第18話 behind



エレベーターの扉を破壊し、最上階へと飛び抜ける。

そしてそのまま、突き当りの窓をウリエスの炎で割ると大空へと羽ばたいた。


「おぉおおっ、おおおおっ。は、離さないでくれよ!」

「大丈夫だって!」


ルゼは俺の両脇を抱えてさらに高度を上げていく。


「もう日が沈んじゃうね!」


激しい強風の中ルゼが叫んだ。

紫がかった水平線の向こう側に、微かな緋色の光は沈んで行く。

今の状況を忘れてしまいそうな程、高高度による風のうるささとは対照的に、静かで綺麗な光景だった。


だが下を見れば警戒色のランプがチラと目に入る。

景色に見とれている場合ではない。


「日が完全に沈めば俺達の事も見えづらいだろう! もっと高度は上げれるか!?」

「上げれるけど、今の状況でさっきの撃たれたら不味いよ!? 流石に目で見てないと避けずらいし!」


あれ、とはリデルメントのレールガンの事だろう。

確かにルゼの両手は今俺を抱えて塞がっているし、狙撃された場合どの方角から来るかも予想できない。

それに加え、ラーヴェンツには龍を葬ったミサイル装備があった事を思い出す。

町中で使用するとは考えづらいが、このまま空を飛び続けるのは恰好の的になるかもしれない。


「少し離れてから高度を下げよう! ホテルとは反対側だ!」

「ナノ達と合流しなくて良いの!?」

「既に回り込まれていると思う! それに向こう側にはシエル学院がある。あそこの生徒は、学生といえどリデルメント扱える戦闘員の集まりだ! 菜乃達が心配ではあるが、問答無用で攻撃されたあたり、菜乃達を巻き込むリスクが高いと思う!」


ルゼは黙って頷くと、中心部の摩天楼から一気に離れ、徐々に高度を下げて行った。



「よし、この辺りだ。一度降りて路地から移動しよう」


人気のいない広場に降りる。

既に中央部の先進的な面影は無く、アーヘン式の建築物が立ち並ぶ場所まで来ていた。


「ナノ達も今頃ドンパチやってるんじゃない?」

「どうだろうか、俺達は殺人犯の汚名を着せられてる訳だからな。流石になんの容疑も掛かってない菜乃達まで襲撃してるとは思えないが…それに近づいたところで、リデルメントで蜂の巣にされるだろ? いや、しまったな…もしかしてルゼだけなら行けたか?」

「ヤマトは私の保護者でしょ」

「言ってる場合じゃない。俺達は菜乃の護衛が最優先だ」

「私はヤマトから離れるつもりは無いよ。それに一人で見つかったら確実に殺されちゃうよ? 少なくともさっきの女はそのつもりだった」


ルゼが蹴り飛ばした女性だろう。

もう一人の真意はわからないが、奴は俺達を問答無用で犯人と決め付けていた。

状況的に疑がわれても仕方がないとは思うが、まさか殺されかけるとは思わなかった。


「…仕方ない。とりあえず、リカルドさんに教えて貰った廃墟に身を隠そう。発展途上のラーヴェンツには、いくつか廃墟区があるらしいからな。そこに向かう」

「その後は?」

「考えはあるが……。 状況次第だな」



リカルド達が日頃マッピングしていた地図を思い出す。

人気が無さそうな路地や、時間。緊急時の集合場所。身を隠せそうな場所などはあらかじめ決めていた。

まさかこんなにも早く活用する事にはなるとは予想外だったが、今はリカルド達の用心深さに感謝するしかない。

警戒しながら人気の無い路地を走り抜ける。


「あれ? 廃墟ってこっちだった?」

「ああ、着地地点よりできるだけ離れたいしな。それに欲しい物がある。出来れば今向かっている場所が良いんだ」

「――ヤマトっ」


ルゼが手を引っ張り、身を潜める。

路地から覗くと、二人のシエル学院と思われる制服を着た男性二人がいた。

その手には銃型のリデルメントを持っている。


「シエルの…男子生徒か…。そうか、確か向こう側に第二学院があったな…と言ってもここまで既に警備しているとは…」

「どうする? 殺す?」

「待て、お前は脳筋か」

「のうきん? かゆいやつ?」

「それは下の方だ。てかなんでそれは知ってるんだよ。俺が言ってるのは上にある脳みそだよ、脳みそ。脳が筋肉でできてるって意味だ」

「ああ、そういう…はぁっ!? 誰が脳みそが筋肉よ!!」


「いたぞっ!」


いつの間にか近くまで来ていた生徒にバレてしまった。

一人は無線機とハンドガンを手に、もう一人はリデルメントを構えた。

おそらく、あのハンドガンは形状からして居場所を知らせる為の照明弾だろう。

日頃のルゼの扱いのせいか、とっさに無茶振りを試みる。


「ルゼ! 光る弾を叩き落とせっ!」


俺が言い終わると同時に、男は照明弾を放つが、その照明は周辺の建物の屋根を抜ける事はなく。

路地内で沈黙した。

殆ど目で追えなかったが、一瞬ルゼが照明弾の弾にウリエスを構え、飛び掛かるのが見えた。

きっとそのまま、ウリエスの熱で完全に溶かされたのだろう。


「まじかよ。言ってみるもんだな…」


一瞬の発光から、またも夜闇に染まり男達は動揺している。

その瞬間にルゼが二人に接近し、腹部と顎を一瞬にして拳で捉える。

力が抜けたように二人は倒れ、そこに言葉を発するのは無線の声だけだった。


「まぁ…どうせ居場所がバレたんならやってみるか…」


俺は男の傍に寄り、無線機を手に取る。

わざとスイッチを付けたり消したりしながら。


「目標は、北に逃走。北に逃走。今から追跡します」

「此方、クーゲ! よく聞こえない! 目標は北? もう一度頼む!」


適当にやったが騙せたのだろうか。

まぁ、すぐにバレるだろうが、やっといて損は無いだろう。

いや、バレると北にはいないという事が悟られてしまうか。

まぁやってしまった物は仕方がない。さっさと此処から移動する事にする。


「にしてもルゼ。体術でも習っていたのか? よくもまぁ、あんなポンポン相手を気絶させれるな」

「私が習ったのは魔力の使い方ぐらいだよ。 相手の魔力が弱ければ、こっちの魔力を強引にねじ込ませて意識飛ばせるからね」

「へぇ…便利だか恐ろしいんだか…」


ルゼの言う魔力とは多分、マナと同じ物だ。

人によるが氷を作ったり、風を操ったりと結構なんでもできるよな。

俺も少しは使えたら良いのに。


「ん…?」

「どったの?」

「あ、いや…おかしいだろと思って…」

「何が? 頭が?」

「いやまぁ…ルゼの頭は、別にそう悲観する程でもないと最近認識を改めようと努力はしてるんだが…」

「真顔で言うの辞めてくれない?」

「そもそもだ。何故俺達がターゲットにされたんだ」


ルゼが呆けた顔で見てくる。

走りながらよくそんな表情ができるもんだ。

俺は既に息が切れそうだぞ。

近くの物影に、周りの様子見がてら休憩する。


「俺達は傍から見たら、ただの好青年とただの幼女だぞ」

「幼女言うな」

「それが人殺しの容疑者、いや殺人犯って無理がないか? 殺人現場に落ちていた靖旺のハンドガン…あれも完璧に利用するなら、リカルド達隊員の誰かを犯人にした方が適当だと思うんだが。俺達に何故、殺人者役が割り当てられた」

「ヤマトに似合ってるから?」

「やはりあのゲームでお前が、馬鹿、をしたせいか。それで、馬鹿、なお前の力を知り。この、馬鹿、なら人殺しも容易いだろうと抜擢されたのかもしれん」

「ごめんってば…」


ルゼの力が暴かれた結果と言うならば、ラーヴェンツ軍の基地で行ったあのゲームしかないだろう。

ならば、今回の事件を仕組んだのはヴェロニカか?

だが何故わざわざそんな事をする? 所長を殺したいだけならば俺達は関係ないだろう。

つまり俺達靖旺の人間が、この町には邪魔と言う事なのか?

今回の交流を良く思わない勢力の仕業?


「うーむ。陰謀論は考え出したらキリがないな」

「そろそろ行った方がいいんじゃない?」


まだ体力が回復していないのにルゼは俺を急かし始める。

まぁここまで必死こいて走って来たお陰か、先程交戦した場所からは大分離れて来ている。

このまま廃墟区に入って身を隠そう。




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――――――




「どういう事ですか!? 大和さん達が人を殺したって!? そんな事ありえる筈がないでしょう!」

「菜乃さん落ち着いて」


リカルドさんが私を嗜める。

だが、落ち着いていられる筈がない。

大和さんとルゼさんが研究所の所長を殺害した?

そんな事をして何になる。納得できる筈がない。

私はこのホテルが包囲される前に感づき、テスタメント、トライアドを布に巻いてバレないように装備している。

そのテスタメントを持つ手に思わず力が入る。


「残念ながら事実。らしい。研究所のカメラと護衛の者が目撃し、直後に二人の護衛に攻撃をしかけ逃走したそうだ。使われた武器の一つは君達が所持しているハンドガンと同じ物だ」

「大和さんとルゼさんは銃なんて持っていませんでした! デタラメを言わないでくださいヴェロニカさん!」


名前を叫び、彼女を睨みつけた。

だが彼女はそれになんの怯みも見せず、真っ直ぐに私と視線を合わせる。

彼女の後ろを見ると、つい数時間前に一緒にゲームし、食事まで共にしたヴェロニカの部下達も含まれていた。

彼女達は少しバツの悪そうな顔をしているが、手に持っているリデルメントのを構えを解くことはない。


「私の他の部隊も彼らの捜索に出ている。極力は殺さないつもりだ」

「極力ですって?」

「彼らは既に殺人犯として指名手配されている。リデルメントの使用許可が降りている以上、生死は問われない」

「そんな馬鹿な…貴方は本気で彼らが人を殺したと思っているのですか!?」

「……」


ヴェロニカさんは何も答えない。自分のあり方は軍人でしかないと言わんばかりだ。

この人は悪い人ではないと思っていたのに。

勝手な期待をし、勝手に裏切られる。自分でも身勝手な事だと自覚しているが怒りが込み上げて来る。

このホテルを包囲しているのは少なくとも二十人。

この場にいるのはヴェロニカさんを含め八人。

リデルメントの性能は既に把握している。ヴェロニカさんの部隊のリデルメントは多少改造が見受けられるが基本性能に大きな違いは無いだろう。


やれるか…?


ヴェロニカさんの腰には大きなガンホルダーに、ハンドガンが二丁。

ファインドとしての訓練を受けてきた私ならば、ただの銃弾など避ける事は容易い。


「菜乃さん」


肩にそっと手が置かれる。

リカルドさんの手だった。

なんの用だろうか。今はそれどころじゃない。


「今は大和君達の為にも落ち着いてください」

「大和さんの…?」

「はい、大きい組織と言うのは一枚岩ではない。ヴェロニカ中佐がうまく事を運ぶ為にも、今我々は下手な事をしない方が良い」


ヴェロニカさん? リカルドさんは彼女を信用しているのか。

町は違えど同じ仕える兵士として考えがわかるとでも言うのだろうか。

短絡に過ぎる。


「とにかく、今は、です。今は情報を整理し期を待ちましょう」


……彼が私に真剣な目で訴えかける。

確かに…情報の整理は重要だ。今無計画に動いても大和さん達を救える保障は無い。

まるで子供だ。少し頭を冷やそう。


「わかりました。では先程言われた通り、ホテル内では私達は自由にさせて貰います。それと、この件で雅さんはどうなるのでしょうか」

「四旺殿にはこの件は伝えられてはいない。拘束の令状が出たが、ゆり様が彼女には伏せろと特別命令を出した。この町の騒ぎは、シエル学院の一部生徒にしか出回っていない」

「何故そんな事を」

「わからん。あの方のお考えは私達では推し量れないからな。だが…そうだな。私の個人的な予想をしてみるが。泳がせる事と、邪魔をしたくないのかもしれん。彼女は貴重な留学生だからな。当分はシエルの敷地内からは出られないだろう」


留学生…そんな理由で?

黒陽ゆりと言う人物がわからない。ラーヴェンツに敵対したのならば容赦はしないと聞いたが。

一体どういうつもりだろうか。


一度息を吐き、考えをリセットする。

今大和さんはルゼさんと一緒だ。

ならばルゼさんが必ず守ってくれるだろう。彼女が負ける姿は想像できない。

その間に私達のできる事を模索しよう。


「大和さん、ルゼさん…どうかご無事で…」



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――――――



「テロリストですか…ラーヴェンツも苦労しているんですねぇ」


先程学院から下校し、寮長に言い渡されたのがテロリストによる反乱鎮圧の為に、しばらく外出は禁止との事。


「先輩達の安全は確保しているそうですが、大丈夫でしょうか…」


備え付けの電話に一瞥向けるが、今は役に立たない。

回線がテロの影響により一時遮断されているらしい。


「うーむ、これは記者として動かない訳にはいかないのでは?」


きっと一階の玄関は施錠がされているのだろう。

寮長が見張っているかもしれない。


「一応私は四旺の人間として来ているわけですしねぇ…。ん、そういえばリカナさんが同じ寮でしたっけ…」


同じ寮ならば問題は無いだろう。

早速ベットから起き上がり、リカナの部屋へと訪問する。


扉を数回ノックする。


「宅配でーす」

「え!? 直接!? ちょっ ちょっと待っててください!」


扉が開くと、リカナがパーカーとスウェットのカジュアルな恰好で出迎えてくれた。


「へぇ、部屋ではそんな恰好でいるんですねぇ。以外でした。あ、それともう少し用心深くなったほうが良いと思いますよ? オートロックの寮に直接荷物が届くわけないじゃないですか」

「お、お姉さまっ!? ちょ、ちょっと待って下さい今着替えますのでっ」

「その恰好も私は好きですよ? とりあえずお邪魔しますね。それと私は同い年なのでその呼び方は辞めて欲しいのですが…」

「いえ、歳は関係ありません。私の魂が雅さんをお姉さまと認めているのです。こればかりは譲れませんわ」


変な所で意固地である。

リカナさん曰く、私との一戦でさらなる道が示された。とか言い出し、あの日からずっと彼女にお姉さまと呼ばれている。

まさか同級生からお姉さまと呼ばれる日が来るとは…私は少女マンガの貴族令嬢か。


「それでなんのようなのですか? 勿論お姉さまならアポ無しでも構いませんが…今夜私をお召し上がりになると言うならば、流石に色々準備をしておきたいのですが…」

「いえ、私のせいでそんなキャラ設定が付加されてしまったのなら、かなりの罪悪感が湧き上がるのですが、今は置いておいて。最近やっと携帯を買ってもらったと言っていましたよね? 連絡先にはミーシャしかいないようですが」

「あ、はい。それで今ネット見てたんです。夢中になってたので本当に宅配が来たのかと思いました…」


リカナの部屋に入る。部屋の間取自体は、私の部屋と変わらないのだが、ぬいぐるみが大量に置いてあり実に女の子らしい部屋だった。

腰を下ろしリカナの携帯を覗き込む。


「それって如何わしい奴ですか?」

「ち、違います。今日のニュースを見てたんですよ」

「ああ、テロですよね? それを私も見せてもらおうと思って来たんです。この寮、家具は一級品ですが嗜好品が無いのが痛いですねぇ」

「それなんですけど、らーちゃんでは変な噂が立ってるんです」

「らーちゃん?」

「らーちゃんねる。って言うラーヴェンツのネット掲示板です。色々噂が集まっておりまして」

「へぇ、どこにでも似たような物は作られるんですねぇ…。 で、噂と言うのは?」


リカナは少し口篭る。

さっきまで興奮気味で話していたのに、何を躊躇っているのか。


「あの、少しオカルトめいていまして…今回のテロリストは人間じゃない。って言ってる人がいるんです」


人間じゃない…?

すぐに思い浮かぶのはibsだ。だが奴らは決してオカルトめいた存在ではなく、人の手で作られた殺戮兵器。

オカルトと言えば幽霊とか悪魔だとか、およそ存在しない物の事を指しているのだろう。


「とりあえず、詳しく聞かせてもらって良いですか?」

「はい、テロがあったのは研究所らしくて、数人の犠牲者が出たらしいです。その近くにいた人が、巨大な鳥のような物が研究所から飛び出てきたと…」

「鳥…ですか」

「最初は、危険な動物実験でもして逃げられたのではw と言われていたんですが、それが他の人は、翼が生えた人のようにも見えたと…」

「人…」

「まぁ研究所周辺は一般人は入れませんから。近くで見たと言ってもある程度の距離はあったんでしょうけど…」


翼の生えた人…。翼の生えた人…。うーん…駄目だ心当たりがあり過ぎる。

いやでも、何故研究所に? あそこは確か、マナの実験をしている施設のはず…。

まさか規格外のファインドとバレてしまい捕獲でもされたのだろうか。

いや、あの人に限ってまさか。大人しく捕まる姿など想像もできない。


「写真とかは出回っていないのですか?」

「はい、今の所は…」

「うーーーん。これは念の為にもホテルに出向く必要がありますね」

「ホテルッ!? ホテルですかっ!? 確かに雰囲気作りは大切だと思いますし、最近カップルに気を利かせた流行のホテルがあるって言う噂は聞いたことがあります。でも今は外出が禁止されていますよ!?」

「リカナさん。貴方の見つけた新しい道についてはまた今度ゆっくりと話合いましょう。私は用事ができましたので失礼致します」


ではまた今度一緒に行ってみましょうね。と何か違う期待をしているリカナを無視し。

自室へと戻る。



「さて、制服が黒で良かった。普段は目立つから腰の鞄にいれてますが念の為に準備をしておきますか」



私はテスタメントを片足のホルダーに差し込む。

こちらの方がすぐに取り出しやすい。

夜闇のお陰で、テスタメントも見えづらいだろう。

久しぶりの事件の香りに、少し心臓が高鳴っている。



「では、行きますか」



12階にある自室の窓を開けて、私はゆっくりと飛び降りた。




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――――――




「なにしてるの?」

「使えそうなパーツを集めてる。スピーカーって分かるか? それがついてそうな機械があれば持ってきてくれ。設置型とか、持ち運びにくい奴は多少なら壊しても大丈夫だ」

「わかった」


俺達は廃墟区にあった比較的綺麗な建物に入った。

元々はエネルギー研究施設だったようで、机やカーペットなどはそのままにされている。

ここで使わなくなったノートPCなどが置き去りにされていたなら楽だったんだが、流石に回収されているようだ。


「これ、電話が倉庫に一個残ってたよ。後マイクと部屋の機械外して色々持ってきたけど」

「おぉ、素晴らしいぞルゼ! 今までで一番の活躍と言っても良いな!」

「それは褒めてるんだよね?」


ルゼの持ってきた物は、壊れて倉庫にしまっておいた固定電話だろう。

マイクがある部屋と言うのは放送室か? ならば受信機器があってもおかしくはない。

残骸の中のパーツを選別する。

当たりだ。これで目的の物を作成できる。


「なに作ってるの?」

「秘密道具だ。まぁ大した物ではないけどな。さっきの男から拝借したこの無線。すでに俺達が奪った事を察して、軍は事前に決めておいた別の周波数に変えたようだが、これのコーデックは志咲とほぼ一緒の物だ。志咲の不良品と仕組みが同じ物ならば電波を拾って傍受がする事が出来る。一つはその機械だ」

「ええ… 犯罪じゃん」

「今更なに言ってんだ。後の道具は、まぁ一応秘密だ」


作成した傍受装置を、無線機に繋ぐ。

ノイズが酷いが徐々に声のような音が聞こえてきた。


「―――が―――犯人は―――ある。犯人は廃墟区に逃げ込んだ可能性がある」


「バレちゃってるね」

「まぁ一番身を隠しやすい場所だからな…だが廃墟区域は数と広さがある。今すぐにでも見つかる訳じゃないだろうさ」


「見か―――に騙されるな。敵は強力な武器―所持している殺人犯だ。見かけたら躊躇な―殺せ」


無線機から続けて声が聞こえる。

この声にはどこかで聞き覚えがある。


「研究所で最初に俺達を攻撃してきた奴か、何者だ?」

「兵隊さんじゃないの?」

「いや、研究所の護衛だと思ったんだが、まさか直接指揮を取っているとは…やはりこいつから聞き出すのが早いかもしれないな」


無実の罪を晴らす方法は一つ。真犯人を捕まるのが一番手っ取り早い。

こいつが所長を殺したのかはわからないが、何か知っているのは間違いないだろう。


「後はヴェロニカか…」

「あの人がどうしたの?」

「ゲームを仕組んだのはあの人だろう? ならば敵の可能性、いや、こうなっては最早敵なんだろうが……待てよ。そもそも、あのゲームってなんだったんだ…?」

「それは私とか大和達の力を見たかったからじゃないの?」

「それもあの時点で何故俺達だった? 疑って実験するならば、疑うだけの確証があったからだろう? どこで俺達を疑った? それに、甘い物は大好きらしいが、ヴェロニカさんが急にゲームをしようだなんて言うキャラか?」

「まぁ人には表の面と裏の面があるんだよ」


それらしいこと言いがって。

確かヴェロニカは、俺達にラーヴェンツ軍の情報を報酬で教える時に、

これ以上は怒られるかも。と話していた。確証は無いが、上からの許可を貰って話していたのだろうか。

つまりあのゲームも誰かからの命令? ならばヴェロニカは真の敵ではないのかもしれない。

これは願望も混じっている。あの人が俺達を騙すような人とは思いたくないからだ。


「そういえば…所長はルゼの正体に気づいていたな。知り合いだった訳じゃないよな?」

「うん」


ヴェロニカに教えてもらったリデルメントの情報。

所長の研究室にあったガラス越しのリデルメントを思い出す。


「所長がルゼに目を付けてゲームをやらせたのか…? それを利用して誰かが俺達を嵌めた…いや、所長はルゼの事は誰にも話さないと言っていた…どういう事だ」



「包囲――ました」



ノイズ交じりの無線機から予想外の言葉が聞こえてくる。

今の言葉は…まさか。


「ヤマト、何人かこの建物に入ってきた」


ルゼが出口の方へと目を向ける。

ここは四階だが、見つかるのは時間の問題だろう。

窓に近づきそっと下を見る。リデルメントを所持した兵士が数人見えた。

先程聞こえた通り、既に包囲されている。


「早過ぎる…廃墟区にいる事はバレていたが、どうしてピンポイントでここがわかった…? 誰かに見られたのか?」

「周りには誰もいなかったよ」

「セキュリティは動いてなかったし、そもそも電源が…」


いや…。確かにセキュリティは動いていなかった。

だが電気が使えないとは限らない。


「もしかしてルゼ、さっき機械を取りに行った時、部屋の電気をつけたか?」

「うん、暗くても見えるけど、やっぱ明るいほうが見えやすいし」


しまった。そこまでは頭が回らなかった

ここはまだ利用価値があったのか、電気が完全には切られていなかったのだろう。

電気が使用されているかは大きい施設ならば、管理会社からすぐにわかる。


「かなりの人数が来ているんじゃないか?」

「殺したら駄目なんだよね?」

「ここで人を殺してしまったら、本当に本当の殺人犯になっちまう。俺達を嵌めようとしてる奴の思惑通りに行かせたくはないな」

「凄く理由がヤマトらしいね。いいよ、できるだけ殺さないでおく」


ルゼの言葉が頼もしい。

こんな状況とはいえ、ルゼがいるお陰でなんとか冷静になれる。

それを言えばツケ上がりそうなので、勿論口にはしないが。

などと思っていると、外から大きな駆動音が聞こえて来た。


「この音…もしかしてヘリまで出したのか!?」


聞こえてくるのはヘリ特有のプロペラ音。

航空機器は町内飛行のドクターヘリを除き、ibsの優れた対空兵器により使用断念を余儀なくされている。

どこからともなくibsの対空ミサイルが飛んできては対処のしようが無いからだ。

だが、ヘリの使用もラーヴェンツなら納得が行く。

この広大な町ならば、ヘリを軍用に扱っていても不思議ではないだろう。


「空から逃げるのがいっそう難しくなったな…」

「下で撃退してくるよ。ヤマトは隠れといて」

「いや、俺の事は気にしなくて良い。試したい事がある」

「試したい?」


俺は今しがた完成させた秘密道具の一つをルゼに渡す。

そして残りを持って三階へと降りた。



―――――――――――――――

――――――



「電気が使用された部屋はこの奥だ。そこ以外は殆ど使用できない」

「総員、警戒」


兵士達が数人、後方にはシエル学院の女生徒までいる。

暗闇をリデルメントに取り付けられたライトで照らし、周りを警戒しながら進んで行く。


やはりこの声は間違いない。


『――こっちだ』


どこからともなく声が響く、少し篭っているがその声には、若さと知性が溢れる魅力的な声だった。

そう、俺の声だ。


「どこにいる!?」

「あっちから聞こえましたが…」


兵士達は奥まで歩を進める。

曲がった先の部屋には明かりが付いており、扉は開かれていた。

光からは影が伸びている。


「大和君なのか!? 私はヴェロニカ中佐の部隊の。ハイドだ! エリナもいる! 君達に危害を加えるつもりは無い! 姿を見せてくれないか!?」


ハイド、エリナ。あのゲームで一番最後まで生き残った軍人だ。

後ろには、他にも食事会で見た事のある面子がいる。

ヴェロニカが人選したのだろうか。

シエルの生徒は黒のワッペンに赤い線が入っている。三年生だろう。

マナの扱いは女性が秀でているからか、女生徒しかいないようだ。

俺は姿を見せずに、ハイドに話しかける。


「やはり、ヴェロニカさんの部隊の人でしたか。ハイドさん。俺達は無実です」

「ああ、それを証明する為にも君達に協力して欲しいんだ。逃げているだけでは無実は証明できない」

「……大人しく付いていけば無実を証明できるのですか? それと、雅お嬢様や、他の皆は?」

「彼女達には危害を加えてはいない。我々の部隊が見張っているだけで拘束もしていないし、四旺女史には黒陽ゆり様の意思で知らされてはいない。真犯人はきっと見つけるさ」

「そうですか…。でも流石にリデルメントを構えられてちゃ、此方も出づらいですね」


少しの沈黙が訪れる。ハイド達は目線を合わせた後頷いた。


「わかった。皆武器を下ろせ」


ヴェロニカの部下達がリデルメントの構えを解く。

だが後ろの面子はリデルメントの構えを解いてはいなかった。


「お前達もだ。俺はヴェロニカ中佐から指揮を任されている。軍曹である私からの命令だ」

「……」


生徒達は渋々と従う。


「武器は下ろした。出てきてくれないか!」


ハイド達は全員確かに構えを解いている。

手には今だリデルメントがあるが、流石に武器をその場に捨てる訳にはいかないだろう。あの人はまだ信用できるのかもしれない。

それを完全に確かめる為にも仕上げを開始する。


「―――わかりました」


皆が一斉に後ろを振り向く。

俺の声が真後ろから聞こえたからだ。

そして横の通路に黒い影が一瞬だけ横切り。

それに対して生徒達のリデルメントは構えられた。


「辞めろ!」

「あそこだ! 撃て!」


影が消えた方へとリデルメントによるレールガンが一斉掃射される。

その閃光は瞬く間に壁を破壊する。


「辞めろ! 撃つな! これは命令だ!」


ハイドが生徒達を嗜める。

攻撃は止んだが、彼女達が構えを解く様子は無い。


「我々は理事長から、犯人は見つけ次第殺害せよとの命令を受けています。犯人は大型のibsとも渡り合える危険人物。例えヴェロニカ中佐のご命令でも、我々は理事長の命令を優先させていただきます」

「理事長だと!?」

「軍曹、此方の部屋には誰もいません! 人影はポールハンガーで、声はスピーカーが付いた機械から出ていたようです」


ハイドは周りを調べる。

同じようなスピーカーが付いた機械が、本棚に付けられていた。

それが真後ろからいきなり声が聞こえた理由だ。だが更気づいてももう遅い。

俺の声は、上のスピーカーにも届けられている。


天井が一瞬で緋色に変色する。

それに気づいた兵士達と生徒達は天井に目を向けるが、

凄まじい熱さに耐えかね手で顔を覆った。


その瞬間。天井がバターのように切り裂かれ巨大な紅剣を持った少女が舞い降りた。


生徒達が構える隙も無く。

熱が残ったウリエスで三つのリデルメントを瞬く間に溶断する。


一人は怯む事なくナイフでルゼに攻撃を仕掛けた。

ルゼは鋭い一突きをなんなく避けると、相手の手首を掴み、回転しながらウリエスの柄をみぞおちに叩き込むと同時に、ナイフを奪った。

そして他の生徒がリデルメントを発射する寸前、ルゼはナイフをその生徒の腕に投げる。

ナイフは生徒の腕に浅く刺さるも、攻撃を逸らすには十分だった。

その瞬間に接近。蹴りとマナによる攻撃で相手を昏倒させる。

もう一人の生徒がレールガンを放つ。

その攻撃をウリエスで逸らし、懐に飛び込むとリデルメントを溶断。

ウリエスを盾のようにしながら、そのまま剣先を喉元に突きつけた。


「動かないで」


ルゼの声は、その生徒にだけではなく、この場にいる全員に向けた物だと瞬時に理解してしまう程に冷たい声だった。

その様子に歳相応の少女のような可憐さは微塵も無い。

少女の姿をしたこの悪魔に、誰も従うしかなかった。


「やはり俺達は貴方達を信用できない」

「大和君…」


俺は通路の奥から姿を見せた。

ルゼの隣に立ち、ハイドに告げる。


「ラーヴェンツはどうしても俺達を犯人にして、殺したいようですね」

「それはっ」

「ハイドさん達が違ったとしても、彼女達は違う。そしてこの一件でルゼの実力を本当に知ってしまったからにはハイドさん達も協力を仰がれるでしょう」

「今ならまだ間に合う筈だ…」

「本当にそう思いますか?」

「あの時のゲームとは違う…これ以上は我々も本気で敵対しなければならなくなる…」


もう手遅れだ。シエルの生徒達は最初から俺達を殺す気でいた。

例えヴェロニカの部隊にその気がなくても、他の組織に殺されるのが目に見えている。


「…焦げ臭い?」


エリナが壊れた天井を見る。

徐々にその匂いが強まり全員が気づく。


「この建物に火を放ちました。スプリンクラーは殆ど破壊してある。まだ正面玄関の方には火が回っていない筈です。気絶している人達を連れて逃げて下さい」

「…君は、どうするつもりだ」

「殺されるぐらいなら、やれる事をやってみますよ」


ハイド達は何も言わない。

リデルメントを破壊された生徒達もナイフを持ってはいるが、攻撃してくる様子はなかった。


「わかった。ここは引く。だが次に会った時は容赦はできない」

「わかりました」


ルゼは人質を解放する。

ハイド達は気絶した生徒を担いで階下へと降りて行った。


「さて、ちゃんと燃えてるかな?」


俺達は壊れた天井から、ルゼの翼で上の階へと上る。

先程まで俺達がいた部屋は、豪火に包まれ黒煙を出し始めていた。

俺は事前に用意しておいたカーテンの切れ端で口元を押さえる。


「もう少しだな。ルゼ、頼むな」

「あい。でも私は平気だけどヤマトは大丈夫なの?」

「少しなら多分行ける筈だ。もうしばらくは下の階で待っているか」



―――――――――――――――

―――――――



火の手が強くなり、窓も熱で割れ。そこから炎と黒煙が凄まじい勢いで吹き上がっている。


「ハイド、四階しか燃えていないようだが…」


エリナの言う通り、火災は四階でしか起きていなかった。

どうやら彼はその階しか火をつけていなかったようだ。

あれが我々を追い出す作戦だったとして、どうするつもりだ?

炎が建物全てを飲み来むのも時間の問題だろう。

まさか心中した訳ではあるまい。

彼らはまだ諦めてはいなかった。

何か行動を起こす筈だ。



「四階だけの火災……。まさか、既に彼らは行動し終えたのか…?」






―――――――――――――――

――――――





「はぁ、はぁ、はぁ、けほっけほ」

「ヤマト大丈夫っ!?」

「あ、ああ…煙を少し吸い過ぎただけだ…目にも入ったが…心配するな」

「マナも扱えないのに無茶しすぎだよ! さっきの時もやばかったでしょ!」


さっきってのは、建物の中でシエルの生徒達に、一瞬だけ姿を見せて撃たれた奴か。 

まさかあんな連射されるとは思わなかったから実際危なかった。


「だが、そのお陰で色々とわかった…。ルゼの正体は、最初から漏れてたみたいだな…」

「その話は後で良いから、今はしっかり捕まっといて!」


俺達はルゼの翼により夜空を飛行していた。

幸いな事に月明かりは雲で隠れている。

追跡は無い。先程の逃走作戦は上手くいったのだろう。

ルゼに捕まり、火災で舞い上がった黒煙の中を突っ切って、ヘリのさらに上空へと飛び立ったのだ。

俺達を追っていた者達の目は、きっと炎か、出入り口などに集中していたのだろう。

なんとかバレずに逃げられたようだ。

体中は煤だらけだが…。


「どこに行けば良い!?」

「あそこしかない…」


夜の闇が俺達の姿を隠してくれる。その間に俺達はある場所へと向かった。




―――――――――――――――

――――――



「やはりこのホテルを警備しているようですね…」


先輩達がいるホテルを数人の兵士が包囲している。

どの兵士もリデルメントを装備している。一目見ただけで只事ではないと分かる。


「なにがあったかは皆さんに直接聞くのが手っ取り早いのですが…はて、今此処で私が姿を現すというのはどうなのでしょう」


寮長が私に外出を禁止したのは、少なくとも今の状況を私こと、四旺雅には知らせたくないとの意思があったからではないだろうか。

ただでさえ無断外出である事と、知らなくて良い事を知ってしまった場合、拘束される可能性がある。

ここはバレずにリカルド達とコンタクトを取るのがベストだろう。


「傍受の可能性があるとはいえ、無線ぐらいは借りておくべきでした…」


私は少し離れた小さな道路へと足を運んだ。

ここは、人通りが殆ど無く、車もたまに通るだけだ。その為、ここに設置されている歩道側の信号はボタン式となっている。

そして私は、この信号のボタンを押し、三回信号の色を変えた。


「…反応がありましたね。と言うことは…」


ホテルのカーテンの隙間から四回、ライトの点滅が見えた。

これは事前に決めてあったサイン。

私がリカルド達の前に姿を現せなくなった時か、リカルド達に何か起こった時の連絡法として決めていた緊急時のサインだ。

何かがあった後、吉村あたりが、あのホテルからずっとこの信号機を監視していたのだろう。


「どうにかして、中に入らねばなりませんが…さて」


ホテルの裏側へとひっそりと戻る。

少し離れた向かいの路地に身を潜め動向を伺う。

いくら夜とはいえ目立つ行動を取ればすぐにバレるだろう。ここは慎重を期したいところですが…。


「―――大和君達は廃墟区から逃げたようだ」


大和さん? 今確かにそう聞こえた。もう一人の兵士が現れ何やら会話を始めている。

だがここからではよく聞き取れない。

私は兵士達の口元を確認し、微かな音と読唇術で会話を広い取る。


「よくハイド達から逃げ延びたな…本当に何者なんだ…」

「わからん…。だがあの二人がここに戻ってくる可能性が高い。警戒態勢をさらに厳重にせよとの事だ」

「見つけた場合は?」

「…ハイド達と一緒に行動していたシエルの部隊の中に怪我人が出たそうだ。見つけ次第殺せとの要請がシエル側から来ている。中佐はその通りにしろとおしゃっている…」

「本当に彼らが研究所の所長を殺したのか?」

「さぁな…。とりあえず交代だ。後二人が追加で来る。お前は少し休憩したら、ホテル内の俺の持ち場に行ってくれ」

「すまん。了解だ」


「大和君達…と言う事はもう一人はやはりルゼさんの可能性が高いですね…」


進入するなら警備が厳重になる前と、あの方達が喋っている今しかない。

詳しい事はリカルド達に聞くしかないだろう。


体の周囲に風のマナを集中させる。

着地よりも滞空の方が遥かに集中力が必要な為、一度頭の中を真っ白にする。

風が足に纏わりつき収束しているのが実感できる。

一歩動くと、まるで重力から解き放たれたかのような軽さだ。

今まで何度も行っているとはいえ、いつやっても不思議な感覚だ。


「ルゼさんのようには飛べませんが…自分が風使いで良かった」


暗闇に乗じて壁を蹴る。

一気にホテルの上階へと駆け上がり、大和さん達が宿泊している最上階を目指す。

そしてリカルド達が泊まっている一室のバルコニーに、音を立てないように着地した。


「お嬢様、こちらです」


吉村が手招きする。

部屋にはリカルドと菜乃もいた。

そして、先輩とルゼさんの姿は無い。

やはり、今回の事件はあの二人が関わっているようだ。


「お嬢様、よくご無事で」


リカルドが私の無事を確認する。

と言う事は、状況はあまり良くない事が分かる。


「雅さん…どうして此処に…。ヴェロニカさんは雅さんに今回の件を伝えていないとおっしゃっていましたが…」


菜乃さんが私の姿を見て驚いている。

やはり寮長からの外出禁止は、私への情報秘匿が目的だったか。


「詳しくはまだ知りません。町ではテロが起きたと聞いていますが…やはりあのお二人が関係しているのですか?」

「はい、大和君とルゼ殿がなんらかの事件に巻き込まれ、マナ研究所の所長を殺した殺人犯として、指名手配されているようです。ヴェロニカ殿の話を聞くに、どうやらルゼ殿の力は既にバレているようで…命の保障はできないとの事です…。彼らが今どうなっているのかもわかっていません…」


リカルドの言葉に息を飲む。

指名手配…。 あの方達は一体何をやっているんですか…。


「…とりあえず、お二人はまだ生きています。先程盗み聞きした所、廃墟区から逃亡したと…どうやら上手く逃げ続けているようですね」


菜乃さんが胸を撫で下ろし、そっと息を吐く。

きっと先輩とルゼさんの事をずっと心配していたのだろう。

だがすぐに、その瞳の輝きは強い戦意で満たされた。


「廃墟区が使えなくなったのなら、もう行き場は無い筈です。私達が動くべきではないのですか!?」


菜乃さんの手には布で包まれた何かがある。

おそらく菜乃さんのテスタメント、トライアドだ。きっと行動する時をずっと待ち望んでいたのだろう。


「私としても、先輩達を迎えに行きたいのですが…。いかんせん今何処にいるのかがわかりません。私はとりあえず。四旺の人間としてゆりさんの元へ出向き、意義を唱えるつもりです」


「それは無駄な事だ」


部屋の出口から女性の声が告げる。

扉を開け入室して来たのはヴェロニカだった。


「ヴェロニカ中佐…!?」


私は足のテスタメントに手を添え、構える。


「落ち着ついてくれ。私は四旺女史には、知らせるな。と言われただけだ。貴方が知った後の事など何も命令されてはいない。ホテルのバルコニーから侵入するのは、どうかと思うがね…まぁ、そこは我々の警備の甘さとして目を瞑ろう」


確かにヴェロニカには敵意は感じられない。腰に装備された二丁の拳銃が気になるが。

一人で私達を相手取る事はしないだろう。


「無駄…とはどういう事でしょうか。今回の交流相手である私達の仲間の一人が、貴方達の町で、殺人、の容疑を掛けられているのですよ? いえ、容疑では無く。既に殺人犯として見ているのでしたね…。この状況で意義を唱える事が無駄とは思えませんが」

「ゆりさまは今は誰とも会わない。全て我々に託されている。今回の貴方の留学にだけは口出しをするな。との命令を受けている」

「私の留学は…?」

「意図はわからん。事件と留学は別問題だとおっしゃりたいのかもしれんし、そうでないのかもしれん。私個人からは何も言えないな。ただ、今回の事件をいくら勝手に知られたとはいえ、好き放題動き回られては我々も相応の対処をするしか無い。今日は大人しく寮に帰ってもらいたい」


ヴェロニカには聞きたい事が山ほどある。

だが、私には事件の事は教えるな。と命令されているならば、これ以上は口を開かないだろう。

ここまで来て何もできずに帰る事が歯痒い。

だが、ヴェロニカはこう言った。

私には教えるな。と。ならばリカルド達には情報を聞き出す権利がある筈だ。

私はリカルドに目配せすると、リカルドは無言で頷いた。


「わかりました。今回は、帰らせて貰います。そしてこれは独り言ですが…。貴方を信じていますよ」


私の言葉にヴェロニカ何も言わない。

その静かな沈黙を後にして、私は来た時と同じように、窓から外に出た。



―――――――――――――――

―――――――



帰り際、警備を強化していたヴェロニカの部下達は私を見つけただろうか。

そうだとしても、見て見ぬフリをしてくれたかもしれない。

根拠は無いが、帰れと言ったのはヴェロニカ本人だ。騒ぎになるような事はしないだろう。


ホテルを上った時と同じように、マナを収束させ、寮の壁を掻け上がって行く。

自分の部屋の窓が開けっ放しだった事に気づき、少し後悔する。


「虫が入ってたら嫌ですね…。でも12階だから大丈夫でしょうか?」


窓の淵に手を掛けて一気に上り、足を掛ける。

少しの間、留守にした自分の部屋を見渡すと、そこには


「先輩!?」


先輩と、サイズの合っていない私の部屋着を着たルゼさんの姿があった。


「よう。邪魔してるぞ」


先輩は緊張感なく雑魚寝している。

ルゼさんは足を伸ばして壁にもたれながら、私が買っておいたオレンジジュースを飲んでいた。



「これはまた…大きな虫がいましたね…」




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