第6話 四旺


―――――――――――――――

――――――


事件は四日前、住居外れにある古い本屋で発生した。

その本屋を経営していた店主レイリック・カーターが黒焦げの変死体として発見されたのである。

当初は焼死体として扱われていたのだが、体の殆どが吹き飛んでおり、原因が解明できなかった為変死体として扱われることとなった。

何かに引火し爆発が起きたのかと思われたが、この建物では店主の好みにより火を焚いて家事をしていたようで、ガスは引いていない。

ならば凶器に爆発物が使われたのかと調査したところ、火薬や薬品の痕跡も無く、人を吹き飛ばせる程の爆発が起きる要因は発見できなかった。

ibsによる仕業とも考えたが痕跡は全く見つからず。

よってこの事件は神野崎家へと調査を依頼された。


――――これが今会長が追っている事件か。


長ったらしいレポートを頭の中で簡単にまとめる。


俺とルゼが神野崎家に協力する話になってから既に日付は変わっており、今は菜乃とルゼと一緒に朝から事件現場に向かっている。

もう日が暮れるとの事で、話は明日に持ち越しとなったのだ。


確かに、今回の件は普通の事件ではないかも知れない。

これを佳代さんは、新しいファインドの仕業の可能性もあると言った。

爆発物も無いのに人が吹き飛ぶ…俺の頭に菜乃とルゼが放ったブラストが浮かぶ。

あれなら可能かもしれない。

だがブラストの使用には、マナ制御の為のテスタメントが必要だ。

その役割を、俺達が拾ったあの黒い本だと佳代さんは睨んでいるようだが、

それらしい機能はまだ発見できていないらしい。


「もう少しです。このアウスリーク地区の外れにあります」


俺達は町の右側方面へと来ていた。

自然が多く、森や川が特徴的な区だ。

この街自体は志咲と言う名前だが、大戦前の色々な文化や言語の名残で、人名や、区の名前に一貫性が無い。

例えば和の色が強い区には、普通に漢字が使われている。

横文字は苦手なので正直統一して貰いたい。


「結構家まで近いな…」


「はい。私はあの日、現場調査中に今までに感じたことの無い微かなマナの痕跡を察知しました。それを追跡してあの廃施設にたどり着き…怪しげな二人の目撃情報もあった為、マナを発するあの黒い本を持っていた大和さん達を犯人だと決め付け…私は…」

「あ、ああ、それはもういいですから、気にしてませんからっ」


あの時俺達を攻撃した事を、菜乃はまだ悔いていた。

下手したら死んでいたが、ずっと引きずっていても仕方ないだろう。

大体廃施設に勝手に入った俺達も悪い。疑われてもしょうがあるまい。

そう言っているのだが、中々彼女の中では清算できていないようだ。


「ふーふふーん♪ ふんふんふんふーん♪」


それに対して悪魔はご機嫌のようだ。

どうやら、テスタメントの試作品がよっぽどお気に召した様子で、昨夜からずいぶんとテンションが高い。

俺はあの学院長室奥の会議室でそのまま待機を命じられ、ルゼは地下の研究室に連れられていった。

帰ってきたルゼと佳代さんは、満面の笑顔で手をつないでおり、

どんな物を渡されたのかルゼに見せてもらおうとしたら、


『ダメ! これは明日のお楽しみだからダメ! シッ!』


と、言われてしまった。

どこにしまっているのかも教えてくれず、俺は寮に帰った後、遺憾の意を示しながら床に付いたのであった。

因みに、俺に試作品を見せてくれるという約束は何故か、事件を解決したらテスタメントの失敗作をあげる。と言う形になり事件解決へのモチベーションは結構高かったりする。


―――――――――――――――

――――――


「と、ここですね」

「これは…」


本屋の面影は完全に消えていた。

小さな木の一軒屋の殆どが黒焦げになり、所々吹き飛んでいる。

周りには木よりも岩肌が多く、人気が少ない場所にあったのが不幸中の幸いか。


「うわぁボロボロだね~」

「これは俺達が中に入って調べることはできるんですか?」

「柱は大丈夫らしいです。屋根も念の為補強がしてあり、危険な物は撤去されています。例え崩れても保護プレートで潰されるような事は無いようになっていますよ」

「会長はもう中を見たんですか?」

「はい、ですが殆ど黒こげで、手がかりらしい物は見つかりませんでした…。警察の方にも捜査状況を聞いたのですが、特に怪しいものは見つからなかったようです。マナの痕跡はあったんですが、既に感じられませんね…」

「ルゼは何か感じるか?」

「ない」

「そうか…」


菜乃とプロの警察が調べても何も見つけられなかった。

なら俺に見つけれるとは思えない。ちょっと期待してたルゼも何も反応していないし。

中の様子をちらりと見たが、殆ど灰になっており、調べる気が起きなかった為先に建物の周りを確認しつつ情報を聞き出す。


「ここの店主はどんな人だったんです?」

「ん?」

「それはですね、―――誰ですか!? そこにいるのはっ」


ルゼと菜乃が建物の影を見やる。

すると、そこからカメラを持った女性が出てきた。


「ふふ、失礼しました。別に盗み聞きしてたわけじゃないんですよぅ? …まさか気づかれるとは思いませんでしたがっ」


女性は大体同い年ぐらいだろうか、一瞬プリーツスカートで見間違えたが、志咲の制服では無いようだ。

髪はポニーテールとヘアピンで纏めており、白シャツにきちんとネクタイを締めている姿は、喋り方とは裏腹に真面目そうな印象を受ける。


「ここの店主はですねっ、大の歴史好きなんですよっ、この本屋は販売もしていますが殆どを自由解放しており、図書館のように利用する客もチラホラいたらしいですっ。因みに目撃情報から洗い出した利用者には爆発が起きたと思われる時間、全員にアリバイがありましたっ! これは中々興味深く奥深い事件ですねっ」

「貴方は…」

「おっとすいません! 私はただの、しがない記者のはしくれですっ! と言っても、靖旺学園の生徒ですけどねっ」

「靖旺学園って…隣町の靖旺から来たんですか!?」


菜乃が驚愕めいた表情で声を荒げる。

無理も無い。隣町と言ってもかなりの距離が開いているし、町に入るには特別な許可が必要なはずだ。

町の外にはibsが徘徊しているし、易々と来られるものではない。


「まぁそこは記者のコネって奴ですっ。他の町の情報も今は皆欲している時なんですっ。時代は変わろうとしているんですねーっ」


彼女は揚々としているが菜乃の顔は青覚めていた。


「まさか貴方、密航したんじゃ…」

「大丈夫ですよ。それはないですっ! そんなことより、事件事件ですっ。何故、犯人は本屋なんかを狙ったんですかねぇ? 金目の物があるとは思えませんしっ、個人的な恨みだとして、わざわざ爆破までする必要があったんでしょうか? 気になりませんっ!?」

「それは…確かに…」


菜乃が自称記者の勢いに飲まれ、たじろいでしまう。

だが彼女が言っている事は的を射ている。


「大和さんは、何故だか分かりませんか?」

「いや、それもわからないんですが…」

「ほう? 他に何か気になることがっ?」


記者が俺の顔を覗き込んで来る。

正直、菜乃に並ぶかなりの美人なので、少しドキっとしてしまった。


「なんで店主は、こんな場所に店を構えたんだろうと思って」

「――――ほう、今それ気になっちゃいますか?」

「ま、まあ」

「ほう、ほうほうほう」


記者がさらに俺の事をジロジロと見てくる。

正直鬱陶しくなってきた。


「えーっと大和さんでしたっけ? 貴方の他人に惑わされない思考大好きですよっ。何歳ですか? その制服の色…志咲の二年なら先輩さんですねっ! 私は一年ですので、気にせずタメ口でいいですよっ、大和先輩っ」


なんだ。とっても良い娘じゃないか。面と向かって大好きだなんて…今時の若者と違ってしっかりしている。

やっぱり人は見かけによらないって事だな。

ん? 菜乃が膝を突いて、何やらブツブツと言いながらうなだれている。


「あぐぅっっ、私もまだタメ口でしゃべってもらってないのにぃ…これが今時のJK…」

「大丈夫?」


ルゼが背中をさすって菜乃を介護していた。

それで大丈夫なのかと思ったが、菜乃の顔がこれでもかと言うぐらい癒されている気がするので任せよう。



「じゃあ、とりあえず君の名前を聞きたいんだけど―――――



突然木が割れたかのような音が鳴る。

この場で、その音の発生源は一つしか思い当たらなかった。

木造立ての建物に、全員の視線が集まる。

すると、さらに、バギギギ、と、奇怪な音を上げ始めた。


「なにが…」


一瞬建物が崩れるのかと思ったが、これはそんな音ではない。


「ヤマトさがって!!」


大きな音と共に、辺りに木片が飛び散る。

こちらに飛んできた巨大な木片を、ルゼは素手で一瞬にして全て弾き飛ばした。

菜乃も俺を庇うように、テスタメントの待機状態を盾にして構えていたが、ルゼの動きに驚いているようだった。

あの記者もいつのまにか後方に下がり、ルゼに驚愕しているように見える。


建物が倒壊し煙が舞あがる。


目視では確認できない。だがそこに、

何かがいる。

微かに聞こえる機械のような音と小さな獣のような鳴き声。

煙が晴れる。

テレビや資料で数回見た程度だが一瞬でそれが、いや、そいつが何かわかった。

ibs。

この世界に蔓延る過去の人間が残していった人災。

人類の敵。


青黒く、戦車のような重装甲と質量に、生き物だと思わせるような流線型の形状。

六つの足には鋭い刃が付いており、二つの光る目は確実に此方を捉えている。

それが二機。


瞬間、眩い緋色の閃光が一線見えた後。

鋭く響く音と共に風圧が届く。


事切れている。ibsが一機、真っ二つにされている。

その切り口は、炎に焼かれたかのように、緋色に光っており溶解していた。

物言わぬ鉄の残骸の横には、巨大な紅の剣のような物を持ったルゼが立っている。


「ルゼさん上ですっ!」

「ん」


菜乃の叫び声と共に、ルゼが見上げると、ibsの一機がルゼめがけて落ちてくる。

あの一瞬であそまで飛んだのか、あの大きさでなんて動きしやがる…。


ルゼは飛びのいて避けると、剣を構えなおし、着地したibsに攻撃を仕掛けようとするが、同時にibsの背面装甲が開く。


「まずいですっ! あれは生半可なマナを貫通します! 熱で相殺してください! 大和さんは私が守りますっ!」


菜乃がテスタメントを杖に変形させ構えを取る。

それを見たルゼが目の前のibsに集中すると、

次の瞬間、ibsの背中から大きなポッドのような物が射出され、前面に黒い棘が無数に打ち出される。


すると、俺の目の前が氷の幕で覆われた。

此方に飛んで来ていた棘は、菜乃が生み出した氷によって全て防がれる。


「ウリエスッ!」


ルゼが叫ぶ、紅の剣がそれに呼応するかのように輝きだす。

それを大きく振りかぶると剣から炎が噴出し、ルゼに向かっていた棘は全て空中で溶解し塵と化した。


そういえば、あの記者は大丈夫なのか?


「彼女は!?」

「大丈夫です! 既にあの人は離れています!」


チラと氷から顔を覗き視界に入れると、いつのまにか遠くの岩影で方膝を付き、此方の様子を伺っていた。

腰が抜けて逃げられないのだろうか。


カシャンと音が鳴る。

ibsの口のような部分が開き、銃口のような物が見える。

それは明らかにルゼに向けられていた。


「ルゼッ」

「大和さん危ないですっ!」


菜乃に頭を抑えられる。


ガガガガガ、と掘削機のような音が高速で鳴り響く。

ibsの銃口から放たれた弾丸はルゼに迫ると、ルゼは後ろに飛び避けるが、弾丸の嵐はルゼを追従する。

そのまま崖のような岩肌まで飛びのくと、ルゼは後ろ向きのまま跳躍し駆け上がった。激しく削りとられていく崖を蹴って空高く飛び上がり、ibsの射角外に入る。そして背中にある一対の翼を開いた刹那、一閃。

ibsを両断した。


「これ程とは…」


氷の壁を解いた菜乃が、真っ二つにされたibsにまたもや驚愕する。


まさか、あの剣がルゼのテスタメントなのか…?


ルゼを見やると、向こうも此方に気づいたのかニコッっと笑顔を返してきた。

こんな時に…まるで、カッコイイでしょ? といわんばかりの顔しやがって。

頼もしさに釣られて、俺も笑ってしまう。


「―ん? まだ来るっ!」


崩壊していた建物の残骸がさらに弾けた。

そこからまたも、二匹…? 先程の二機と様子がまるで違う。

なんだあれは…強大な狼に四枚の翼が生えているような…。

あれもibsなのだろうか…?


「くっ、アイスニードル!」


俺に向かっていた一匹を、菜乃が氷柱を生やした壁で受け止めた。

獣は寸での所で羽を羽ばたかせ、踏みとどまりダメージを抑える。

だが、すでに周りにはルゼの作った赤黒い血の結晶が獣を捉えていた。

グシャリ、と巨大な数本の血晶が獣を射殺す。


それは一瞬の出来事だった。

それでも、その一瞬の隙がもう一匹の獣には十分過ぎた。

獣が俺を狙った理由、それは一番殺しやすそうだったからだろう。

先程の戦いを見ていたのなら、ただ守られている存在であり、今も菜乃の後ろで何もできないいまま。

だがそこにはもう一人、俺と同じで何もできないと思われる人間がいた。

岩の向こうにいる一人の女性に獣が襲い掛かる。


「な!? 逃げろっ!!」


先程まで隠れていたと思っていた彼女は、岩の前に立ち獣を真っ直ぐ見据えていた。

その女性に頭から食い殺してやろうと言わんばかりの獣の突進。


頭の片隅になにかがチラつく、真っ赤な血。

白く凍りついていくような肌、どんどん温もりが失われていく手の感触。


人の死――――


彼女の頭が食いちぎられ、鮮血が巻き上がる未来が頭に過ぎった時。


――――――獣は音も無く両断されていた。


それを傍らで見つめる彼女の手には、黒い短剣。


「あれは…テスタメント…」


菜乃の声に俺は混乱する。

テスタメント、つまり彼女も。


「――――そう、私もファインド。そして靖旺の四旺家の長女、四旺雅。やっと会えましたね。神野崎菜乃さん。そしてよろしくお願いします。大和さん、ルゼさん。私の事は雅でいいですよっ」



彼女は両断した獣に目もくれず、屈託のない笑顔を此方に向けた。



「なぜ、なぜ四旺家の貴方がここに!?」


菜乃が狼狽した様子で雅を睨む。

変形させた杖のテスタメントの構えを解かぬまま。

つまり、警戒すべき相手だと言う事。

そんな様子を見てか、雅は不適に微笑んでいる。


「そうですね。別に隠しているわけじゃないんですが…それじゃあ面白くありませんっ。ここは私の提案を受けて貰いましょうか」


笑みとは対照的に、雅も黒い短剣を手にしたままだ。

短剣のサイズは平均的なナイフよりも遥かに大きいと言える。

だがあれで、巨大な獣を音も無く一刀両断できるかと言えば絶対に不可能だ。

何かしらの力を使ったと見るしかない。


「私とお手合わせ願えますか?」

「手合わせ? ですか?」

「はい。最近私の自信が見事に打ち砕かれる出来事ありましてねぇ…。ちょっと自分に自信が持てなくなってしまって…自分の実力確認と、それを取り戻す為の手合わせってとこですっ。勿論命までは取りませんよ。多少の怪我は覚悟して貰いますがっ」


此方に怪我をさせる前提の話方に聞こえる。

何があったかは知らないが、自信が無いようには全く見えない。

雅は危険な気がする。


「怪我をしてまで、お前の旅行目的は聞く価値があるのか?」


雅の視線が俺に向けられる。

雑魚は引っ込んでろとでも言われるのか。


「ふふふっ、貴方はほんっとに私好みの方ですねー。雅でいいですよ? 先輩」

「ぐっ、私は会長としか呼ばれないのに…」


菜乃がプルプルと震えている。もしかしたら今日は身体の調子が悪いのかも知れない。

まずいな…。


「私がここに来た理由と、この事件は関係があります。勿論、取材目的ってだけではありませんっ。私に、まいった。と言わせたら、この事件の真相に近づけると思いますよ」

「よし、ルゼ、雅を殺さないかつ、人語を喋れる程度に無効化しろ」

「ちょ、急に物騒すぎませんっ!? 別に私は二対一でも構いませんが穏やかじゃないですね…」


命までは取らないただの手合わせで情報が手に入ると言うのなら安いもの。

だが俺の変わりに二人が戦って、怪我をでもしたら流石に申し訳ない。

今確認したかったのは、相手がルゼの事をどう見ているか。

ルゼの強さを目の前で見ていたのにも関わらず、菜乃を含めて二対一で良いと出た。

俺が含まれていないのは、非力なのがバレバレなんだろう。


それを鑑みるに、こいつ相当な実力者じゃないのか…?


「了解っ、やっちゃうよ~」

「待て、ルゼッ、ステイ」

「なんでよっ! てか私は犬じゃないわよっ!」


片手でルゼを制止させる。

ルゼは大剣をブンブンしながら怒りをあらわにしているが、まじで危ないので辞めてくれ。


「あれぇ? 勝負しないんですか?」

「するなんて言ったか?」

「今言ったじゃないですかっ、私を殺さない程度に~って」


「今、まいった って言ったな」

「え? なにを言って… って、…えぇーーーーっ! たた、確かに…」


今言った。い、まいったと確かに言った。


――――これで血を流さず俺達の勝利は決まったわけだ。


「って、そんな事で私が納得すると思います?」

「ですよね」

「まぁ、こんな状況で、記者である私から言葉で揚げ足を取るなんて純粋に驚きですっ。貴方は、どこか人と違う。私達記者よりかと思いきや、そうでもない気がします。先輩が心配するような事はありません。これはただのお手合わせ、約束は守りますよっ」


雅は胡散臭さはあるが、どこか憎めないキャラをしている。

俺達への妨害が目的なら、わざわざこんな面倒な真似はしないだろう。

彼女の言うとおり、純粋に手合わせをしたいと見える。

とは言っても戦うのはあくまで悪魔と菜乃だ。

俺の判断では決定しかねる。


「私がやります!!」

「おっ?」


雅も予想外だったのか目を丸くする。

今まで、やけに静かにプルプルしていた菜乃が急に手を掲げたのだ。

その目には何故か、決意と怒りが垣間見えたような気がした。

さらに口から呪詛か何かだろうか、ボソボソと声が聞こえる。


「―――――――さっきから名前で呼び合って楽しげに…今日出会ったばかりの筈ですよね? なんで、なんでそんなフレンドリィイにコミュニケィションッが取れるんですかっ、これが普通なの!? 今時のJKのコミュ力なの!? 私だって、私だってこれでも色々頑張ってるのに…」


「何を言ってるんだ?」

「なんかナノも色々大変だね」


そういうとルゼは一歩下がり、紅剣を何も無かった空間にしまう。

ちょっ、今のどうやったんだ!?!?


「ふーん。つまりは神野崎さんがお相手、と言うことですか? いいんですか? ルゼさんと一緒じゃなくて」

「問題ありません。私も他の次期家元と比べ、どれぐらい未熟なのか知っておきたいので」

「謙虚ですねぇ、貴方のこれまでの功績を見るに、もっと自信を持っても良いと思いますが」

「っ、貴方はどこまで…」

「それも私に勝てたら、教えて差し上げますよっ」


雅が姿勢を低く構える。

それと同時に、菜乃が杖を構えると詠唱し始める。


「アイスホールドッ!」

「遅いですよっ」


雅がいた場所が氷で多い尽される。

なるほど、あの場に入れば足が瞬く間に氷付けになり、身動きが取れなくなるだろう。

だが雅は既にその場にはいない。


「っ!?」


ガキンッと雅の黒い短剣が氷の壁に阻まれる。

先程俺を守ったように、氷で雅の短剣から自身をガードしたのだろう。

恐ろしいのは雅のスピードだ。菜乃との間合いを一瞬で詰めた。あれではまるで先程のルゼのようだ。

それに反応した菜乃も凄まじいが、雅は確実に強い。


「なるほど、そーゆうタイプのテスタメントですかっ。詠唱をキーにするブラストと、機構で出せるブラストを分けているタイプですねぇ」

「くっ、ニードルッ」


菜乃の詠唱に合わせ、氷柱が氷の壁から無数に生える。

それを雅は空中で後方に回転しつつ、難なく交わすと菜乃に向き直る。

そして、パチンッ、と指を鳴らした。

すると氷の壁から氷柱がずり落ちる。

見事な切り口を残し、数十本の氷柱は一本残らず全て両断されていた。


「チートっ!?」


俺は思わず声を荒げた。

切断された氷柱を見ると、先端が微妙に丸くなっている事に気づく。

ちゃんと殺傷能力を抑えてるんだなーと関心する。

いや、これでも当たったら絶対死ぬだろ! と心の中で現実逃避のノリ突っ込みをしている場合ではない。


「チートとは心外ですねぇ、まぁ一般の方ならブラストの存在事体がチートそのものでしょうが」


雅は俺の反応に満足げな笑みを浮かべ、短剣で爪を研いでいる。


「どうやら、貴方の氷では私の攻撃の前に、防御の役割は果たせないようですねぇ」


雅は短剣を構えなおし、菜乃に挑発的な視線を送る。

確かに、氷柱がいともたやすく両断された以上、雅がその気になれば氷では攻撃を防げない可能性がある。

氷のブラストを主体とする菜乃にはかなり致命的だ。

だが菜乃は雅の挑発に乗る様子も無く、冷静に呟いた。


「―――なるほど、属性は風、刃渡りは二尺。と言ったところでしょうか」


二尺? どう見ても雅の短剣は1尺程の大きさにしか見えないが…。


「ほう、この風の刃が見えていたんですか。いい目を持ってますね。ですがそれが限界とは限りませんよ?」


雅は菜乃の言葉を受けると、いつもの揚々とした喋り方では無く真剣な声を出す。

目つきも先程の物とは違って見える。


「いえ、刃は見えてはいません。限界に関しては、先程の氷柱を両断する時に貴方はわざわざ二回剣を振りました。二尺の長さでは一刀で全てを両断することは難しいからでしょう。それに先程の獣にも、あなたはニ撃目を反対側から入れ両断している。最初にあの間合いまで接近したところを見るに、風の刃をそれ以上伸ばしたり、飛ばしたりはできないのでは無いですか? 勿論、それも全てブラフの可能性があるわけですが」


…菜乃が何を言っているのか理解に時間が掛かった。

氷柱と獣に、あの一瞬で攻撃を二回入れていた?

一回目の攻撃ですら見えなかったのに二回も!?

そんな芸当人間に可能なのか、それもファインドの能力の一つなのか?


「ルゼは見えていたのか?」

「え、ヤマトって目が悪いの?」


っ―――ムカつくぅぅ。これ以上喋ると馬鹿にされそうなので、ルゼに色々聞くのは辞めておく。


「なるほど、侮っていたわけでは無いですが…これは予想以上ですね…。流石は神野崎家の次期家元…ですが理解できたからといって、どうにかなる物でもないですよ?」


雅が姿勢を低くし短剣を構え直す。

確かにあのテスタメントの性能がわかったところで雅のスピードと攻撃力は変わらない。

氷ではたやすく切断されてしまうだろう。


一瞬、雅の姿が消える。

今度は初撃から風の刃を形成し、氷ごと両断して菜乃を仕留めるつもりだろう。

黒の短剣の光が反射した刹那、後方から菜乃に刃が襲い掛かる。


――――――


先程と似た光景。

だが雅の阻まれていた刃は先程とは違い、見えない風の刃だった。

防がれるはずの無い攻撃を防がれた事実に、雅は怯むと思いきや。

雅の姿が消え、氷の壁の範囲外に現れる。

菜乃は咄嗟に杖に氷を纏わせ応戦するも、雅のスピードと剣捌きに翻弄されていく。


「アイスホールドッ」


接近戦では分が悪いと見た菜乃は自分の周囲に氷場を発生させる。

雅はそれを読んでいたのか、後方に飛んで避けると、瞬く間に菜乃に切り替えした。


「ニードルッ」


氷場を走る雅に下から無数の氷柱が襲うも、雅は全てを華麗に避ける。

まるで一陣の風のように菜乃までたどり着くと、漆黒の刃を振り上げる。

それに対して菜乃は、氷壁を再度作り防ごうとする。

だが雅のそれはフェイントであり、菜乃は氷壁の範囲外から蹴りを喰らってしまった。


「ぐっ…」


氷場から吹っ飛ばされた菜乃は受身をとり、杖を構えようとする。

だが遅い。既に雅の刃は菜乃が回避不可能な距離まで近づいていた。


「貰いましっ―――――」


雅の動きが止まる。

短剣を構えたまま微動だにしない。

手合わせの寸止めにしては距離がある。様子もおかしい。


「くっ―――まさか、こんな、これはっ…!」


我に返ったかのような雅が、数歩下がり体を両腕で抱えている。


「雅は一体どうしたんだ…?」


ルゼに馬鹿にされるので黙っていようと思ったが、つい口から言葉が漏れる。

それを聞いていたルゼは淡々と答えた。


「雷の魔法だね。あ、皆はぶらすと? って言ってるんだっけ」


雷のブラスト…?

――――そういえば、廃施設で菜乃に襲われた時、一度だけルゼに電気のようなのを放っていたな。

ルゼは何もせず、それを弾いていたが…。


「まさか、二つの属性マナを持っているなんて…これは流石に…予想外ですねっ」


体が痺れているのか、雅の口調がたどたどしい。

あの口ぶりからするに、複数の属性を扱えるファインドは珍しいのだろうか。


「私の雷のマナでは、少し麻痺させるぐらいしかできませんがね…このブラストは私の中でも最速の速さですが、貴方を捕らえるには、貴方のマナ防御も攻撃に転じさせた上で、この距離とタイミングしかなかったでしょう」

「勝負を焦りましたか、してやられましたね……ですが…だんだん動けるようになってきました。二度と同じ手は食いません。これ以上やっても神野崎さんには決め手がありませんよ?」

「いえ、私にはこれがあります。―――アイスソード」


菜乃はテスタメントに氷を纏わせ、氷剣を作り出す。

近接戦闘を仕掛けるつもりか?

雅もその意図が読めずか、テスタメントを構え直し警戒する。


(接近戦の最中にあの雷のブラストを使用されては厄介ですが…すでにあれを防ぐだけのマナを防御に回してあります。神野崎さんは、あの程度しか雷のブラストは使えないと言いましたが…あのタイミングで私を倒せなかったとなると信憑性は高い。私の体に残る麻痺の痺れを勝機と考えているのか…それとも)


「行きますっ!」


今度は菜乃から雅に仕掛ける。

白く輝く氷剣を軽々と振りかぶる。

普段からは考えられない、まるでブラストと共に剣技をも極めたと言わんばかりの体捌きで雅に連撃を放つ。だが雅はそれ以上の軽やかな動きで全て受け流していた。


「おっかないですねぇ。強力なブラストにその技量…ですが、やはり近距離では私には適いませんよっ」


鳴り響く剣戟音に鈍い音が混じりだす。


菜乃の氷で作られた剣にひびが入り始めていた。


「私の風はマナを通して特別な物に変換し、固定して刃を形成しています。冷静に考えれば、貴方の氷もただの氷では無く、マナによって硬度を変えられるのでしょうが。硬度が上がった分、氷壁の範囲は狭くなっていた。つまり限界があると言う事ですっ!」


「――ッ」


菜乃が何かを呟き

雅の一撃が氷剣にさらに大きなひびを入れた。次の一撃に氷剣は確実に耐えられないだろう。



「まずい…会長っ!」




――――――――――




緑の光と赤の光が宙を舞っている。

緑の光は風のように流れ。

赤の光は粉のように散っていった。


二人を見ると、菜乃の杖が雅の喉下を捉えていた。

その杖から氷の剣は消えていたが。

勝負の結果は見るに明らかな物であった。


――――炎の剣。


氷の剣が砕けた瞬間に、菜乃は炎の剣を形成した。

その剣は雅の風の剣を焼き切り消失させたのだ。


「私の勝ち…ですね」


その言葉に雅は素直に頷き、短剣のテスタメントを変形させる。

どうやら菜乃の杖と同じように普段は収納できるようだ。


「――――――」


雅は何も言わない。

自分の実力を知りたいが為、自信を取り戻す為の手合わせ。

彼女はこの勝負を経て、今なにを感じているのだろうか。


「――ですか」


「へ?」


「―――じゃないですかっ」


なんだろう、負けた事に立ち直れないのか雅の声がくぐもっていて良く聞こえない。


「なんだって?」

「これこそチーーートじゃないですかあっっ!!」


うわっ、なんだ全然元気じゃないか。


「なんですか三つって、聞いた事無いんですけど!? 二つまでなら今まで確かに事例は確認されています! それもっ極々少数ですがねっ! それが三つって、三つって三つって!」

「ああ、いや、いいから落ち着けって」


三つってのはおそらく、菜乃が使った氷と雷と炎の三つの属性マナの事だろう。

雅が今までに見せなかった表情でギャーギャーと騒いでいる。


「風のマナは確かに火のマナに弱いですよっ!? ブラスト同士のぶつかり合いではまず勝てません。マナ相性によってこちらが分解されてしまいますからねっ!! でも火の属性マナを使える相手だったら、それはそれで私も対抗手段がありますけど、まぁさかっ! 氷をバンバン作る雪女みたいな人が、雷出して火まで出してくるとか予想できますっ!?」

「雪女って…」


菜乃が地味にショックを受けている。


「これはチートじゃないんですかっ!? ていうかルゼさんもだーいぶチートっぽい感じでしたよね!? それでよく私にチーーーートマスゴミ野郎とか言えましたね!?」


何故か雅は勝負に勝利した菜乃ではなく、俺に詰め寄ってくる。


「いや、そこまでは言っていないだろう。確かにお前も多分、日々鍛錬して強くなったんだろうしチート呼ばわりは悪かったかもな…すまん」

「許しましょうっ!」

「な、なんなんだ…」


この変わり身の早さが記者の秘訣なんだろうかと考えていると、

ルゼが、腹が減った。というので俺達は昼食を取る事にした。


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