第14話 真意の行方



しばらく車が走っていると巨大なビル郡が見えてきた。

そろそろ規模の大きさからラーヴェンツを志咲と同じ町と呼ぶには違和感が出てきた所だ。


「それでは、ある程度の事は私から話しておきましょうか」


今まで車から見える建物などの解説をしていた楓が空気を切り替えた。

景色を見ていたルゼも珍しく空気を呼んだのか座席に座りなおす。


「皆さんが泊まる宿などはまた後ほど細かくお伝え致します。今は黒陽の貴方達に対する方針を話しておきます」


黒陽。今までの空気からすかっり忘れていたが、その話が初めて出される事に少し緊張する。


「まず、我々からは貴方達に危害は加えるつもりはありません。むしろ貴方達を歓迎しています。勿論それは理由があっての事ですが、その理由はゆり様から直接お聞きください。そして黒の書ですが、確かに靖旺の黒の書は黒陽が所持しています」


いきなり本題をぶち込んできた。

雅の顔が少し険しくなる。


「それは靖旺から奪った。と言う事で良いんですね?」


雅も直球で質問する。

ラーヴェンツが黒の書を奪った事への言質は取れていないからだ。

やはり、そこは白黒付けておきたいのだろう。


「はい。我々の組織の方が靖旺から奪いました。それに対して報復したいと言うのであればそれも歓迎しますが。貴方達がラーヴェンツ、ひいては黒陽家に牙を向いたその時は覚悟をしていただく。と言うことになります」

「報復を歓迎と来ましたか…。物騒な事をしようだなんて我々は勿論、靖旺も思ってはいません。報復と言う形でなくとも、いずれその借りは返したいとは思いますがね…」


雅の借りは返すの部分は本音だろう。

靖旺が実際どう思っているのかまでは読めないが、リデルメントの存在を見た後では馬鹿な事は考えられなくなるだろうな。


「なるほど、それは助かります。私は黒陽家の人達とは違って争い事は苦手ですから…あ、これは内緒にしといてくださいね」


楓が、いたずらっぽく微笑む。

どうやら黒陽家に関わる全員が戦闘狂と言うわけでも無いようだ。


「それと、四旺様の短期留学ですが、急なことで留学生用カリキュラムがまともに組めていなく申し訳ないのですが…。とりあえずは、今日を含め21日後に行われるシエル学院の実力試験への参加を目標にして貰います。期間は問題ありませんか?」

「滞在期間は事前にお話していた通り問題ありません。実力試験と言うのは一体…」

「実力試験は単純に、学院全体での個々の実力を図る試験です。本来はマナの感応訓練を突破し、それまでの戦闘訓練において上位の者だけが参加できる。言わば学内での最強を決める大会のような物ですね。四旺様の場合はマナの感応訓練は必要ないので、戦闘訓練にて優秀な成績を収め上位を狙っていただきます。座学での授業内容は、此方で実際にシエル学院で習う事を纏めた参考書を用意してあります。一応筆記も実力試験参加への材料となるのですが、今回四旺様には戦闘訓練の結果のみで判断させていただきます」


戦闘訓練…雅の実力は確かだが、それはあくまで、俺達の中での評価だ。

訓練内容がどんな物かにもよるが、厳しい条件になるかもしれない。

ただ、筆記が免除と言う所はかなり温情に感じるが…。

もし戦闘訓練で上位にならなければどうなるのか。


「わかりました。ようするにシエル学院の一位となれば良いんですね?」

「なっ…一位ってお前」


雅は臆する事なく即答する。

それを聞いた菜乃とルゼまでも少し驚いているようだった。


「ここに来たのは単純に学びに来た訳じゃありませんから。力を示せと言われれば示すまでです。最初からそういう話でしょう?」


雅の真っ直ぐな視線を受け止めた楓は少し目を見開いた後、微笑んだ。


「…これはこれは、思っていた以上に、ゆり様が好まれるお方ですね。その通り、簡単な話です。黒陽は力が見たいのです。今回ラーヴェンツにわざわざ留学を申し出た四旺の時期家元。その実力が見たいのです。勿論、今後の為にも今回の留学と言うこの形自体も、ラーヴェンツは大事にしておりますが」

「今後の為?」

「それも、ゆり様からのお話でわかる事です。さぁ、そろそろ着きます。あのビルが、現在ゆり様がおられる場所です」


窓の外を見ると、いつの間にか摩天楼の中で一番高いビルへと近づいていた。



―――――――――――――――

――――――



デカイ、この町に来て最初に思った事はそれだった。

町もビルも志咲の物と比べて遥かに大きい。

今乗っているエレベータでさえ、楓を含めた俺達全員が乗っても余裕がある程に広かった。

そしてそのエレベーターが鉄の箱とは思えない速さでビルの上へと上っていく。

あっと言う間に150階に辿り付き、それより上は何階かわからないようにする為か階数のパネル表示がなくなっていた。


「ではこちらへ」


エレベーターが止まり、扉が開いた後に楓が先導して歩き出す。

外からコントロールしているのか、どうやら開のボタンを押していなくて良いようだ。

俺達が降りたエレベーターホールは階下の装いとは異なっており和の装飾がなされていた。

脇には達筆な掛け軸と、侍が着ていたと言われる鎧が飾ってある。

一階のビジネスチックな雰囲気と比べると、特別な階だということが伝わってくる。


「あの部屋にゆり様がおられます。その前に私個人からのご忠告を」


少し進むと大きな木製の扉があった。

楓が扉に近づく前に俺達に向き直り口を開く。


「皆様なら心配はないと思いますが、何を言われても、おかしな事は考えないください」


楓の言葉に皆が少し怪訝な顔をする。

おかしな事をするな。と言うのはわかるのだが、何を言われても、とはどう言うことか。


「中にはゆり様以外、護衛すらもいません。決して挑発に乗ってゆり様と力で対峙しようとは思わないことです。ゆり様の容認の下ならば皆様が何をしようと私達はそれを罰する事はありませんが。穏便にお願い致します。これは皆様の為の忠告です」

「私達の為ですか」


個人の忠告、と前置きした割にはごく普通の忠告に思える。

それを雅も思ったのか言葉の意味を探る。


「私はあの方達より強い人を見たことがありません。例えばですが、皆様から預かっている重火器を装備し、百人で囲んだとしても傷一つ付ける事はできないと思ってください」


つまり黒陽ゆりと戦うのは危険だ。いや、俺達では勝てない。と言いたいのだろう。

百人とは大きく出たな。と思ったが、楓が冗談を言っている様には見えない。

百人程度ならば、ルゼならなんとかなりそうなイメージもあるが実際はどうだろうか…。


「では、行きますね」


コンコンと楓が扉をノックする。


「ゆり様、靖旺の方達をお連れ致しました」


楓が今まで通り落ち着いた様子で扉越しに伝える。


「入りなさい」


それに対してすぐに返答がなされた。

声色だけですら威厳のある女性といった印象だ。

中に入ると広い社長室のような部屋だった。その奥に綺麗な黒髪長髪の女性が座っている。

歳は佳代さんと同じくらいだろうか。

佳代さんと同じようなスーツ姿だがまるで物が違う。

鋭い目つきも相まって、想像していた以上の厳格な雰囲気を漂わせている。

少しはあの人にも見習って欲しい。


「ようこそ。私が黒陽家家元、黒陽ゆりです。この度は遠い所出向いて頂き感謝致します」

「こちらこそ、今回は私の短期留学と言う提案を受けていただき感謝しております」


雅が頭を下げる。ゆりも怖そうなイメージはあるが今の所は丁寧に対応してくれている。


「貴方は…」


ゆりが少し固まったように見えた。視線の先には菜乃がいるように見えるが…。

もしかして菜乃の正体がバレたか…?

いや、そもそも正体がバレていてもおかしくはないのだ。

菜乃は雅と違って、志咲で神野崎の名を隠していた訳ではなかった。

俺が殆ど学校に行っていない為と、菜乃も普段はファインドにしか処理できない仕事に従事していて、今ままで学校で会うことは無かったが、

話によると、他の生徒達にとって菜乃が学院長の娘だと言う事は周知の事実らしい。

特別会長、と言う肩書きも学校にいられない時が多く、そういった役職名になったのだとか。

これが引き篭もりの弊害か。と思いつつも雅にこの事を伝えると、バレたらバレたで考えがある。との事だが…。



「……」


菜乃に何かを言うのかと思いきや、ゆりはそのまま雅に視線を戻す。

ルゼには目もくれない辺り、菜乃を雅の姉妹とでも思ったのだろうか。


「貴方の申し出には久しぶりに驚きましたよ。今まで回りくどいやり方で我々の力を探ろうとする輩はいましたが、このような形で我々に接触してくる方は初めてです」

「そうなのですか? ここまで大きく発展した町なのです。過去の偉業も考えれば、似たような申請はいくつもあってよさそうですが」

「ええ。貿易や、テスタメントの共同研究。あらゆる理由を付けて数多くの申し出がありましたが。ここ最近ではそういった交流はしておりません。貴方のように、我々に益をもたらす物だとは思えませんでしたから」


雅の予想通りだ。この人らは他の町など眼中に無いのだろう。


「なるほど、やはり黒陽家にとっても黒の書には価値がある。と言う事ですか」


今回雅がもたらした益とは勿論、黒の書の事だろう。

そして問題は黒陽が黒の書で何をしようとしているのか。


「その通り、我々にとって黒の書はある目的を達成する為に必要な物でした。今は貴方達に近い目的で回収をしています」

「既に目的を…?」

「四旺は、黒の書を正体をなんだと思っているのですか?」


雅は予想していなかったゆりの言葉に少し息を呑む


「…我々は、黒の書はibsの転移装置のような物だと考えています。空間のマナ同士を繋げて物体を呼び寄せる物だと言うのが今の見解です」


雅は俺達にも説明したように正直に答えた。

それに対してゆりは表情を変えない。


「なるほど…四旺もそれなりの力はあるようですね。確かに、その認識でも間違ってはいないかもしれません」


やけに含みのある言い方をする。

そう言うからには黒陽の見解は少し違った物なのだろう。

雅も素直にゆりに質問を返す。


「黒陽は黒の書についてどうお考えなのでしょうか」

「我々はこれを鍵と見ています」

「鍵…?」

「過去のibs掃討作戦時、この大陸のibsは粗方片付けました。そして今も我々はibsを掃討し続けています。なのにibsは一定の数から減る様子は無い。むしろ最近では増え続けている。転移して来るにしても、過去の対戦兵器が無尽蔵に沸いて来るなどおかしいとは思いませんか?」


確かに、ibsが大昔の戦争の名残と言うならば、それがいつになっても消えないのはおかしい。どこかに生産工場でもない限り……――――まさか。


「ibsには今も発生源がある。過去の残り香などではなく現在も生み出され続けている」


ゆりが冷淡に告げる。それが本当ならば、人類は一生、いつ転移してくるかもわからないibsに怯えながら暮らすしかない。


「それを繋ぐのが黒の書だと言うのですか…? ですが大量にibsを生み出せる施設など世界の何処にも…格大陸にある町が気づく筈です」


雅の言う通り、そんな大規模な物があれば流石に誰かが気づくと思いたい…それに何故最近になってibsの発生が活発したのかが気になる。

……可能性があるとしたら。


「何処かの町が…」


自分でありえない事だと思いながらも、どこか納得の行ってしまった考えに声に出てしまう。

ゆりは俺の小さな呟きを聞き取っていた。


「ほう…まさか、そちら側からその考えが出るとは思ってはいませんでした」


ゆりが俺を見ながら少し微笑んだ気がした。

気がした。程度なので実際には気のせいか苦笑だったのかもしれない。


「ibsの発生源、そんな物があれば即座に叩き潰されている。だがibsの発生が止まない以上は何処かにそれがあると言う事。いずれかの町がそれに関与している可能性もある」


ゆりの考えを聞いた雅と菜乃は動揺を隠せない。


「それは極論なのでは…」


今まで黙っていた菜乃も思わずゆりに意見する。


「確かに、町が隠蔽していると言った考えはただの邪推です。ですが黒の書がibs発生の謎を解く鍵だと確信している。これは我々の当初の目的の研究の副産物から得た結果ですが」

「当初の目的とはなんでしょうか」


先程も言っていたな。これに対しても雅は素直に質問する。

そもそも黒陽家の真の意図をまだ聞いていない。


「それに関しては、貴方が見込み通りの方ならば近い内にお見せする事になる。今はそのついでに得た結果について話しましょう」


雅の問いに答えたゆりは、少しだけ笑った気がした。

どうもこの人の表情は読み取りにくい。


「研究で得た物。それはマナ特性の読み取り。マナには属性以外にも特性がある。それは空間に干渉したり、物質に干渉したりと千差万別、その観察は原子レベルまでに至り、転移に使用する為のマナ特性の割り出しにも成功している。そして勿論、黒の書のマナも解析しました。ですが、黒の書のマナ特性は明らかに転移が可能な物ではなかった」


…どういう事だ?

とりあえず、黒の書では転移ができないって事なのか?

じゃあ、なんでibsは現れるんだ。


「黒の書自体には物体を持ち出す力は無い。ならば黒の書を基点として向こう側から送られている事になる。しかし我々の研究も発展途上です。まだ解析し切れていない物も多くある。ですが、今の所、黒の書はそこに繋がる鍵として見ています」


ibsの発生源、それさえわかれば世界がibsに怯える事も無くなる。

だがこの話を無条件で信じて良いのだろうか。

雅の表情を見ると、予想に反して案外平静に見えた。


「なるほど、黒陽が黒の書をどう見ているのかはわかりました。それで、私達が持ち込んだ黒の書もお渡しすれば、ibs攻略の発展になると見て良いんですか?」

「勿論、サンプルは多い方が良い。我々がibsの巣を潰せば靖旺の為にもなるのは確かですが…タダで渡すつもりは無いのでしょう?」


ゆりは今度ははっきりと笑みを見せた。

どうやら雅と言う人間を理解しているようだ。


「黒の書はこのままお渡しします。ですがそれに条件を付けさせて下さい」

「ほう、なんですか」

「私が、21日後の実力試験で一位となった時は、研究結果を四旺にも提供し、可能な限り協力して欲しいのです」


これは予想外だ。雅は黒の書を取り返す事に固執していたように見えたが、それを黒陽に譲渡するとは。

もしゆりの話が本当ならば、黒陽家に任せるのも一つの手ではあるかもしれないが…。

前提問題に黒陽家をどこまで信用していいのかわからないぞ…。


「フ…いいでしょう。元から貴方が力を示せば黒の書は返還するつもりでした。まさか我々に協力しろとは、予想外でしたが面白い。これはこの町最後の良い催しとなりそうです」

「最後?」


今回は雅も純粋に意図が読めない。近い内にお祭り事禁止令でも発足する気か?



「そう、もう少しでラーヴェンツと言う『町』は消える。私はこの町を国として昇華させ、格大陸に建国を宣言します」



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