第19話 静謐の陰り



「おかえり、お風呂なら沸いてるぞ」

「ありがとうございます。じゃなくてっ、お二人ともどうしてここに!?」


雅はどこかに出掛けていたのだろう。床を汚さないよう靴を脱ぎながらも俺達に質問をぶつける。

俺達が部屋に入る時、開けっ放しの窓はもしかしたら雅が気を利かしてくれたのかと一瞬思ったのだが、そんな都合の良い話ではなかったようだ。


「私がここまで大和を運んで来たんだよ! おかわり!」


ルゼは飲みきったオレンジジュースのペットボトルを雅に差し出す。


「これまだ未開封の筈でしたが…あとはお茶かコーヒーぐらいしかありませんよ?」


渋い顔をしながら雅はペットボトルを受け取った。

まぁ2リットルのオレンジジュースをルゼ一人で飲み干しているのだから言葉も出ないだろう。


「えぇ~持て成しの心皆無かよぉ。白いお姉さんはケーキもくれたよぉ」

「不在中の侵入者を持て成す心は無いのですが…というか、白いお姉さんって誰ですか」

「ヴェロニカさんの事だ。あの人の基地でごちそうになってな」

「ヴェロニカさんに…? とりあえず、大まかな状況は今菜乃さん達に聞いてきた所なんですが…詳しく聞かせてもらって良いですか?」

「それは勿論構わないんだが、とりあえず雅は俺達の事を信じてくれるのか?」


何気なしに会話していたが、俺達はまだ雅に無実を証明した訳でもない。

ルゼには人を容易に殺せる力があるし、俺にしてもまだ雅とは出会ったばかりだ。

信用できる仲、と言えるかは正直微妙な関係である。


「……ぶっ」


それを聞いた雅は、神妙な面持ちだと思いきや急に吹き出した。

俺は今、全く面白い事を言った覚えは無いのだが。

雅を見ると、口を押さえて今だ笑いを堪えている。


「そういえばそうでしたねっ。私これっぽちも先輩達が犯人とは思いませんでしたっ。何でなんでしょう?」

「俺に聞かれてもな」

「まぁ、先輩が殺人犯ですかぁ…言われてみればしっくり来る様な。まぁでもやっぱありえませんよ。貴方がルゼさんを進んで危険に巻き込むような事はしないでしょう? わざわざマナ研究所の所長を殺す意味が分かりませんし。信じる。とは少し違うかもしれませんが、貴方がそういう人では無いって事は、記者の感が告げています。つまり無実です」

「しっくり来るとはどういう事だ…俺は人畜無害の紳士だぞ」


結局は感なのか、それに俺はルゼを何回も戦わせているんだがな。

まぁいい。どんな理由であれ、話を聞いてくれる相手がいるってのは良い物だ。

俺は姿勢を正し、雅に今日一連の出来事を話す。


ヴェロニカの基地に招待されゲームをした事。

マナの研究所所長に呼び出された事。

研究所ですでに所長が殺害されていた事。

そこから廃施設まで逃げ込んだ事。

そして今の菜乃達の現状など必要な情報を交換した。


「それで、いくつか分かったことがある。どうやら奴らはルゼの実力を、俺達が町に来る前から知っていたらしい」

「ルゼさんの…? どこかでラーヴェンツと繋がりが?」

「わからない。ルゼ自身も覚えはないようだが、少なくともルゼが龍型のibsとやりあった事を知っていた。だがヴェロニカさんが渓谷に着いた時には、ルゼは戦闘はしていなかったし、ウリエスすら持っていなかった。ヴェロニカさんの様子からしても、あの時点でルゼの力を知っていたとも思えない。それに知らない振りをする理由がない。俺達を元々嵌めるつもりだったとして、そこでルゼの事について言及しても支障は無い筈だ」


雅が顎に手を当てて思案する。

自身でも納得していないのか、渋い表情で口を開く。


「あの場に、私達以外の誰かがいたという事でしょうか?」

「それは俺も考えたんだが…あの渓谷は一晩で出来た物だ。そこに事前に潜伏していたとは思えないし。リカルドさん達が周囲を警戒していたから難しいと思う」


ibsと違って人間ぐらいの大きさならば、渓谷の岩に身を潜められたかもしれないが。

先も言ったとおり、一晩で出現した渓谷でそれは難しいだろう。

渓谷の上は平原で殆ど障害物が無く。身を隠すような場所は無かった。

追跡されていたのならリカルド達が気づかないとは思えない。

じゃあ、誰が。

俺は何気なしに自分が持ってきた無線機を見た。

基本用途は同じだが、その構造は志咲の物よりも遥かに無駄が無いラーヴェンツの無線機。

ブレザーのポケットに入れておいたのだが、今は洗濯中なので雅の部屋の机に置いてある。

普段電化製品をいじるのが趣味のせいか、こういった電子機器を見ると妙に気が安らぐ。

俺は思考を一旦落ち着かせてから、また思案する。


ヴェロニカでも無く、誰かがそこに居たのでもない。

じゃあ、どこから、一体誰が見ていたのだ。


「どこから…――――」


嫌な考えが過ぎる。それと同時に自分の中で今までの起きた事柄の違和感が湧き出る。

そしてその湧き出たばかりの違和感を崩して行くかのように、嫌な考えが止まる事は無い。

ヴェロニカは俺達を回収した後なんと言っていた? 何故あの時、あの人はそうしたんだ?


自分に対する嫌悪よりも、嵌られたピースの方が大きくなってくる。

この感覚は、志咲で菜乃に違和感覚えた時の物とそっくりだ。

だが今回あの時の比ではない。俺は今最低な事を考えている。

そしてその考えを、正直に雅に呟いた。


「元々、俺達の中にいたんじゃないか?」


雅が目を見開く。流石に、今まで一度も見たことの無い反応だった。

当たり前だ。自分の仲間を出会ったばかりの部外者に怪しまれるのは言い気分では無いだろう。


「そんな筈は…無いと思います。ですが、先輩がそう思う理由を聞かせて貰ってもいいですか?」


俺は頷く。以外にも雅が冷静に対応してくれた事に感謝しながら口を開いた。


「ヴェロニカさんが俺達を装甲車に回収した時を覚えているか? あの人はあの時、近くを哨戒中だったのは幸いだった。と言った。冷静に考えれば、俺達にとってそれはおかしい事だ。あそこからラーヴェンツでは電波の有効範囲外の筈だ」

「そういえば…あの人は確か、ラーヴェンツの地盤観測がどうのと言っていましたね」

「その観測結果をヴェロニカさんはラーヴェンツから受け取った。つまりそこからが既に違ってたんだ。ラーヴェンツの通信機器は俺達の物より遥かに性能が上なんだろう。だからあの場でも通信を受信できた」

「なら…私達の誰かが、あの場からラーヴェンツに通信を送っていたと?」

「あの場で、俺達が龍に襲われている最中にもそれが可能だった人間が一人いる」


雅は黙っている。軽蔑か、驚嘆か。その沈黙が何を示しているのかはわからない。


「龍との戦闘には参加せず。比較的軽症だった者。そして、あの人はかなり大きなバックパックを背負っていた。おそらくあの中には通信機があったんじゃないか? そして怪我人として俺達とは別の装甲車に分けられた。だがそれも今思えばおかしいんだ。足を捻ってマナの欠乏症になりかけた菜乃が俺達と一緒の装甲車だったのに、菜乃より軽症だったあの人は何故分かれた」


一度考えてしまえば矢継ぎ早に出てくる。

今の俺には、彼が内通者だったとしか思えない。


「所長の死体の傍にあった靖旺の拳銃。警護隊の皆が奪われるだなんて事は早々無い。俺達は所持を許可されていたし、そんな事をされればすぐさま雅に報告してくるだろう。ならば、誰かが提供した可能性が高い。俺はあの人が今銃を所持しているのか確かめたい」


雅は何かを考え込んでいるようだ。否定してくれるのならそれで良い。ただのこじつけだと罵るならそれで構わない。

雅にとって彼がどういう存在なのかはわからない。

だが俺にとっても、旅装車の中で短くも一緒に時を過ごした人物だ。疑うのは気が引ける。

他の可能性があるならばそれが一番良い。

俺は雅の視線を受ける。そして淡々とした声で雅は答えた。


「先輩が言う通り。羽柴が裏切り者の可能性はあると思います」


俺は黙って頷いた。今病院にいるのは重症だった木田と三原。

そして動けるのは部隊長であるレイナと羽柴だ。

木田と三原の拳銃はレイナか羽柴が管理しているだろう。

その銃か、羽柴自身の銃を、何者かに提供した可能性は高い。

ならばそれを踏まえて、本人に問いただすのが手っ取り早い。

俺達は方向性を決める。それは仲間を疑いを向ける、とても手放しに喜べる進展ではなかったが。

今は一つの光明として捉えるしかない。

そしてさらなる進展の為に。雅には調べて欲しい事がある。


「雅は明日学院へと行くのか?」


表向きは、この件はまだ雅に伝えられていない事になっている。

だがいつまでも隠し通せることでは無い筈だ。


「私はそのつもりですが、流石に一日経てば何かしらの処遇は決められると思います。寮からの外出禁止は今日だけ、私がホテルへと出向けばいずれ知る事ですからね」」


そもそも、何故雅にこの件を隠そうとしたのかがわからない。黒陽家の家元の意思らしいが。

肝心の本人は今何をしているんだ。


「シエルの生徒達は特に俺達を問答無用で殺そうと躍起だ。その頭にいるのが、シエルの理事長らしい。こいつに会えば何かわかるんじゃないかと俺は思っている」


どう考えても、シエルの俺達への殺意は異常だ。

自己防衛の為とはいえ此方も攻撃を加えている訳だが、

なによりも殺人を行ったという証拠が無いはず。俺達が犯人では無い事は、俺達が一番良くわかっている。

だから人を殺した証拠など存在している筈が無い。

それでも奴らは俺達を殺人犯と決め付けるかのように攻撃を仕掛けてくる。

この町は容疑を掛けた時点で、その容疑者を抹殺する馬鹿げた風習でもあるのだろうかと一瞬だが考えた。

だが、ハイド達は俺達の身柄の拘束を目的としていた。

彼らを見るに、別の町の人間だからといって人として大きく価値観がズレているとは思えない。

容疑の時点で人を断罪する。血も通わない処刑人だとはとても思えなかった。

ならば、何故俺達を必要に殺そうとしてくる人間がいるのだろうか。

理由は簡単だ。証拠をでっちあげ、俺達を犯人だと思わせ殺させる。

容疑の時点で俺達を殺そうと働きかけている何者かがいるのだろう。

馬鹿げている。なんの為に。

それが、奴らが口にしていた。理事長に会えばわかるのでは。



「シエル軍学院の理事長ですか…。しかし、そこまで突き止めた上で、よくここまで来れましたね…灯台元暮らしと言う奴ですか」

「ヴェロニカさんの部下が、雅には知らせていないと言っていたからな。寮の周辺の警備を強化してしまえば、記者であるお前が黙ってはいないだろうし。煙で撒いて一か八かで飛んできたんだ」

「それでそんなにも煤だらけな訳ですか…一応ここ私の寝室なんですけど…」


ルゼの服一式と俺のブレザーは既に洗濯機に放り込んである。

ルゼには雅の部屋着と思われるTシャツとハーフパンツを着せているが、俺は着替えが無いので脱いでおくわけには行かない。

シャツぐらいなら良いかもしれないが、洗濯中に襲撃を受けたら半裸で飛び出す事になってしまう。

殺人犯の他に露出狂を付け加えられては流石に俺のハートが持たない。


「まぁ、風呂だけは入りたくて、俺もルゼも既にいただいたから安心してくれ。そんな汗臭くはないだろ?」

「え、先に入ったんですか? 構いませんが…私これでも年頃の乙女なんですよ…?」

「ん? 残り湯なら好きなように使ってくれて良いぞ。部屋代として今回は目を瞑っておく」

「なんで私が先輩の残り湯を変な事に使うみたいな話になってるんですか!」

「変な事ってのが俺にはよくわからないが、俺が後から入ってもどうせ嫌だろ? まぁ今日はほんとに疲れたから…こんな状況でも湯船にだけは浸かりたかったんだ。許してくれ…」


雅の調子の変わらない突っ込みのお陰で緊張感が抜け、思わず欠伸がでる。

他にも雅に話しておきたい事が山ほどあるのだが、既に瞼が下りてきそうだ。

ルゼを見るとその場で丸まっている。

どうやら既に眠っているようだ。


「すまん、徹夜は慣れているつもりだったが…」


体力的にも疲れているが、精神的な疲労が大きい。

自分の許容を越えた出来事が立て続けに起こると、ぐっと心労が増す気がする。


「仕方ないですね…話の続きは朝にしましょう。ルゼさんと二人でベットを使って下さい。床だと疲れが取れないでしょう?」

「いいのか…?」

「リビングにはソファがありますから、それに体力的には私は起きていても平気ですよ」

「そうか…なら俺はお前が風呂から上がったら寝させて貰うよ。楽しんできてくれ」

「誰が…まぁ確かにシャワーは浴びたいので、それまでは警戒して貰えると助かりますね。すぐに上がりますから」


そう言って雅はバスルームへと入って行った。

俺はルゼをベットに運び、カーテンの隙間から外を警戒する。

と言っても、この高さからじゃ下の様子はよく見えない。襲撃に備えれるように聞く耳を立てているのが精一杯か。

そして眠気が強くなって来た頃。

シャワーにしては少し長いような気がしたが、バスルームから雅が出てきた。

風呂上りの雅の上気した顔で目を保養した後、俺はルゼの隣へと倒れ込み、目を瞑った。





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――――――




「……寝覚めが悪い」


また同じ夢を見た。そのお陰で早めに起きれたようだが…時刻は朝の5時。

多少疲れは残っているが、この状況で睡眠を取れただけでも御の字だろう。

雅には感謝しなければならない。



「おはようございます。お疲れの様子でしたが、先輩は起きれたようですねぇ」


雅が顔を覗かせる。既にシエルの制服へと着替えていた。


「朝ご飯は用意しておきますので、まずは顔を洗って来て下さい。使い捨ての歯ブラシがありますので置いておきます」


朝ごはんと言われて気づいたが、昨日の夜から何も食べていなかったな。

流石に空腹感が結構キツイ。大食らいのルゼもよく我慢したものだ。


「んん~…」


ルゼが体を伸ばして、起き抜けの目を擦る。

珍しい。一人でスムーズに起きてくる事なんて滅多に無かった。

今までは大抵俺が起こしてやっていたのが、ルゼはこの町に来て少しは成長したのかもしれない。

と言うか、昨日は仕方無いが、まずは俺と同じ部屋で寝るのが当たり前みたいな認識を改めて欲しい。


「起きたか。」

「ちょっと微妙な夢見て…」

「どんな夢だ?」

「昔のめんどくさい夢」


めんどくさいってなんだ。

どうせアホな事して誰かに怒られたとかだろう。

悪魔が見る夢と言うのも少し興味が沸くが、わざわざ思い出させるのも酷か。


顔を洗って、雅が用意した朝食にありつく。


「母さん、またパン?」


出されたのは、トーストと目玉焼きとベーコンとシンプルな朝食だった。

腹を空かしていた事を考慮しくれたのか、俺とルゼのパンは二枚用意されていたが、

俺はそれに不満を垂れた。


「お母さ~ん、おにぎりとお味噌汁食べたいんだけどぉ」


「ルゼさんまで便乗しないで下さい。誰がお母さんですか…。というか私だって和食を食べたいんですよ!? でも和食材を扱う店が此処から遠いんですよ。文句あるなら食べないで下さい」


どちらかと言うと、ルゼは洋食側の人種、いや、人間では無いのだが、

和食を知ったのはつい最近だろうに、見事に染まってしまったな。

俺はルゼに初めて出会ったときの事を思い出す。

俺が用意したおにぎりをがむしゃらに喰らい、口周りを汚していたルゼの姿が既に懐かしい。

とは言っても、そこまで昔の出来事では無いのだが。

はて…、ルゼと俺は出会ったばかりだと言うのに既に腐れ縁と感じるのは何故なんだろうか。


「時間がありませんので、食べながら話しましょう。私も2時間後には学院に行かなければなりません。

休んでは怪しまれますしね」


雅は短期留学生だ。唐突に休めば間違いなく目を付けられる。

それに、シエルの生徒である雅には是非やって貰わなければならない事がある。


「理事長と言うのが誰か突き止めてもらいたいしな。志咲のように家元が勤めているならば簡単な話だったんだが。家元の事を皆は、黒陽ゆり様か、ゆり様と呼んでいる。多分別人だろう」

「わかりました。そちらはおまかせ下さい。先輩達はどうするおつもりで? できればここから動かないほうが懸命だとは思うのですが」

「証拠を一つでも手に入れておきたい。その為にも菜乃に協力を仰ぎたいんだが。今はヴェロニカさんの部隊に監禁状態にされているんだったか?」

「そうですね、ですがあの人ならば…多少は協力してくれるかもしれません。私がこの後菜乃さん達の元へ行きましょう。なんと伝えれば良いでしょうか?」


確かに、今回の件で今だ部外者として扱われている雅ならばホテルに堂々と入っても文句は言われない筈だ。

だが、…その伝言役に雅を抜擢するのはいささか心苦しくある。


「リカルドさん達にも伝えるかは、お前に任せる。俺達の中に内通者が居る事。羽柴さんの事を菜乃に調べて欲しい」


雅の顔が険しくなるが。すぐに、わかりました。と承諾してくれた。


「後は連絡手段だが…」

「私は無線をリカルド達から借りてきています。」

「傍受の危険性があるから極力は使用しないが。周波数は合わせておこう」


雅はこくりと頷いた。

ルゼを見ると既に二枚トーストを平らげ、俺の分にも手を伸ばそうとしていたのでブラックコーヒーを無理やり飲ませた。


「うぅ、苦いよぅ…」


雅は先に菜乃達がいるホテルへと向かった。そして俺からの伝言を伝えた後、シエル学院へと向かうだろう。

シエルの理事長。一般的には学院長よりも上の存在だ。

簡単に合える人物ではないと思うが、名前ぐらいは聞きだせるだろう。


だが、もし正体を掴んだ所でどうするか、それはこれから俺達と菜乃の行動に掛かっている。

必要なのは証拠だ。無実であると言う証拠を示さねばならない。

どうせここまで疑われたのだ。少しぐらい過激な事をしてもマイナスにはならないだろう。


ブラックコーヒーを飲んでから渋い顔をし続けているルゼを見る。

こいつがいなかったら俺は今頃どうなっていただろうか。研究所のリデルメントの一撃で所長のように臓物を撒き散らして肉塊になっていたかもしれない。

廃墟区ではシエルの生徒達に蜂の巣にされるか、ハイド達に身柄を拘束されるも犯人として処刑されてたとしか思えない。

ルゼが戦闘に長けていて良かった。だがこいつに会わなければそもそもこの状況になっていただろうか。

まず間違いなくこの町にすら来ていないだろう。

ibsを間近で見ることも無かったかもしれない。

それでも不思議とこの旅に後悔は無い気がする。面倒事が嫌いなのは当然なのだが、もし志咲にいたままならば、

俺は外の町の景色も、このラーヴェンツの風景も知らなかった。きっとそのせいだと思う。

だが、もう一度言う。俺は面倒事が嫌いだ。新しい物に触れる事と、面倒事は全く別の事だ。

だからルゼにはその分もう少し働いて貰おう。


「なに?」

「幼女を戦わせる事を正当化する為の理由を考えてた」

「よくわからないけど、それは本人に言っちゃ駄目じゃないの?」

「ほぉ、ついに自分を幼女と認めたか」


膨れっ面になったルゼを存分に見た後。

菜乃の事を考える。一日しか経っていないのにしばらく会っていない気がする。

うまくいってくれると良いが。




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――――――




『では、菜乃さん。リカルド。よろしくお願いします。此方でも動きますから、決して無理はしないで下さい』


私達の泊まるホテルへと雅さんが尋ねてきてから数分。

彼女はリカルドさんと私に、大和さん達の状況と、羽柴さんの事を伝え。シエル学院へと向かった。

ヴェロニカさんは雅さんの事をどうすることも無く見送っていた。

彼女は曰く。『ゆり様からは、まだ何も命令が来ていない。私達はテロに対する君達の警護を預かっているだけだ』

と言っていた。

雅さんにはあくまでも、自分達からこの件を知らせない。と言う体裁で動いているようだ。

何の為かはわからないが。


リカルドさんは朝食の席で日向野さんと吉村さんとリシトさんにもこの件を伝えた。

雅さんとも話し、彼らは信用できると判断したそうだ。

靖旺の拳銃もそれぞれきちんと所持している。

後は病院にいる羽柴さん達の拳銃を確認しなければならない。


「リカルドさん。レイナさん達がいる病院に連絡は取れないんでしょうか?」

「昨日の夜から、ここらへんの回線が使えないらしいです。何故か無線も通じない。羽柴が通信機を持っていた筈なんだが…」


ならばやる事は一つだろう。病院へと向かう事だ。

もし羽柴さんがしかいなかったとしても、それはあの人が内通者だったとの確信になる。

そしてラーヴェンツとの繋がりを証明できれば、殺人現場に落ちていた靖旺の拳銃も説明ができるはず。


「すぐにでも動きましょう。もし当てが外れたとしても、それは羽柴さんが味方だと確信できますし」

「私もそうしたい。あいつは俺達の昔からの戦友ですからね…。だが…」


何か不安要素があるのだろうか。考えられる点としては羽柴さんが既に病院にいない可能性がある事だろうか。


「しかし、あのヴェロニカ殿が私達の外出を許可するのでしょうか?」


日向野さんが少し声量を下げて疑問を口にする。

確かにそれもある。私達は昨日の夜から、ヴェロニカさんの部隊に監禁状態にされているのだ。

今日になってもそれが継続しているのかはわからない。


「それは、ヴェロニカ殿に直接聞いてみるしかないな」


リカルドが席を外す。早速ヴェロニカさんに外出できるかの確認をしに行くのだろう。


「もし、駄目だった場合はどうするのですか?」


私の答えはもう出ている。

例えリカルドさん達に止められようが、次は行動するつもりだ。


「私の予想では、忠実な軍人であるヴェロニカ殿は我々の外出を断るでしょうね。ですが考えはありますよ」


そう言ってリカルドはヴェロニカの元へ向かった。

何か策があるらしい。彼は四旺の警護隊隊長なのだ。考えがあると言うのならば信用しても大丈夫だろう。


「しかしあの人がラーヴェンツと繋がっているとは信じがたいですね…。今まで靖旺にいる時もそんな素振りは見せませんでしたし」


リシトさんが朝食のソーセージを突きながら羽柴さんの事を口にする。

日向野もそれに相槌を打った。


「それに羽柴さんは親の代から四旺家に仕えているからなぁ。四旺を裏切るような真似はしないと思うが…」


確かに、四旺家の時期家元の警護隊に選ばれるからには、それなりの実績と信頼が必要なはずだ。

出自もそれなりに制限されてくるだろう。靖旺出身以外はありえない。

ならばラーヴェンツといつ繋がったのだろうか、四旺を裏切る理由も想像が付かない。

冷静に考えると不可解な点は多い。

だが今朝の雅さんは大和さんの推論を信じているように見えた。

先程のリカルドの様子も気になるし、もしかしたら二人には何か心当たりがあるのかもしれない。

脳に栄養を回そうと朝食を取りながら考え込む。

しばらくするとリカルドが戻ってきた。


「これからの方針が決まった。…日向野、リシト。フェブラルを組み立てておけ。吉村は皆の装備一式の準備を」

「「了解」」


その矢先に、二人に小声で命令を出した。

その命を受けた三人は悟られぬようにか、急ぐ様子も無く、いつもの様子でゆっくりとエレベーターへと戻って行った。


「方針とは…?」

「ヴェロニカ殿には単刀直入に外出しても良いのかと聞きましたが、許可は下りませんでした。なので、姿を隠して行くことにします」


ついに強攻策に出る事となった。

見つかればどうなるかはわからないが、それは大和さん達も同じだ。

私だけが、ここで手をこまねいている訳にはいかない。

どうやってこのホテルから抜け出すのかはわからないが、とにかくすぐに準備をしなければ。


「焦らなくても良いですよ。一時間後に我々が動ける条件が揃います。それまでに私達の部屋へと来てください。きっと病院までは人目に触れずスムーズに行ける筈です」


妙に自信気にリカルドは話す。

そのお陰か、逸る気持ちを抑え少し落ち着きを取り戻す。

大和さんとルゼさんをこの旅に巻き込んだのは私だ。

あの廃施設であろうことか、大和さんを攻撃し、ibsの発生事件へと巻き込んだ。

私に会わなければこの町にも来ていなかっただろう。

だから何があっても、必ず守らなければならない。

でも、焦っては事を仕損じる。

今は自分に与えられた任務を、大和さん達の為に確実にこなす事を考えよう。

顔を上げ、窓の外を見る。

雲行きが怪しい。今日のラーヴェンツは一雨来るかもしれない。

覚悟を決めたは良いが、いざ行動するとなると色々と考え込んでしまう。

濡れるなら変えの効く靖旺の制服で良いだろうか、しかし隠密行動を取るならばもっと目立たない恰好の方が良いのではないか。

と言っても、これといった戦闘服など持ち合わせてはいない。

ならば動きやすい靖旺の制服で良いだろう。上着を脱げばただのYシャツだ。人ごみに紛れる状況になっても問題は無いだろう。

答えを出しつつも、自分にはあらゆる経験が足りていないのだと自覚する。

私は今まで志咲での面倒事を数多く片付けて来た。だが今回このラーヴェンツでこうなる事も予期できず、そして今になってやっと行動し始める。

だが大和さんはどうだろうか、私に会う前はちょっぴり不登校気味のただの学生だったはず。

それが事件に巻き込まれても、雅さんとコンタクトを取り、解決に向けて行動しようとしている。

やはりあの人は凄い。自分が志咲の次期家元などと考えると恥ずかしくなって来る。

私は自分に憤りを感じつつ、部屋へと戻った。


1時間後、トライアドの起動確認を済まし、リカルドの部屋を訪ねる。

既に三人は準備済ませているようで、出合った頃の警護隊の戦闘服を着用していた。

そしてリカルドさんの手には一際目立つライフルが握られている。

そんな物どこに隠していたのか。

私の視線に気づいたリカルドがそれに答えた。


「これは、四旺の特殊部隊員に支給される対人用の自動小銃。D-14フェブラル。こいつの一番の特徴は。全体をかなり小さなパーツにまで分解できる。それを各自の鞄の底、通信機の中、ベルトの金具等あらゆる場所に仕込ませ、相手に悟られずに持ち込める。レイナ達がいる病院へ行く度に、バレない様パーツを少しづつ持ち帰るのは手間でしたがね」


いつの間にそんなことを、彼らは最初からラーヴェンツとの戦闘を踏まえ行動していたのか。

私は覚悟を決めてこの町へと来たつもりだったが、やはり足りなかったのかもしれない。


「ですが、その装備といい。私たちの恰好では目立つのでは?」


リカルドは人目に触れず。と言っていた。

この出で立ちでは相手がヴェロニカさんでなくとも警戒されるだろう。


「ええ、既にホテル内部のカメラは掌握しています。後30分は我々の姿を映すことは無い。そして今この時間、従業員全員がどこにいるかも把握しています。行動するなら今です。付いてきてください」


私達はホテルの業務用エレベーターで地下駐車場まで降りた。

止まっている車はまばらだ。このホテルは私達の貸切なのでお客さんの物ではないだろう。

リカルドさんに案内され駐車場内の隅まで来る。


「これは…もしかして、下水道ですか?」


隅の床にあったのは見慣れぬ柄をしたマンホールだ。

ならばこの先は、一般的に考えると下水道だろう。

しかし、駐車場に人一人が入れそうなマンホールなど初めて見た気がする。

志咲の建物にはあっただろうか。

私がマンホールと睨めっこを始めたと同時に、リシトが説明を始める。


「下水道に続いてはいますが、これはただのマンホールでは無いんですよ。元々このホテルは要人を泊める為に作られたそうで。これはいざと言う時の為の避難経路の一つとして設計されたみたいです」

「と、言っても中はただの下水道。VIP待遇とはいきませんがねぇっ。よいしょっと」


日向野がマンホールをバールでこじ開ける

どこから調達してきたのだろうか。

いや、今はそんな事よりも気になる事がある。


「地下から…確かにこれなら人目には付きませんが…。ヴェロニカさんにこの経路はバレてはいないのでしょうか?」

「バレているでしょうね。おそらく我々が動いている事も既に気づいているかもしれません」


リカルドが即答する。

それは不味いのではないのか、下水道に待ち伏せや、罠が張られているかもしれない。


「内部の半径20mまでは確認ができています。朝食の時にも来ましたが、少なくともここからは侵入の形跡はありませんでした」

「朝食? いつの間に…」


そういえば、リカルドさんは一度だけ席を立った。

あれはてっきり、ヴェロニカさんに外出の許可を取りに行った物だと思っていたのだが。

まさか、ここまで下見に来ていたとは。


「ヴェロニカ殿に外出を拒否されたのは昨日の話です。その時彼女から、『私達が監視している場である、ここからは出す事はできない』と言われました。ならば、彼女達が監視していない。地下から出れば問題は無い」

「そ、そういう物なんでしょうか…リカルドさんは彼女が味方だと?」

「いえ、味方にはなれない敵。と言った所ですかね。はっきり言って、大和君達を犯人だと決め付けているのは異常なまでに強引ですよ。ですが、大和君たちを排除するのがラーヴェンツの総意ならば、一緒くたに私達にも容疑を吹っ掛け人質にすれば良いだけの事です。ですが彼女達はそれをしていない。なおかつ我々の監視をしなければならない立場。自分達の身動きが取れない状況で、真実に近づく為には我々を動かすのが手っ取り早いでしょう」

「私達はあの人の掌の上。と言う事ですか」

「それか、ヴェロニカ殿も含めて、全員が何者かの手の平の上なのかもしれません」


リカルドさんの言葉に嫌なざわつき感じながら、私達は下水道へと降りた。


「異常なしです。歩数から計算して目的地まで10m圏内です」


日向野さんとリシトさんがクリアリングしながら順調に進んでいる。

リカルドさんが言っていた通り、下水道には誰も居る様子は無い。


「こう言ってはなんですが、拍子抜けですね…。ヴェロニカさんでなくとも、別の部隊がいてもおかしくないと思いましたが…」


何事も無く病院に行ければ、それに越した事はないのだが、

この静けさが嵐の前の物で無い事を願う。


「ルゼ殿の飛行能力を考えれば、地下にまで人員を割く余裕が無いのかもしれません。日向野、そろそろだろう。上の様子を確認してきてくれ」

「了解」


ハンドガンとライトを構えながら、日向野さんが慎重に進んで行く。

梯子の下を私達が警戒しつつ、日向野さんが地上へと上がって行った。

そういえば、病院へと辿り着いた所でどうするのだろうか、

目立つライフルを置いていったとしても、素直に通して貰えるかわからない。。

中にいると思われるレイラさんに連絡が取れればなんとかなりそうだが、

通信機が繋がらない今どうしたものか。そう悩んでいると、

微かな地響きを感じる。


「隊長…病院が」


マンホールを空け、地上へと顔を覗かせている日向野さんの声が聞こえてくる。

その焦りの声に全員が顔を上げた。



「シエル大病院が、ibsの攻撃を受けていますっ!」





―――――――――――――――

――――――





時刻は午前7時前。菜乃さんとリカルドに羽柴の事を調べるように伝えてから私は学院へと向かっていた。

少し早めの登校になるが、調べ事をするには調度良い。

私がやるべき事はまず、理事長が誰かを突き止める事。

先輩の話では理事長がシエルの生徒達を動かしているらしい。

だが生徒達、と言っても一部の実力者のみだろう。昨日のリカナの様子を見るに生徒全員にこの件が伝達されている訳では無いようだ。

おそらくほぼ三年生、その中から選抜して実働部隊を編成しているのだろう。

しかし、理事長と言われると少し疑問がある。

私は短期留学生として、このシエル軍学院に転入した訳だが、会ったのは黒陽家家元、黒陽ゆりさんだけだ。

学院の理事長は私に姿を見せてはいない。

黒陽家の家元が顔を出したのに、理事長は関与しないと言うのは違和感がある。


「四旺さん。おはようございます」

「ミーシャさん? おはようございます。お早いのですね」

「図書室で借りた本を返しておきたくて、図書委員の知り合いが早くから本の整理をしていますから」


後ろから声を掛けられたかと思えば、リカナの親友。ミーシャだった。

この方はリカナと違い。かなり常識的な人物である為、私の中ではとても印象が良い。

私はそこで気づく。そうだ。教員に聞こうと思っていたが、別に学院の理事長ならば生徒が知っていてもおかしくはないじゃないか。

少し難しく考えすぎていたようだ。真面目なミーシャならば、この学院の理事長の名前を覚えている可能性は高い。


「ミーシャさん。聞きたい事があるのですか、このシエル軍学院の理事長さんって誰なんでしょうか」

「理事長ですか…? 理事長と言う役職の人物は聞いた事がありませんね。学院長ならいますが。私は黒陽家の家元がその役割のなのか。学院長が兼任している物かと勝手に思っていましたが」


学院長が兼任…確かにおかしな話では無いが。

ならば、先輩を襲った生徒達が理事長と言う言葉を使うだろうか。

それとも、ミーシャの言う通り黒陽ゆりさんが理事長なのだろうか。


「その学院長の名前を教えて貰ってもいいですか?」

「確か…アンナ・シミット。だった筈です。学院長がどうかしたのですか?」

「いえ、まだ挨拶を済ませていなかったので、どんな方なのかと思いまして。アンナ学院長には学院長室に行けば会えるのでしょうか?」

「この時間はまだいないかもしれません。どんな方かと言われると…優しくて評判は良いみたいですが、私含め大抵の生徒は朝礼とかで目にするぐらいで、普段あまり関わる機会はないですね」


校長や学院長などそんなものか。

靖旺の学校だって、基本は学院長と生徒はあまり関わることが無い。

学校に通う殆どの生徒達からしたら、学院長や校長の存在など頭の片隅にも置いてなさそうだし。

まぁ一応この時間にいるか教員さん達にも確かめて、いなければ一限が終わった後に実際に行って確かめてみるしかないか。

私はミーシャに職員室の場所を聞き、学院長が不在かどうか確かめに向かった。


しかし、やはり学院長はいなかった。話ではいつも一限目の途中に来るらしい。

私は素直に授業を受けてから、学院長室を目指す。


「居るといいのですが」


扉を数回ノックする。

念のために、腰のテスタメント、カマイタチに意識を向け、警戒態勢を取っておく。

学院長が黒幕だとしたら、何か仕掛けていてもおかしくはない。


「どうぞ」


中から声が聞こえた

私はゆっくりと室内へと入る。

中に居たのは60代と思われる女性が座っていた。

どうやらデスクワークの途中だったようだ。


「失礼します。お仕事の途中にすみません。私は靖旺から短期留学に来た四旺雅と言います」


名乗った私を見る目つきからは何も読み取れない。

今の所、敵意は感じられないが、油断するべきではないだろう。


「貴方が、四旺雅さん、ですか。なるほど、どうぞそちらにお座りください」


とても穏やかな喋り方だ。

学院長は此方に来てお辞儀し、お互いに来客用の席に座る。

物腰も柔らかく、一見戦闘するタイプには見えない。


「お忙しい所申し訳ありません。学院長にお聞きしたい事がありまして」

「おっと、私としたことが、少し待っていてくださいね」


学院長は席を立ち、戸棚の中を物色し始める。

どうやらカップとティーポッドを探していたようだ。

高そうな模様が描かれた陶器達が机に並べられる。


「あ、あの、おかまいなく…」

「珍しいフルーツティが入ったんですよ。どうぞ飲んでいってください。それに、積もる話があるのでしょう? 十義大和さん…でしたっけ?」


私がここに来た理由は読まれていたと言う事か。


「……今回の件。やはり知っておられるんですか?」


学院長が先輩の事を知っていてもおかしくない。

だが、このタイミングでその名を出すという事は、

やはり今の状況を把握しているのだろう。

学院長の顔は今も穏やかな笑顔のままだ。

この人の心境が全く読めない。ポーカーフェイスと言われればそう見えてしまう。


「ええ、勿論。シエル軍学院上級生徒達で編成されている。Ciel Kommando Spezial。 CKSと言う部隊があります。彼らを追っているその部隊を動かしているのは私ですから」


知りたかった情報をいとも簡単に口走ってくれる。

先輩の情報では、問答無用で殺しに掛かって来たのがシエルの生徒達。

それが学院長の言うCKSだろう。

ならば、先輩達を殺せと命じた張本人がこのアンナだが、何故こうも簡単に私に告げる。


「それを私に言って良いのですか? ゆりさんからは、私にはこの件を伏せろとの命令が出ているのでしょう?」

「それは貴方がここに来た時点である程度は知られている。と思ったので、話しても問題ないと判断したまでです。まぁゆり様からの命令まで知っておられるとは思いませんでしたが」


問題ない? 警備のいないこの部屋で私が攻撃を仕掛ける可能性もあるのに、

彼女が何を考えているのかがわからない。


「学院長はあのお二人が本当に犯人だと? 何故殺そうとするのです」

「勿論、彼ら以外にはスロガー所長を殺せる人物はいませんでした。凶器も確認されています。駆けつけた警備兵達に攻撃を仕掛け逃走しています。疑う余地の無い事だと思います。ルゼさんの力は我々にも脅威です。排除するのに手を抜く理由はありません」

「そこまでの力が彼女にあると? 過大評価ではないのですか?」

「彼女は大型のibsに対抗できる程の力があるとの報告があります。油断して此方側に死者を出したくはないですから」

「そのibsに対抗できると言う情報はどこから手に入れたのです」


学院長はそれには答えない。

おかしい。今まで記者として色々な人物と接してきた。だが彼女は、笑顔とは対照的にまるでマニュアル通りに喋る機械のようだ。

本人が目の前にいるのに、本人と喋っている気がしない。

全てが他人事のように聞こえる。

この人は何故こうも簡単に口を開く。

まるで私に情報を渡しているかのように。


「それが、理事長の意向。と言う事なのでしょうか」


二限目が始める鐘が鳴る。それを気にしていられる余裕など無い。

学院長の今までの応答は、誰かに与えられた情報を淡々と喋っているように感じた。

そして今の沈黙。ルゼさんが渓谷で龍型のibsと戦闘した事を知らないのだとすれば、

この人の裏に、やはりもう一人。それを知る理事長と呼ばれる誰かがいる。


「理事長、と言うのはこの学院には存在しませんよ。この学院にはね。彼らの無実を証明したいのならば、確固たる証拠を示さねばなりません。彼らは一晩逃げ切った。

きっとあの方も手段を選ばなくなる」

「あの方…それが誰かは教えては貰えませんか」

「無理ですね。殺されようと、私はその名を口にする事はありません」


学院長の表情が変わる。

この表情は人が何かを決意した時の物だ。

彼女の言う通り。私が今ここでカマイタチを抜いても、彼女は口を割らないだろう。


「何故私にそこまでの情報を与えるのですか。貴方にとって私は敵でしょう」


学院長はフルーツティーを一口飲む。

それを見て、用意してくれたのに口を付けていない事を思い出し、私も口を付ける。

毒を警戒したが、同じティーポッドから出された物だ。問題は無いだろう。


「おいしい…」


少し冷めてしまってはいるが、ハッキリとした果実の香りがある。

後味に蜂蜜のような甘い香りが残り。次の一口をそそられる。

温かい内に飲まなかったのを少し後悔してしまう程に、このフルーツティーは良い物だった。


「どうやら気に入っていただけたようですね。これはさほど高級な物ではありません。ラーヴェンツで農家をしている方と、紅茶を愛する方が共同で製作なさった物で普通に市販に売られている物なんですよ? まぁ最近は人気が出てしまって、売り切れが頻発してしまうのが残念ですが」


そう言いながら、学院長はもう一口フルーツティーを飲む。

その様は単なる紅茶愛好家にしか見えない。


「珍しい物。と言いましたね。学院長の立場なら簡単に手に入るのでは?」

「まぁ、私がお願いすれば、多分用意はしてくれるでしょうね。ですがそれは、広く一般の方にも紅茶を楽しんで欲しい。と言う彼らの願いを無下にしてしまいますから。雅さん。私はこの町が好き…好きになったんですよ。決してラーヴェンツが優れているのは武力だけではない。町を繁栄挿せる為に。皆の為により良い物を作る。黒陽家でなくとも皆一生懸命生きているのです。そして学院の生徒達。彼らもまたこの町の為に一生懸命自分を磨いている。昔は私もただの生徒でした。今はラーヴェンツの豊さに甘えて、このような体つきになってしまいましたが、これでも生徒時代は学年2位の実力をもっていたんですよ?」


学院長は笑いながら自分のお腹をさする。

別に太っている訳では無いが、既に鍛錬などは行っていないのだろう。

油断は禁物と言いたいところだが、昔を懐かしむ彼女をどうしても敵だとは思えない。


「そのラーヴェンツでここまでおかしな出来事が起こっているのです。それでも貴方は野放しにするのですか?」

「私はその為に存在していますから。私が言える事は、これだけ。確実な証拠です。証拠を手に入れてください。そしてあの方は確実にその証拠を排除しようとする。止めなさい。これはこのラーヴェンツに限った話では無い。世界を紡ぐのは貴方達若い世代なのです」


学院長の様変わりした気迫に一瞬圧倒される。

この人は嘘は言っていない。

ならば真実なのか、だが何が真実なのだ。

ラーヴェンツに限った話では無い? どう言う事だ。

学院長を見ても、これ以上口を開く気配は無さそうだ。


「もし、機会があればまた一緒に飲みましょうか」


気づけば二人ともフルーツティーを飲み干していた

私はお辞儀をして、学院長室から教室へと向かう。

ここまで早く情報を掴めたのは予想外だ。だが、まだ届いていない。


「証拠…確実な証拠を…」


先輩達の無実を晴らす為の一番の証拠は、真の犯人を捕まえる事だろう。

それに辿り着くにはどうすればいい。

羽柴だ。まだ彼と決まった訳じゃないが、内通者が誰の命令で動いていたのか分かれば。

学院長が龍型のibsを知らないとなれば、それを内通者に命じた他の人物が学院長をも動かしていた人物だ。

リカルドは任せてください。と言っていた。

彼らだけに任せるつもりは無いが、今頃は…


「今頃は…」


証拠を、証拠…

『あの子は確実に証拠を排除する』、


「まさか…羽柴…」




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