第13話 ラーヴェンツ
―――――Lar venz―――――
ラーヴェンツと言う町には一つの組織がある。
それは遥か昔、ラーヴェンツが建町されたとほぼ同時に発足され、町の防衛を目的とする組織であった。
力無ければ、開ける道も無し。
その町を作った初代黒陽家家元、黒陽優奈の教訓の元。
組織は強さこそが己の道と示すように、強力な軍へと昇華していった。
軍とは500年前、国と言う大きな括りで人々の住む場所が分かれていた時、
主に防衛、侵攻等の戦闘に長けたそれぞれの国が保有していたと言われる巨大組織。
ラーヴェンツ軍はかつてのその軍を再興し、そして超えんが為に今もなお、さらなる力を求め続けている。
「そのラーヴェンツ軍、中佐。ヴェロニカ・ルーンハイトだ。ラーヴェンツに着くまで、本当に少しの間になるがよろしく頼む」
その姿は教科書や資料で見たことのある軍服に近い。
そして階級を示すバッジと星を象った金色の紋章が光る。
銀髪の背の高い女性は此方に敵意の無い笑みを向けた。
俺達はヴェロニカに助けられた後、装甲車に招かれラーヴェンツへと向かっていた。
警護隊の負傷者は別の車両で治療。俺達は一番大きな装甲車へと分かれた。
そして俺達と一緒に乗ったヴェロニカが、ラーヴェンツ軍の事を言える範囲で説明してくれたのだ。
「私は靖旺から来た四旺雅と言います。この度は我々の窮地を救っていただきありがとうございました」
雅が感謝の言葉と共に頭を下げる。
「ほう、貴方が四旺家の…今回は災難だったな…。しかし、あの渓谷と貴方達を襲っていたアレは一体なんだったのだ?」
意外な事に、ヴェロニカもあの龍を知らないらしい。
あれだけの手際で片付けたのならば、龍について何か知っているのかと思ったのだが…。
「私達にもわかりません…。突如あの渓谷が出現し、あの龍のような物に襲われたのです」
「そうか…つい消し炭にしてしまったが、調査対象として生かしておくべきだったかな…」
ヴェロニカはそう言いながら、形の良い顎に手を添える。
冗談じゃない。あんたが殺してくれなきゃ俺は殺されてたんだぞ。
「おそらく、靖旺の調査班が後数時間の内に渓谷に向かうと思われます。その件なんですが…」
雅がヴェロニカの顔色を伺う。
恐らく雅の言いたいことは、あの状況を見てしまったラーヴェンツも渓谷の調査に乗り出すだろう、
その際にラーヴェンツが、靖旺の調査班をどう扱うのかだ。
ラーヴェンツの方が距離が近いからと、渓谷の所有権等を言い出したら、靖旺の調査班は追い返されるかもしれない。
「ああ、あれは私達の方でも既に重要案件となっている。だが心配せずとも、あの渓谷を巡って敵対する気はない。そちらが我々の邪魔をすると言うのならば、その限りでは無いがね」
ヴェロニカは、いっそそうなった方が面白いと言わんばかりに不適に微笑む。
「いえ、我々にもそんなつもりはありませんよ。調査に関しては後々四旺家から話があると思います」
雅は手元のコーヒーを一口の飲んだ。
流石にあの雅も、ラーヴェンツ陣営の前では調子付いたりしないか。
俺と菜乃とルゼは志咲側の人間。下手な事は言わないよう、ここは雅に任せよう。
「それで、他にも色々とお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、私が答えられる範囲で良ければ、だが」
彼女達がラーヴェンツ軍であり、軍の成り立ちまでは教えてもらった。
だが俺達には他にも知りたい事が山ほどある。
「先程の方達の装備、あれはテスタメントなんでしょうか?」
先程の方達、それは崖を上った時に俺達を包囲していた兵士の事だろう。
あいつらは黒い大きな銃を持っていた。
その黒の質感は菜乃と雅が持つテスタメントの物とよく似ており、菜乃はその銃から微かなマナを感じ取ったらしい。
「ふむ、なるほど。やはりそこが気になるか。まぁそれぐらいならば構わないだろう」
武器の情報は戦力に関わる重要情報だと思うのだが、どうやら教えてくれるようだ。
それも自信の表れなのだろうか。
「あれは正確にはテスタメントではない。テスタメントを元に作られたリデルメントの一つ、君達が見た物は汎用型マナ高縮電磁砲だ。因みに龍に留めをさしたベルクファウストは、マナの力は使ってはいない。純粋な誘導式ミサイルランチャーだな」
「テスタメントを元に…。あの方達全員が、そのリデルメントを扱えるファインドなのですか?」
「いや、彼ら彼女達は正確にはファインドではない。リデルメントはただのテスタメントの複製品ではなく、ファインドでない人間も扱えるように作られた武器だ。と言っても誰にでも扱える訳ではない。人には男だろうが女だろうが多少なりともマナが備わっている。それを科学の力で引き出し、リデルメントとの同調に成功して始めて扱える」
マナは誰にでも備わっている。…ならば俺にも多少はあるんだろうか。
なんとなく微かな願望を抱いていると、隣で菜乃が驚愕の声を上げた。
「科学の力でマナを…!? そんな事をすれば人体に影響が出る筈ですっ」
ヴェロニカは菜乃からの突然の質問にも臆さず淡々と答える。
「確かに、昔はマナを強制的に引き出すことによってマナバランスが崩れ、人体のマナと体外のマナの同調に支障を起こし死んだ者もいると聞いたことはある。だが、犠牲を出して成果を得られぬようなラーヴェンツではない。今では技術も進み、とうにリスクは無い。全ての人間がマナを扱えるようになる訳ではないが、適性が無いと言われればそれだけの話だ」
科学の発展に犠牲は付き物。
そんな物騒な言葉が頭を過ぎる。
菜乃の反応を見るに、志咲にはそこまでの技術は無いのだろう。
菜乃が姿勢を正すと、引き続き雅がヴェロニカに質問する。
「それでは、どうしてあの場に? 我々の警護隊が靖旺へと連絡できるまでまだ時間が掛かる筈ですが…」
旅装車の装備では電波の有効範囲の関係上、靖旺へ連絡するにはまだ時間が掛かる。
正確には、志咲から靖旺への連絡になるのだが志咲に連絡するにしてもまだ時間が掛かる筈だ。
「それは単純に、ラーヴェンツでもこの平原の異常を観測したからだ。まぁここまでの地盤観測が可能だとは私も知らなかったが、近くを哨戒中だったのは幸いだった」
なるほど。突然現れた謎の渓谷へ偵察に行ったら、たまたま俺達が龍に襲われていた訳か。
偵察に行くだけであれだけの重武装…ラーヴェンツの戦力はどれだけデカいんだ…?
「まぁ、こんな物でよろしいかな? これ以上は私よりも、黒陽ゆり様に直接聞いた方が早いだろう。君達も疲れているだろうから、ラーヴェンツに着くまで休んでおくと良い。私は今回の件の報告書を纏めなければならない」
ヴェロニカは席を立つ。
俺は今まで静観していたが、つい気になっていた事を聞いてしまう。
「それは黒の書についても、ですか?」
一瞬藪蛇かと思ったが、志咲を襲ったのは間違いなくラーヴェンツの人間だ。
だが、リデルメントと言った軍用兵器があるとわかった以上、それが黒陽家では無く軍の人間の可能性もある。
形式上、俺達は雅の付添い人だが、神野崎家の目的には志咲での殺人事件の犯人調査も含まれている。
この質問で軍の左官であるヴェロニカの反応を見ておきたい。
「君は、先程龍の…」
「俺は十義大和と言います。嫌々ですが紆余曲折ありまして、今では雅様の身の回りのお世話係をしています」
「ちょっ!?」
雅が信じられないといった顔で俺を見る。
つい適当にでっち上げてしまった。許せ。
「ほう…君も若いのに大変だな…。質問に答える前に私からも一つ聞きたいのだが…。そこの可愛らしい子も四旺女史の付き添いなのか?」
ヴェロニカはルゼを見る。
ルゼに直接聞かなかったのは今まで一言も喋らずにジュースをチマチマ飲んでたからか、あまり喋らない大人しい子だと思われたのだろう。
「ん?」
ヴェロニカの予想に反してルゼが反応する。
ルゼは大人しかったというより、今までの話に興味が持て無かっただけだろう。
下手な事を言われると不味い…。
「こいつは俺の妹です。雅様はこう見えてだらしない所が結構あるので、妹と協力してお世話しているんですよ」
「なっ!?」
雅が固まる。
なんだかんだ俺は雅には馬鹿にされたし、ルゼには助けて貰ったわけだし世話してるだろう。
嘘は言っていない。
と強引に自分納得させる。
「ハハッ。そうか、四旺女史は主思いの良い付き人を持ったな」
ヴェロニカは屈託の無い笑み浮かべた。
話を信じてくれたようだ。
それに対して雅は固まったまま動かない。
「では、質問に答えよう。黒の書に関してもゆり様は正直にお答えするだろう。いや、正直にと言うより、今が答えるべき時、と言った所か。君達の訪問は今回ラーヴェンツ、黒陽家としても好都合だからな」
「好都合?」
「それは私の口から語るべきでは無い事だ。着けばわかる。では私はこれにて失礼するよ。仮眠室は自由に使ってくれて構わない」
そう言ってヴェロニカは去って行った。
最初はラーヴェンツ軍と聞いて身構えていたのだが、白の軍服の堅苦しそうなイメージに反し、丁寧な対応と、愛想の良い喋り、
ヴェロニカは中々に好印象だった。
だが逆にそれが、ラーヴェンツと言う町がどんな町なのか計りかねる事となった。
元々ラーヴェンツは交流には消極的なイメージがあった為に、ヴェロニカの人当たりの良さはある意味で拍子抜けだ。
「はぁっ…」
雅が額に手を当てて大きな溜息をつく。
ヴェロニカとの対談では妙に畏まっていたから、肩の力でも抜けたのだろうか。
全員の視線が雅に向けられる。
俺もこの状況で雅を茶化したりはしない。
「大丈夫ですか? 疲れたんならヴェロニカさんのお言葉に甘えて仮眠室で寝ておいた方が良いですよ?」
菜乃の言葉に雅は無言で首を振る。
「いえ、確かに疲れましたが…大丈夫ですっ。色々と大丈夫じゃないですが、私は大丈夫ですっ」
雅はお茶を一口啜りながら答える。
まるで自己暗示をかけるかのように口調を強めて行く様子から、それが誰の目から見ても見栄を張っているのは明白だった。
「お前が大丈夫なのは…まぁ何よりだが…。心配事があるなら言ってくれないか」
こういう時は、口に出してスッキリさせた方が良い。
などと殊勝な事は思っていない。
この旅の同行者である以上、雅の不安は此方の不安でもあるのだ。
思う事があるのならば包み隠さず話して欲しいものである。
俺の質問に雅は、またコーヒーを啜ってから答えた。
「それは単純に、ラーヴェンツが私の予想を超えている事です。私の予想では一回り、二回り程テスタメントの完成度が高いだろうとは思っていはいました。ですが…まさかある程度の万人にも扱えるテスタメントの量産化に成功していたなんて思ってもみませんよ…。こうなっては、私が志咲で相手したファインドが黒陽家ではなく、ただの一兵士の可能性があります…」
その場合、警戒するべきは黒陽家のファインドと言う前提が、実はラーヴェンツ軍その物となると大きく状況が変わってくる。
こちらにはルゼと菜乃と雅の三人のファインドがいる。いざという時はどうにかなるだろうとの考えが、早くも甘かったと思い知らされる。
それがどれ程の支障となるのか、俺達の目的を今一度おさらいしてみる。
まずは俺達、志咲と靖旺の共通の目的。
黒の書の回収。これは現在、志咲と靖旺で起きているibsの発生現象を止める為だ。
そして、黒曜家の意図の確認。その黒の書で黒陽家が何をしようとしているのか。
もしibsの転移を意図的に引き起こせるようになれば、それは間違いなく強力な兵器となる。
一方的に町の平穏を害することのできる要因を放っておく訳にはいかないだろう。
そしてもう一つ。これは俺達が元々この事件の調査に乗り出した理由。
志咲では人が一人殺されているのだ。
犯人を見つけたとして、その場でどうするかは状況次第になるが放っておける事案ではない。
住民を一人殺され、そのままやられっぱなしという訳にもいくまい。
だが、今回ラーヴェンツの力を見誤ったせいでその目的達成に霞が掛かる。
黒の書の奪還。力を示せば事に応じる黒陽家ならば、最悪力ずくで奪い取るという手段は取れなくなった。
黒の書の存在を、志咲と靖旺とは違いヴェロニカが言葉にしたよう軍自体が把握している。
どれ程の規模かはわからないが、リデルメントを持つラーヴェンツ軍を敵に回すのは非常に不味い。
志咲での殺人犯探し、犯人が黒陽家とは限らないとわかった以上それ個人を特定するのは難しい。
とりあえず、佳代さんの言う通りラーヴェンツが志咲で犯行を行った事実だけでも掴めれば御の字といった所か。
「まぁ、そもそも俺達はラーヴェンツの事は殆どわかっていなかったんだ。想像通りに事が運ぶわけがないし、記者の雅としてはこの方が面白いんじゃないか? ヴェロニカさんも悪そうな人には見えなかったしな」
俺は気休めにもならないだろうが、前向きな意見を述べる。
俺がこんな言葉を口にできるのはヴェロニカの影響が大きかった。
ラーヴェンツがどんな魔境かと身構えていたら、人柄の良い美人のお姉さんが出てきたのだ。
先程不安材料を思い浮かべたが、そもそもラーヴェンツが敵だと言う考え事態が間違いじゃないだろうか。
そう思案していると自分のジュースと、いつの間にか俺の分のコーヒーに大量のミルクと砂糖を入れて飲み干したルゼが口を挟む。
「さっきのお姉さん、胸おっきかったもんね」
「何が言いたい」
ルゼの言葉に雅と菜乃がジト目で俺を睨んでくる。
「俺がしょっちゅう女性の胸を見ているような言い方は辞めろ。ほどよく観察しているまでだ」
ふと見やると、雅の後ろに控えていたリカルドと隊員達が静かに頷き合っていた。
意外な事に同好の士は近くにいたようだ。
後でリカルド以外の人達の名前もしっかり覚えておこう。
そんなこんなで数時間後―――
俺と菜乃と雅は一応の礼装として靖旺の制服へと着替えていた。
校章は勿論、多少色などは違うが、基本デザインは志咲の物とよく似ており違和感は無かった。
雅曰く、志咲と靖旺学院は姉妹校のような物なので、デザインもかけ離れた物にならないよう意識されたのだとか。
俺は靖旺の見慣れぬ校章を眺めていると、装甲車はラーヴェンツへと入町した。
「凄いな…」
それは町、と言って良いのだろうか。
俺達が乗る装甲車を迎える門ですら志咲の数倍はある。
しかも、なにより厳重だ。幾つもロックを解除し、重厚な扉が何枚も開かれゆっくりと装甲車が進んで行く。
おそらく、現在いる場所は志咲で言う所の旅装基地だろう。
だが志咲きと比べとにかく広い。
何処まで続いているのかと思う程にアスファルトの地面が広がり、遠くには監守塔含めた何かの建物が幾つも立ち並んでいる。
すぐ近くには俺達が乗っている装甲車と縦走車が数十台止まっていた。
見たことも無い砲身が付いた車や、大きなアンテナのような物を積んだ車まで見える。
志咲でも見覚えがあるような形の武装車でも、その大きさや装備の各が遥かに違う。
志咲の武装車は7.92mmの機関砲を装備しているが、あの車両は20mm以上の物を装備しているようだ。
仕事の一環で武装車を個人所有している人に触らせて貰ったことがある手前、興味が沸いて来る。
興奮して飛びはねるルゼを抑えつつも、内心は俺もこの光景に圧倒されていた。
「ルゼさん。先程のお話ちゃんと覚えていますか?」
装甲車を降りる前に雅がルゼに確認を取る。
先程の話と言うのは、ルゼの立ち振る舞いについてだ。
ヴェロニカの様子を見るに、ルゼがファインドだと言う事は気づかれていないようだった。
ヴェロニカ達が着いた頃にはルゼはウリエスも翼も使っていなかった。
雅はそれを強みだと言い。
ルゼは予定通り、いざと言う時の切り札として正体を隠す事にしたのだ。
形式上は俺が設定した通り、雅のお世話係だ。
「うん、ちゃんとお世話してあげる」
「あ、ありがとうございます…。でもそれはそれはあくまでも、ふりですからね?」
本当に大丈夫なのかとも思うが、案外こいつは人の話を聞いてたりする。
下手な事はしないだろう。と俺が他人事かのように雅とルゼを傍観しているとヴェロニカが姿を見せた。
「長旅ご苦労だったな。ここにいる皆は私について来て欲しい。怪我人は先にシエル大病院へと搬送させてもらう。場所は後で君達に連絡しよう。流石に対ibs用の装備は此方で預かっておくが、他の嵩張る荷物は君達の宿泊予定にあるホテルへと先に送っておく」
「はい、何から何までありがとうございます。助かります」
雅が一礼する。
ヴェロニカは気にするなと笑うと、俺達を先導して先に歩く。
やはり悪い人には見えない。
周りには俺達を囲んでリデルメントを持った兵士が付いて来る。
多少の息苦しさはあるが、これぐらいは当然の措置だろう。
此方も雅のテスタメントと、警護隊のハンドガンの所持は認めて貰えたのだ。
まぁ、ルゼと菜乃のテスタメントもこっそり持っている訳だし、文句を言える立場ではない。
俺が回りに目配せしていると、前方に白い着物を着た女性と、その左右に一見黒い制服を着た少女四人の姿があった。
それを目を細くして観察していると、上着の装飾からしてヴェロニカの軍服に近い物だとわかる。
菜乃がそっと俺に耳打ちする。
「彼女達の内、二人が腰に差してるのは剣のようですね…雅さんをノした人と同じ武器でしょうか…」
菜乃まで雅の事をディスり始めたと知ったら、雅は本気で泣くかもしれないな。
「確か刀のテスタメントと言っていたな…鞘で刀身の形状がわからんが…ああいったリデルメントもある訳か」
着物の女性にヴェロニカが敬礼する。
「楓様。ご報告の通り靖旺から来た四旺雅女史をお連れしました」
ヴェロニカの言葉を受けると、楓と呼ばれた着物の女性は微笑んだ。
「ご苦労様ですヴェロニカ。後は私が引き継ぎます」
「ハッ」
楓は端的にそう告げると、ヴェロニカは敬礼をして下がる
「機会があればまた会おう」
そして俺達にそう継げると、周りの兵士と一緒にどこかへ行ってしまった。
それを見届ける暇も無く、着物の女性が俺達に声を掛ける。
「ようこそおいで下さいました。私の名前は天笠楓。黒陽ゆり様の秘書を勤めております」
綺麗な黒髪を後ろで縫いとめ、穏やかな言葉使いや仕草、そして白を貴重とした鮮やかな着物。
歳はそこそこいってそうだが、所謂和風美人と言う奴だ。
ヴェロニカとはまた違ったジャンルの美人さんである。
「私は四旺家の長女、四旺雅です。今回は我々の窮地を救っていただきありがとうございました。まずはお礼を言わせてください」
「はい。ヴェロニカから大体の事は聞いています。大変でしたね…。怪我をした人達はラーヴェンツが責任を持って治療致しますのでご安心下さい」
そう言って楓は淑やかに微笑む。
なんだ。ヴェロニカといい、皆普通じゃないか。
普通所かめちゃくちゃ良い人達だぞ。
てっきり邪険にはされなくとも、もっと事務的に扱われるのを想像していたのだが、
今の所の印象は実に好意的な人達に思える。
「長旅の後で疲れているとは思いますが…早速、黒陽ゆり様にお会いしていただきます。車を用意してありますので、どうぞ此方に」
俺達はそのまま楓に案内されると、乗ってきた物よりは小さいが装甲車に似た車が用意されていた。
中は向かい合うように席が配置されており、楓も含めて俺達はそこに座る。
先程楓の近くにいた少女達は別の車両で付いて来るようだ。
一応俺達は武器を所持しているのに、楓一人とこの距離感で良いのだろうか。
「わぁ、ヤマト! なんか町がすっごい綺麗だよ!」
「ったく。お子様が…。景色一つではしゃぐんじゃなおおおおおおっっっ、これは凄い! なんだあの建物!?」
車が基地を出て暫く走ると、遠くに街が見えてきた
建物の雰囲気は、志咲のレーウェン地区に似ており石とレンガ作りの家が多い。
だがその造詣は、ここからでも細部まで拘っている事がよくわかる。
屋根の形だけ見れば教会か城かと見間違えるかもしれない。
それが住宅街のように立ち並んでいるのだから教会では無いと思うのだが、実際はどうなのだろうか。
さらに遠くをに目を凝らすと、まるで光り輝く巨大な鏡の周りに、巨大な柱を何個も置いたかのような近未来的な施設も見える。
ルゼと夢中に風景を眺めていると楓が説明を始める。
「あれは、アーヘン式の建物です。ラーヴェンツでは中央区以外の建物は基本アーヘン式で作られています。世界が一度滅んだ今、文化や人種は一つの町に複合する事になりましたが、このラーヴェンツの町並みは基本的には一つの文化で揃えられています」
「すっごーい、ヤマトの町とは大違いだねぇ!」
「靖旺にはああいった建物は無いのですか?」
「ん? 靖旺じゃなくて私がいがっ――んんっ―――ん―っ!」
あっぶねぇっ、ルゼが志咲の名を出す前に口を押さえてれて良かった。
こいつ人の話聞いてないように見えてやっぱ聞いてねぇ!
「天笠さんに生意気な口聞いちゃ駄目だろぉおお? 俺達は雅お嬢様の、た、だ、の付き添いなんだからなぁ」
「ん――な―なにすんのっ!」
「俺達のような下っ端は、お嬢様の許可無く口を開く事を許されていないんだ。わかるな?」
「え、ヤマトもさっき思いっきしはしゃいでたじゃん」
「それはあれだ。俺は一日に三回まではしゃいで良い許可をお嬢様から貰っているからな。この感動を表現できるのも後二回しかないんだ」
「えぇ~。ヤマトだけずるい。私も表現の自由が欲しいよ…」
「ならお前もお嬢様に認めて貰えるよう。血反吐を吐いて頑張るんだな」
俺の言葉を聞くと、ルゼはちぇーっと言いながらまた窓に張り付く。
それを見た楓が悲しそうな目でルゼを見ると、少し開けてあげるから落ちない様にね。と窓を開けてやっていた。
今やルゼはラーヴェンツの風と共に風景を静かに楽しんでいる。
「四旺さん。その…他所の主従関係について口を出したくは無いのですが…もう少し慈悲をあげてもいいんじゃないでしょうか…」
楓が雅に切なそうな顔でそう言った。
「えっ…あ、はい………」
雅はそれを聞いて。肩を震わせながら小さく返事をするのであった。
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