フリーウィル

呼吸する器具

 これが宇宙鉱夫として最後の仕事になるだろう。

 予備加速の反作用が男の肉体を押しやる。保持アームに支えられたパイロットシートが滑らかに回転し、慣性力を受け流す。座席に身を横たえた中年の男、ウィリアムズ・ウェストリバーエンドの表情は、暗い。

 仕事を頼みたいと言われたときに、を押し付けられると知っていれば、その場で断っていた。

 無言で慨嘆する鉱夫を、傍らの少女が心配そうな目で見つめる。彼女には腕が四本あった。比喩の類でなく、物理的に、常人に倍する数の腕が生えていた。

「どうしたんです、その顔……あ! もしかしてジオマグナイト麻薬の禁断症状ですか! 気分どんより頭ぼんやり、仕事も投げ出すヤク切れタイムが来ちゃったのですか!?」

「てめえのせいだよナノテク怪人!」

 仕事を請けるにあたって、依頼主の〝会社〟が半ば強制的に貸し出してきた「道具」。それがこの少女。

 禁制技術による改造を施された、サイボーグであった。



 フォルグ星圏で分子工学ナノテクノロジーの取扱いが解禁されてから、銀河標準暦で十五年になる。

 銀河系最大の企業のひとつ、ドレクスラー社が売り込んできた分子機械製品は、星圏の産業構造を根底から作り変えようとしていた。

 ナノテクとは縁遠い銀河の片田舎だったフォルグでも、さまざまな分子化合物が自由に作れるようになった。ナノメートル単位の超精密工作を、ほとんど自動的に行えるようになった。そうした技術が、工業分野を中心に及ぼした影響は計り知れない。

 大半がドレクスラーの資本で成り立つとはいえ、ナノテク解放後のフォルグの経済成長は、経済学者が「国家の」と称したほどの劇的なものだった。

 他方、陰で失業の危機に追い込まれている者は多い。

 宇宙鉱夫たちも、その一部である。

 核融合エンジンの燃料であるヘリウム3が自動抽出できるようになったことは、鉱夫たちにとって大きな痛手だった。わざわざ資源惑星まで採鉱船を飛ばして掘り出してくるより、分子組み立て機ナノアセンブラにちょっとした指示を与える方が楽なのは、誰の目にも自明である。それでいて生産性が同等以上とくれば、選択肢など無いようなものだ。

 より質量の大きい希少元素類もナノスケールオーダーで採集可能になると、もうフォルグの宇宙鉱業界は沈みかけた船だった。かつてはフリーの鉱夫で星圏随一の腕利きとして知られたウィリアムズ・ウェストリバーエンドが、遅きに失する廃業の決断をしたのも、時代の必然と言える。

 しかしそれから数日と経たぬうちに、彼は自身の採鉱艇ソリチュード号のコックピットに座し、また鉱夫として宇宙を翔けることとなっている。

 なぜこんなことになったのか?


 仕事を持ってきた男は、ただ〝会社〟の者とだけ名乗った。

 安酒を呷っていたウィリアムズは、男の物言いと隙のない立居振舞から、〝会社〟とやらが持ってきたのは何かイリーガルな仕事であろう、とすぐに勘付いた。

 問題はない。もともと彼は自分の艇にもかなり違法な改造を施しているし、採掘および取引に連邦技術管制局の許可が必要な資源を、こっそりかき集めて売りさばいたことも一度や二度ではきかない。加えて、これまた違法なジオマグナイト麻薬の常習者でもある。いまさら官憲を恐れることなどあり得ない。

 だがウィリアムズは、もう宇宙鉱夫の仕事をするつもりなどなかった。鉱夫にとっては家であり武器、しかし使わなければ維持費が嵩むだけの採鉱艇。値が下がり過ぎないうちに、いいかげん売ってしまおうと思っているところだったのだ。

〝会社〟の男は、そんなウィリアムズに依頼を請けさせることに成功した。初めに破格の報酬額を提示して彼の興味を引く、という戦術の勝利であった。

「……詳しい話を聞こうか」

 金に釣られてこう言ったのが運の尽きである。

 数日後、某惑星の軌道上にある〝会社〟の宇宙ステーションに呼び出されてやって来たウィリアムズは、これが最後の仕事だからと真面目くさって依頼内容の説明を聞いた。その直後、任務の遂行に必要となる物資を積み込んでいたとき、彼の前にひとりの少女が連れられて来た。

 背格好は十一、二歳に見える。しかし、肩の後ろから余分な腕がもう一対生えている――サイボーグだ。未成年の身体強化目的による機械化は、連邦法で禁じられているはずなのだが。

「何だ、このガキは?」

「契約書の貸与物品リストにあった、多用途生体機械ユニットでございます。すでに連邦法における『人間』の定義を外れた『モノ』ですので、人の子とは認識なさらぬよう。ドレクスラーの市販モデルを凌ぐ最先端のナノテクによる改造が施されており、助手としても道具としても、お役に立つことは保証しますよ」

 貸与品のリストなら、いちおうウィリアムズも目を通しはした。が、多用途生体機械ユニットなる字面から想像していたものはとは違う。生体素子を用いた量子コンピュータか、高重力圏用の探査ワームくらいのものだと思っていた。

「おい、冗談じゃない。四本腕のガキなんざ居なくたって、俺ひとりでこの仕事は成功させてやる。こいつは置いていくぞ」

「それは承服いたしかねます。これの随伴は今回の仕事に必要不可欠なのですよ――おそらくは、我々双方にとって」

 押し問答めいたやり取りがしばらく続けられたが、結局ウィリアムズはソリチュード号に不愉快な同乗者を迎える羽目になった。

 彼は艇へ乗り込む際、何が楽しいのかニコニコ笑っている少女を顧みて、ただひとこと言った。

「俺は、サイボーグは嫌いだ」

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