第5話 テスタメント




最後の授業が終わり、生徒達が帰宅し始める。

既に日は傾いており、教室内が夕焼けに包まれていた。

全ての授業でルゼが何かしらやらかしてくれたのだが、思い出したくもないので割愛する。


「バイバーイ」


ルゼはクラスメイト達に律儀に手を振って挨拶を返す。

この一日でずいぶんと馴染んだものだ。

既に俺よりも顔が広いんじゃないだろうか。

自分も帰る準備しようと鞄に手を伸ばそうとし思い出す。

そういえば、急遽学校に来た為に持ち込んだ物は特に無かったな。


「あの黒い本はどうしたの?」

「あれは嵩張るから寮の部屋に隠してある。むしろ帰って盗まれていたら逆に気が楽なんだけどな」


「黒い本ですか」


いきなり後ろから声を掛けられ慌てて振り向く。

いつの間にか、そこには菜乃が立っていた。


「会長? どうしてこのクラスに?」

「授業が終わったらまた。と言ったじゃないですか。お二人とも今日はお疲れ様でした」


菜乃が笑顔で一礼する。

そういえばそんな事も言っていたな。


「ところで…先ほど言っていた黒い本。とは一体何のことです?」


どうやら聞かれていたらしい。別に隠すような事じゃないが、

正直に話しても信じてもらえないだろう。

ルゼを見やると窓から夕焼けに染まる風景を目を輝かせながら覗いていた。

何の手がかりも掴んでない今、やけっぱちで話を振ってみる。


「施設で本を手に入れたんですよ。でも何が書かれてるのかもわからなくて…。

どうしようかなぁと。黒いハードカバーに装飾がされた本なんですが…会長は一体何の本だと思います?」

「うーん、実際に見てみないことにはなんとも言えませんね…」

「なんであんな場所にあったんでしょうか」

「誰かが落したとかじゃないでしょうか?」

「…」


朝に感じた違和感が少し広がる。

いや、どう考えても考え過ぎだろう。

疑心暗鬼になり過ぎている。

証拠にすらなっていないしこじつけだ。


我ながら馬鹿な事を考えるもんだなと思いつつも、

一度抱いた疑念が消えることは無い。

もう、めんどうだ。


「廃施設にいた人って、会長ですよね?」


そんな筈は無い。

適当だ。何の事かわからなければそれで良い。

ただの暇つぶし、なんの手がかりも無い俺のやけくそだ。

きっと、素っ頓狂な表情を浮かべた可愛らしい天使の顔が拝めるに違いない。


「バレていたんですね。流石大和さんです」


そう、悲しそうなしょんぼりとしたその顔。

俺が見たかったのはその顔、じゃない。

なんだって…?


「ルゼッ! この人が黒ローブだ!」


一歩下がりルゼを庇うように立つ。

俺よりルゼの方が圧倒的に強い。だが相手もそれをわかっているなら、

無防備なルゼに先手を仕掛けると思ったからだ。


「え、え!? なに? どゆこと!?」


当人は状況を把握できずにいる。

しょうがない。俺だってまだ頭が混乱している。


「どうして、私だと? 最初からバレていたわけでは無さそうですが…」


純粋に驚いた顔で質問してくる。

はっきり言って偶然だ。

少しでも気が向かなければ俺は菜乃を疑いもしなかった。

こういう時、それを悟られて舐められるのも良くないだろうか。

無難に答えるとする。


「きっかけは保健室です。制服は破れてましたが怪我までは流石に外から見えなかった筈です。一目でわかるような大怪我なら流石に俺も忘れはしませんからね。なのに貴方は迷わず俺を保健室に連れて行った。制服を縫うだけなら家庭科室に行くか道具だけを持ってこればいい。勿論怪我の可能性を考慮したり、落ち着ける場所といった理由で保健室を選ぶ可能性もあるわけですから、これだけで疑ったわけじゃないですけど」

「じゃあ、他の理由は…?」

「さっき俺は廃施設では無く、 本を施設で手に入れた。とだけ言いました。それに対して貴方は、誰かが落した。と言いましたが、施設で手に入れたのなら誰から譲り浮けた可能性もあるわけです。個人的にですが…俺はそっちを連想しますね。なのに貴方はこれを、落ちていた物。として考えた。これもこじつけですが、カマをかけた結果…と言う奴です」

「な、なるほど…気をつけなければなりませんね」


菜乃は感心したかのように反省の言葉を口にする。

敵意のような物はまるで感じられないが、一度殺されかけたこの身が警戒を解くことは無い。


「それなら話は早いです。いずれこの事はちゃんとしようと思って言ったので…」


菜乃の目に決意の光が宿ったように見えた。

こちらをしっかりと見つめ、逃しはしないと覚悟が伝わってくるようだ。

これからまた戦闘になるのだろうか。

そうなった場合、最善の策はなんだろうと必死になって考える。

まず、二人とも助かる為にはルゼには必ず戦って貰う事になる。

だがあちらは既にルゼの力を知っている筈だ。

今度は何らかの対策を立てている可能性が高い。

そうだった場合俺にできる事は何か、何ができる。

無い脳みそをフルに回転させ、少しでも生き残れる方法を考える。


「すいませんでした!!」


菜乃が急に頭を下げて侘びの言葉を口にする。

一瞬何が起きたかわからなかったが、瞬時にこれが攻撃呪文の類だと理解する。

すでに戦いは始まっているのだ。相手に今から攻撃しますと言わんばかりの、わかりやすい言葉を呪文にする必要は無い。

わざわざ必殺技名を叫んで攻撃する正直者は、漫画やアニメの世界だけで良い。

相手を確実に殺すには攻撃を悟られないこと。

つまり、この人は俺達を確実に殺しに来ている。


「あの時はお二人にいきなり酷いことをしてしまい…本当に申し訳ありませんでした…。謝っても許されることでは無いと思いますが、本当にごめんなさい!!」

「…」

「あの…大和さん? もしかして、いえ、もしかしなくても怒ってますよね…? そりゃそうですよね…。いきなりこんな事言われても簡単には許せないですよね…。もし、その…大和さんが望むなら…私はこの身体を捧げる覚悟を…」

「ちょっと待ってください」


意味がわからない。そそる言葉と共に菜乃の顔が焼けに赤くなっていく。

これ以上はルゼの教育の為にも大変よろしくないと菜乃の言葉を遮った。

一瞬だけ菜乃の豊満な胸に視線が移ったことは、誰にも気づかれていない筈だ。


「えーと、つまり会長は俺達に敵対する気は無いと言う事でしょうか?」

「もちろんです! 元々私の勘違いだったようですし…」


勘違いで殺されたらたまった物ではないが、目の前で泣きそうな顔されたら怒るに怒れない。

泣きそうな顔がこれまた可愛いと、しばらく見つめたくなったが。

自分に加虐趣味は無い筈なので話を進める。


「じゃあ、とりあえず俺から、いくつか質問したいのですが良いでしょうか?」

「はい、私に答えられる事ならなんなりと」

「勘違いだったと言いましたが…会長はあそこで何をしていて、俺達を何と勘違いしたんですか?」


未だにこの状況に頭が追いついていなかったが、

まだ菜乃が敵じゃないと決まったわけじゃない。

先程の身体を捧げるとかなんとかの真意が気になっているわけじゃないが、ここは落ち着いて情報を聞き出したい。


「そうですね…まず私があの施設にいた理由ですが、私はとある事件の調査をしていました」

「事件の捜査?」

「はい、痕跡を巡って捜査していた結果、あの場所に辿り着いたのです」


嘘をついている感じはしない。

問題は菜乃がどの程度の話をしているかだ。

高校生の会長が言う、事件。と聞くと学校での治安問題とかその程度だろう。

でも彼女は普通じゃない。

人をたやすく殺せる人外めいた力を持っている。

一般の高校生の枠に当てはめるには無理があるだろう。


「事件…ってのも気になりますが、何故俺達を襲ったのですか?」

「そ、それは…ぁう…実は…てっきり犯人かと思いまして…」

「犯人って…何故!?」


俺ってそんなに怪しいか? と一瞬思ったが、

隣にいる本物の人外の存在を思い出す。


「なによ」

「いや別に」


「あ、あの! そのぅ…理由と言うか言い訳をさせてもらうと…大和さんが凶器らしき物を所持していたので…てっきりはやとちりしてしまって…」

「凶器?」

「はい、先程おっしゃっていた黒い本なんですが…」


あれが凶器?

確かに鈍器になりそうなぐらいの分厚さだったが…。


「えっと、すいません! これ以上はここじゃまずいので…場所を変えても良ろしいでしょうか?」

「場所を変えるのは構いませんが一体何処へ…」

「大丈夫。すぐ近くですので、お二人も行ったことのある場所ですよ」



―――――――――――――――

―――――――



本当にすぐ近くだった。

同じ校舎内だと言われ大人しく付いていくと、確かに見覚えのある場所だ。


「学院長室…確かにここなら生徒に聞かれる心配はないですが…」

「ふふ、ここでも良いんですが、実は会わせたい人がいるんです」


会わせたい人…って事は菜乃さんの仲間って事だよな…。

この部屋に来るんだろうか。


「こっちです」


菜乃がそう言うと学院長室にある小さな書庫室に入った。

畳四畳分程度の小さな部屋に中身がぎっしりとつまった本棚が並べられている。

三人で入ると流石に狭い。

ここで本でも読むつもりだろうか。

すると菜乃がそのまま奥の本棚へと進み、一つの大きな本を取り出そうと引いた時。

微かな機械的な音と共に本棚が奥へと開いていく。


「これは…」

「おぉー!!」


「まぁ、所謂隠し部屋って奴ですかね。本棚はやりすぎな気もしますけど…。母さんがどうせならそれっぽくって」

「てことは佳代さんがここに?」

「はい、奥の部屋で母さんが待ってます」


隠し扉の中は校舎内とは思えない程、様変わりしていた。

白を基調とした何かの研究所、或いは基地のような。

少し通路を歩いて大き目の扉を菜乃が開いた。


「いらっしゃい大和くん、ルゼちゃん」


案の定、佳代さんが奥に座っていた。

だが、そんな事はどうでも良くなった。

少し広いが部屋の形や内装は学院長室と似ている。

しかし、一つ一つの物の質が圧倒的に違っている。

佳代さんの前にある大きな机は、明らかに何かしらの電子機構が組まれたシステムデスクだろう。

見た感じは全面が黒の鏡面強化ガラスでできており、淡い青の光が一本アクセントとして入っている。

卓上の切れ込みを見るに、なるほど…パソコンや資料が収納できるといった所か。

今の家電相場から考えるに素材だけでも四十…簡単な機能を合わせて百…。

だがPCの廃熱等の維持も考えると…。

いや、この微かな駆動音。あれ自体がもしPCのサーバーを担っているとしたら…?


「値段はPCの性能次第ですが、その部分を抜きにして大体300万前後といった所でしょうか」

「ここに来て家電の査定は辞めてくれるかしら…」

「家電を売っている物としてはつい…で、なんの話でしたっけ?」

「まだ何も話していませんよ」


佳代さんが相変わらずねぇ…と溜息をこぼす。


言いたいことはわかるが、此方もずっと緊張状態の中、昔なじみの顔に出会えたのだ。

少しは気を抜いても良いだろう。

まぁ、その佳代さんが何者かは分かっていないわけだが…。

この人なら信頼できる。

と言うより、この人になら何もされても構わないと言った感じだろうか。


「本当に変わっていませんね…」

「…」


何かを呟き佳代さんと菜乃が呆れたのか、一瞬暗い表情をした気がした。


「まっとにかくです。先日は菜乃が大変失礼致しました」


咳払いをひとつした後、改まって佳代さんと菜乃が頭を下げる。

先日、と言うのは俺達が襲撃された件だろう。

この様子を見るに一通りの事は把握済みのようだ。


「流石にびっくりしましたね、食べられそうになるのは人生で二度目ですよ」

「た、食べようとはしてません!」

「ごめんなさい。この子結構せっかちで」


この親にしてこの娘ありだな…。


「勘違いだとわかりましたし、過ぎた事はもういいですよ。それよりも聞きたい事があるのですが」

「…」


佳代さんが少し目を細める。

了承を得たと言う事で良いのだろうか。

俺は一番知りたかった事を聞く事にした。


「佳代さんはルゼの事を知っているのですか?」

「…ルゼちゃん?」


予想外の反応だった。

まるで意外だと言わんばかりの、驚いた表情で呆気にとられている。


「ルゼちゃんの事は、私は知らなかったわ…菜乃から報告を受けたときは俄には信じがたかったけど…。彼女は貴方の血の繋がっていない妹さんなのでしょう? ルゼちゃんに関してはむしろ此方が色々と聞きたいぐらいよ」

「そうですか、てっきり妹がらみだと思いまして」

「なるほど…確かにそこまでの適正があれば無理も無い話ですね…」


適正…あの魔法のような力の事だろうか。

知っていれば、ルゼの元いた場所の手掛かりが掴めるかもと思ったのだが、

同じような力を知ってるとはいえ、ルゼが悪魔だというのは伏せておいたほうが良いだろうか…。


「他に聞きたい事は?」

「これからの俺達の処遇と、あの本をどうすればいいかだけです」

「え、それだけ?」

「冷静に考えたら無駄に首を突っ込みたくないですし、余計な事聞いて後戻りできなくなるとか言う展開になったら嫌ですし」

「え…えぇっ…ここまで来といてちょっとそれは冷静過ぎない!?」


事件やら黒い本が何かは気になるが、本当に事件なら一般市民である俺が知る事では無いし。

親子二人で、こんな秘密基地みたいな場所で何をしているか気にならなくも無いが、人にはプライベートと言う物がある。ルゼが何処から来たのか、預かっている身としては返すべき場所を把握しておきたかったが、ここに求める情報は無いようだ。

何より佳代さんがらみなら、悪巧みしているわけでもないだろう。


「凄い…こんな状況でも大和さんは冷静なんですね…」

「ほんと…貴方の良いとこでもあり悪いところでもあるのよね…」


菜乃と佳代さん。似た顔で違った反応が見れるのはまた乙な物だなと考えた所で、

ふとルゼの存在を思い出す。奴は後ろの机の上で寝転がっていた。

鏡面使用の机は確かにひんやりして気持ち良さそうだ。じゃない。やはりこいつには常識が欠落している。

後でお仕置きだな。


「まぁ貴方の気持ちはわかります。ですが残念な事に私達ファインドの存在に気づいてしまったからには、ただで返すわけにはいかないのです」

「……………」

「そんなめんどくさそうな顔で見ないでくださいよぉっっ! 全ては此方の不手際なのはわってるんです! でもこのまま帰ってどうぞ、って訳にもいかないんですよぉ…」

「ごめんなさい。大和さん…全ては私の責任なんです。私の事なら後で好きにして良いので今は話を聞いてもらえませんか!」


佳代さんが涙目になり菜乃が顔を少し赤らめ懇願してくる。流石にここで断れる程非情にはなれない。

決して 好きにして良い。と言う言葉に釣られたわけでは無いのだ。


「で、なにから聞きましょうか」

「完全に立場が逆になっている気がするけど…まぁいいわ。まず、今言った私達ファインドの事から説明しましょう」


また一つ咳払いして佳代が姿勢を正す。先程まで涙目になっていた人とは思えない真剣な表情だ。


「簡単に言うと、貴方が見た魔法のような力、あれを扱える者の事を私達は、ファインド。と呼称しています。菜乃程ではないですが私も一応ファインドです。勿論それを扱えるルゼちゃんもファインドとして扱われます。まぁ私達の知っている物とは大分規格が違うようですが…」

「規格が違う?」

「はい、見るにルゼちゃんはテスタメントを持っていませんね?」

「テスタメント? 契約者、いや聖書?」


一瞬あの黒い本を思い出したが、菜乃がいつの間にか黒い四角い物体を持って歩み出た。


「契約者や聖書と言うのは、ただの比喩で付けられた名です。この黒い機械。大和さん達を攻撃してしまった時に使っていたこの杖が、ファインドが扱うマナの制御装置になっているんです」


杖? 見た感じただの四角い物体にしか見えなかったが、

カシャン、と音が鳴った瞬間。瞬く間にそれは杖の形へと形状を変えた。


「変形した…だと…!?」

「落ち着いてね。後で試作品を見せてあげるから今は話に集中してちょうだい」


今すぐにでもその機構などを調べたかったが、そういう事なら我慢しよう。

試作品が触れるとなれば、ここに来た甲斐もある。


「で、話を続けるけど。ルゼちゃんはその制御装置。テスタメント持たずしてマナを扱いブラストに変換させた。ブラスト、と言うのはあの魔法のような攻撃の事です。一応技術の結晶でもありますからね」


なるほど、科学の力も使っているのに呼び名が魔法では味気ない気もする。

だがそのブラストとやらを科学の力も無しに使ってしまったのが。


「そう、ルゼちゃんはなんの補助も無しでブラストを扱えてしまった。しかも私達の知識には無いブラストの種類を行使したと聞いているわ」


やはり人とは違う。と言う事か。

元々ルゼが使っている力がブラストと同じ物とは限らないし。


「でも私も全然うまく撃てなかったよ? 変な所飛んでちゃったし」


ルゼがいつの間にか俺の隣に来ていた。

いつから話を聞いていたのか、少しビックリした。


「それは大気中のマナと自分の属性マナの結合が上手くいっていないせいです。自分の中にある属性マナと大気中のマナ結合させてマナブラストへの変換を起こすのですが…元々大気中のマナは不安定で結合がうまく行えないんです。できるとしたら、無理やり属性マナで押さえ込み、形にできてしまう程の膨大なマナを所持していれば可能かもしれませんが…。普通は個人の属性マナ量でこんな芸当は行えません」


だから規格外ってわけか。

ルゼが悪魔だと知っているからか、ありえそうな話だと思えてあまり驚けない。


「そこで、そんな特殊な存在のルゼちゃんを私達は放っておくわけにもいかないのです。元々ファインドはごく少数。この街では私達の血筋の他に三人しか確認されていません。この三人のファインドはあくまでサポートクラス。人を殺せるような力はありません。そこに新たな野良のファインドの登場。しかも見た事の無い強力なブラストを扱う。これはかなり大きな問題なのです」


確かに自分達だけの力だと思っていた物が、いきなり部外者も扱えるとなっては中々に事だろう。

パワーバランス的な物や、街の治安とかにも関わってくる。


「放っておくわけにもいかない。となるとどうするおつもりですか?」

「ルゼちゃ、…ルゼさんには私達の保護下に入って貰い、アンサラープログラムの研究対象になって貰います。テスタメントの技術はまだ未成熟、これを完成させ完全なファインドを生み出す事がこのプログラムの目的です」


「…………」


解体とかされるんだろうか。

いや、流石にそこまではされないだろうが、良いイメージが沸かない。

このUMAを保護してくれるなら、それはそれでありかとも思ったが研究対象となれば寝覚めが悪い。

ルゼが新しい服を買ってやったにも関わらず、大事にジャージをしまっていた姿を思い出す。

多分研究所に行ったらジャージも持っていかれるんだろうな。


「断ればどうなるんですか?」

「私はこう見えてもこの街、志咲を支える神野崎家の家元です。できれば、ここは大人しく従って貰いたい所ですね」


まるで佳代さんらしくない。それは実質脅しではないか、

佳代さんの事は信用していたが、何の面で信用していたかと聞かれれば特に言えない。

昔から世話になっていただけだ。

この人にはこの人の譲れない物がある。と言う事か。

さて、どうするかと頭を悩ませ時。


また、耳鳴りがした。

気づけばそれ以外の音が消えている。

つい最近似たような体験をしたばかりな気がする。

この感覚は…。


「………貴方達も結局そうなんだ」


ルゼを見やる。幼女は俯いていた。

何故だか周りの空気が歪んでいるように見える。


「ルゼ…?」


俺の声に反応は無い。

よく見ると少し震えているように見える。

これは、怒り?


「また…また同じかぁ…私の物を壊していく、みんなみんなみんなみんなみんなぁっっっ!! だから、私も壊していいんだよね。壊す、殺す殺す殺す、殺す殺してやるっ」


先程よりも激しい耳鳴りが響き、突然周りの机や椅子が一気に吹き飛ばされる。

菜乃は風圧のせいで壁際で身を屈め、佳代は真剣な表情でルゼを見つめている。

何故か俺も吹き飛んでいないが、このままでは二人が危ない。


「待て! 落ち着け! アイス買ってやるから落ち着けっ!」


ルゼには俺の言葉が届いていないようだった。

ルゼが右手を上げるとまた赤黒い光が凝縮していくように見える。


「それはまずいっ! 辞めろルゼッ!」


ルゼがキレたタイミングを見るに、やはり研究対象にされる事が不服なのだろう。

そりゃそうだ。そんな事いわれて納得できる奴がいるはずも無い。

それに、こいつの存在的に過去に似たような経験があったのやもしれない。ここはそれをどうにかするしかない。


「ルゼ! お前はどこに行かなくてもいい! 俺がなんとかするからお兄ちゃんの言う事を聞きなさいっ!!」


ルゼの眼前で思いっきり叫ぶ、流石にこれで聞こえてなかったら俺もお手上げだ。


「ん…お兄ちゃん…」


するとルゼの赤く光っていた瞳に落ち着きが戻った。

どうやらお兄ちゃん効果が効いたらしい。

右手の光も収まっていく。


「よし、よぉーし良い子だ」

「あとでアイス買ってね」

「聞こえてたのかよっ!」


流石悪魔、中々の策士だと思いながらも、これからどうしようかと考える。

正直逃げるしか選択肢は無かったわけだが。


「ふふっ、二人はそんなもに離れたくないんですね?」


この状況の打開策を思案していると佳代さんが急に笑い出した。

なんだか胡散臭く見えて来たぞ。


「そういうことなら、代替案があるのですが」

「代替案? ルゼを保護下に入れる件のですか?」

「はい。ルゼちゃん本人も、その家族である貴方も、それを拒否するなら私達も無理に、とは言いませんよ。流石に完全に手放す。と言うわけにもいかないので条件があるのですが」

「なんでしょうか」


あまり気乗りはしないがここは聞くしかあるまい。

先程の出来事に対して佳代さんがやけに落ち着いているのが不気味だ。

いつの間にか菜乃も元の位置に戻っている。


「十義大和さん。貴方がルゼさんの保護者兼監視役として私達に協力してください。そしてルゼさん。貴方は大和さん監視下の下、マナを制御するデバイス、テスタメントの試作品をお渡しますので、それの研究データを取っていただきたいのです。これならばお二人共ずっと一緒にいられますよ」


「いっしょ…」


ルゼは先程の激昂が嘘だったかのように佳代さんの言葉を聞いている。佳代さんはいつも通りの優しい表情に戻っていたが、声は真剣なまま俺達に条件を提示する。

条件と言っても俺は元々保護者みたいな感じになってしまっていたし、ルゼの力を制御できるデバイスを貰えると言うのだから一見デメリットは感じられない。

最後の一言は余計だったが。


「それで良いのですか?」

「菜乃をさらなる監視役として貴方方に付けます。まぁこちらは名目上と言う奴ですのであまりお気にせず。もう一つ、これが重要なんですが菜乃の事件捜査に協力してもらいたいのです」

「嫌です」

「え、また急にちょっなんでですか!? これをやってもらわなきゃ話が進まないんですけどっ!?」

「事件って言ったら警察の出番でしょう。僕達は一般人ですので」


それにこの人の言う通りに話が進むのが少し癪に障る。


「そ、そうなんですけどこれはファインドじゃないと解決できるか怪しい案件なんです! それに貴方方の神野崎家への協力的な姿勢を見せる事によって色々と穏便に済まそうという私の計らいがあるんですよっ!?」

「ほう、では仕方ないですね。話を聞きましょうか」

「うぅ…たまには私に最後まで威厳を持たせてくださいよぉ…」


「さ、さすが大和さん…」


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