第12話 無数の力



「ふぅ、やっと下まで降りられたか…」


全員甲接機で降りた後、俺は辺りを見渡す。

見渡す限り岩だらけ、ここから反対側まで歩いて、また逆側の崖を上らないといけない事を考えると憂鬱になってくる。


「大和君、神野崎さん、ルゼ殿、お疲れ様。私達は辺りの警戒と、上りやすそうな場所を見つけてくる。それまでの間ここで休んでおいてくれ」


何故ルゼの呼び方がそれなのか少し気になるが、リカルドの言葉に甘え少し休息を取る事にする。

ロープに体を固定して降りていただけなのだが、それが数時間ともなると流石に体に響いてくる。俺は一息ついて岩に腰を掛けた。


「先輩はだらしないですねぇ。私はまだ全然余裕ですよっ?」

「雅はいつでも明るいなぁ。下着の色と一緒で」

「なっ、はっ!?  ちょっ…見えてたんですか…!? というか見たんですか先輩っ!?」

「わ、私もスカートの方が良かったかな…」


騒がしい雅と、ぶつぶつ呪詛を呟いている菜乃に気をとられてちっとも休息が取れない。

そこらへんの岩を砕いて遊んでいるルゼを少しは見習って欲しい物だ。


「と言うかルゼさんっ! 人より大きい岩を軽々と素手で砕くのを辞めてくださいっ! ここは一応、重要未踏区域なんですよっ!? しかも貴方の事は警護隊の方々にも詳しくは話していないので、崖下りといい、あまり常識離れした事は辞めて下さいっ!」

「なんかここらへん懐かしい感じがするんだよね。絶対来た事無いけど。なんか魔りょ、じゃなかった。マナも馴染むし」

「懐かしいと思う場所を破壊しないでくださいよ…。しかもどうやってマナを扱えばそんな事ができるんですか…」


全く、騒がしい連中だ。これから徒歩で長い旅が始まると言うのに無駄な体力をよく扱えるな。

俺が呆れて二人を見ていると、予想以上に早くリカルドが戻ってきた。


「お嬢様、崖上りに適したポイントを見つけたのですが…」

「どうしたんです?」


リカルドの顔には少し焦りが見える。


「それが…別の物も見つけてしまいまして…」

「ibsでもいたのですか?」

「いえ…とにかくアレは…見てもらった方がいいかと…」


リカルドの言葉通り俺達はその場に向かう。

ibs以外となると一体なんなんだろうか。


「あれは…そんなはずは…」


双眼鏡を覗き込む雅の顔が驚愕の表情へと変わって行く。

俺達は遠巻きにしかそれを見れないが、なんとなくはわかった。


「大和さん…あれって…」

「どう見ても、人工物だな…」


黒い大きな石碑だった。高さは六メートルといった所か。

それが崖下に鎮座している。

雅が双眼鏡を外すと、菜乃に手渡した。


「菜乃さん。あれがなんだかわかりますか?」


菜乃が双眼鏡を覗く。


「いえ…私も初めて見ました…。ですが何か文字が書いてありますね…あれが読めれば…」


ここからではよく見えないが、どうやら石碑には文字が書いてあるらしい。

だがそんな事よりも気になる事がある。


「雅。この渓谷って昨夜に出来たんだよな? なんであんな物があるんだ…?」


新しくできた渓谷の中に、明らかな建造物があるのはおかしいと思うのだが。


「古代の遺跡…とかでしょうか? でも…状態が良すぎる…近づいて調べてみる他ありませんね」

「お嬢様…危険では…」

「流石に見過ごせません。もしかしたら、この渓谷の正体がわかるかもしれませんし。どの道あの付近から上るのでしょう?」

「了解しました…。ではレイラのチームは引き続き周辺の警戒を、我々がお嬢様達を先導致します」



石碑まではしばらく歩いた。

というかこの渓谷が広すぎるのだ。

足元は岩だらけで不安定だし。こんな場所にモニュメントを建てた物好きは誰なんだと愚痴を言いたくなる。


「これは何の文字でしょうか…?」


菜乃が石碑の一面に書かれた文字を読もうとしたが、どうやら知らない言語のようだ。

あれ…?


「この文字、何処かで見たような…」

「エリーダ・レボル。これ全部名前だね」


俺がこの文字に既視感を感じていると、ルゼが文字を読み上げた。


「ルゼさん読めるんですか!?」


菜乃が隣に来たルゼに驚きの声を上げる。


「こ、これは一体何処の文字なんでしょうか…? 大抵の使われていた言語なら勉強したはずなんですが…」

「昔お世話係の人が教えてくれた文字の一つ。どこだったかは覚えてない」

「ルゼ、ちょっとこっち来い」

「ん?」


俺はルゼを皆から少し離れた場所に誘い耳打ちをする。


「なぁ…そういえばお前って、普通の文字は読めるのか? 普通の文字って言うか…学校で使ってた文字とか」

「読めないよ? あ、数字はわかるよ」

「お前ほとんど読めない癖に授業受けてたのかよっ。…ってまぁいい。それってお前の故郷がとんでもなく遠くにあるって事なんじゃないか…? 今や使用される言語は統一されてるって聞いてるぞ? あれ…でも言葉は俺と同じだもんな…」


授業で習った通りならば、この世界は遥か昔に言語が統一されたらしい。

しかしそれが辺境の地まで及んでいなかったとしたら。

つまりルゼは世界の決定事からも省かれる、とんでもなくド田舎から来たのではないだろうかと考える。


「さぁーどうなんだろうね」

「どうなんだろうね。って…お前は自分がどこから来たのか気にならないのか? 故郷がわからないってのも嫌だろ」

「うーーーん。ほとんど覚えてないって言うか…。ずっと一人で家にいただけだし、あんま興味ないかなぁ」

「…まぁ…お前がそう言うなら良いんだが…。既に色々と手遅れな気もするが、お前がどっから来たかもわからない人外幼女だとバレたらめんどうだ。何か聞かれたら覚えてないで通せ、こっちの文字の事は馬鹿だからわからないって言えばあの二人も納得するだろ」

「ちゃんと悪魔って言ってよ! ていうか馬鹿だから納得するってどういう意味? ねぇ、ねぇ」


「お二人ともどうかしたんですか?」


雅が心配そうに声を掛けてきた。

マスコミに詮索されるのも厄介だ。


「いや、なんでもない。文字の事はこれ以上覚えていないそうだ。しかしこの石碑は一体なんなんだろうなぁ」


俺が華麗に話題を逸らす。

雅が不審な眼差しを向けるが、俺から何も言う事は無いぞ。


「…慰霊碑」


すると俺達に構わず石碑を見続けていた菜乃が呟いた。


「この文字全部が名前だとすると、まるで慰霊碑みたいだな…って」


言われてみれば、大きな石版に無数の名前。

ここまでの物は見た事が無いが、まだ町の安全が完璧では無い頃にibsによって被害にあった人達の慰霊碑を本で見た事がある。

それに似ているような気もする。


「確かにそれっぽいが…。じゃあ、この渓谷で死んだ人達のって事か?」

「お、穏やかじゃありませんね…」

「とりあえずだ。我々に解読できないのならば後は調査隊にお任せしましょう。きっと分かれたチームが後数時間で志咲に連絡をしてくれる筈です。我々は先に進みましょう。流石に今日中には崖を上っておかなくては」


リカルドも石碑を眺めていたが、どうやらこれが何かはわからなかったようだ。

彼の言う通り、ここでこの石碑の事を考えていてもしょうがない。

俺達が石碑の事は諦め崖下に近づこうとすると、遠くから爆発音と共に微かに地面が揺れる。


「な、なんだっ!?」

「今のは対ibs用擲弾発射機の音だ。レイラ、何があったっ」


リカルドは冷静に無線機を取ると。

周辺警護に出ていた部隊長のレイラへと連絡を取る。


『隊―う―、―長。りゅ―が、―――た』


「どうしたレイラ、何があった? 」

『りゅ――ですっ! 木田と三原が――重症でうご―奴がそちらに―――』

「レイラッ、応答しろっ レイラッ!」


冷静だったリカルドに焦りの色が浮かぶ。

どうやら無線機も繋がらなくなったようだ。


「何があったんですかリカルド!?」


雅がリカルドに詰め寄る。


「わかりません。あいつらに何かがあったのは確かです。急いでここから離れます」

「レイラ達の部隊はどうするんですか!?」

「今は皆さんの安全を確保するのが優先です。敵の正体と数がわからない以上、いくらお嬢様といえど戦わせる訳には行きません」

「ですがっ」


「隊長……」


雅とリカルドが言い争う中、周辺を警戒していたリシトの声が届く。


「あれは…一体なんでしょうか…」


その隊員が空に指を向ける。

そこには渓谷から垣間見える大空、だけじゃない。

それは赤黒い巨大な亀裂が泳いでいるかのように見えた。

隊員と同じように俺も理解不能なその光景に呆気に取られる。


「黒い…オーロラ…?」

「あれはまずいっ ヤマトッ!!」

「え…」


亀裂が此方を見た様な気がした。

気がした。じゃない、見ている。あれには…目がついている。

気づいた時にはそれが間近まで迫っていた。

ibsなんかとは比べ物にはならない膨大な質量の塊が上空から襲い掛かって来る。


「ウリエスッ!」


ルゼがその巨大な塊を、空間から召還したウリエスで切り裂き、ソレは寸前で俺達の上空を掠めて行く。

後から迫って来た胴体が岩と地面を抉って行き、俺達はその破片を避ける為に身を屈め崖に張り付いた。

そう、ソレには体がある。目がある。口がある。

身近で見て分かった。

奴は…生物だ。

赤黒い甲殻で覆われた奴は、蛇のような動きで空を遊泳しだす。

まるであれは…。


「…龍」


リカルドがそう呟いた。

おとぎ話に出てくるような、神秘的な物には見えなかった。

全身が刺々しい鎧の様な甲殻。此方を敵視するような鈍く光る鋭い目。

どう見ても友好的な関係は築けそうに無い。


「まさか、龍型のibs……」


龍を見上げる雅に冷や汗が流れる。


「おいおい、あれもibsなのかっ!? どう見ても次元が違うだろっ!」

「一応、大昔に龍型のibsがいたとの情報があります…。それがあの龍と同じ物なのかはわかりませんが…」

「そんな事よりお嬢様っ、奴から逃げなければ全滅です!」

「逃げると言っても…。逃げ切れるのですか…」


どういう原理かわからないが、あの龍は自由に空を飛んでいる。

対する俺達は、この渓谷の中を一直線に逃げることしかできない。

先程見たスピードからして、とても逃げ切れるとは思えない。


「私がやるから、ヤマト達は逃げといて」


ルゼがウリエスを構えて前に出る。


「流石に皆さんを巻き込んで自分だけ逃げる訳には行きませんっ」

「ルゼさんだけでは危険です。私も戦いますっ」


雅と菜乃もそれに続く。

雅は菜乃から返却されていたテスタメント、カマイタチを戦闘状態へと変形させた。

菜乃もトライアドを変形させる。

それを見たリカルド達も一斉に装備を構える。

どうやらここで迎え撃つつもりのようだ。


「ルゼ、勝てるか?」

「勝てる。だけどさっき付けた傷がもう再生してる。ヤマト達を守りながらだとわからないかも」


その言葉に一同が息を飲むのがわかった。

先程の一太刀を見た後では、この小柄の少女が嘘を言っているとは思えなかったからだ。

むしろ下手をすればルゼの足を引っ張る事となる。

皆がそう感じる程に、ウリエスを装備したルゼの存在は大きく見える。


「なら…ルゼさん。皆さんは私が守ります」

「私も、此方に飛んできた破片を刻む程度ならば…リカルド達は隙を見て援護を」

「了解。総員AIGを装備。対ibs用装備が奴に効くのかわからんが…いつでも発射できるようにしておけ」


皆が戦闘態勢に入る。

それと同時に龍が此方めがけて急降下を始めた。


「ヤマト、また羽使うからねっ」


ルゼは大きく広げた翼を使う前に俺に確認する。

志咲でのibs戦闘後に俺が、あまり翼は人に見せるなよ。と言った事を律儀にも気にしているようだ。


「ああ、お前の好きにしろ。俺達の事は気にしなくていい」

「ん」


バサリと翼を羽ばたかせると、ルゼの姿はそこには無かった。

急激なスピードで龍へと接近する。


龍はルゼが眼前に近づくと、

渓谷を揺らす程の大きな咆哮と共に口を開いた。

そこに無数に生えた鋭利な牙がルゼへと迫る。

だがそれをルゼは寸前で交わすと、

次の瞬間には、龍の体に一太刀を浴びせていた。


「グゥウウウゥゥォ―――」


龍の低い叫びがこだまする。

ウリエスの炎熱効果によって龍の胴体からは煙が上がっていた。


「とんでも無くデカイが…ルゼの攻撃はダメージが入ってるみたいだな…」


後ろに飛び越えて行ったルゼを、龍の頭が追いかける。

それと同時に、龍の尾がルゼに目掛けて振り下ろされた。


「おわっとっ」


頭に気をとられていたルゼはギリギリで尾を避ける。

振り下ろされた尾の先には崖があり、その岩肌を砕いていく。

そしてその破片は容赦なく此方に向かって降り注いできた。


「皆さん、その場から動かないでくださいっ!」


菜乃がトライアドを構えると、俺達の真上を覆うように氷の屋根が生成される。

雅は凄まじい速さで飛び出すと、氷に直撃しそうな大きな岩だけを切り刻んでいった。

おかげで此方に飛んでくる細かな岩は問題なく、全て弾かれていく。

その最中にも、龍は頭をルゼに向きに合わせ、その大きな口を開くと炎が吐き出された。


「ウリエスッ 頑張ってっ!」


ルゼがウリエスを降るい炎を呼び起こす。

その炎が龍の炎とぶつかると、激しい爆風が一面に広がった。

両者の付近にある岩は熱により所々溶岩と化し、

その熱量は俺達がいる崖下まで伝わってきた。


「あつっ、あつつっ、菜乃さん私も入れてくださいぃ~」


暑さに耐え切れなくなった雅が、菜乃製氷壁ハウスまですぐさま避難する。


「これは…尋常じゃないですねぇ…。完全に怪獣大決戦ですよ…」

「あそこまで上空だと我々の装備では届きませんな…」

「だからってこっちまで来られても困りますがね…」

「おい、お前がそういう事言うからこっち来たぞ!」


龍はルゼを無視して此方に向かって来ていた。

ここまで距離はあるが、口を開いた時点で何をやろうとしているか嫌でも理解してしまう。


「先輩、私のせいじゃないですからねっ!?」

「ブレスが来るぞっ」

「皆さんっできる限り私の元へ一箇所にっ!!」


龍の口から炎が吹き出る。

菜乃は氷壁で完全に俺達を覆いこんだ。


「ぐっ…うっ…」


氷壁の中と言えど凄まじい熱量が伝わってくる。

菜乃が氷にマナを送り続けて生成を繰り返す。だがこれでも耐え切れるのかと不安がよぎる。


「あれ…? 止まった…?」


顔を上げると炎は止まっていた。

なんとか防ぎきったのだろうか。

それともルゼが止めてくれたのかと、氷越しから龍の姿を確認すると。


「うおっ!?」


そのまま龍が俺達の真上を通過して行く。

ルゼがそれを追いかけながら、右手に赤黒い光を集中させる。

そして光の塊を生成すると、それを龍に向け放った。


光は見事龍の頭に直撃した。

その爆発規模から、誰もが龍の頭が吹き飛んだ光景を想像したが。

耳鳴りのような奇怪な音が辺りに響き、煙から姿を現した龍の頭は傷が付いた程度だった。

しかもその傷は既に再生を始めている。

その龍の姿にルゼが始めて驚きの表情を見せた。


「あれって……魔力防護…。魔力じゃあいつ殺せないのか…」


ルゼは左手を掲げると、四本の巨大な血晶を作り出す。


「でも、ダメージが無いって訳じゃないね」


ルゼが腕を振り下ろすと血晶は龍の胴体目掛けて飛んで行く。

血晶の先端が龍に触れると不自然に砕けて行くが、砕ける前にその質量で無理やり龍を吹き飛ばした。


「ルゼッ、やったのか?」


ルゼが此方へと降りてくる。

氷壁は既に崩れ、俺はルゼの元に駆け寄った。


「まだ。ちょっと厄介…魔力があんま効かない。しかもウリエスの炎だと、あいつも炎属性だから再生を手助けしちゃう。そのまま切ってもあんまり切れないし」

「えーっと。つまり…相性が悪くて決め手が無いって事か?」

「いや、殺せるけど少し時間が掛かる。それがヤマト達を守りながらだと難しいかなぁ…なんかあれ、ヤマト達狙ってるっぽいし」

「なんで俺達を……」

「さぁ…? 昔ヤマトが龍の子でもいじめたんじゃないのぉ? 私にいつもしてるみたいにっ」

「は? 俺がいつお前の事いじめ……」

「お? 心当たりでもありましたかな?」


勿論そんなわけは無い。俺は山中に家がある分、動物愛護の精神は人一倍あるつもりだ。

だが、今はそんな事はどうでもいい。

問題はルゼの後ろにある石碑だ。


「どうして、無傷なんだ…?」


散々龍が暴れまくって瓦礫がわんさか飛んでいた割に、石碑とその周りは何事も無かったように綺麗だ。

気になる所と言えば。一定の距離を置いたその周りだけが焼け焦げている。


「ルゼ、あの石碑から何か感じるか?」

「石碑…? あれ…結構な魔りょ、マナの痕跡を感じる。あれは防壁かな…? 危険な時に発動するみたい」

「防壁…って事は守っているって事だよな…? もしかして…龍が攻撃を辞めたのって…」


あの龍はこの石碑を守っている。

俺達を狙う理由は、単純にこの石碑の近くにいたからだ。

多分だが、先程炎のブレスを中断したのも、炎が防壁を突破し石碑を傷つける恐れがあったからでは…。


「龍が慰霊碑を守る…? そもそもあれは本当に慰霊碑なのか…?」

「ヤマト?」

「とにかくだ。奴があの石碑を守っているなら俺達がここから離れれば良いだけの話だ。それだけで奴の気が治まればいいんだが…」

「遠くで見張ってたお姉ちゃん達はやられちゃったんでしょ? 一度攻撃したらずっと怒ってそうだけど」

「そうだな……。じゃあいっそあれを破壊してみるか」

「あれってお墓なんでしょ? ヤマトって悪魔かなんかなの?」

「墓とは微妙に違う。それと勝負事で相手が嫌がる行為をするのはセオリーだぞ」


菜乃も既に属性マナを使い切ってしまい、先ほどの攻撃が来たら防げないとのことだ。

ならば、ここに留まる理由はいずれにしろ無い。


「俺達は邪魔にならないよう逃げる。もしルゼを無視して此方を狙うようならば、その石碑は破壊してやれ」

「ん、わかった。まぁ、できるだけそっちには行かせないようにするよ」


俺達は龍が吹き飛んだ反対側へと走る。

この場にはいてはルゼが全力を振るえない。


「あの図体で火属性とは…全く面倒な敵ですね…っ」


走りながら雅が愚痴を零す。

確か雅のテスタメントは火属性に弱い風だったか。


「そういえば、火に対して対抗する手段がある。って言ってなかったか? それは今使えないのか?」


菜乃との手合わせ後、確かそんな事を言っていた気がする。


「規模が大き過ぎますね…。一応火属性のマナを一瞬だけ軽減させる事は出来るのですが…何せ対人用の物ですので…」

「くっ…」

「菜乃!?」


菜乃が足を挫く、良く見ると顔色も悪い。


「大丈夫か!?」

「すいません…マナを使い過ぎた反動で少し体が…」

「そんな副作用があるのか…俺がおぶって行く。掴まれるか?」


菜乃を背負おうと向きを変えると、後ろの光景が嫌でも目に入る。

ルゼが龍を圧倒し地面にねじ伏せる。

ダメ押しと言わんばかりに、ルゼは赤黒の光を龍にぶち込んだ。

爆煙が上がり、その衝撃波が此方にも伝わってくる。

あんな物を廃施設の中で撃とうとしてたのかよ…。



「ぐっ、また耳鳴りか…さっきよりキツイな…」



衝撃と共に響くような高い音が耳を劈く。

この耳鳴りには覚えがある。先程もルゼが奴の頭にデカイ一撃をぶち当てた時にも鳴っていた。

いや…それ以外でも何処かで体験したような……。

だが今までの物とは何かが違う気がする…。


「違う…これは…。向こうから聞こえてくる……?」


これは音だ。耳鳴りじゃない。

この音は確実にルゼ達の方角から聞こえてきている。

しかも二つ、先程は距離の関係で反響して気づかなかった。

ここまで距離を離して初めてわかる。

音の発生源は二つある。

目を凝らしてそれが何かを確認しようとする。

何かが視界に映った途端。龍が煙から此方に向かって突撃を仕掛けてきた。


「やばっ! 死んだふりしてたっ!」


ルゼがウリエスで上空から斬りかかり尾を切断する。

それでも龍は止まらない。


「総員AIG構え! 撃てぇっ!!」


リカルド達警護隊が対ibs用擲弾発射機を構え、龍に向かって発射する。

それは見事、龍の頭と胴に全弾命中した。


「グゥゥォ――」


龍が唸り声を上げて動きを止める。雅が歓喜の声上げた。


「効いてるっ!」

「いえ、思ったより効果はありましたが怯んだ程度でしょう。既に再生が始まっている…。次弾装填急げっ、我々が時間を稼ぎます。お嬢様達は早く逃げて下さい!」

「雅、菜乃を頼む! リカルドさんっ、失礼します!」

「なにをっ」


俺はリカルドのバックパックから双眼鏡を拝借する。


龍の傷が完全に塞がる。

その瞬間にルゼは後方から血晶をぶち込み龍の動きを止める。


―――やはりそうだ。


「やっぱ、あんまり刺さらないかぁ…めんどうね…」

「ルゼッ! そこから石碑を壊るせかっ!?」

「はぁ? ヤマトはそんなにお墓壊したいのっ!? どんなけ嫌がらせが好きなのよっ!? こいつを大人しくさせた後でヤマトの名前でも掘っといてあげるわよっ!」

「良いからさっさと壊せっ! 崖を降りる時にお前が俺を馬鹿にした事はチャラにしてやるからっ!」

「まだ根に持ってたのっ!? もぉっ…わかったわよっ!」


ルゼの手に赤黒の光が収縮する。


「あの防壁のマナは物理防御も兼ねてるし…まぁこれで余裕でしょ」


ルゼの手からそれが放たれると、石碑の手前で見えない壁と衝突した。

だが一瞬の明滅の後に壁が砕かれる。

そして光に直撃した石碑は、無慈悲にも跡形もなく吹き飛んだ。


「ほらほら、壊してあげたよ。これで満足しまし…んんっ??」


「ゴァアアアアアアアアア―――」


ルゼがドヤ顔で此方を振り向くと。

明らかに様子がおかしい龍が目に入る。


「んー? んんっ? あれ…あの龍、魔力防護が無くなってない?」


顎に手を当て、悠長に観察するルゼに俺は叫ぶ。



「いいからさっさと殺っちまってくれぇ―――――っ!!」



そこからはまさに一方的だった。

ルゼが生み出す血の結晶は、先程とは違い龍の胴体へと深々と突き刺さる。

さらにウリエスで切り刻まれ身動きが取れなくなった龍の頭に、ゼロ距離から赤黒の光弾がお見舞いされた。

龍の頭は吹き飛び、グロテスクな断面が剥き出しとなる。

流石にあれだけしぶとかった龍も、ゆっくりと崩れ落ち事切れていく。


「どう見ても、ibsのような機械には見えないが…」

「あ、ヤマトグロいのだいじょーぶ?」

「あ、ああ…。まぁ流石にアレはな…鰻の断面図だと思えばな…。というか流石に疲れた…」


俺は地面に腰を下ろす。酷い目にあった。やばい、本気で帰りたい。

崖を下り、この岩場を全力で駆け抜けたお陰でかなり疲れている。

まぁ俺は他の皆と違って何もしていないのだが、俺はあくまで一般人なんだと言う事は主張したい。

もう黒陽家とかどうでもいいです。


「すまないが大和君…。レイラから通信が入った…まだ生きているようだ。ルゼ殿も連れて救出に向かいたい。それとこの渓谷の中でまた敵性対と会えば危険だ。想像もしたくないが…奴が一匹とは限らないし、すぐにでも渓谷を上がっておきたい」


「………りょ、了解」



―――――――――――――――

――――――



リカルドの言う通り、俺達は休む間も無く崖の中継地点へと上がっていく。

レイラの部隊は全員生きていた。だが二人が半身を焼けど、一人が足を打撲、レイラは左腕の骨と肋骨にヒビが入っていた。

応急処置もしたし命に別状は無いらしいが、焼けどはあまり放置できない。。

ルゼが俺を『上まで運んであげようかぁ?』と心配してくれたが、それは足を挫いた菜乃と警護隊の怪我人達に譲った。

菜乃がルゼに運ばれている中、悲鳴を上げているのを見てホッとしたなんて事は断じて無い。


「せんぱーい。ほんとに大丈夫ですかー?」


雅は俺が視姦する余裕が無いことに気づくと、

さっさと中継地点へと上がって行ってしまった。


「先輩妙な所では冷静なのに、こういう事では情けないですねぇ」

「雅、今はあんまりヤマト怒らせない方がいいよ」

「えぇ でも結局ルゼさんにも何もしてなかったじゃ無いですかぁ。あの人ができる事なんてスカートを覗くぐらいですよ」


雅が此方を馬鹿にしたような顔で上から見下ろしてくる。

いつもより控えめな声に、俺はそれが空元気に見えた。

警護隊の半数が怪我をしたのだ。

自分から提案した渓谷渡りで、昔からの付き合いだと言う人達がこんな状態となれば、心中穏やかではないのは確かだろう。


だが俺には関係ない。


「なるほど、確かに四旺は負けず嫌いなようだ。俺にパンツを見られたことが、相当悔しかったのだろう。だがそれは先に俺を挑発してきたお前が百理悪い。俺はその分の対価を貰ったに過ぎないのだから。それなのに、俺をスカートの覗き魔のようなその言い草は大変遺憾だ」


「へ?」


雅が何言ってんだこいつ。と此方を見つめる。


「お前は勘違いしている。その場でしか出来ないような事で相応な罰を与えられると思うか? 俺は相手が幸せの絶頂に上り詰めた時こそ、必ず報いを受けさせる。お前が忘れようとも、決して俺は忘れない。人生で一番不幸な出来事が起きた時、俺の顔を思いだすんだな」

「あ、あああ、悪魔ですかあの人は…なんで宙吊りになってる最中にあんな恐ろしい事が言えるんですか…。こ、このロープを切った方が世の為にも、良い気がしてました…」

「辞めいっ! お前は怪我人を増やす趣味でもあるのかっ!」

「ぐあっ……」

「ほら、あの人悪魔より悪魔だから平気で言うよ?」


雅に精神的ダメージを与えた後、俺はやっとの思いで中継地点に辿り付く。

後発の隊員もいるし、しばらく休憩してもいいだろう。


「それにしてもヤマト。よくあれが龍の媒体だってわかったね」

「そういえばっ。あの石碑を壊した後に、ルゼさんの攻撃がめっちゃ効くようになってましたが…どういう事なんです!?」


腰を下ろした俺の前に、すぐさまルゼと雅も腰を下ろす。

少しはゆっくりさせて欲しい。


「俺もよくわからん…。音がしてたんだ、あの龍と石碑から同時に。特にルゼから大きな一撃を貰った時に音は響いていた。それを何処かで聞いた事があると思ったんだが、ルゼが癇癪を起こした時に響く耳鳴りに似てたんだ」 

「癇癪って何」


媒体とかは知ってるのに。癇癪はわからないのか。

ちゃんとした意味を知ったら怒りそうだな。


「あー…。まぁとにかくルゼが怒ると、耳鳴りみたいな変な音がするんだよ。そんな縁起の悪そうな音が普通慰霊碑から出るのかと思ってな。それでよく見てみたら、あいつが攻撃をされた時、ほんの少し文字が光ってたんだ」

「縁起の悪そうって…。そもそも慰霊碑なら音事態が出ませんよ…。まぁそれでも、あの石碑が龍との因果関係があるとよくわかりましたね…」

「いや、少なくとも壊せばあいつにとってマイナスだろ。ぐらいに思ってただけで、あれが何かはまでは知らん」


石碑が光ってたらそりゃあ何かあるだろうと思う。

たまたまそれに気づけただけの話だ。

体が動くようになったのか、少し離れて話を聞いていた菜乃も、挫いた足を庇いながら此方に寄ってくる。


「媒体って聞こえましたが…。ルゼさんはあれが何かわかったんですか?」

「あれは多分、龍とマナを結び合わせてた。周辺のマナと石に溜められたマナを魔りょ、マナ防護にして龍に張ってたっぽい。ウリエスみたいな感じかな」

「なるほど…。つまりあの石碑が、龍にとってテスタメントのようなマナ変換機だった訳ですか…。一応あれも、ibsのような過去の対戦兵器って事でしょうか…?」

「どーでしょうねぇ…。昔から発見されて来た変わり種の敵は、全て新型のibsとして扱っています。もしかしたら、今までのも、今回のも、本物だったかも知れませんよっ?」

「本物だろうと、偽者だろうと、動いて襲ってくる以上は敵です。そろそろ崖上まで上りましょう」


隊員がすべて中継地点に上りきったようだ。リカルドが休憩の終わりを告げる。

後一回、甲接機を使えば渓谷から出られる。もう少しの辛抱だ。


「ナノ、また上まで運んであげようか?」

「い、いえ、私はもう体は動きますので他の方をお願いしますっ!」

「わ、私も、今度は遠慮します。痛みには慣れていますし、体は動きますから…。また簡易担架の彼らと、羽柴の荷物ををお願いします。あ、勿論、できるだけ揺らさないよう、慎重にしてやってくださいっ」


どうやら菜乃とレイラは、ルゼに運ばれたことがトラウマとなっているようだ。。

ルゼはレイラの言った通り羽柴が背負っていた大きなバックパックを背負い、半身を焼けどした二人、木田と三原が乗った担架を運ぶ係りだ。


最初に担架を運んだときは、猛スピードで中継地点まで到着し、

焼けどを負った二人が 『死神に連れ去られたかと思った』と顔を真っ青にしていたので二回目からはもっと慎重にお願いします。とレイラから頭を下げられていた。

おしい。死神じゃなくてそいつは悪魔だ。


「じゃあ、私は先に運んでおくねぇ」

「ルゼ殿、お、お願い致します…」


負傷者の木田が冷や汗をかきながらもルゼにお願いする。


「大丈夫なんですかねぇ。精神的に」


雅が心配そうにそれを見上げる。

ルゼが落とすとは思えないが、運ばれている者の心境はいかに。


「まぁ、後一歩ですので私達も行きましょうっ。あっ、今度はスカート覗かないで下さいねっ!」

「わかってるよ。もう見飽きたし」

「そんなにも見てたんですかっ!?」


実際はそこまで見ていない。

白だったのは確実だが、どうせならもう少し見ておけば良かった。

雅は俺を警戒してか、しっかりと足を閉じて甲接機で上がって行く。


「大和さんっ!!」


あまりにも悪ノリし過ぎたせいか。

菜乃が俺の名前を叫ぶ。

そういえば、菜乃は生徒会の会長だったな。

風紀を乱すような行ないには厳しいのかもしれない。


「後ろっ!!」


俺は咄嗟に振り向く。


そこには形容しがたい肉塊があった。

だがその巨大さと、肉に連なる長い胴を見て確信する。


龍は生きていた。

再生しきっていない剥き出しの筋繊維と肉に、眼球が付いている。

それは確実に俺へと視点を合わせた。

俺はってきり、あの石碑が龍を再生させていると思っていた。

だが奴の再生は魔力防護とは違い自前の能力だったのだ。

頭を吹き飛ばされてもなお、再生し続けるなんて勿論誰も予想できない。

ルゼは負傷者を運び既に崖上へと上がっている。

雅は上で甲接機に繋がったままだ。

リカルド達はAIGを既に解除している。ライフルを構えるがとても効くとは思えない。

菜乃もトライアドを変形させるがマナが回復しきっていない。


無理だ。

誰も対応できない。

生えかけのような、歪な牙が此方に迫る。

最初と比べると不揃いで不格好な牙でも、人間を噛み千切る事など造作も無いだろう。


――――案外早かったな。

どうせだったら…俺ももっと色恋に興じておけば良かった…。

その言葉とは裏腹に両親の顔を思い出す。


あぁ、そういえば……こんな顔だったっけ…。



「大和さんっ――――!」



菜乃の悲鳴と共に光が落ちた。

目に映ったのはの無数の一筋の光。

一瞬で目の前を覆いつくしたその光は、瞬く間に龍の甲殻を貫き、

微かな残光を残して消えていく。



音に気づいたのはその後だった。

崖上から、聞いた事も無い機械音のような音が鳴り続けている。


「グアアアアアアアアァッ――」


体に無数の穴を空けられた龍が堪らず距離を取った。


「撃ち方やめええ―っ! ベルクファウスト構えっ。奴は再生機能を持っている。 一気に木っ端微塵にしろっ!」


力強い女性の声がここまで聞こえて来る。

俺は崖上へと顔を向けるが、ここからでは何が起こっているのかわからない。


「て――――っ!!」


崖上から複数のミサイルのような物が放たれた。

それは真っ直ぐに龍へと飛翔し直撃すると。

凄まじい爆発が手負いの龍を容赦なく引きちぎる。


「ぐっ…」


俺は衝撃に身を屈め、顔を上げると。龍は原型を全く残していない焦げた何かと成り果て、底へと落ちていった。


俺はまた崖上へと目を向ける。

そこには、此方を心配そうに覗き込むルゼと。

見知らぬ白の軍服を着た女性が此方を見下ろしていた。


「大丈夫ですか!?」


菜乃が心配して駆け寄ってくる。

俺は今の出来事での身震いが収まらぬまま。

上から降りてくるロープを見つめていた。




――――――――――――――――

――――――




先程の龍を攻撃し、ロープを下ろした者の正体もわからぬまま。

俺達は甲接機に似た大きな機械で、菜乃達と共に崖上へと回収される。


そこには四旺や志咲の物とは違う、武装された装甲車のような物が多数並んでいた。

そしてその前には、複数の兵士達が黒いライフルのような物を此方に向けている。


「そんな…あれはテスタメント…!?」



菜乃が驚愕の声上げる。

菜乃と同じくテスタメントを所持する雅を見やると、その表情からは何も読み取れなかった。



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