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 目的地の惑星に近づいてみれば、宙域には大小さまざまな宇宙船の反応がひしめき合っていた。

 各船の相対距離はゆうに数千から数万キロメートル開いているが、宇宙空間においては近間である。

 スクリーンに各船の識別マーカーが表示される。ウィリアムズの見知った船がいくつかあった。同業者――宇宙鉱夫だ。運び屋や海賊も混じっている。

「どーなってるんでえ……」

「俺の科白を取るな」

 剃って間もない、伸びかけの顎鬚を揉みながら、ウィリアムズは〝会社〟の事前説明ブリーフィングを思い出す。

 秘匿性が重要な仕事だったはずだ。だからこそフランのような監視兼護衛が付けられた。それでも、いま見える範囲だけで数十隻が、ガス惑星の衛星軌道上を回っている。この有様を見るに、単なる〝会社〟側の手落ちとは考えにくい。

「……情報源ソースやがったな」

 モノポールがこの惑星にあると、〝会社〟にネタを売り込んできた情報屋。そいつが同じ情報を、方々へ転売していたのに相違ない。当然どこでも契約違反のはずだが、制裁から身を守る才覚さえ持っていれば、データを転がすだけで星一つ買える金が稼げる。したたかな情報屋なら誰でも思い付くことだ。しかも、遅く買った客ほど情報料を吊り上げられる――反吐が出るほどスマートなビジネス。

 やたらと陽気な男の声で、通信が入った。

《あっれえ、ウィルじゃないか! あんたも〝宝の地図〟を売られた手合いかい?》

 ウィリアムズはその通信に応じ、回線を映像出力へとつなげた。

 サブスクリーンのひとつが、相手の顔と、その船のコックピットを映し出す。ドレッドヘアーとミラーシェード。見覚えがある。十年近く前、こんな男と組んで、小遣い稼ぎに小惑星帯アステロイドベルトの廃墟を荒らした。名前は、確か――

「カジャス。驚いたぜ、とっくにくたばったと思ってた」

《はっは! ホンモノの宇宙人に会うまで、おれは死なんぞ》

 宇宙鉱夫、兼〝リサイクル業者〟。記憶が蘇ってくる。

 カジャス・バルシェムは墓荒らしトゥームレイダーである。廃船や廃コロニーに潜り、を漁って売り捌く。そして同時に、との遭遇を熱望する夢追い人でもある。

 久しく会わなかったが、彼は仕事を変えていないという確信がウィリアムズにはあった。他の生き方など、およそできまい。

「どちらさんです?」

 問うたのはフラン。腕の一対は隠している。

「ハゲタカ。ゴミ漁りスカベンジャー。エイリアンの狂信者。見ろフラン、奴のコックピットを。ケーブルの隙間に宇宙ゴキブリが棲んでる」

「おーえー」

 ミラーシェードを上げ、カジャスが目を剥いた。吐き真似をするフランに気付いたのだ。

《あん? そのちっこいのは……隠し子か。誰に産ませた?》

「ひっどい! あたし隠し子じゃありません、ウィルの嫁です!」

「黙れ阿呆。カジャス、姪のフランだ」

《へえ、か。ウィルよ、まさかあんたがに目覚めるとはなあ。早くも下半身は貴族志向か。じつに、早漏なことで候……》

「ぶち殺すぞモップ野郎。たまたまそこに重力井戸があるんだよ。てめえを叩き込むのに丁度いいやつがな」

 愚にもつかぬやり取りが潤滑油となったか、結果的にカジャスは、商売敵であるはずのウィリアムズに現在の状況を教えてくれた。

 モノポールは磁気圏に捕捉トラップされ、磁力線に沿って惑星の極方向へ降下していったと予測される。惑星上か、少なくともごく近い領域にあることは、情報屋が売り捌いたデータから解っていた。しかしその先、具体的な位置までは判明していない。どの船も来たばかりだが、軌道上から惑星表面および周辺を走査している……。

「あのー、モノポールって奴はどえらいガンマ線を出してるのでは? それ調べれば、どの辺にあるか一発でわかりそうなもんですが」

 フランが口を挟むと、カジャスは相好を崩した。

夫人ミセスウェストリバーエンド、きれいで賢い子だ。けどな、ふたつ問題がある。

 ひとつ、モノポールはえっらい小さいもんだから、物質密度の低いとこでは、そうそう他の粒子にぶち当たるもんじゃないってこと。ガンマ線は陽子崩壊の産物だ。触媒になるモノポール自体が常に出してるわけじゃない。つまり、観測できたらラッキーってことだな。だからこそ、カメラ小僧の衛星が高エネルギー放射を感知するまで、誰にも気付かれなかった》

「そういうわけで、この情報にアホみたいな値が付いた」とウィリアムズが付け加える。

 フランは夫人ミセスの呼称がいたく気に入ったと見え、あらぬ方向を向いてうんうんと頷いている。が、これでも彼女は話を聞いているのだ。名付け親にはそれが解っていたから、仕置きは拳骨一発に留めた。もちろん勝手に夫扱いされた分である。

《もうひとつ、こっちが目下の障害だが――この星の磁場は強い。いちばん近い太陽より先に、飛んできたモノポールをとっ捕まえるぐらいの、ものすごい磁気圏を持ってる。そのせいでな、極空域でとんでもないエネルギーのオーロラが四六時中渦巻いてて、こっちのセンサーを擾乱すんのよ。極の夜側を見てみな、テカテカだぜ》

 ウィリアムズがカメラを操作し、スクリーンに映る惑星の南極空域を拡大した。

 可視光域ではっきり見える明るさだ。蒼白いプラズマの螺旋が揺らめいている。フランの口から、嘆息が洩れた。

「きれい……宇宙一でっかいエンゲージリングですね」

「いい加減にしろクソガキ」

《強い磁力線に沿って流れてきた粒子は、たいていあそこに流れ着く。だから両極域が最有力候補なんだが……あれじゃあガンマ線が出てても、オーロラの放射に紛れちまう。そうでなくてもみんな、宝の在処はあそこじゃなければいいなと思ってんのさ》

「どういうことです?」

 理解が追い付いていない様子のフランに、ウィリアムズは鼻を鳴らした。やはり、経験がなければ考え方までは鍛えられないのだ。

「あんなもん、近づくだけで死んじまう。回収する方法がねえ」

《大袈裟だよ。宇宙船は基本的に電磁波対策ばっちりだろ。危険には違いないが、成層圏界面より上なら何とか……》

「駄目だな」

 スクリーンの映像が更に拡大される。ウィリアムズがさらに再生速度を落とすと、オーロラに紛れて赤い光の列柱コロネードが見え出した。無数に立ち並んでは、瞬きの間に消えてゆく。

中間圏放電スプライトだ。鉛直長、ざっと見て四〇〇キロメートルはある。ふざけたデカさだ――星鉱ギルドの大型採鉱船でも木端微塵にならぁ」

《何だって? ……ありゃ、マジか。あの化物じみたオーロラに、誘導加熱された大気の乱流、しかも規格外の超巨大放電となると……》

「極空域はどっちも、EMP電磁パルスと荷電粒子のミキサー。成層圏界面がなんだって? 俺は遠慮するね」

 いつしか男たちの議論は、フランを蚊帳の外に置いていた。論理の飛躍と専門用語が多すぎる。それでも興味深く聞き手に回っていた彼女が、サブスクリーンの観測値を見てひとつの違和に気付く。

「あっ、でもやっぱり極域にあるっぽいですよ」

「何だと?」

「だってこれ、ほら。北極から変なτタウニュートリノが……」

 少女の報告と時を同じくして、メインスクリーンに出していた他の船たちが一斉に動き出した。核パルスの爆光や、プラズマロケットの蒼炎が、みな北極圏へと吸い寄せられてゆく。莫大な距離ゆえ遅々として見えるその動きが、フランの発見を裏付けていた。

「でかしたフラン! ……と言いたいとこだが、どうやら他の連中も同じことを考えてたらしいな。ニュートリノ観測か。世の中そうそう他人を出し抜けるモンじゃねえ」

《なるほどなあ。どうやらが、出会いがしらの粒子をうっかりぶち壊したみたいだぜ。しかも放出が連続的で、線形だ。巻き上げられたガスのジェットにでも突っ込んだんじゃねえかな》

「出遅れたんじゃないですか? 行かなくていいんですか?」

 群れなす光点の大移動を見やりながら、ウィリアムズが気だるげに笑った。

「心配すんない。ニュートリノの出どころは熱圏の下だ。熱風と雷撃の嵐――あの位置なら、まともな艇じゃ手が出せねえ」

「要するにこっちも手ェ出せないんじゃないですか! どうするんです。このまま軌道半周して帰るとか言いませんよね」

「こんなうすらデカい星で天体重力加速スイングバイなぞやってられっか。俺らも北極に飛ぶ。ただし、ゆっくりとな」

 なぜ、ゆっくりとなのか。フランが訊くと、ウィリアムズは彼女を引き寄せ、耳打ちした。指は画面上の同業者たちを指している。

「この船の装備で無理でも、あん中にはサルベージできる連中がいるかもしれねえだろう……そうなったら乱戦だ。こっちは敵が減った頃に出ていけばいい。で、おまえがで残党を一掃。したらばブツは俺たちのもの。質問は?」

「……どうせならもっとロマンチックな言葉を囁いてほしかったですよ。何ですか。超タナボタ狙いじゃないですか。『近づくだけで死んじまう。回収方法がねえぜヒャッハー』とか言ってたくせに」

 声の調子から承認と受け取ったウィリアムズは、ソリチュード号の進路を北へ向けた。あとは加速せず、慣性と惑星の重力に任せて艇を流せばいい。直径二十万キロメートルに迫る巨大な惑星だ。その重力井戸から充分な距離を取るとなると、軌道の四分の一を回っていくだけでも八時間はかかる。

 彼の目論見を察したか、カジャスも相対速度を合わせて慣性航行に入る。当然のように、ライバルと同道するつもりらしかった。

《旅は道連れと行こうぜぇ。面白い話もあるんだ、フランちゃんもいっしょに聞いてけよ。

 なあ、〝禁域〟って知ってるか。これまで銀河系内で見つかった異種文明遺跡のうち、連邦が調査すら禁じた極大危険領域コズミック・ダンジョンの総称なんだが……何がヤバいって、そいつはどれもただの廃墟じゃないらしい。何らかの形で、まだんだと。死ぬまでにぜひとも拝んでみたいよな?

 ここだけの話、この仕事が済んだら、おれは第七禁域〈冥宮ネクロポリス〉へ潜り込んでみようと……》

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