第8話 予兆
結局、今までの事の次第を佳代さんに報告するも。
「あんらぁ~。あらあらあらあら、少し見ない間にずいぶんと菜乃と仲良くなったみたいねぇ??」
「ibsと黒陽の件よりずいぶんと食いつきがいいですね…」
佳代さんの前で菜乃にタメ口で話していたら、今ままでの態度が嘘かのように絡んできた。
どうやら、この人は基本親バカ、いやバカのようだ。
「そりゃあ大事な愛娘が将来のお婿さんを家に連れてきたのだから、他の事なんて些細な事よぉ。これはそう遠くない内に、孫の顔が見れちゃうかもしれないわねぇ」
「お、お母さんっ!! べ、別にそういうわけじゃ…なくて、まだそういう関係にはなってな……」
学校はあんたらの家じゃないだろ。
「そんな事より、これから俺達はどうしたら良いんですか? 雅は明後日まで待って欲しいと言ってましたが…」
今やルゼも俺も神野崎の人間と言える。だが、できればこれ以上の面倒事は避けたい。
ルゼがいくら強いと言っても危険が無いわけじゃない。
「貴方達にはラーヴェンツに行って欲しいわ。きっとその方法を四旺家が用意しくれるはず。その時にできる限り彼女と連携して、黒陽の目的の確認、黒の書の入手、ラーヴェンツ自体の情報収集をしてもらいたいの」
「それにはルゼが必要なんですか?」
「ええ、この志咲で一定以上の戦闘力があるファインドは菜乃とルゼちゃんのみ。勿論、貴方にもルゼちゃんのコントローラーとして同伴して欲しいと思っています」
「菜乃は志咲の時期家元なのでしょう? わざわざ敵陣の中に送るような真似は危険だと思うんですが…」
神野崎はこの志咲の実質トップだと聞いている。頭が無くなってしまっては町の運営も滞ってしまう。
黒陽が志咲をどう認識しているかはわからないが、リスクが大きすぎる。
「なら、ルゼちゃんと二人で行ってくれるのかしら?」
「俺だけでも構いませんか?」
「大和さん!?」
「私はヤマトに付いていくよ」
ルゼは付いて来る気満々らしい。まぁ何かあっても、こいつだけなら逃げられるだろう。
できれば雅と俺だけで解決できれば良いのだが。
「残念だけど、それこそ許可できないわね。なんの力も持っていない者だけを町の外に出すわけには行きません。それに、これは志咲の問題、結局我々も動かなくてはいけない事です。まぁ志咲の未来が心配と言うなら、別の協力の仕方もありますが…」
「それはなんですか?」
「今夜私の部屋に来てください。万が一の為の跡継ぎを宿しておきたいのです」
「は、はい!? 万が一の為って、菜乃の前でそれは冗談になってませんよっ!?」
「母さんっ!?!?」
「それができないと言うのなら、菜乃をしっかり守ってください。私は貴方達には期待しているのですよ?」
佳代さんらしくないドぎつい冗談を言ってくれたものだ。
ここで俺が、是非協力させて下さい。
と言ったらほんとに協力させてくれるんだろうか。
「それちょっと、考えても良いですか?」
「「え!?」」
親子揃って同じ反応を見せる。
やっぱり、その気なんて無いんじゃないか、男の純情を持て遊んだ罪は重い。
適当に佳代さんをいじめて報復した後、俺達は帰る事にした。
のだが、残りの授業にはしっかり出させられた。
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――――――
「母さん、ほんとに良いの? 二人を巻き込んで…」
夕暮れに染まる学院長室、私は母と向き合っていた。
落ち着かない自分とは対照的に、母さんは落ち着いた様子でお茶啜っている。
「ウリエスのデータ、貴方も見たでしょう? 彼女がテスタメントを行使すればするほど、アンサラープログラムの進展に繋がる。それに彼女が見せてくれた新たなブラスト…。志咲の発展の為にも尽力して貰いたいの」
「でも、大和さんは本当に関係の無い。ただの一般人なんだよ? 今回の件で何かあったら…」
「その為にも菜乃のトライアドと彼女のウリエスはマスターアップしておきます。いざという時はわかっていますね?」
母の問いかけに私は静かに頷く。
元々二人は自分の勘違いのせいで巻き込んでしまった。
なら私は……。
「これ以上は、この部屋で話すのは不味いわね。貴方も疲れているでしょうし帰りましょうか」
学院長の、いつもの母親としての優しい顔を見ると安堵する。
母さんの為にも、私がどうにかしなくてはならない。
そして、大和さんとルゼさんの二人は私が必ず守る。
「あ、そうだ。それと、別に私は学生の身でも本当に孫を作ってくれて構わないからね? 遠慮しなくていいわよ?」
「ちょっっ、母さんっ!!」
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「やはり自分の家は落ち着くな」
学院から帰った後、俺達は許可を得て自分の家に戻っていた。
廃施設での襲撃者が菜乃だったとわかった以上、寮に居続ける意味も無い。
それに今の俺にはこの家でやるべき事があった。
「これが、テスタメントか」
事件は解決していないが今回のibs討伐の報酬と言う事で、杖型のテスタメントの失敗作を譲り受けた。
素材はかなり希少らしく、正直俺は何もしていないので遠慮したのだが、今回の黒の書による事件解決の前払いだ。と押し付けられてしまった。
詐欺だ。他所の町まで出向く事になるなんて聞いていない。
だが貰ってしまった以上は仕方がない。
こいつを俺の好きなようにさせてもらおうか。
「ヤマト、なにやってんの?」
俺がテスタメントに向き合っていると、リビングにジャージ姿の悪魔が現れる。
一人で風呂に入る事にも慣れた様で、髪はしっとりと濡れていた。
ドライヤーの使い方も教えておいた方が良いだろうな。
「分解だよ。ルゼのウリエスと違ってマナを変換する機能は既に無いがな。記録によると変換機能と放出の出力バランスの維持が問題だったらしい。そこを修正するにはそもそも形状の設計がダメだったとか。まぁ話を聞くと、お前のウリエスも元々は失敗作だったらしいが…」
菜乃に聞くと、物理的破壊力とマナ出力を極限まで高め、装備によるマナの属性変換を求めた結果。とても人が持てるレベルでない重量になってしまい、お蔵入りしていたのがルゼのテスタメントだそうだ。
逆に最新式のテスタメンは全てルゼのマナ出力に耐えられなかったとか。
そんな物を振り回している時点でルゼが人外だと気づかれそうな物だが、それもマナの力による物と思われていたな。実際どうか知らんが。
「なにそれ」
「俺にもわからん。だから今からこいつを分解する事によって、色々考察するんだよ」
未知の物を分解するのは楽しい。
一見すると何かわからないようなガラクタだって、分解すればどんな意図で作られた物かわかったりする。
テスタメントなんて未知そのものではないか、こんな極秘事項の塊を譲り受けて、何か裏があるんじゃないかと疑ったが。
まぁ、既に超未知系妹がいる俺には、今更用済みになったガラクタを与えても大丈夫だろう。と判断されたのかもしれない。
「ふーん。私もう眠いから寝るねぇ~、おやふみぃ」
「ちゃんと自分のベット使えよー」
忠告は虚しくも届かず。俺のベットはルゼに占領されていた。
こいつの為にわざわざ別の部屋で寝るのも癪なので、無理やり隅に追い遣り、堂々とド真ん中で寝てやったのだが。
まさか、あんな事になるとは思いもしななんだ。
―――――――――――――――
――――――
「―――こ、これは一体っどどど、どぉいう事なんですかっ!?」
騒々しいな…一体誰が騒いでいるんだ。
昨日、俺は夜遅くまでテスタメントを弄っていたので、今日は日課として廃れつつあるジョギングを遅めにしてまだ寝ていたいんだが…。
勘弁してくれ…と俺は手近にあったクッションに顔を埋めて騒音から逃れようとする。
「ちょちょ、ちょっと、大和さん!? 私の目の前でそそ、そんなっ、もう朝なんでんすよ! 自重してくださいっ!」
んんっ? おかしいな…。騒いでいる声はルゼの物では無い。
しかも俺の部屋にクッションなんてあっただろうか、やけに触り心地が良い。
「うい~ぃ、あいすぅ…」
「おん?」
クッションから声が聞こえた。
まるでルゼのような声だったが…。と、白と紺のクッション…いやジャージを寝ぼけ眼で確認する。
「ああ、そうかルゼか…。ん? じゃあさっきの声は…」
「ルゼか…。じゃありませんっ! 兄弟で何をやってるんですかっ!」
「えっ? 会長っ!? なんでここに!?」
「会長、ではありませんよね?」
「あ…。そうでした。はい、菜乃」
振り向くと菜乃がいた。今日は制服ではなく私服だった。
あまり派手過ぎない、カーディガンとロングスカートの組み合わせは菜乃らしい落ち着いた雰囲気と言える。寝起きの脳みそには丁度良い癒しだ。
だが俺の脳内とは裏腹に真っ赤な顔をした菜乃が、怒っているような、照れているような落ち着かない様子で俺の顔を睨んでいた。
「いくら仲がいいからと言って…それは禁断の行為ですよ大和さんっ!」
はぁ? …もしかしてルゼと俺が一緒に寝ていた事を言っているのだろうか…?
流石に大げさと言わざるおえないと思うのだが…。
「いや、別にただ一緒に寝ていただけで変な真似はしてないぞ」
「じゃあ、なんで服を着ていないんですかっ! しかも体のあちこちに、そんないやらしい痕を付けて!!」
「痕っ!?」
本当だ。服を着ていない。Tシャツがいつの間にか足元に転がっている。
しかも、よく見ると体中に何かの噛み痕が無数に付いている。
これはなんだ。いや考えるまでも無い。犯人は一匹しかいない。
「おいルゼっ!! お前、これなんだよ!? お前だろこれやったの!!」
「ん~…?」
今起きたと言わんばかりにルゼは眠そうに目を擦っている。
今はそんな事知った事では無い。
「お前がやったんだろこれ!? 服もお前が剥ぎ取ったのか!?」
「えぇ~だって、私が寝てたのにヤマトが真ん中で寝るから寝づらくて起きちゃったもん。だから、風邪でも引いちゃえって、お返ししただけだよぉ。噛んだのは覚えてない」
「俺、自分のベットで寝ろって言ったよな? ちゃんとお前の部屋用意してやったよな? なんで俺が自分ベットを使うのに遠慮しなきゃなら
「いいから服を着てくださいっ―――!!」
―――――――――――――――
――――――
「では、どうして貴方がここに来たのか、聞かせて貰いましょうか」
「そんな真面目な顔をしたって、さっきの出来事は無しになりませんからね?」
俺と菜乃とルゼはリンビングに集まっていた。
日が昇って間もない。こんな時間に来るなんて、何か事件でもあったのだろうか。
「そういえば、もしかしてインターホンって鳴らなかった? 数回鳴れば大体俺起きる筈なんだが…」
来客と言えば佳代さんか宅配便ぐらいのものだが、今までインターホン独自の響くような音で起きなかったことは無い。
まぁ、寝ていたらそれにすら気づけないわけだから、多分だけど。
「な、鳴らしましたよ!? 鳴らしたんですけど、反応がなかったのでっ、何かあったのかと思いお邪魔したんですよ! 別に、寝ている大和さんを幼馴染のように朝起こしてみたいとか、そんな考えはありませんでしたよっ!?」
「なるほど、それだけ疲れてたって事なのか…? あれ? 俺でも、ちゃんと玄関に鍵をしたような…」
「いえいえいえっ、開いていましたよ! 凄く開いてましたっ。きっとお疲れで閉めたと勘違いしたんだと思いますっ!」
「ヤマト、お腹へった」
そういえばまだ朝飯を食ってなかったな。
「家に何か残ってたかな…。菜乃は朝食は済ましてきたか?」
「いえ、私もまだですっ。きょ、今日はそれの事も含めて、大和さんのお宅に参上つかまつった次第でありまして…」
「ん?」
「きょ、今日は三人で出かけませんか!? 私はお二人の監視役でもありますからっ、それに色々話す事もありますしっ、どうせなら一緒に朝食を、と思いましてっ」
なるほど、菜乃が俺達の監視役と言う事をすっかり忘れていた。
早ければ今日、四旺からの連絡が来る筈だ。事前に打ち合わせておく事も多いだろう。
俺は何も問題は無いと承諾し、三人で出かける事となった。
―――――――――――――――
――――――
「こうして大和さんとルゼちゃんと出掛けられるなんて…夢みたいです」
レーウェン地区に着くと菜乃が唐突に言い出す。
つい最近アウスリーク地区に出かけたばかりだと思うんだが。
「前の件は、仕事、で行ったんですから。こうしてプライベートで出掛けられるのが嬉しいんですよ」
確かにあれは遊び要素はゼロだったなぁ。いや、一応今回も事件の件で話があるんじゃなかったのか?
「私どっかいってようかー?」
俺達の前を歩いていたルゼが、菜乃に振り向く。
なんのつもりか知らないが、お前を一人にできるわけが無いだろう。
「な、ななっそ、そんな気を使わなくてもいいですよっ 私はルゼさんとも仲良くなりたいですし!」
「ルゼはどこか行きたい所でもあったのか?」
「別にぃ、ただナノが、ヤマトといるのが嬉しそうだったから。そうしたほうがいいのかなーって」
「ふぇっ!?」
俺といると嬉しそう? 中々ときめく事を言ってくれるじゃないか。
だが菜乃は少しでも自由行動できる時間が嬉しいだけだろう。
神野崎の娘となると、きっとそういう時間も少ないだろうし。
「あほな事言ってないで、前向いて歩かないとコケるぞ」
「はーい」
何故か菜乃の微妙な顔つきを見た後、俺達は菜乃が進める料理店へと入店した。
「これおいしぃー」
「お前はいつもそれだなぁ」
入った料理店は少しお洒落な個人経営のお店だった。
ルゼはクリームチーズオムライスを口周りを汚しながらバクついており、俺はその度に口元を拭いてやる。
店員のおじいさんがそれを微笑ましく見ていたのだが、こちらとしては少し恥ずかしい。
「この店は母さんと父さんが昔来たことある店だそうで、どの料理もとってもおいしいんですよ」
「佳代さんのおすみつきって事か、あの人料理はできないけど舌は確かなようだな」
「大和さんは母さんにやたら厳しいですね…」
そんなつもりは無いんだが、何故かあの顔を見ると、ついいじめたくなってしまうんだよなぁ…。
俺があの人にそんな感情を抱いたのは…はて、いつ頃だったろうか。
「それにしても、大和さんは休日でも制服なんですね」
「あぁ、すまん…。他には家着とツナギぐらいしかなくて…外に出るときは大体制服で済ましてるんだよ」
「それは困りましたね…」
別に遠出するわけでもないのだから、困るって事はないんだが…。
「実は雅さんから連絡がありまして、早速明日、ラーヴェンツへ発つ事が決まりました。さらに詳しい話は改めて。との事ですが、旅路の支度をしといて欲しいそうです。その際私達には志咲の者とわかる物は身に着けないように。との事なんです」
予想以上に早いな。志咲の人間だとバレないように…? って事は、身分を隠して潜入するつもりか?
本当に信用して大丈夫なんだろうか。
「ですので、制服しか持って無いってのはまずいんです」
確かに、志咲の制服を着ていれば私は志咲から着ました。とバカみたいにアピールするだけだ。
自分の服にはあまり興味持てないが、何か適当に見繕うしかないな。
「と、言う事で、この後大和さんの服を買いに行きましょう」
「え、いや…俺の服なんて一人で適当に買っとくよ」
「そうは行きません、大和さんならなんでも似合うと思いますが、せっかくですので、どこに行っても恥ずかしくない服を、私とルゼさんで決めましょう!」
「ルゼも!?」
「まかせてっ」
ラーヴェンツの事すら興味なさそうにスルーしていた癖に、こういう事には食いつくな…。
「まぁ、確かに俺は服に関しては無頓着だし、選んでもらえるのなら助かるが…」
「ふふ、そういうことならばお任せくださいっ、期待通りに大和さんを私色に、じゃなかった。立派な服を選んで見せますからっ」
今、妙な言葉が聞こえた気がするが気のせいだろうか…。
菜乃自身の服のセンスは良いようなので、ここは任せるとする。
そこにルゼの悪魔的センスが発揮しなければいいのだが…。
―――――――――――――――
――――――
そうして俺達は、いや、俺は服屋を連れ回され、ひとしきり遊ばれた後。
菜乃を家まで送り、既に黄昏時の中帰路についている。
遠くに見える中央区の摩天楼郡が夕日の輝きを受け、緋色の光を反射している。その光景を眺めつつも右手にある今日の戦果を思い出す。
結局、買った服はジーパンとチノパンとシャツが複数。
ルゼの服も一着とジャージしか無かったので、何着か購入。
俺の服にルゼも何やら口を出していたが、意外とまともなセンスをしていたのには驚いた。
上着は俺の好みを取り入れ、丈夫でポケットが複数ついているジャケットを選んで貰った。
何にしても機能性は大事だ。
「明日の旅行楽しみだねぇ」
「確かに今日はそんなノリだったが、遊びに行くわけじゃないぞ。黒陽って言う得体の知れん相手と戦う事になるやも知れん。今更だがお前は本当にいいのか? 何しに行くのかわかっているか? 別に嫌なら断ってもいいんだぞ?」
本当に今更だが、こいつの意思を確認していなかった気がする。
俺が一人でラーヴェンツに行くと言った時、ルゼは付いて行くと言ってくれたが、そもそも事の事態をこいつは把握しているのだろうか。
「わかってるよ。私たちが拾った黒い本に似た物を取り返しに行くんでしょ? それに、こくよう? ってのと戦うかもしれないんだよね? 任せといてよっ」
意外だな。俺が思っていたよりルゼは人の話を聞いていたようだ。
しかもちゃんと俺達の目的を理解している。
俺は少々こいつの評価を改める必要があるかもしれないと考えていると。
鈴の音がした。
つい最近聞いた事があるような心地の良い音。
――リリン。
またも鈴の音が鳴る。
まるでこちらに気づいて欲しいかのように、鈴は鳴り続ける。
「この音は…確か」
鈴の音に呼び寄せられた俺達はある建物の扉を開いた。
「―――いらっしゃいませ。また会いましたね」
そこには、あの時の店主がいた。
俺達は数日前にここでルゼの服を買ったのだ。
元々廃墟だった筈のこの服屋で。
「貴方は一体…」
敵対心は見えない。
だが、彼女は間違いなくルゼの事を知っている。
普段は存在しないこの店と、ルゼの存在知って何も言わなかった所を鑑みるに、警戒しない理由は無い。
ルゼは気にせず店内の服を物色しだしているが…。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私の正体は、すいませんが今はまだ言えません。そうですね…必要としてくれる人の前にだけ現れる。服屋のお化け。と、今はそう言う事にしておいて下さい」
店主は人差し指を唇に当て、怪しく微笑む。
その行動だけですら、この店主が優美に見えてしまう。
「お化け…ですか。貴方もルゼ側の人…なんですか?」
「そうですね。あの子に比べれば私など矮小な存在ですが…」
「なら、あいつの元いた場所もご存知で?」
今回の黒の書の件で有耶無耶になっていたが、あいつは、どうやってここに来たか覚えていない。家族は既にいないらしいが、帰る場所がわからないってのは良くない事だ。
「本当にそうでしょうか?」
「っ…!?」
口に出していないのに心が読まれる。
最近の服屋はカウンセラーも兼任しているんだったな…。
「申し訳ありません。あの娘について、私からお伝えできることは今はありません。ただ、私は昔の居場所に囚われなくても良いんじゃないかと、そう思います」
それはどういう…
「少し無駄話が過ぎました…。今日は貴方にお伝えしたい事があるのです」
必要としくれる人の前に現れる。って言ってた割には今回は俺に用件がある?
「ラーヴェンツ。あの町で貴方達には過酷な試練が待ち受けています。それを乗り越えた時、貴方達は過去と向き合える事ができる」
「過去…?」
「それも、全てが終わった時にわかる事です。そして今、もう一つ言える事は、黒陽家には気を付けて下さい。間違いなく、あの町で彼女達は貴方達の障害となる。あの子から目を離さないでやって下さい」
「黒陽って…貴方はどこまで知っているんですかっ」
「すいませんが、ここまでのようです。今回は私の方から無理に来てしまいましたから…。どうか、あの子をよろしくお願い致します―――
―――――――――――
――――――気付けば俺達は廃墟の外にいた。
「えっ!? あれ!? さっきの綺麗な人どこ行ちゃったのっ!? 服が無いっ!」
それは俺も聞きたい。どうやら俺には当分安息の日は訪れないらしい。
この悪魔と会ってから、俺が見えていた世界観が全て崩壊してしまっている。
とり憑かれるとはこう言う事を言うのだろうか。
「はぁ、帰るぞ」
まぁいいさ、あの店主の言う通り、ラーヴェンツに行ってルゼの過去がわかるなら元いた場所もわかるかもしれない。
行ける所まで行ってみようじゃないか。
――――俺には失うものは無いのだから。
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