第4話 一時の安寧


「ハイハイ、ハーイッ!」


声が部屋中に響くと同時に、幼女の腕が勢いよく伸び、

その光景を周りの連中は、慈愛に満ちた聖母のような顔で見ている。

お前ら、そんなキャラだったか…?


「はい、ルゼちゃん」


教卓に立った一人の聖母がルゼを指名した。


「それはあれでしょ!? さっきやったアレでしょ? うーんアレ? さっきなにやったけ?」


「おしいですね。これは先程やった事の応用問題です。ですがよく気がつきました。これは殆ど正解と言っても過言ではないでしょう」


「流石ルゼちゃん頭良いー!」

「俺もこんな賢い妹欲しいぜ…」

「ルゼちゃん良いよね…」


…俺は昨日、無事寮の使用許可を得て事なきを得た。

そして今日。勿論寮を利用するからには授業に出席しなければならないのだが…。

俺の隣の席にはルゼがいて、何故か一緒に授業を受けている。


「わーい! 次なにやるのー?」

「次はですね~…掛け算をやってみましょうか!」


こいつの学力ってどれぐらいなんだ。

ていうか先生、本来の授業をしなくていいのか。


「掛け算なら私できるよ!」

「まぁ、ルゼちゃんは本当に頭がいいんですね。お兄さんも鼻が高いでしょう」

「エヘへ~だってぇヤマトぉ」


…どうしてこうなった。



―――――――――――――――

――――――



朝早くに携帯の電話が鳴り響いた。

ルゼはベットで、俺は布団で寝ていたのだが、

いつの間にかジャージ姿のルゼが布団に進入しており、俺が使っていた掛け布団をほぼ奪い取っていた。

近くの店で簡単な着替えは用意できたが、慣れない場所での眠りは浅く、音が頭に響く。


「はい…もしもし…」


『おはようございます。神野崎です』

「…おはようございます。なんですか、別にわざと寝坊して授業をサボろうとか考えてないですよ」

『それも警戒しての事だったんですが、これから学院長室に来てください』

「え、まだ登校の時間にはだいぶ早いですよ…? 朝飯も食ってないですし」

『簡単な物ならこちらで用意してありますので、とりあえず来てください。昨日、寮を貸す条件を伝えるのを忘れてました。あ、ルゼちゃんも一緒にお願いしますね』

「ルゼも?」

『はい、ではお待ちしております。二度寝しちゃだめですからね』


プツリと通話が切れ、ルゼに視線を落とす。

人から奪い取ったかけ布団に包まり見事に爆睡している。

なんでこいつも? というか条件ってなんだよ。寮に泊まってからとか後だしジャンケンじゃないか。


「ンヒヒ…グゥ…」


俺が頭を悩ませている時になんでこいつは寝てるんだ。

昨日の出来事についても、ルゼから色々聞こうかと思っていたのだが、本人がすぐに寝てしまい結局何もわかっていない。

なんだか無性に腹が立ってきた。

布団の端を掴み、おもいっきり引っ張った。


「ふんっ!」


―――――――――――――――

―――――


「おはようございます十義君、ルゼちゃん」

「おはようございます」

「おはよぉ…」


いつものように顔を洗い、歯を磨き、着替えてから学院長室に足を運んだ。

まだ登校時間の一時間半も前である。

正直寝坊した事にして、授業をサボる予定だったので帰りたい。

寮の電化製品でもいじってた方がマシだ。


「授業にはきちんと出てもらいますからね」

「ぐぬぬ…」

「ふぁ…」


「あら、ルゼちゃんはまだ眠そうね。とりあえず朝ごはんにしましょう。ご飯を食べれば、きっと目も覚めるから」

「ご飯って、学院長室になんかあるんですか?」

「いえ、そろそろ来る頃だと思います」


コンコン、と扉をノックする音が響いた。

どうやら丁度目当ての物が来たようだ。

デリバリーでも頼んだのか?


「失礼します。簡単な物ですが朝食をお持ちしました」


扉を開いて入ってきたのは、どう見ても配達の人では無く。

制服を来た女子生徒だった。

長い黒髪を三つ編みでまとめ、肩に垂らしている。

派手さは感じないがかなりの美人だ。

どことなく佳代さんに似ておっとりとした印象を受ける。


手には鞄を持っており、どうやらあれが我々の朝食のようだ。


「ありがとう。菜乃」


「急に言われたから、本当に簡単な物しか作れなかったけど…」

「い、いいのよそれで。とりあえず貴方も座って、朝食にしましょう」


どうやら、この女生徒もここで一緒に朝食を取るようだ。

というか今、作った。って言わなかったか?

俺達の朝食をなんの接点も無い生徒に作らせたのか?


「あの、コーヒーとオレンジジュースがありますがどっちが良いですか?」

「ああ、すいません…俺はコーヒーで…」


気がつけば菜乃と呼ばれた女生徒は人数分のカップを準備し、

魔法瓶からコーヒーを注いでくれる。

かなり手際が良い。


「ルゼさんはオレンジジュースで良いですか?」

「うん、コーヒーは苦いからいらない」


ルゼのコップにも笑顔でジュースを注いでくれる。

ここに幼女がいる状況に物怖じせずにいる様子を見ると、

俺達の事は佳代さんから一通り聞いているのだろうか。

一体どんな関係なんだろう。


「あ、すいません。自己紹介がまだでしたよね」


俺の心境をを読み取ったのか、菜乃が佳代さんの隣で姿勢を正す。


「私はこの学校の生徒会特別会長を勤めている。2年C組の神野崎菜乃と言います。

朝食、サンドイッチなんですが簡単な物しか作れなくてごめんなさい」


菜乃はこちらに礼儀正しく一礼し、優しく微笑んだ。

2年って事は俺と同い年なのか

ん? 待てよ。


「神野崎?」


聞き間違いだろうか、佳代さんと同じ苗字の神野崎と聞こえた気がしたが。

まだ頭が寝ぼけているのだろうか、温かいコーヒーを口に入れて眠気を飛ばす。

まぁ、そもそも苗字が被るなんて事は別に珍しい事でも無いか。


「ええ、菜乃は私の娘ですから」

「ゴッフッ――おへっ…ウェゴッフッおおおえ…オフェッおえええ」


コーヒーが思いっきり鼻に入った。


「だ、大丈夫ですか!?」

「サンドイッチ食べたーい」

「い、今…オッ…むすめ、ゴッフゴォっふお、娘っていい、言いませんでしングッフッ」

「咽過ぎでしょう…まず落ち着きなさい」


「コーヒーどうぞ、大丈夫ですか…?」


菜乃から机に置いたコーヒーを再度手渡され、落ち着いて喉に通していく。

途中で咽そうになったが。なんとか堪えて波を鎮める。


「ありがとうございます…殺されるかと思いました」

「誰にですか、なんで私に娘がいると死にそうになるんですか」


佳代さんを見る限り、ふざけてる様子は無い。


「本気でその冗談を言っているんですか? それとも養子…?」

「本気で冗談ってどういう事ですか、それに養子でもなんでも無く、菜乃は正真正銘私の一人娘です」


俺はコーヒーを机に置いて呆然と二人を見る。

確かに、言われてみれば佳代さんと菜乃、かなり似ている。


「ふふ、そんなに私に娘がいた事がショックなんですか?」


どことなく自慢げ、かつ冗談気味の表情で佳代さんが俺に問いかける。


「…はい。普通に、結構ショックです」


俺は素直に答えた。


「え、そうなの…それって…え、え!?」


率直に感想を述べると。

佳代さんの顔が一気に赤くなった。


「それって、大和君が私の事を…そ、そうゆう目で見てたってこ、事!?」

「いや、知らない内に自分の姉が結婚していた的な…そんな感じの衝撃と言うか…」

「母さんが、姉って…ブ」

「このサンドイッチおいしー」


自分の母を姉と言うのが菜乃のツボに入ったのか、袖口で口を押さえながら笑いを堪えている。

一人は勝手に弁当箱を空けて食い物のレビューを始めていた。


「姉、姉ですか、まぁ悪くは、無いですけど…って菜乃、いつまで笑ってるんですか。別に私が姉でも良いじゃないですか!」


いや、それは歳的にはどうなんだろう。

でも、ショックと言うのは紛れも無く事実だ。

昔からの顔なじみ、俺の事を唯一気に掛けてくれる稀有な存在。

教員の仕事で昔から忙しいのに、定期的に俺の様子を見に来てくれる。

一度ご飯を作ってあげると言われ、キッチンを貸したら大惨事になり、料理も糞不味かったので俺が作りなおしたのが昨日の事のように思い出せる。

そういえば佳代さん。家の電化製品が壊れる度に俺の家に持ってきたけど、やっぱこの人、仕事以外ではポンコツだな。


「ってその佳代さんの娘さんなら、このサンドイッチは佳代さんの直伝じゃ…」

「あ、お口に合うかは分かりませんが、ちゃんと食べれる物で作りましたから大丈夫ですよ」

「これおいひーお」


「貴方達、本気で泣きますよ…」


因みにサンドイッチはかなり美味く。

一人分より食いまくっていたルゼにはコーヒーを無理やり飲ませた。


「そういえば、菜乃と十義君はこれが初対面では無いんですよ?」

「え?」

「一応、私は覚えています」


どこで会ったんだろう。

学校内で会ったならこれほどの美人、覚えてると思うんだが全く記憶に無い。

こちらが一方的に忘れているようなので申し訳ない気持ちになる。


「と言っても、大分昔の事ですけどね。幼い頃に菜乃を一度だけ十義君の家に連れて行ったことがあるんです。菜乃は昔は体が弱く、一度しか連れて行けませんでしたが」


幼い頃…。

記憶を辿ってみても全く引っ掛からない。

真っ白だ。いや、勿論実際に記憶が無く真っ白と言う意味では無く。

当時の自分は何を考えていたかと言われれば、何も考えて無かったような気がする。


「……」


物思いに耽ていると。

菜乃が心配そうにこちらを見ていた。

俺が菜乃の事を思い出せない様子に、ショックを受けてしまったのだろうか。

佳代さんに似たどこか母性味漂うやさしげな顔を、悲しげな顔にしてしまった事に心が痛んでしまう。

これが隣にいるUMAだったらどうでもいいんだが。


「まぁとにかくです! 今日はその菜乃と一緒に行動して、ルゼちゃんには特別生徒になってもらいます。それが寮を使う条件です」


……は?

佳代さんが強引に空気を裂いて何か言い出したかと思ったが、聞き間違いだろうか。

ルゼに生徒になってもらう?

いや、そんな筈はない。意味がわからない。

このUMAを生徒にした所でこの学校に何の益がある。

ここは動物園だったのか? ああ、そうか、特別って事はただの生徒ではない。つまり飼育するという事だろう。

確かに佳代さんはルゼに会ったときから並々ならぬ興味を示していた。

きっと愛玩動物として愛でるという意味に違いない。


「なるほど、飼育委員には十分に気を付けるよう言ってお」

「違いますよ」


考えを口に出したわけでもないのに即否定される。


「貴方が物分りが言い時は大体適当な解釈をして思考放棄している時ですからね。因みにルゼちゃんは怒って良いですよ?」

「ふんっふんっ!!」

「い、痛いっ、なんの迷いも無く肩パンしてくるんじゃない!」


くっ、いつのまにルゼをここまで手なづけた…。


「では、とりあえず授業が始まる前に、私がルゼさんに少しだけ学校を案内させて貰いますね。勿論大和く…大和さんも一緒に」


何かおかしかったのか、菜乃が自身の笑いを殺した後に案内を申し出た。

何故当たり前かのように俺も一緒なのか。

というか、ルゼを生徒にする事への、ちゃんとした理由をまだ聞いていないんだが。



―――――――――――――――

――――――



菜乃に数箇所学校内を案内してもらい、今は美術室に来ていた。

周りには彫刻や絵画、イーゼルに乗った生徒の作品など目を引くものが並べられている。

想像していた美術室より数段立派だった。


「へぇーこんな感じだったのか」

「大和さんは生徒でしょう…見たこと無かったんですか…」

「恥ずかしながら初見ですね」

「聞いてはいましたが、相当学校に来ていなかったんですね…あれ?」


菜乃が美術見学に勤しむ俺の左腕に目を留める。

何か付いていたのだろうか。

違う。むしろ無くなっていた。

例の廃施設で、謎の黒ローブに襲われた時に破れた左袖。

氷の氷柱で負った傷は思っていたよりかは浅かった。自身のハンカチで止血を済ました後、袖の破れはとりあえず内側からテープで応急処置をしていた。

利き腕では無いからかすっかり忘れていたが、そのテープが剥がれだし破れた穴が広がりつつある。


「それって…」

「えっと、少し前に枝に引っ掛けちゃいまして、すっかり忘れてました。あはは…」

「…」


とっさに理由を考えたが、厚手のブレザーが枝で破れるってどんだけ勢い良く引っ掛けたんだ。

俺はやんちゃ坊主か。


「流石にそのままって訳にもいきませんよね? すぐに戻ってくるのでここで待っていて下さい」

「え…」


自分がなにか言う前に菜乃は一礼してから、早歩きでどこかに行ってしまった。


「あ、やば…」


はしゃぎながら学校内の案内を受けていたルゼを見やる。

その手には、左腕をもがれたデッサン人形が握られていた。

黒ローブの攻撃が少しでもズレていたら俺の腕もああなっていたんだろうか。


「…無闇にさわるんじゃない。後で謝っとけよ」

「隠しとけばバレないよ」

「そういうのは相手を見てやるんだよ。謝って済む時は謝っとけばいいんだ」

「なるほど」


「あの…」


いつのまにか戻ってきた菜乃がドアの前に立っていた。

菜乃の後ろには、見たことのある女性教師が立っている。

確か、うちのクラスの数学の教師だったか。


「一限目は大和さんのクラスは数学ですから、相沢先生を呼んできました。

ルゼさんは先生と一緒に先に大和さんのクラスに行っておいてください」

「先にって…ルゼだけでですか!?」


今しがたデッサン人形を破壊したばかりのルゼを一人にするのは不安すぎる。

勿論その他にも不安要素がありすぎるのだが。


「相沢先生なら大丈夫でしょう。大和君は教室に行く前に保健室へ。流石に袖が破れたままで授業を受けれないでしょう?」


なんなら授業事体を休みたいのだが。


「ではルゼさん。先に教室へ行ってましょうか」


相沢先生が優しげな笑みでルゼに声をかける。


「えーヤマトは来ないの?」

「お兄さんは破れた服を治してたから後でちゃんと来ますよ」

「…そっか、じゃあ先に行ってるねー。――お兄ちゃん」



何故かお兄ちゃんを強調させたルゼは、手をヒラヒラと振った後に相沢先生に付いて行く。

教室に行った時には生徒が皆殺しにされていたとか勘弁してくれよ。


「では私達もいきましょうか」



―――――――――――――――

――――――



嫌いではないが、なんとも言えない薬の臭いが鼻につく。

薬品棚に数個のベットと白い壁と天井。

先ほどの美術室はいささか豪華に感じたが、保健室は何の変哲も無い普通の部屋だった。


「もう少しで終わりますから、縫ったといっても完全には戻りませんので、新品の制服は学院長にお願いしときますね」

「いや、そこまでしてもらわなくても…怪我の手当てまでしてもらったのに」


俺の左腕には包帯が巻かれていた。

昨夜シャワーで洗い流しただけだと伝えると、

左腕だけを、フロントボタンを外してシャツから出し、菜乃が消毒しガーゼと包帯を巻いてくれた。

今は制服の破れた部分を縫ってくれている。

勿論シャツまで破れていたのだが、全部脱いで下さい。と言われた時は流石に断った。

ブレザーさえ直してくれれば問題無いだろう。


「遠慮しないでください。…そうですね。これはルゼさんを学校に連れてきてくれたお礼。と言う事にしておいて下さい」

「ルゼを? なんでまた…今頃教室は地獄絵図になっているかもしれませんよ」

「時折ルゼさんに厳しいですね…でも大丈夫だと思いますよ。凄くいい子じゃないですか。お母さんもああ見えて可愛いもの好きですから、凄く喜んでますよ?」


ああ見えて、と言うか見た目通りというか。

しかもやっぱり愛玩動物じゃないか。


「もしかしてルゼを呼んだのは本当にそれだけなんですか?」

「新しい風を呼び込む事は良い事よ、生徒達への刺激にもなるしって言ってました。要は呼んだほうが面白くなりそうって考えだと思います」

「俺には刺激が強過ぎますよ…」

「母さんは結構大胆な所がありますから…」


どうやらこの人も中々に苦労しているようだ。

できました。と笑みを溢しながら縫い終わったブレザーを持ち上げる。

よく見ないと縫い目が分からない程に綺麗に仕上がっていた。


「おぉ、すごく綺麗ですね! これなら新品に変えなくても良いかも」

「少しならともかく、結構破れてましたから変えた方がいいですよ。もしまた何かあれば遠慮なく言ってください」

「はい、色々とありがとうございます。会長」

「いいんですよ、お母さんが世話になっているみたいですから。それに困った時はお互い様です」


天使だ。料理もできて裁縫も得意。

しかも特別会長とやらで才色兼備とはこの事じゃなかろうか。

できればあの悪魔の事など忘れて、この天使をずっと眺めていたい。

ここで一緒に暮らしたい。

荒んだ心にときめきを感じていると、何故か違和感を感じた。それが何に対してかすらわからなかったが、

保健室で美少女と二人きりのこの状況自体が異常だという事に気づく。


「では行きましょうか、私はC組なので授業が終わったらまたお会いしましょうね」


甘い一時は本当に一時だった。


とまぁ、そんなこんなでルゼと授業を受けるハメになったのだ。

俺が教室に着いた頃には既に教室がヒートアップしており、

ルゼが黒板で何かを書くたびに歓声が上がっていた。

因みにルゼは俺の隣の席に座っている。


知り合いは多いほうではないが、学校にはたまには来るし、

家電修理の仕事関係でよく会う顔見知りも多少はいる。

そんな奴らから、一体どんな悪いことをしたらあんな妹ができるんだ。としつこく迫られた。


「本当に俺は何か悪いことでもしたんだろうか」

「なにが?」


別に、と言って買って来た焼きそばパンを口に入れる。

焼きそばパンが特別好きなわけではなかったが、一度落ち着くには食堂は騒がしいと思ったので、適当に購入し、この昼休憩にそそくさと屋上へ足を運んだのだ。


本当は、この隣の悪魔は置いていくつもりだったのだが、一緒にお昼を食べようと群がる聖母達に、

『お兄ちゃんと一緒に食べるからいいっ!』

と走って付いて来た。

その様子を見た聖母達の表情は儚げな悔しさの中に、兄思いの妹を邪魔しまいと母性溢れる非常に難易度の高い表情でルゼを見守っていた。

悪魔の所以はここにあるのかもしれない。人の心を惑わす邪悪な幼女。


「ンモッンモッ、このパンおいしいねー」

「まぁ、たまには良いもんだな」


幸い飯と風景に夢中なルゼは大人しい。

屋上にも人はいるが、食堂よりは遥かにマシだ。

なんと言うか久しぶりに落ち着けた気がする。

奇妙奇天烈な事件が立て続けに起きているんだから、そろそろ考察パートに入らせて欲しい。

これがゲームだったらとんだクソゲーだぞ。


「とは言ってもなぁ…ルゼ、ほんとに自分がどこから来たかとか、どんな場所だったかも分からないのか?」

「うん、気づいたらあそこにいたし、外には絶対でちゃ駄目って屋敷からは出たことが無いもの。外にはもう何も無い。あるのは危険だけだ。って言われてから、外がこんな風に面白い場所だったなんて知らなかったわ」


うーむ、ルゼに関しては手掛かりが無い。

多少の知識やほんの多少の常識は教えられていたようだが、住んでいた場所の地名など自分の家の事など重要な部分が掛けている。

故意的に教えられていないようだが、その理由は考えても分からない事だろう。

魔法っぽいのを平気で使った所を見ると悪魔ってのは本当のようだが、

なら、あの黒ローブも悪魔の仲間なのだろうか。


「あれは悪魔じゃないわ。そんな感じしなかったもん」


正体がわからなければどうしようもない。

原因の一つと考えられるあの黒い本。もし次に襲われた時、あれを渡せば帰ってくれるだろうか。


それともう一つ忘れていた。黒ローブに会う前に遭遇したあの店。

店主はルゼの翼を見ても何も言わず、引き返すと店は無人の廃墟となっていた。

害があったわけじゃないが正直薄気味悪い。

あの辺り周辺で、似た事象やそれに関連した情報が無いか調べたが、特に何もなかった。

悪魔であるルゼの存在で、心霊的な何かを引き寄せたんだろうか。

情報が少なすぎて今はこんな曖昧な憶測しかできない。


「結局なんもわからずじまいか…めんどうだから本は元の場所に返してもう家に帰ろうかな」

「あいつが来ても殺してあげるから安心してよ」


物騒だなぁ…。

廃施設で堪忍袋の緒をブチ切れさせたルゼを、一度見ているので冗談じゃないと今では分かる。

それが頼もしくもあるんだが、家を吹っ飛ばされたらたまった物ではない。

でも、制服を破ったらまた菜乃さんに治してもらえるだろうか。


「あれ…そういえば…」


左腕の縫い目に触れる。

触っただけでも菜乃の裁縫の腕前の高さがよくわかる。


「そうか…さっきの違和感はそういう事か…」

「どったの?」

「いや、たいした事じゃない。まぁ流石に考えすぎだろう」


昼休憩の終了を告げる鐘が鳴る。

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