんな生徒だったのかなどを聞いた。

やはりこの町を象徴する組織、ラーヴェンツ軍を目指す若者は多いらしい。

ヴェロニカは昔はもっと口数が少なく、融通の利かない生真面目な生徒だったとか。

そんなヴェロニカさんも見てみたい。

それを暴露した部下は、ヴェロニカに睨まれていたが大丈夫なのだろうか。


俺達は他の町の武装勢力と歓談すると言う、滅多に無いだろう体験を終えて帰路についた。




―――――――――――――――

――――――




「大和さん、今日は色々と大変でしたね…。私は部屋に戻って少し休息を取ることにします」


俺達はホテルへと戻っていた。

流石の菜乃にも疲れが見える。まぁ殆どが心労だと思うが。


「お疲れ、夕飯にはまだ早いし、俺達も部屋に戻るよ」


廊下で挨拶を終え菜乃と別れる。

夜は今日の事をリカルド達に報告しなければならない。

俺も今の内にシャワーでも浴びて、少しでも休んでおきたい。


「ケーキおいしかったね」

「ああ、しかしよくもまぁ六個も食べたな。夕飯は抜いた方が良いんじゃないか?」

「よゆうよゆう」


ルゼとだらだら喋りながらキーロックを外し、部屋の中へと入る。

金目の物など持ってはいないが、部屋に異常は無いようだ。

俺が念の為に部屋を見渡し終えると、備え付けの電話が鳴り出した。

タイミングが良すぎないか。


「もしもし」

「お電話失礼致します。十義様にお電話が入っておりますが、お取次ぎしてもよろしいでしょうか?」


電話?

俺に? 何故?

いや、考えられる可能性は一つしかない。ゆにさんか…!


「勿論です」

「ではお繋ぎしますので、このままお待ちください」


受話器の向こうから少し高い音が鳴る。

どうやら回線が変わったようだ。

まさかこんなに早くに連絡を貰えるとは思っていなかったので、何を喋ろうか少し戸惑う。


「もしもし、君が十義大和くんだね?」

「………」


聞こえてきたのは男性の声、全く聞き覚えの無い老人の声だった。

急激な喪失感が俺の心を抉り取っていく。

できればこのまま受話器を置いてベットにダイブしたかったが、そういう訳にもいかないだろう。


「なんでしょうか」

「ん? お疲れだったかな? すまないね。急に電話をしてしまって。私はスロガーと言う。しがない研究者だ」


つい声が低くなってしまったが…なんだろうか、この老人。俺がさっきまで何をしていたか知っているかのような口ぶりに聞こえる。


「いえ、大丈夫です。そんなことより何故俺に電話を?」


普通、何か俺達に用事があるならば俺なんかより隊長であるリカルドや、雅本人に連絡が行くだろう。

なのに何故俺に電話が掛かってくるのか、全く検討がつかない。


「単刀直入に言う。私は君の妹であるルゼ君の正体を知っている」

「っ…」


正体。と言うからには、ルゼが普通の人間ではないとわかっている。と言う事だろう。

だが俺達はこの老人とは面識が無い筈だ。

いつからバレていたんだ。この町に来る前から?

いや、タイミングからしてラーヴェンツ軍でのゲームにより目を付けられた可能性が高い。

だがどっちだ。正体とはルゼがファインドである事がバレたのか、それとも悪魔である事を言っているのだろうか。


「この事は他の誰にも言ってはいない。私個人がその子、いや、私より歳が上ならばその子では失礼かな? まぁ、とにかくだ。ルゼ君と、その兄である君には是非会いたいのだよ」


ルゼの歳を口にすると言う事は、悪魔だとバレている。

向こうが悪魔と言う名称で認識しているかはわからないが、ルゼを歳相応の人間として見ていないのは確かだ。


「…なるほど、拒否をしたらどうなるのですか?」

「脅したくはないが、ルゼ君のデータを取る為にも他の者に正体を話すのをやむえなくなる。それはできれば私もしたくはない。勿論、危険な事はしないぞ。少し話を聞いてルゼ君のマナを見せて貰いたいだけだ。そうすれば、私の立てた仮説は証明されるからね」

「仮説?」

「それも直接会って話そう。会いに来るのは君達二人だけにして欲しいが、どこに行くかは仲間に伝えて貰って構わない。理由は…まぁ君に任せるよ」


何故だか俺達が既に行く流れにされている。

罠として考えるならば、自分の陣地でわざわざこんな回りくどい方法は取らないだろう。と思いたいが自信は無い。

だがもしここで拒否した場合は、ルゼの正体をバラされる。

さらにはデータを取られると言うのは、戦闘行為になる可能性があると言う事だろうか。

どの道危険な目にあうのならば、被害が少なさそうな択を選ぶしかないが…。


「本人がどうするかですね」

「ああ、それは勿論だ。出来ればすぐにでも確認して欲しいのだが?」


俺は振り向くと、こっそりと聞き耳を立てていたルゼと目が合った。


「どうする」

「私はどっちでもいいよ」


どうやら会話の内容は聞いていたらしい。

説明が省けたのは助かるが、お行儀は良くないのでいつかお仕置きするとして。



「行きます」



日が落ちかける頃、俺とルゼはまたも出掛ける事となった。




―――――――――――――――

――――――




ホテルにタクシーを手配してもらい、町の中心部に位置する研究所へと足を運ぶ。

菜乃には、護衛にルゼを連れてジョギング時に知り合った人と会ってくる。夕飯には戻る。と言っておいた。

菜乃は訝しげな表情で俺を見ていたが、その知り合いに悪いと思ったのか、ついて行く。とは言い出さなかった。


「こりゃまたおっきい建物だね」

「ここの所長とやらが俺達、と言うかお前に用があるそうだ。一応警戒しておけよ」

「りょーかいりょーかい。私が悪魔だって知ってるなら、人間じゃないかもしれないしね」

「げっ…嫌な事言うなよ。これ以上面倒なキャラ設定はごめんだぞ」

「面倒って何よ!」


勤務終わりだろうか、自動ドアから出てくる数人に奇異な目で見られる。

そりゃそうだ。学生服のガキと、金髪幼女がこんな堅苦しい研究所になんの用があるのか、事情を知らない人にとっては予期せぬ来訪者でしかないだろう。

自動ドアをを通り抜ける。

中はまるで駅のように改札が並んでいた。ここで社員証をかざさなければ本来は入れないのだろうが。


「十義様、ルゼ様ですね? 所長がお待ちしておりますのでご案内致します」


横にある受付から、スーツ姿の女性が声を掛けてきた。

俺は、はい。と返事をし黙ってついて行く。

改札横の扉の鍵を開けて、改札を横切る。

エレベーターに乗って地下三階へと降りた。


「この先に所長の部屋があります。私はここで失礼致します」


案内の人がお辞儀をしてエレベーターで帰っていく。

俺は志咲にある廃施設を思い出しながら、殺風景な廊下に歩を進め、奥にある自動ドアを潜る。

広い。中は何に使うかもわからない機械がズラりと並んでいた。

横を見ると壁はガラスが一面に張ってある。

向こう側には、銃型のリデルメントのような物が見える。見た感じ実験室だろうか。

だが今はそんな事よりも気になる事がある。


「いないな…もしかしてまだ奥か?」

「一番奥の横まで部屋は続いてるね……でも大和。ここなんの建物なんだろ」

「マナとかを研究する場所って聞いたが」

「……マナ、は確かに感じる。でもそれ以上に…血の臭いが濃い…」


は? と声を出そうとした瞬間、俺もそれに気がついた。

俺にすら分かる。思い出したくも無い血生臭い匂い。研究所という場所も、あの時の光景をフラッシュバックさせる。

廃施設で見た死体郡。あの時の物より、血の匂いは強く鼻を刺激してくる。


「何の研究をしてるんだ…。 まさか動物実験とかやってるのか?」

「獣臭くは無いけど…」

「まぁ少し覗いてやばそうなら、さっさと帰るか…」


俺達はゆっくりと奥へと進む。

不気味な程に人の気配が無い。本当にここに所長とやらがいるのだろうか。

嫌な予感を感じ部屋の曲がり角で歩を止める。

警戒しながら、奥へと顔を覗かせた。


「なっ…」

「うわっ」


俺達を出迎えたのは動物実験の後。

そんな生易しいものでは無かった。これは実験ですらない。

そして動物ではない。

これは、おそらくだが…人だ。

おそらくと言うのは、原型が半分以上残っていないからだ。

人体の殆どの血が壁に塗られているのかと思うほど、真っ赤に部屋を染め上げ、

かつて人であった肉塊が壁にもたれ掛かりうなだれている。

頭部には銃弾の穴のような物が開いており、腹部と思われる箇所は、捻じ切られたかのように肉が溢れていた。

そして死体の目の前にはどこかで見たようなハンドガンが落ちていた。


「まさか、これが、この人が所長なのか!?」


血で判断が遅れたが、着ている服は白衣だ。ここの研究員だろう。

案内の人がここは所長の専用の部屋だと言っていた。

ならば所長の可能性が高い。



「これは…まずい。ルゼ! 今すぐこの場を離れるぞ!」



ルゼに振り返ったとき、施設内に耳障りな警報が鳴り始めた。

それとほぼ同時に、リデルメントを構えた女性二人が部屋に入ってくる。


「動くなっ!」


なんのためらいも無く女は俺達に銃口を向ける。

この距離で撃たれては洒落にならない。俺達は部屋の奥へと身を隠し、会話を試みる。


「俺達は所長に呼ばれてきた者です! 巻き込まれたんだ! どうか銃を下げていただきたい!」


巻き込まれた事をハッキリと主張しておかなくては、どんな目に会うかわからない。

武装して来たからには、何があったのか既にわかっている筈だ。


「この部屋から、緊急信号が発令されました。何があったのですか?」


緊急信号? …つまり詳しくはわかっていないのか。

所長らしき人物が、その緊急信号を死ぬ寸前に出したのだろうか。

ともかくだ。ここは冷静に対処しなければならない。

まずは相手を混乱させぬように状況を説明しよう。


「所長と思われる人が、すぐそこで惨く死んでいます。俺達が来た時にはそうでした」


先程俺に問いを掛けてきた女性は、少しの動揺を見せた後リデルメントを下げた。

もう一人の女性はリデルメントを構えたままだ。


「わかった…。今そちらに確認しに行く」


女性は奥へと進み、死体を確認する。

流石に、この惨状を見て面を喰らっているようだった。


「これは…」


その間に、気づけばもう一人の女性も、角度を変えて死体を確認していた。

そして俺達にリデルメントを構えながら告げる。


「ここは本来所長しか出入りできぬ特別な場所だ。君達以外には立ち入った履歴は無い」

「知りませんよ。俺達が来た時には既に亡くなってたんです」


そうとしか言いようが無い。

履歴が無い。と言われてもそれはそっち側のセキュリティの問題だろうが。


「その銃…我々の町の物ではないな…」


女は死体の目の前に落ちているハンドガンを見つめて言う。

そうか…どこかで見た事があると思えば、これはリカルド達警護隊が所持しているハンドガンと全く同じものだ。


「私達は、武力で危険因子を排除する事が許可されている」


だからどうだと言うのだ。

俺達はこの銃は所持していなかった。俺達がやったなんて証拠は無いだろ。

疑わしきは罰せず。と言う言葉はこのラーヴェンツには無いのか。


「……こいつ」


ルゼの呟きが聞こえた。

確かに頭にくる態度だが、ここで怒っては何も解決しな


いと言いかけた時。凄まじい光と、なにかが弾かれたかのような甲高い音が聞こえた。

いや、聞こえたと言う次元ではない。目と耳が麻痺するほどに強烈な刺激が残っている。

実際に喰らったことは無いが、スタングレネードのようだと感じた。

何が起こった。何が起こっている。

それは一瞬の出来事だったが、目の回復がやけにゆっくりと感じられた。

ルゼだ。目の前にはルゼがいる

紅剣のテスタメント、ウリエスを構えて。


「ばかなっ、この距離でレールガンを弾いただとっ!?」


リデルメントを構えていた女性は、どうやら俺達に引き金を引いたようだ。

それをこの距離でルゼが防いだのだろう。

防いだのは良い。良くやった。流石だ。

だが、そもそも何故撃たれなければならないと言う考えしかできない。


「おい、まだこの子達が犯人だと決まっていないだろう!」

「今のを見ただろう! あの剣はなんだ!? こいつらは普通じゃない! 所長をこんな風に殺したのはこいつらしかありえない!」


二人の女性は言い争うが、攻撃を仕掛けて来た女性は、すぐに此方にリデルメントを向け、片方の手で無線のような物を取る。


「応援をよこしてくれ、所長が殺された。至急応援を頼む!」


馬鹿な。

ありえない。俺達は呼ばれたから来ただけだ。

意味がわからない。

あまりにも現実離れした出来事に、思考が追いつかない。


「ヤマト!!」


聞きなれない音がまた耳を刺激する。

ルゼがリデルメントの弾をまた弾きかえしたのだ。

そして、今まで攻撃して来なかった女性も渋々リデルメントを構え出した。


「ちっ どうするヤマト!? 殺す!?」

「それはまずい! あの二人を無力化してここは逃げるしかない!」

「わかった!」


ルゼは一瞬にして最初に攻撃してきた女性のリデルメントを切り裂き、腹部に蹴りを入れ吹き飛ばす。

それを目にしたもう一人も、ルゼに対して攻撃しようとするが、リデルメントの長身な銃口の動きはルゼを捕らえる事は出来ず。

後ろに回り込まれ、ウリエスの柄で殴られ気絶させられた。

女性二人に扱いの差があるのは多分気のせいじゃないだろう。


「奴は応援を呼んでいたな…。不味い」

「こっちに階段のマークあるよ?」

「非常階段だな。……そうか、もしこれがそうなら… ルゼ! こっちだ!」


俺達は非常階段は使わず、入ってきた方へと戻っていた。


「そっち!? えれべーたーしかないよ! まずいんじゃない!?」

「だからだっ これが仕組まれた事ならとっくに非常階段には待ち伏せされている! ならこいつをぶち破ってルゼの翼で上へと出る!」


ルゼは言われた通りエレベーターの扉をウリエスで切り溶かした。

上を覗くとエレベーターは動いていない。

使っていないのか、止められているのかはわからないが、この昇降する空間は結構な広さがある。

ルゼの翼を使えば、横を抜けて一気に最上階へと飛べるだろう。


「頼む!」

「あいさ!」

「いや、それじゃ腕ちぎれちゃうから、もっとこう背中から優しく抱擁する感じで頼む!」

「もー、悪魔に抱擁を求めないでよっ」


後ろの非常階段の扉から物音がした。

やはりあちらから来ていたと確信した瞬間。

凄まじいスピードで俺達は上階へと飛び立った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る