第7話 黒の書



「―――と、言う事でぇ~やってきましたっ!! 靖旺学園一年新聞部、四旺家次期家元。四旺雅のなんでも聞いてくださいのコーナ~ヒューヒュー!! えーとですね、このコーナーは皆さんからの質問を私、雅があーんな事から、こぉんな事までなんでも答えちゃいますよっ。因みに私の悩みは、勝手な行動が多いから時期家元を弟にしようかと家族が悩んでる事が悩みでーすっ」


「「結構重いっ」」


「じゃあ、質問どうぞ」

「スリーサイズと体重」

「もー先輩てばっ、そうゆうお約束な質問はノゥノゥッですよっ?」

「敗者に人権があると思ってんの?」

「あ、はい、あの、すいません………」

「ちょっと大和さん何言ってるんですか!」

「これおいしぃー」



まぁ気分転換の茶番はここまでにしておこう。

俺達は菜乃と雅の手合わせの後、アウスリーク区に戻り昼食を取っていた。

ルゼにはハンバーグランチの通常の三倍であるメガサイズを頼んでやったが、どうやらあのサイズで問題ないようだ。

むしろ足りないとか言い出さないでくれよ。


「順を追って聞きたい。まず雅がどうやってこの街に来て、なにが目的で来たのかを教えてくれ」


雅の目的が分かれば事件の真相に近づくと言った。

だがそれを抜きにしても、隣町の次期家元であるお嬢様が、何故この街にいるのか気になる所だ。


「そーですねっ、私が来た手段ですが、警護隊による警護の下、旅装車で来ましたっ。勿論、私は正規の手続きを踏んでの入町ですよ。昔から交流のある志咲との関係は壊したくは無いですからねぇ」

「正規の!? そんな報告は聞いていませんが…」

「んー、一応、短期留学生としての手続きはしましたよ? まぁ、四旺の娘である事は隠してあるんですけどね」

「だから俺を先輩と呼んだわけか…って正規じゃねぇじゃねーかっ」

「まぁそれは置いといてっと、今回私が来た理由はある遺物の回収です」

「遺物?」

「私達は、黒の書、と呼んでいますね」


黒の書、まさか俺達が拾ったあの本の事か?


「実は、黒の書は靖旺でも発見されたんですっ。街中に突如現れたibsに考古学者が殺されたんですが、その人が持っていました」


町中に突然って…。


「その本から異質なマナを検知した我々はその本を研究し、過去に存在したテスタメントに近い物ではないか、と考えたのです。今世界の各地に存在している八大家が担う同一の目的、アンサラープログラム。その完成の足掛かりになると思ったんですがねぇ…」


アンサラープログラム。

佳代さんから簡単に聞いたが、人類繁栄の為に究極なるテスタメントを完成させ、完全なるファインドを作り出す計画だったか。

八大家、というのも気になるが…ここはまず最後まで話を聞いてみるか。


「実はお恥ずかしい事に、その黒の書が奪われてしまいしてねー…。私達は黒の書を追う形になりました。そして判明したのが、奪った犯人はこの志咲に向かった。と言うことでしたっ」

「それで身分を偽って志咲に潜入したのか」

「潜入だなんて人聞きが悪いですねぇ…。元々私は四旺の秘密兵器みたいな物っ、簡単には素性を明かせなかったのです」

「感単に明かしちゃってるじゃねーか…。その話を俺達にして大丈夫なのか?」

「はい。まぁできれば黒の書に関しては四旺が独占したかったらしいのですが、私だけでは手に負えないと判断しましたので…。神野崎家にも協力を願おうかと打診した所、許可が下りました」

「そんな簡単でいいのか?」

「いえ、それだけ四旺は事体を重く見ているようです。あの黒の書には物体を転移させる能力があるようですから」

「物体を転移させる…?」

「先程、先輩も見ましたよねっ? ibsが本屋をぶち壊して出てきた所、しかも四機も」

「まさか、あれが転移してきたって言うのか!?」


おかしいとは思っていた。

あんな巨大な奴らが、あの本屋に入りきる筈が無い。

もしかしたら地下に隠し部屋があるのかと調べたが、なんの変哲もない小さな倉庫しか無かった。

そこにも、めぼしい物はなにも無かった筈だ。


「私達はあれが一部だけでなく、広範囲に影響を与える転移装置の役割があるのかも、と考えています。心当たりはありませんか? どこからともなく、いきなり出現するibsに」


話を遮らまいと静かに聴いていた菜乃が、雅に驚愕の色を示す。


「待ってください…ここ最近志咲で起きているibsの発生事件の原因が、あの本だと言うんですか!?」

「確証はないです。ただibsの発生は靖旺でもたまに起きています。一番最初の発生現場である考古学者の家から黒の書が見つかり、それを皮切りに発生し続けている。関連性を疑った私達は、ibsが出現した周辺のマナを調べると、ほんの微かですが黒の書が持つ物と同質のマナを発見しました。そして今日、あの本屋での出来事、黒の書はibsを呼び寄せる機能を持っていると確信しました。それが人為的に起こせる物なのか発動条件等はまだわかりませんが…。転移を止める方法を探る為にも、放っておくわけにはいきません」


確かに、今の話が全て事実かはわからないが、ibsが出現する原因ともなれば紛れも無い危険物だ。

そんな本をつい最近まで所持していたと思うと寒気がする。


ん? ―――そういえば…。


「雅、志咲にあった黒の書はどうしたんだ?」

「志咲の黒の書…ですか?」

「お前は、黒の書が靖旺でも、と言っていたな。なら黒の書が志咲にある事を知っていた筈だ。同じ物か、二冊目なのかはわからないが、どこかで見たか、それを一度手に入れたんじゃないのか?」


俺が黒の書を拾う前に、廃施設で見た無数の切り口、施設の壁は鉄製でできており、あれを斬れる者などそういてたまるか。

巨大な獣と、菜乃が作り出す無数の氷柱を軽く両断できる雅なら、それが可能じゃないかと考える。

雅は俺達が本を拾う前に、あの廃施設へと立ち寄っているんじゃないか?


「はぁ…。なるほど、別に隠していたわけじゃありませんがそこまでお見通しでしたか…」


雅から肯定と思われる溜息が漏れる。

何故か渋い顔をして視線をずらした。


「確かに、私は一度、志咲にあった二冊目の黒の書を一度手に入れています。何故靖旺と別の物か判断できたのかは装飾が違っていたからです。場所はあの本屋なのですが…。考古学者の隠された書物から暗号が出てきまして…。それを解読したところ、本屋の住所が書いてありました。そして解読結果を受け取った夜、現場に急行すると本屋が爆発してまして…」


なんと、事件発生当時の現場にいたのか。

これは是非とも詳しく聞きたいと雅の顔を見ると、苦虫を噛み潰したような表情となっていた。

さっきまでの雅と比べるとまるで別人のようだ。


「で、そこにいたんですよ。犯人」

「「え?」」


それはもう、真相に近づいている所か真相その物ではないか。

つい菜乃と一緒に反応してしまう。


「いえ、あの爆破事件の犯人かはわかりません…。実際に爆破した所を見たわけじゃありませんし、方法もわかりませんから。まぁ限りなく黒に近いんですが…。その人は目撃情報から割り出した予測に過ぎないのですが、靖旺から黒の書を奪った犯人だったんですよ…」


まさかの展開に菜乃と二人で息を飲む。

その犯人も二冊目の黒の書を狙っていたのだろう。


「でね、勝負を挑んだんですが、これがもうボロクソに返り討ちに会いまして…。全く歯が立たなかったんですよ………」


―――あっ…自信を無くした原因って…。

菜乃と一緒に、先程から妙に暗い雅の心情を察する。


「傷はありませんが、こう見えてあばら三本が少々いってましてね…まじで殺されるかと思いましたよ。それもあって、神野崎家に協力を申し出ようと提案したんです…」

「お前そんな状態で会長と手合わせしたのか…」

「そうですよ。そしてまた負けたんです…はぁ…」


これは重症だ。身体的にも精神的にも。

元々は自信家だったのだろうか、だが雅の場合それは自信過剰とは言えないだろう。

会長が氷の属性マナだけならば負けていたと言っていた。雅はそれも、ただの同情だっー。と受け入れていなかったが、ルゼ並みのスピードと、バカでかい獣を一瞬で両断する攻撃力、さらに菜乃を圧倒する剣裁き。

怪我を負いながらも会長を追い詰めた事を考えるとかなりの強さに思える。

俺からしたら余裕で人外レベルだ。


そんな雅を軽くノシた相手がいるとは…世の中って広いんだなぁ。


「ノシたとか言わないでくださいよっ!」


「すまん。声に出てた。しかし、それでよくルゼも相手にしようとしてたな? ルゼ相手に何か勝機があったのか?」

「いえ、二人相手なら負けたとしても、しょうがないで済むじゃないですか」


こいつ結構セコイな…。


「雅さん、話の続きなんですが。貴方は、そこからどこで黒の書を手に入れたんですか?」

「あーそれは、その犯人が持ってたので掠め取ったんですよ。それだけでも一矢報いようとしたわけです。そこであの廃施設まで逃亡したんですが…。あの大きさの本を持ちながら応戦するのは無理だったので、バレないよう適当な部屋に投げた後必死こいて逃げました」


それを俺達が拾ったわけか…誰だよポエムとか言ってた奴。


「因みに犯人は既に志咲にはいないと思われます。なんというか、私が黒の書を奪えたのも、志咲の黒の書には靖旺の物と違い、ほとんどマナが残っていませんでした。それが理由かはわかりませんが、犯人は志咲の黒の書をあまり重要視していなかった気がします。仲間に志咲の周辺を調べて貰った所、靖旺でもなく志咲の物でもない新しいタイヤ痕が、靖旺とは別の方角から発見されました。追跡まではできなかったようです」

「犯人の顔は見たんですか?」

「いえ、フードにマフラーっぽい物で顔を隠していて見えませんでした。まぁ、どこの町の者かはわかりましたが」

「すごいな」

「本を掠め取った時にローブの中が一瞬見えました。あれは…ここから遥か西の町、ラーヴェンツにあるシエル軍学院の制服でしたね」


確か昔、本で見たことがある。その町までは此処からかなりの距離があったはずだ。

旅装車でも四日程度は掛かるんじゃないだろうか。


「ラーヴェンツですか…」

「会長はその町を知ってるんですか?」


菜乃が深刻そうな顔で考え込んでいる。

その町とも交流があったのだろうか。


「いえ、ラーヴェンツについては、むしろ近況の情報が無いんです。距離の問題もあるんですが、あそこは今、他の町との交流を殆ど拒否していて、もはや完全閉鎖と言った印象ですね」


情報が無いと言うのは確かに深刻だ。

他の町と交流していないのは余所者に厳しいって事だろうか。


「ただ、ラーヴェンツと志咲は、かなり昔の事ですが一度だけ交流しています」

「昔ですか」

「はい、と言っても200年以上前の出来事らしいですが。その当時、八大家の内の六大家、志咲の神野崎家、靖旺の四旺家、アイドレントのリーベルト家、そしてラーヴェンツの黒陽家、サイカの彩花家、エフェオルのエミリエス家、その六大家にて大規模なibs掃討作戦が行われたそうです」

「アイドレントのリーベルトとかサイカの彩花はわかりやすいんだが、ラーヴェンツの黒陽って、なんか暴走族みたいだな…」

「まぁ町の起源はそれぞれですからね。黒陽家がどのようにしてラーヴェンツの長になったのかは私にもわかりません。ですが、確実にそれだけの力はあるでしょう」


菜乃がそう言うと、雅の何故かバツの悪そうな顔がチラと目に入った。


「黒陽はそのibs掃討作戦時、作戦に参加した他の五大家を遥かに凌駕する活躍を見せたそうです。その作戦で討伐したibsの数は大よそ800、その半数以上を倒したのが黒陽家と聞いています」


あの化け物が800!?

昔、町周辺のibsの殆どが掃討された話は知っている。

学校でも教わる事だ。だが、先程奴らを間近で見た俺にはとても信じられない話だ。

ルゼに瞬殺されたとはいえ、あんな質量で生き物の様に動く異様な存在に、人間が勝てるとは今でも想像しがたい。

雅に殺された獣のような新種のibsにしたって、普通の人間なら一瞬で食い殺されて終わりだ。

それを800、その半数を黒陽家だけで殺したってのか…?


「黒陽家の戦力はどうなってるんです…そんなデカい組織なんですか?」


「いえ、当時の組織事体の大きさは、他の五大家と大差はなかったようですが、戦力、と言えば確かに大きいと言えます…。他の五大家の物を凌駕するテスタメントの性能と、部隊の錬度、統率能力だけではなく。その戦場にて黒陽の家元は、戦略と技量と力、全てにおいて他家を圧倒していたと言われています。黒陽の家元個人の力も相当な物だったのでしょう」

「すいませーん、このプリンアイスケーキって奴くださぁい!」


ルゼの声に、かしこまりました~。と厨房から店員の声が返ってくる。

呼び出しボタンがあるのにも関わらず、直接オーダーを受け取るとは中々できた店だ。


「って、お前、何勝手にデザート注文してんだよ!」

「だって、これおいしそうだもん。アイス買ってくれるって前言ったじゃん」

「だからって勝手に、ん? …ほう、確かにうまそうだな。すいませんもう一つ追加で!」

「じゃあ、私にもおひとつぅ~」

「え!? 雅さんも!? じゃあ私も一つお願いしまぁす!」


かしこまりました~。 と店員の声が帰ってくる。

今の一瞬でよく厨房から全部聞き取れたな。

どこの席の誰が注文したか、ちゃんとわかっているんだろうか。


「ふむ、ではプリンアイスケーキを待つついでに聞くが、雅がボロクソに負けた相手ってのは、黒陽家のファインドって事で良いのか?」

「私の黒歴史をついでにで聞かないでくださいよ…」


雅が先程の苦虫を潰したような顔に戻る。普段がヘラヘラとしている分、少し面白くなってきた。


「大和さん…完全に母さんとルゼさんをイジってた時の顔になってますね…うらやまs

「まぁ、犯人、についてはおそらくですが、そうだと思います。刀のようなテスタメント使用していましたっ。テスタメントを作れるのは八大家ぐらいの物です。そしてこれは、ルゼさんのような例外を知った今、確実とは言えませんが…。私のテスタメント、カマイタチの攻撃を防ぐには神野崎さんに相当するマナ量が必要です。それだけのマナを扱えるのは、ファインドの家系である八大家の可能性が大きいですねっ」


ここに来るまでに、雅にはルゼの事を大体話していた。と言っても妹設定での話だが。

ルゼの翼は、そんな感じの装備であり、昔から不思議な力を持っていて、公にはしていなかった。と、かなり適当に話を取り繕ったのだが、それでもしつこく聞いてくる雅に対して、

記者ってのはやはりデリカシーが無いんだな。

と言ったらガチで凹んでしまったので本当に申し訳ないと思っている。

一応言いすぎたと謝ったのだが…雅は終始反省の色を変えなかった。

デリカシーが無いのは私です。すいませんでした。


「そういえば、ラーヴェンツ自体の情報はあまり無いんだろう? よく雅はなんたら学校? の制服だとわかったな」

「シエル軍学院ですね。最近のラーヴェンツについては私もわかりませんよ。四旺は諜報員を色んな場所に送っていますが、ラーヴェンツの諜報員は結構前に全員処理されたみたいです。だから少し前の情報は持っています。昔の資料で見た物と多少違っていましたが、制服にはシエルの紋章が付いていました」


処理されたってのは殺されたって事か。

しかも諜報員とか、それ俺達が聞いて大丈夫なんだろうな。


「それにラーヴェンツは、女性先導主義を掲げていました。シエル軍学院は女学院なんですよ。私と戦ったファインドも女性でしたし」

「軍、なのに女学院なのか?」

「はい。これは推測なのですが、元々マナの扱いは女性の方が長けています。一説では女性は子供を身篭る分、身を守る為と、子供へマナ受け継がせる為にも、マナの循環率と量がより多くなるよう進化していったそうです。だから戦場でも女性が活躍する事が多くなりました。そこから女性が民を導くべき存在との考えが強く残り、そうした組織ができたのだと考えています。ですのでラーヴェンツの仕官等の殆どは、このシエル軍学院の卒業生だったそうです」

「男情けないな…」

「まぁ、八大家においても女性か男性かは憂慮される問題ですが、私の弟なんかは男の子でもマナをうまく扱えますよ。流石私の弟っ」

「家元に選ばれるわけだ」

「まだそうと決まったわけじゃありませんよっ! まぁ私も絶対になりたいと言うわけでもありませんがね」


情報を頭の中で整理しようした時、プリンアイスが来る。

丁度良い、糖分補給は大切だ。


今わかっている事は、黒の書はibsを転移させる危険な物。

その黒の書の一冊はこの志咲に。靖旺の一冊は、おそらくラーヴェンツの黒陽家が所持している。

そして黒陽家が只者では無いと言う事。

問題なのが、今のラーヴェンツについては四旺家も神野崎家も把握しておらず接触は難しいという事。


「というか会長、ここまで聞いといてなんですけど…。これはもう俺達が関わって良い案件とは思えないんですが…町同士の問題でしょう?」

「そうですね…。あまり巻き込みたくないと言うのはありますが…」

「絶対ルゼさんの力は必要になるでしょうねっ」


確かに、ルゼは神野崎家にとって大きな戦力になるだろうし、今更引くには難しいか…。


「だが、実際どうするつもりなんだ? 黒の書がibs発生の原因だとして、それを取り返したいのはわかるが、ラーヴェンツとの接触は難しいんだろう?」


たとえラーヴェンツに出向いたとしても、白を切られて町に入れなければ意味が無い。

志咲と比べてセキリュティがどうなのかはわからないが、簡単に進入できるとも思えない。


「勿論黒の書を取り返したい。と言うのはあります。あれを調べればibsの転移を止められるかもしれませんし。私としてはそれよりも、黒陽家が黒の書で何をしようとしているのかが気になります。あちらもibsの転移を止める為に、と言う目的ならばいいのですが…それを確かめておきたいですね」


ラーヴェンツでも同様のibs発生事件が起きていて、それを止める為に黒の書を奪ったと言う事か。

それならば、わざわざこんな物騒なやり方を選ぶだろうか?


「それと、ラーヴェンツへの接触方法ですが、私に考えがあります」

「また身分を偽ってどうにかするのか?」

「いえ、それはあの町に通用すると思えませんっ。即バレて殺されるのがオチでしょうね。まぁ私も一度靖旺に戻って色々準備したいですし、今日明日は待っといてくれませんか? そうしたら結果が出ると思いますので」




―――――――――――――――

――――――




「すいません。今更ですが巻き込んでしまいましたね…まさか他の町まで関わってくるなんて…」


俺達は雅と分かれ、学院へと戻る事にした。

粗方の事情は四旺から佳代さんに報告してあるそうだが、本屋に現れたibsの件も含めるとやはり直接話した方がいいだろう。


「いえ、事が事なので驚いてはいますが、無関係ってわけじゃありませんし。寝てる時にあいつらが腹の上に転移してきたら嫌ですからねぇ」


冗談で言ったつもりだが、冷静に考えると結構シャレになっていないな…。

菜乃は俺の軽口に少し微笑むと、何故かもじもじと喋りにくそうにしている。

おかしな事でも言っただろうか?

理由もわからず謝ろうとした途端、菜乃が意を決したかのようにこちらに振り向く。


「あの! 私の事は、会長ではなく菜乃と呼んでくれませんか!」


…そういえば菜乃の事はずっと会長と呼んでいたな。

まぁ会長だから会長と呼んでいただけなんだが、良いのだろうか?

一応学院長の娘なわけだし、って学院長の事を佳代さんと呼んでいる俺が言えた事でも無いか。


「わ、わかりました。ではこれからは、菜乃さんとお呼びします」

「できれば、タメ口でお願いできませんか!?」

「ええっ、それは……」


流石に会長に対してタメ口なのはいかがな物か…

それに会長自身、俺に対して敬語だし…。

周りの目もあるしなぁ、会長の立場の為にも、これは流石に断っておこう。


「ダ、ダメですか…? ぅぅ…」

「ああ、わかった。よろしく、菜乃」


卑怯だ。こんな美少女に泣きそうな顔されたら断れるはずが無い。

もし断る奴がいたらそれは人間じゃない。悪魔だ。

俺はアイスが好物なあの悪魔と違って、人情味溢れるごく普通の人間だと言うことが今ここに証明された。


「じゃあ、そのぅ…これからは私も、雅さんやお母さんやルゼさんと同じように…ィジッてくれたらなぁ、なんて…」

「? …何を弄ればいいんだ?」

「え、いやっそれは、私のその、アレを…イジって…」

「…? 菜乃の何処かを弄れば良いのか? …雅との戦いで髪でも乱れたのか? 見たところ綺麗なままだが…」

「どどどどどこって、き、きれきれいって、ああ、いや…あの、なんでもありませんっっ!!」


菜乃の顔が茹タコのように真っ赤になる。

そういえば朝から体調が悪そうだったな…。


「学院についたら保健室に行こうか」

「ほっ保健室ですかっっ!? いややや、あのわわたしそこまでは心の準備ができておりませんででで…っ」

「本当に大丈夫か?」




菜乃の体調がすこぶる悪そうなので、俺達は足早に学院へと戻った。


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