第11話 渓谷超え
「選択肢は二択か…」
リカルドが全員を旅装車に招集したのち、作戦会議が行われる。
ラーヴェンツまで約半分と言うと所で、目の前に巨大な渓谷が現れると言う緊急事態。
ここからの位置だと、旅装車の装備では四旺家と神野崎家に対して連絡は行えないらしい。
つまり、引くか進むかは、俺達の判断に委ねられている。
「先程も言った通り、この渓谷はフィールドスコープで確認しても測定不能な所まで続いている。もし、この渓谷を迂回してラーヴェンツに行く場合、最低でも二日の遅れ、そして渓谷が大陸の端付近まで続いていた場合は四日以上の遅れとなるだろう」
リカルドがテーブルに広げられた地図を睨む。
四日ならば水も食料も持つらしいので、安全を期すならばこのまま戻るか、迂回してラーヴェンツを目指すべきだが…。
「黒陽家がそれに対して、どう反応するか…だな」
志咲の神野崎家と、靖旺の四旺に連絡が取れない以上、ここからではラーヴェンツの黒陽家へも連絡ができない。
迂回した場合は勿論、さらにラーヴェンツから距離が離れる事となる。
志咲に戻って、靖旺を介し、黒陽家へと今の現状を連絡する事も可能だが、それもラーヴェンツへと辿り着く遅延は間逃れない。
今の俺達の一番大きな懸念は、その遅れに対して、黒陽家がどう反応するかだ。
俺達が今の所認識している黒陽家の印象は、誰からの助力を必要とせず、強さを重んじる強者。
俺達が約束の期日に辿り着けなかった場合、それに対して黒陽家がどう対応するのか。
考え過ぎかもしれないが、黒陽家が俺達に会う価値は無いと判断する最悪の状況が頭によぎる。
「私は、この渓谷を西に超えて、徒歩でラーヴェンツへと行く事を提案します。渓谷超えと、野宿に必要な装備はありますし。渓谷を超えてしまえば、山岳地帯に入らずにラーヴェンツへと迎えます。その場合、徒歩でも期日通り、二日で到着する事が可能です」
雅が渓谷超えを提案する。
北西に広がる山岳地帯は、どれも巨大な物であり、旅装車でもそれを越えるのに時間を有する。
確かに、渓谷を超えてしまえば、かなりのショートカットになるのは事実だが…。
「危険じゃないのか?」
渓谷をどのようにして越えるのかは想像できないが、
それを抜きにしても、ibsに遭遇する可能性もある。
旅装車に装備されている。ibs用の探知機などは持ち運べる物でもないし。
徒歩で二日、と言うのはリスクが大きいんじゃないだろうか。
その懸念にリカルドが反応する。
「確かに、強固な装甲を持つ旅装車から降りれば、それだけ安全性は低くなる。だが、渓谷超えの装備は誰でも扱える物だし、ibsに関しては我々に任せてもらって構わない。数機なら我々警護隊だけで対処可能だ。奴らは群れを成す習性も無い。それに、あれ程のデカ物ならば接近するまでに気づけるだろう」
リカルドの言う通り、奴らはデカイ。今の所周りにもibsは確認されていないし、警戒していれば見落とす事はないのかもしれない。
そして警護隊の彼らは、ibsを倒す事に自信があるようだ。
しかも、こちらにはルゼと菜乃と雅の、三人のファインドがいる。
遭遇したとしても、容易にibsを瞬殺するルゼ達が想像できてしまう。
「まぁ…私としても、お嬢様の身の安全を優先したい所ではあるのだが…四旺家からは何があっても黒の書を奪還しろとのご命令が出ている…我々警護隊はお嬢様の意見に賛成している」
リカルドの強面がまたも皺を刻む、俺の中では苦労人のイメージが定着していた。
勝手に行動しがちな雅の護衛ってのも大変そうだよなぁ…。
「菜乃さんはどう思いますか? 勿論我々はこの件に関して強要はしません。警護隊四人は旅装車に残して、志咲への連絡役として戻って貰います。残りの八人は私と共にラーヴェンツへ。旅装車に残るかは、私達と共に行くかは、お任せ致します」
俺達が同伴しなくても、雅達はラーヴェンツに行く気らしい。
雅は自分が黒陽家へと話をつけた本人だからか、その意思は固いようだ。
だが二日で辿り着く、と言う事は、野宿を二回する事になる。
それが二回だけ、と考えるか、二回も、と考えるかは微妙な所だ。
少し前までは、徒歩での旅が頻繁に行われていたようだが…危険性どうなんだろうか、良くわからなくなってきた。
「そうですね…わ、私は…」
菜乃が俺の顔を見る。
きっと菜乃の性格上、俺とルゼの事を気にしているのだろう。
「俺達の事は気にしなくて良い。ルゼは後でアイス上げときゃどうとでもなるし、自分が正しいと思った事を選択したらいい」
「もしかしなくてもヤマトって私の事馬鹿にしてるよね?」
ルゼがいつかのお返しか、俺のほっぺたを抓ろうとしてくるが俺はルゼの頭を掴んで阻止する。
ふん、これが身長差の現実と言うものだよ。ロリめっ。
「私は…私も、このまま進んでも良いと思います。戦力的には申し分無いですし、ここまで来て引き返してしまえば、もし黒陽家が私達を後日受けいられたとしても、それがいつになるかわかりません。ibsの転移が活発化してきている今、早急に黒の書を解明する必要があると思います」
菜乃の決意を聞いて、雅がホッと息をつく。
そりゃあ、菜乃とルゼがいた方が雅にとっては大きくプラスだろうからな。
流石に安堵の様子は隠しきれないか。
と思いつつ、ルゼのほっぺたを抓ってやる。
「ふははは、兄を超える妹などいないのだよ」
「ひたい、ひたいひたい、やめへぇやめへぇ~」
と、ルゼに鉄槌を下していたら。
珍しく雅に、『あの、大和さん。今は自重してくださいませんか』と怒られてしまった。
なんで俺だけなんだ。
俺は遺憾の意を感じながらも、この突如発生した大渓谷を超える事となった。
―――――――――――――――
――――――
「ぬぉおおおおおおおおおおおおっっ、どう考えても、これは万人向けとは思えないんですけどぉっ!?」
俺は今、絶賛空中で宙吊りになっていた。
渓谷超えと聞いた時は多少覚悟していたが…こうもダイレクトに恐怖を体験するとは思わなかった。
作戦会議後、俺達は二日間分の最低限の準備を持ち、渓谷を越える事になった。
方法としては、まず甲接銃と言うデカイ銃を岩に向かって発射する。すると杭が岩に刺さり、データがこちらに送られる。
杭の固定具合と、岩の硬度等の情報から安全性を計算したデータが送られてくるのだとか。
その杭に繋ったロープに、甲接機と言う器具をつけて、それに自身を固定し降りて行く。
フィヨンド渓谷と同じで、この渓谷は大き過ぎる為に途中途中で大きな岩の出っ張りがいくつかある。
そこを中継地点としながら降りていっているのだが…下に着くにはいつになるのだろうか…。
「よっ、ほいっ、よっと」
俺が宙吊りになっている最中、一人だけそれとは無縁の物がいた。
「おい、ルゼ! 卑怯だぞっ! 自分だけさっさと降りやがって!」
「ヤマトおっそーい。そんな所で何やってるのぉ? お猿さんの真似ぇ?」
「……お前まじで覚えとけな」
ルゼはチマチマ甲接機で降りる俺達を見かねて、一人で勝手に降りて行ってしまった。
小さな岩と岩を踏み台にして、容易に中継地点にたどり着くルゼに周りは呆気に取られている。
「隊長、信じられません…。あの子は一体何者なんですか…」
リカルドの隣で二機目の甲接機を管理していた日向野が呆然と言う。
「わ、わからん。お嬢様から大和君の妹、と言う話は聞いていたのだが…。何故このラーヴェンツの訪問に彼女がいるのか少しわかった気がする…」
くっそ、ルゼに舐められると何故か異様に腹が立つ。
他の人に対してはそうでもないんだがな…。
「なーんだ、先輩って以外って小心者だったんですねっ」
「あ?」
俺が宙吊りになっている間に真上から雅の声が届く。
「あんなけ私に対して、ボロクソに負けたとか、ノされたとか言っておいて、自分は高い所が苦手とか、プフっ、可愛い所もあるもんですねぇっ」
どうやら雅は、俺にちょくちょくイジられていた事を根に持っていたらしい。
今までの鬱憤を晴らすかのように、見下すような笑顔で此方を見下ろしている。
「なるほど、なるほどな…。そいう事ならば、さぞかしかしお前は慣れているんだろうな?」
「そりゃあ、私は四旺のファインドとしてあらゆる訓練を受けていますから。こんな崖下りぐらい。余裕ですよっ!」
「ほう…。それを聞いて安心した」
流石は時期四旺家の家元、あらゆる状況に対応できるようにと日々努力を欠かさなかったのであろう。
では、存分にその成果を堪能させてもらうじゃないか。
―――――――
「ちょ、ちょ、せ、先輩っ! 真下でじっと此方を凝視するの辞めて下さいっ!」
「おんやぁー? 何故かな? 俺はただ、熟練のお前にお手本を見せて貰おうと、しっかりと見ているだけだぞ?」
俺の次に雅が甲接機で降りてくる。
だが雅は途中から一向に降りようとはしなかった。
何故かって? それは雅のスカートを俺が凝視しているからだ。
「だ、だからって、真下からそんな見られても困りますっ! あぁもうっ、自分がスカートだった事を忘れていましたっ」
「おいおい、どうした? まだ、半分も行っていないじゃないか。そんな事では日が暮れてしまうぞぉ?」
「じゃあ、此方を見るのを辞めて下さいっ! 先輩がそんなに見ていると降りられないでしょうっ! あぁ、もうっ私が悪かったから、お願いですから見ないでくださいよぉっ…」
雅は必死でスカートの端を手で押さえる。
自業自得だ。そんな格好で俺に経験者ぶるのがおこがましいのだ。
しかし、こうして改めて見てみると雅は本当に美人だな。
顔だけじゃなくスタイルも良い。特にロープにしがみ付くあの太もも…実にいやらしい。
「大和さん…いい加減許してあげませんか…? 先は長いんですし…。というか大和さんて…時たま悪魔と化しますね…」
「そんな事はないぞ菜乃。世の中には俺なんかより、悪魔その物と言って良い奴が身近にいたりするもんだ。そいつと比べたら俺は全うな人間さ」
と、俺が雅の太ももの視姦に勤めていると。
雅が本格的に泣きそうになったので渋々辞めておく。
そして俺達は、そんなこんなを繰り返しつつ崖下まで降りていった。
「隊長…あの男の子は何者なんです? ずいぶんとお嬢様と仲が良いみたいですが…」
「わからん…。ただルゼ殿の兄であり、お嬢様をあそこまで手玉に取るとなると…大和君が只者では無い事は確かだな…」
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