第20話 死線
激しい爆発と共に、かつてはシエル大病院の一部であったコンクリートの塊が無数に降り注ぐ。
それは病院から逃げ出そうとする人々に容赦なく降り注ぎ、それに潰された者は床の染みへと変わり果てていく。
ibsは病院に対して破壊行為を行っていた。
今までのibsとは違い。茶に近いカーキ色をしている。
そして違いは色だけでなく、背中には見慣れぬ装備を背負っている。
そこから繰り出される無数のミサイルのような物が容赦なく病院を破砕していった。
「アイスダストッ」
無数の小さな氷の礫がミサイルに向かい、幾つかを空中で爆破させる。
だがミサイルを放つibsは2機、礫との衝突を免れた数発のミサイルが病院へと直撃し、破壊と黒煙を広げて行く。
「守りきれないなら本体を叩くまで!」
私は既に可変させているトライアドを構えなおす。
持ち手に仕込まれたトリガーを引き、マナをブラストへと変換させ、攻撃の形をイメージする。
そして自分の周りに展開されたのは1m程の無数の氷柱。
水のマナの派生先にある、氷のマナにより氷柱を創造し、その時に発生するマナエネルギーを固定して相手に打ち出すアイシクルショット。
トライアドの特徴の一つ、スロット内部に自分がよく使用するマナ特性とブラストへの構成パターンを保存し、マナからブラストへの構築を簡略化してトリガーを引けば即イメージしたブラストを扱える。
保存できるのは二つ。今発動したアイシクルショットと。身を守る為のアイスシールド。
それ以外は、詠唱にてトライアドに発動するブラストを読み込ませなければならない。
だが、それで問題ない。アイシクルショットは私の持つブラストの中でも単純な攻撃力では上位に入る。
信頼性が高い物を、即使用できるように準備しておくのは定石だ。一撃とはいかなくとも、これでibsに致命傷を与えられるはず。
8本もの氷柱がibs二機へと襲い掛かる。ibsは避けるそぶりを見せない。少なくともこれで動きは止められる。
「なっ…」
氷柱が直撃したibsの装甲は多少傷がついた程度。
今まで志咲に現れたibsを何機も倒して来たゆえに、これは予想もしていない光景だった。
「あのibsは我々が知っている物より遥かに強力だ。あの背中の追加装備も。見た事が無い」
フェブラルを構えたリカルドが隣に立つ。彼の銃も効果が無いのは既に実証済みだった。
「私の攻撃も弾かれるとは思いませんでした…まさかここに来て強化型のibsが発生するなんて…」
「その内ラーヴェンツ軍が処理してくれるでしょうが…ibsには人と人工物を破壊する習性がある…これ以上好きにさせては尋常じゃない被害が出る」
ibsはゆっくりと此方に振り向く。
まるで此方を観察するかのように、動きを止めた後。
腹部の装甲が開き、砲門が現れた。
お互いに声を掛ける暇も無く、放たれた銃撃を避けて散り散りとなり、瓦礫へと身を潜める。
ハンドガンではibsの装甲に歯が立たない為に、先に瓦礫へと身を隠していた日向野さんが頭を抱える。
「ちょっ、対ibs用兵装も無いのに、どうするんですかたいちょっーーーーひぃっ」
叫んだ日向野さんの頭上に、貫通してきた弾丸が通り抜ける。
このままでは私達は前に進めない。
このタイミングでのibsの発生…これが仕組まれた事ならば…
「皆さん! ここは私が引き受けます! レイラさん達と合流してください!」
アイスシールドにより、守りを固め、警護隊の皆に呼びかける。
リカルドさんが必死の形相で叫んだ。
「無茶です! あの装甲と火力。あのibsは明らかに異常だ! 危険過ぎます!」
「この発生が偶然でない物としたら、レイラさん達の身が危険です。それにあの火災の中でも動けない患者さんもいるはず! 救える命を救って下さい!」
ibsの銃撃が止む。どうやらあのibsも弾は無限では無いようだ。
リカルド三達四人は、お互いをの意思を目で確認した後に立ち上がる。
「私達は、貴方が死なない事を信じる。こうして貴方を置き去りにする私達が言えた事では無いが…無茶はしないで欲しい」
リカルドさんの言葉に無言で頷き、駆け抜ける四人を守るようにアイスシールドをさらに展開する。
そして無事に四人は病院内へと侵入して行った。
「ふぅ、これで邪魔者はいなくなりましたね……なーんて、かっこいい台詞を言ってみたいもんですが…」
弾切れを起こしたibs達はまたも背中の装備を展開し、ミサイルを構える。
幸いなのは、標的が病院では無く、私に移った事だ。
ミサイルも有限の筈だ。防御に徹すればなんとかなるかもしれない。
そう思った矢先。片方のibsが向きを変え、照準を病院へと合わせた。
「どうしてibsが別々の行動を!?」
リカルド達に、ここは任せろと言ったばかりだ。
病院には手出しはさせない。ミサイルが放たれる前にibsの懐に飛び込む。
そうすれば、私を狙うibsも射角外で攻撃はできない筈だ。
私は思い描いた通り、ibsに飛び込み、ミサイルポッドに向けてアイシクルショット放った。
ポッドと前足に直撃し、ibsはバランスを崩す。
私を狙っていたもう一方のibsが予想通りミサイルの構えを解いた。
近接攻撃を仕掛けてくるだろう、だが既に予測済みだ。
ibsの前足による連撃を避ける。このまま懐に飛び込み、装甲の薄い腹部に攻撃を打ち込めば、
ibsは停止する。
「まずは一…っ」
まずは一機。いつものようにibsの弱点を突き。撃破する。
それが最適解だと思っていた。だが、私は何を見ていた。このibsは今までのibsとは違う。
アイシクルショットを放つ瞬間、ibsの腹部から新たな砲門が現れる。
この形状、このタイミング。
今までのibsには無かった。弱点を補うために追加された近接用迎撃装備。
腹部から現れた砲門から、マナによるショットガンのような散弾が放たれる。
予想できた筈だ。焦っていた。
今の私はマナをアイシクルショットに変換している。
防御用ブラスト、アイスシールドが間に合わない。
だが範囲を最小限にして、なんとか発動させる。
致命傷は避けたが。無数のマナにより形成された弾丸が私の左腕と右足を貫通していく。
「ぐうっ」
何をやっているんだ、私は。
冷静に対応すればこんな失態は犯さなかったはずだ。
私は何を焦っている。
大和さんとルゼさんを巻き込んだ事に負い目を感じているからだ。
だがそれがどうした。どう取り繕ってもそれは事実だ。ここで私が負けてしまえば、それこそあの方達に示しがつかない。
「ルゼさん…私はあの方に及びはしません。ですがっ」
廃施設でルゼさんが私に放った強大な攻撃を思い出す。
「アイシクル、ブレイクッ」
満身創痍の中、巨大な氷の塊を二つ、頭上に発生させる。
やる事は単純明快。ルゼさんが廃施設で行ったように。床を、地面ぶち抜く!
氷の塊はコンクリートをぶち抜き地面を破壊する。
私達がここまで来た下水道の先。二機のibsはそこに落ちていく。
だがこれでは足りない。そこから逃れることなど本来のibsでもできる事だ。
「アイスホールドッ」
下水道の水を巻き込み、ibs達を凍らせていく。
「まだです。まだっ…トライアド。貴方にもし意思があるのなら…私の命を使っても構いません。どうか力を!」
とうに私が持つマナの限界量を超えている。
だが、ここで止まる訳には行かない。確実な一撃を与えなければ、あのibsは人を殺し続ける。
もう一撃だ。今動きを止めたibsに、確かな一撃をお見舞いする。
それだけの力を私に…!
空中に二本の氷柱を発生させる。もやは詠唱などできる余裕は無い。
次に放つのは、初手で弾かれたアイシクルショットだ。
だが、できる限り私のマナを注ぎ込み。さらに破壊力を向上させる。
今の私にできるのはこれぐらい。近接にて間接や装甲の隙間を狙う余裕など既に無い。
この一撃にて勝負を決める。
意識が遠のく。氷柱へと注ぎ込むマナの量と比例して私の命の炎が消えていくのを感じる。
マナ欠乏症など既に超えた向こう側。
自分が死の淵にいる事実を感じながらも、マナを注ぎ続ける感触に変化が訪れる。
「こ…れは…」
それは一瞬だった。自分が持つマナが増えた気がしたのだ。
もしかしたら、蝋燭の火が消える寸前一瞬だけ燃え上がるように、これは同じく死に際の炎なのかもしれない。
それでも良い。やることは既に決まっている。
そのマナも全て注ぎ込み、奴らを殺す。
すると、私の意志に反応してか二本の氷柱は白く輝きだす。
「なんでも良い…私の意志を汲み取ったと言うならば、その輝きで貫いてみせろっ!」
トライアドを振り下ろす。白の閃光は二機のibsへと降り注ぎ。
その装甲を容易に貫いた。
巨大な氷柱に中心部を貫かれ、そのまま地面を縫い合わされたibsは物言わぬ鉄の骸となり沈黙した。
――――――
激しい轟音がした。
まるで地面を叩き割ったかのような衝撃が病院全体を揺らしている。
「一体なにが…菜乃さんはどんな戦いをしているんだ…」
「隊長、吉村さんとリシトは患者の避難誘導と救出でしばらくは此方に来れないそうです」
「わかった。俺達でレイラを捜索する。まずは西塔の五階、木田と三原の病室へと行くぞ」
日向野と共に西塔へと駆け抜ける。
此方の方はまだ損壊が少ないようだ。
神野崎さんが止めてくれている今の内に、レイラ達と合流し、羽柴の真意を探る。
それに考えたくは無いが、もしこのibsが羽柴の仕業ならばレイラ達の身が危ない。
「あれは…まさか」
西塔の壁に大穴が空いている。
耳を傾けると、微かに何かが破壊されるような音が聞こえてた。
「不味いですよ! 木田さん達の病室の方です!」
「ああ。ibsは三機いる…しかも、一機だけ病院に侵入しているとはな…行くぞ!」
病院へと侵入する為に穴を開けた、最低限の破壊行動。
囮のように配置されたibs二機。
今までの人と人工物を狙うだけの単純な獣では無い。
やはりこれは、誰かの意思が介在している。あのibsは何者かの制御下に置かれている。
ならば、誰が。
「レイラッ」
「リカルド隊長っ」
五階へと上がる階段の前で、ボロボロとなったレイラと出会う。
「木田と三原はどうした」
「二人は既に下の階へと逃げています。ですが木田がまだ満足に動けず…私が時間稼ぎを…」
「羽柴はどこにいる」
「羽柴は…」
レイラが俯いた途端。天井が破壊され噴煙が舞う。
煙の中か強化型のibsが姿を見せ。大きな足の爪で壁を抉りながら、四l階へと降りてくる。
「日向野、簡易グレネード!」
既に準備していたのだろう。
命令と同時に日向野が缶を投げる。それがibsの足の関節に見事に命中し爆発を起こした。
「やはり、即席で作った奴じゃ、ビクともしませんね…」
「あれでは俺達のibs用装備も通じるかはわからんがな…」
ibsの背中のポッドが開き、弾頭が此方に照準を合わせる。
先程天井を破壊したように、室内でミサイルを使うつもりだ。
「まずいっ! 階段の下へと飛べっ」
「…っっ」
レイラの呻きが聞こえた。
視線の先を見ると、左足から出血している。
右足はこのシエル大病院に搬送されてから治療したばかりだ。
両足を負傷している今、すぐさま階下へと飛ぶ事はできない。
まずい、俺が今からレイラを抱えても間に合わない。
日向野もそれに気づき、俺達に手を差し伸べる。
そしてibsからミサイルが発射される。
せめて、日向野を階下へと突き飛ばせれば、だが、それも間に合わない。
「くそっ!!」
隊員を一人も守れない自分の不甲斐無さに激高する。
それと同時に容赦なく爆発が巻き起こった。
レイラを必死に抱きしめ。彼女だけはと抗う。
力を入れすぎたせいか、既に手足が無くなったのか、死んだのか。
体の感覚は遠いものとなりつつも、
凄まじい爆発音に対して、自分の意識が残っている事に驚愕する。
「菜乃さんっ!」
日向野が彼女の名を呼んだ。
漆黒の杖を構え、氷の盾を展開している血だらけの少女。
見れば所々に自分の体を氷で覆い。止血を施している。
彼女は我々を守ったのだ。
自分があんな状況にも拘わらず、我々三人の命を。
一人の少女が。
ibsが動きを見せる。
既にレイラとの戦闘で、銃弾は使い果たしたのだろう。
巨体に似合わない俊敏な動きで、菜乃との距離を詰める。
逃げろ。と言いかけた時、彼女は臆することなく杖を構えてみせた。
そしてibsの前面部に深々と巨大な氷柱が突き刺さり、吹き飛んでいく。
凄まじいのは威力だけでは無い。見えなかった。
あれだけの大技なのに、マナの構築反応も、発射する予備動作すら見なかった。
「なんとか、間に合いましたね…良かった」
彼女は振り向き笑顔を見せた。
なんだ…? 髪の色がおかしい。
部分的に彼女の髪が白くなっている。
一体この短時間で一体彼女の身に何が起こったと言うのだ。
話を聞こうと口を開いた瞬間、彼女は地面に倒れ伏した。
「菜乃さんっ!? 日向野っ菜乃さんの応急手当を!」
「はいっ」
「レイラ、羽柴はどこに行った!?」
「羽柴は…我々を庇って死にました…」
「なっ…」
馬鹿な…羽柴が、死んだだと?
どういうことだ。内通者は羽柴ではなかったのか。
「羽柴が…言っていました。申し訳ありませんでした。と」
「羽柴が?」
「羽柴は、この町に来た時から様子がおかしかった。何かを考え込んでいるようで…
隊長達がここに来たと言う事は、やはりあいつは悩んでいたんですね…」
羽柴の言葉…それが予想通りの物ならば…
「羽柴の銃はどうした? 他に何か言っていたか?」
「銃は…わかりませんが、使用してはいませんでした。ですが羽柴は最後に、RTD、通信の記録を。と言っていました。その言葉を最後に彼は…」
通信の記録…羽柴自身とラーヴェンツの何者かとの通信の記録の事か。
長距離の通信ならば町の大型設備を使っている可能性は高い。
ならばそのRTDとやらに関係する物に履歴が残っていてもおかしくはない…?
しかし、それが残っていたとして、それは大和君達の無実を証明する物になるのか?
あくまで羽柴の言う通信の記録の存在は、此方にラーヴェンツの内通者がいた事を証明するだけ。
欲を言えば羽柴が提供した情報が、靖旺の銃をラーヴェンツに提供したと。そういった類の物ならば…
いや、違う。
死に際の言葉の意味を探れ。人は死ぬ寸前。自分が一番伝えたいことを口にする。
過去に自分自身が味わった事だ。そして死んでいった仲間もそうだった。
ならば、羽柴の言葉の意味は。
「その相手を探れと言う事か」
だが、それなら相手の名前を何故直接言わない。
名までは知らない。それか言えない事情があったのか。
RTD。それが敵を探る鍵。
しかし今はこれ以上考え込んでいる暇は無い。
早く二人の治療をしなければ。
「ここのエレベーターは壊れているか。日向野、菜乃さんを背負ってくれ。二人を連れて別塔のエレベーターから降りるぞ」
幸いにも他のエレベーターは生きていた。
負傷した二人を連れ何とか一階まで辿り着く。
「この塔の人間も避難しているな…医師が近くにいると良いのだが…」
日向野が一旦菜乃を長椅子に下ろし。レイラも自力で腰を下ろす。
これ以上移動させるよりかは、治療できる者を呼んできたほうがいいだろう。
吉村とリシトが患者を避難させている。そこに医師も一緒にいるはず。
「隊長っ!!」
日向野が叫ぶ、一瞬だけ目に止まったのは、嫌でも目に焼き付いているマズルフラッシュ。
それを認識した時にはすでに、弾丸は頬を掠っていた。
「残念だが、タイムオーバーだ。リカルド殿」
銀色のハンドガンは此方に向いている。。
それを持つのは見覚えのある銀髪。
聞き覚えのある勇ましい声。
数刻前に話したばかりの、ラーヴェンツ軍の左官
「ヴェロニカ・ルーンハイト…ッ」
咄嗟にフェブラルを構える。
何故彼女がここにいる。ibsの駆除の為ならば納得が行くが、
なら何故我々に銃を向ける。
ヴェロニカの後ろには、他の兵士達の姿もあった。
だが姿は二人。
他の兵士はどこにいる。
「なんのつもりか、聞かせて貰おうか。ヴェロニカ殿」
俺達が不法にホテルから脱したのは確かだ。
だが、今になって何故我々を狙う。
何故わざわざここまで泳がせた。
「貴殿らは我々の監視を掻い潜り、ibsを使役して病院を襲撃した。やりすぎたのだ。我々には貴殿らの殺害命令が下された」
「馬鹿な…本当にこれを我々がやったと思っているのか? 皆を守るために傷ついた彼女を見ても、貴方はそんな事が言えるのかっ!」
ヴェロニカは菜乃に視線を向ける。
彼女の状態にはヴェロニカも一瞬だけ目を見開いた。
だが、すぐにその表情は冷淡な物へと変わる。
「エリナ、ジャック。早々にけりをつける。わかっているな!」
「「了解」」
「日向野っ!」
日向野は腰袋から三つの缶を投げる。缶からは白い煙幕が噴出し。
あっという間に室内に蔓延する。
この町に来て重火器が没収された後、すぐに作成した即席の手流弾の一つ。
正規の物と比べると効果は劣るが、室内ならば煙幕の視覚妨害は十分だ。
隙をついて負傷した二人をそれぞれに抱え、いっきに撤退する。
「日向野っ 先に行け! レイラ、すまんが動けるか!?」
「先程貰った止血剤と痛み止めが効いています。ハンドガンの弾を貰ってもよろしいですか?」
「ああ、菜乃さんを背負った日向野に、奴らを追いつかせる訳には行かない。
そこのロビーで迎え撃ち、時間を稼ぐ」
渡り廊下を駆け抜け。少し開けた場所へと辿り着く。
病院がでかい分。室内もかなりの広さだ。
柱に身を潜める。
すぐさま追跡の足音と共に影を目視する。
「此方も加減はしていらないっ」
即席のグレネードを投げつける。
正規品より効果が低いとはいえ、直撃すれば腕ぐらいは吹き飛ぶだろう。
相手が爆風を避ける為に身を隠すと思った矢先。
銀の影が飛び出してくる。
グレネードが有効範囲内に入る前に、弾丸により爆破される。
「まさか部下より先に左官殿が飛び出してくるとはな…」
レイラが柱の影から、身を乗り出しヴェロニカに発砲する。
4発の弾丸が着弾したそこには、既にヴェロニカの姿は無い。
「身を隠せっ」
「っ」
ヴェロニカからの反撃が数発レイラを掠める。
これが、ラーヴェンツ軍の中佐…まさか本人がここまで積極的に戦闘するタイプだとは。
しかし、他の兵士二人はどこに行った。確認できたのは今だヴェロニカの姿だけだ。
「レイラ、合図をしたら2ライン下げろ」
「了解」
ヴェロニカが隠れている場所は、カウンターの中。
柱の裏、向かいにあった診療室のどれかだ。
使っている拳銃は二丁。恐らくリロードをしている訳でもない。
此方をすぐに攻撃できる位置にいる筈。
カウンター内は先程のようにグレネードを投げ込まれる可能性が高い。
それをしゃがんだ状態、しかも死角外から迎撃するのは危険がある。
ならば、自分が相手の立場ならどうするかを考えろ。
その結果、壁に掛けられていた大きなガラス時計にフェブラルの銃弾を放った。
ガラスの時計を破壊したと同時に柱に銃口を向ける。予想通り、ガラスへの反射を利用して此方を見ていたのだろう。柱から飛び出た陰に照準を合わせる。
だが、それはヴェロニカではなかった。囮として使われたパンフラックから大量の広告紙が舞う。
それとほぼ同時にヴェロニカが反対側へ、二丁の銃を構え姿を見せた。
銃口を向け合った瞬間。お互いに引き金を引く。激しい銃撃の中、ヴェロニカは空いた部屋に、俺は階段の裏側へと身を隠すが。
此方の装備はアサルトライフルだ。弾幕では有利にある。
そのままフェブラルで牽制射撃を続け相手を釘付けにし、レイラに合図を送った。
レイラは素早く後方に下がり、柱に身を隠す。
俺はレイラよりも前に位置した柱に身を隠し、その隙にリロードを完了させる。
「はっはっ! 楽しいねぇ。人間相手にこうも銃をぶっ放して相手が生きているのは久しぶりだよ」
「少しは加減してもらいたいね。もしかして貴方は人型のibsじゃないだろうな?」
「酷いことを言ってくれるじゃないか。町を己の手で傷つけるようで好かないが、ibsにはできない芸当をお見せしよう」
一発の銃声が響く。
その瞬間相手が何をしたか予想できた訳では無い。
ヴェロニカがの動きが気になり振り向こうとした瞬間。甲高い音と共に右腕に激痛が走る。
「ぐっ、なにっ!?」
斜め上方向から何かが腕を掠った。
いや、発砲音からのダメージと言う事は、銃を使用した事は間違いない。
「まさか、跳弾で意図的に柱の裏へと攻撃を仕掛けたのかっ!?」
衝突した物質の材質、角度を調節する事により、ある程度発射された弾丸の反射は可能だ。
だがそれを、意図した場所に着弾させる事などできるとは思えない。。
しかも音は二回鳴った。つまり発砲してから二回兆弾させ、此方に攻撃を当てた事となる。
銃をどう扱えば、そんな事ができる。
だが、今はどんなからくりであろうと、相手がこの状況で此方を攻撃できる手段を持っている事は事実。
やる事は攻撃の隙を与えないこと。
「レイラ、さらに距離を取るぞ。跳弾での攻撃ならば、それだけ威力も減衰し、狙いにくくなるはずだ!」
フェブラルからのバースト射撃で相手に身を隠させ、攻撃の機会を奪う。
その間に俺達はすかさず移動する。
此方を見ていなければ、流石に跳弾でも攻撃を当てる事はできまい。
「それでは、じり貧だと思うがね」
リロードの最中に、ヴェロニカは距離を詰め、さらに跳弾での攻撃をすかさず仕掛けてくる。
そしてフェブラルが火を吹けば、またも身を隠される。
このままでは、いつかヴェロニカに追いつかれてしまう。
「次の距離で仕留めさせてもらう」
フェブラルの弾幕が止んだ瞬間に、ヴェロニカが一気に駆け抜ける。
またも跳弾を狙ってか、二丁の銃を構えたその瞬間。
俺は身を潜めていた柱からヴェロニカに体当たりを仕掛けた。
「な…にっ!?」
ヴェロニカが壁に背中を打ちつけた瞬間、此方のハンドガンを向けるも。
ヴェロニカも同時に、片側の銃を構えていた。
二つの銃から弾丸は放たれ、お互いの銃に命中し弾かれる。
銃を貫通した弾丸を避けるついでに、ヴェロニカの持つもう一つの銃に蹴りを入れて弾き飛ばす。
体制を立て直していた途中のヴェロニカに、それを防ぐ事はできなかった。
あの状態から此方に反撃を仕掛けてきたのは驚いたが、これでお得意の跳弾は使えなくなったはずだ。
射撃戦での分が悪いのならば、近距離戦で活路を開くしかない。
息のつく間も無く、二撃目を仕掛ける。
胸に装備されていたナイフを取り出し、急所を狙う。
だが、ヴェロニカは片手でナイフを持った此方の手首を掴み。
軽々と攻撃を止めてみせた。
その一瞬で危険を感じた俺は手を振り払い距離を取る。
「なるほど。この距離に入る為に、私が身を隠したタイミングで彼女にリカルド殿が装備していたライフルを渡した訳か。そして彼女は障害物の陰から、姿を見せずにライフルの射撃をさせる事で、逃げている彼女を自分だと誤認させた。確かに、途中から射撃がおざなりになったとは思ったが、まんまと騙されたよ」
ヴェロニカの言う通りフェブラルは今レイラが持っている。俺はその場で身を潜めヴェロニカが接近するのを待っていたのだ。
背後を取る選択肢もあったが、先に気取られると状況は不利になる。そしてハンドガンではヴェロニカの身体能力を捉えられない可能性もあった。
だから体当たりをかまして、怯んだ隙に確実に仕留める算段だったのだが…
「当てが外れたか…」
近距離戦なら分が取れると過信していた訳では無いが。不利な体制からの反撃、先程の一撃をいとも簡単に防がれた。予想を上回ったヴェロニカの近接能力に冷や汗が出る。
「そうでもないさ、戦闘となると私は少し感情的になる所がある。見事に意表をつかれたよ。まぁ久しく私に近づこうとする人間などいなかったしな。…どうやら、もう一人は逃げたか」
もう一人と言うのはレイラの事だろう。
フェブラルの弾も少なくなり、レイラ自身も負傷している。先に逃げて下水道で日向野達と合流するように命令したが。
ヴェロニカはレイラが逃げた事をそこまで気にしているようには見えない。
「まさか…先程の二人は…」
姿を消したヴェロニカの部下達。
そいつらが既に回りこんでいるとしたら、少なくともレイラは待ち伏せされている事になる。
「仲間を心配している所すまないが、予定の変更だ。リカルド殿、少し本気を出させて貰う」
ヴェロニカは腰にある一風変わった銃のホルスターに手を入れる。
すると、ホルスターは機械音と共に変形し、ヴェロニカの腕に取り付いた。
「まさか、テスタメントだと…!?」
漆黒の鉄の拳。
その鈍い輝きは、まさにファインドが持つこの世界にて最強と謳われる兵装、テスタメントを思わせるものだった。
此方の驚愕に反して、ヴェロニカは落ち着いた声で告げる。
「これも正規のテスタメントでは無い。リデルメントの一つさ。と言っても、私専用に開発された最新式の物だがね」
どちらにしてもだ。このタイミングでヴェロニカがここまでの切り札を出す事は想定していなかった。
跳弾による驚異的な射撃技術。てっきりそれがヴェロニカのスタイルだと思い込んでいた。
「先程の技もそれによる物か?」
「跳弾の事ならば、あれはリデルメントとは関係無い。反硬変物質によって作られた特殊弾のお陰で三回までなら反射を狙える。まぁ弾は希少で高いし、壁にも傷がつくから、自ら町を壊しているようで使用は気が引けるのだがな」
その割りにはめちゃくちゃに撃ってくれた気がするが。
それだけ、此方を殺すのに本気だと言う事だろう。
ヴェロニカのリデルメントを観察する。マナを扱っている時点で断定はできないが、
拳の形をしているからには近接での戦闘力に長けていると推測できる。
ならば距離を取って戦うしかないが、生憎手元には既に銃は無い。
ヴェロニカのリデルメントと比べると情けなくなってくるが、持っていたナイフを構えなおす。
「覚悟は決まったようだな。終わりにさせてもらう」
ヴェロニカが拳を構える。そして此方に踏み込もうとした瞬間。
激しい銃撃が遠くから響いた。
今の銃声はフェブラルの発砲音。ならば、これを撃ったのは一人しかいない。
「レイラかっ」
彼女は離れた場所からフェブラルを構える。
だが、照準を除くその表情は驚愕の色を示してた。あれはフェブラルの弾が完全に尽きた事による物でない事は嫌でもわかっている。
銃弾を受けた筈のヴェロニカが全くの無傷だからだ。
それどころか、戻ってきたレイラへの存在にも全く動じていない。
そのヴェロニカが片方の拳を開く、すると無数の弾丸が地面に落ちていった。
理解できない。アサルトライフルから連射された弾丸を片手で全て掴んだと言うのか。
決して身体能力や技などの次元では無い。
これが、マナを扱うリデルメントの力なのか…。
「レイラ! Bグレネード!」
「させんっ、…いない?」
ヴェロニカが手の平をレイラに向ける。
だが、レイラは姿はそこには無かった。
そのお陰で一つ分かった。あのリデルメントには遠距離への攻撃手段も備わっている。
「Bって言うのは、ブラフだ」
ヴェロニカがレイラに気を取られた瞬間に即席で作っていたスモークグレネードを地面に投げる。
ヴェロニカと俺は瞬く間に煙幕に包まれ、お互いの場所を見失う。
「見事な連携だが。このリデルメントの前ではな」
蔓延した煙幕が一瞬で吹き飛ばされた。
これでもう一つわかった。あのリデルメントが扱うマナは風の属性だ。
神野崎さんやルゼ殿の事例を考えると一つの属性とも断定できないが。
先程の弾丸を止めたのも、風のマナを利用した物だろう。
雅お嬢様も扱う風のマナ特徴は、その場に風の流れを作り固定できる事に秀でている。
炎のような単純な破壊力と、氷のような鉄壁の防御とはいかないまでも、その特徴は応用性が高い。
そして早速、その応用性を発揮してか、驚異的なスピードでレイラの方向へと逃げていた俺達にヴェロニカが迫る。
「ちっ」
振り向き様にハンドガンを向ける。
レイラから借りた物だ。四発の弾丸をヴェロニカに向けて放つ。
だがそれを彼女は拳で弾いた。
五発目の弾丸で足元狙うと、それを横に飛んでかわす。
そのまま壁を蹴って此方に一撃を突き出した。
それをなんとか避けるが、ヴェロニカの拳による二撃目は避けきれない。
咄嗟にナイフでガードするも、ナイフごと砕かれ腕の骨が砕かれてしまう。
「リカルドっ!」
今度は逆に壁に叩き付けられた俺にレイラが駆け寄る。
あばらも折れて、隊長を付け忘れているぞ。だなんてジョークも言えやしない。
そんな余裕があるなら、今は奴にこれをぶち込んでやるだけだ。
俺はなけなしの力を振り絞り、ハンドガンをヴェロニカに構える。
「流石にしぶといな。だが、その程度の武器じゃ私は倒せ無い事はもうわかっているだろう?」
「どうだろう…な。この世界…私達が知らない事ばかりだ。やってみないとわからない」
ルゼ殿を思い出す。あんな超象的な子がいるんだ。
本当に世界は広過ぎる。
お嬢様が世界をもっと見たいと言うのも、無理も無い事だな。
思わず笑みがこぼれた。
それをヴェロニカがどう受け取ったかはわからない。だが少なくとも俺はまだ諦めてはいない。
ハンドガンからマズルフラッシュが一瞬だけ目の前を照らす。
そして銃口から弾丸が、ヴェロニカに放たれた。
そして、もう片方の手に収められた銃は、彼女の背後へと弾丸を撃つ。
「それは私のっ ぐっっ…!」
跳弾。ヴェロニカの背後にあった壁と天井の角を利用して、彼女の背中に弾丸は撃ち込まれた。
「先程のスモークの中で私のヴェイカードを拾っていたとはな…。まさか、私以外に使いこなせる人がいるとは驚いた…」
「たまたまだ。多分もう一度同じ事をしろと言われたらできない」
「はははっ。見事だ。靖旺…確かに世界には我々の知らない事ばかりのようだ。もし、貴殿にマナを扱う力があれば、今の一撃届いていただろうな」
地面に一つの銃弾が落ちる。
先端は赤く染まっている。おそらくヴェロニカの血だろう。
だが、その最後の一撃も彼女を止めるまでには至らなかったようだ。
「私自身にも多少のマナ防護が貼ってある。もしマナをその銃弾に込める事ができたのなら、致命傷になっていただろう」
やはり見よう見真似では無理があったか。
マナが扱える人間と、そうでない者には絶対的な差がある。
それを改めて思い知らされた。
せめてレイラだけでも逃がしたいが、もはや打つ手が無い。
「そろそろ…頃合だな。…リミット解除」
ヴェロニカの言葉と共に漆黒の拳が微かに鳴動する。
ここまで追い詰めておいて、さらなる大技で仕留めるつもりだろうか。
無慈悲なもんだ。
ヴェロニカが両の掌を此方に向ける。
レイラは歯向かう事もせず、俺にしがみ付いていた。
正直、あばら骨に響く。だが、このあたたかさは悪くない。
「すまなかったな」
ヴェロニカが謝罪する。
それが何に対してはわからない。
きっと気づく頃には、俺達はこの世にはいないのだろう。
覚悟を決め、目を瞑る。その時。ガラスが割れた音がした。
奥の吹き抜け、二階の窓ガラスが割れている。
ヴェロニカが腕を重ねて身を守っている。
銃撃…? いや、銃弾のような物は見えない。
一体何が彼女に防御姿勢を取らせたのかがわからなかった。
「酷い有様ですねぇ」
「なっ!?」
ヴェロニカが少女の声に反応する。
いつの間に背後を取られていたのか、彼女に似つかわしくない焦りの顔だ。
そして振り向いた瞬間。漆黒の短剣が彼女の顔に振り下ろされる。
それを拳で弾くも。
二撃三撃と怒涛の剣戟に姿勢を崩され、堪らず後方へと飛びのき膝を付いた。
ヴェロニカの腹部に、うっすらと血が滲みだす。
間違いない。意識が途絶えそうな状態でもハッキリと確信できる。
この声、あの尋常では無い凄まじい剣裁き。そして独自の輝きを放つ、漆黒の短剣型テスタメント、カマイタチ。
「おじょう、さま…」
私の全てを捧げる相手。
四旺雅お嬢様の姿がそこにはあった。
滅びた世界で悪魔が笑う まほうのお @maho-o
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