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 いい稼ぎになる仕事だと思っていた。

「見ろォ、ユハナン! 大儲けのチャンスだ!」

「なんですかウィル、惑星間ボートレースで一点大穴狙いとか言ったら夕飯抜きにしますよ」

 機関室でエンジンをいじっていたユハナンが、胡乱げな顔で薄板型端末スレートを受け取る。

「バーカちげェよ見ろって。星鉱ギルドからのブロードキャスト案件だ!」

 端末を投げ渡したその手で、ウィリアムズは画面を指さした。

 組織的にやっているところであれ、個人営業している者であれ、フォルグの宇宙鉱夫は自分で仕事を探すのが常である。

 採鉱業者を探している国や企業と契約する。安定して需要のある資源を集めて売りさばく。中には物質でなく、資源分布の情報などを売り物にする山師めいた輩もいる。いずれにせよ、同業者がそうそう盛大に集まることは滅多にない。

 滅多にないということは、ということ。

 その一つが、同業組合ギルドからのブロードキャスト案件――短期間に大勢の人手が必要になりそうな仕事への、人員募集だった。

「ええと、場所は恒星ゼデフ3の第六惑星……田舎のフォルグ星圏でもさらに超ド田舎、人口ほぼゼロの未開地ですね。そこに、何が……」

 人口は少なく、技術レベルも低いが、領宙ばかり広大なフォルグ星圏の片隅。開拓どころか調査もろくに進んでおらず、何があるのか分かっていなかった岩石惑星。そこに、とんでもないものが見つかったという。

「……レーンシウムの巨大鉱床!? ちょっとウィル、これどんだけヤバい発見か分かってます?」

 勉強熱心なユハナンの科学知識は、もともとの素養もあり、この頃すでにウィリアムズの及ぶところではなくなっている。〝弟子〟に助けられてばかりも癪であるから、ウィリアムズの方とて秘かに勉強してはいたのだが。

「理屈は知らねえが、重力制御に必須の天然超重元素だろ。極超新星ハイパーノヴァの爆心座標に、ほんの一握りだけ生成される超臨界原子。Q物質クォークマター。なんで金属相に安定できてるんだか……まあ、高値がつくのは確かだ」

「この推定埋蔵量が本当なら、星圏の産業形態が一変するレベルです。ちょっとしたゴールドラッシュだ……元素としての希少度は、ゴールドの比じゃありませんけど」

「要するに、ってことだろ。重要なのはそこだ」

 にい、と鉱夫が笑う。

 ギルドの募集に対し、すでに二人分の参加登録が済まされていることを確認した少年は、銀河天頂を仰いでひとつ、ため息を落とした。



 星間鉱業ギルドを通して正式に契約を結び、ウィリアムズとユハナンがフォルグ辺境の〝現場〟に到着したのは、一か月後のこと。

 ゼデフ3星系、第六惑星の地上では、すでに軌道上から目視できるほどの大規模な採掘基地建設が進んでいた。生態系どころか呼吸可能な大気すらなく、灰色の荒野が広がるばかり。寂寞とした岩石惑星である。

「ぼくは北東鉱区第三ブロック、ウィルは西鉱区第一ブロックに配属だそうです。ばらけましたね」

「おめえなら、もう一人でも充分動けるだろ。稼いでこいよ」

 集められたフォルグの鉱夫たちは、星鉱ギルドのデータベースに記載された技能評価を基準に、各鉱区へと割り振られる。鉱員たちは鉱区ごとの居住モジュール内で寝起きするため、配属先が分かれてしまえば、作業期間中は顔を合わせる機会もほとんどなくなる。

 このような人材配分システムの中、立場上は〝見習い〟であるユハナンがウィリアムズと同区に配属されなかったのは、既に彼のスキルがギルド基準で〝一人前〟と認められるに足ることの証だった。

 面映ゆそうな笑みを背けて、少年が言う。

「ウィルの方は大丈夫ですか。最近、ぼくに頼りきりで生活力が落ちてるでしょう。同じ鉱区の人たちに迷惑かけないように、規則正しい生活を心がけてくださいね?」

「てめェーは俺のオカンか何かかッ! とっとと行きやがれ!」

 そんな軽口を交わしながら、各々が任された現場へ向かうべく、師弟は採掘基地の入口で分かれた。

 二人が互いに見た、最後の笑顔であった。


 レーンシウムの発掘そのものに難しいところはない。

 鉱床を掘削し、土石の中から目的の鉱物を選り分ける。露天掘りか地下掘りか、比重で分離するか化学的に抽出するか――といった手法や技術のバリエーションはあれど、基本は貴金属や宝石類の採掘と似通ったプロセスを踏む。海洋惑星の水底やガス惑星の雲海でも活動する、資源採取のエキスパートたる宇宙鉱夫たちにとっては、まさにで儲けられる好機というわけだ。

 加えて今回、この辺境惑星で発見された大規模鉱床には、生み出されるであろう利益に見合った巨額の投資が行われている。具体的には、複数の星間企業が絡んだ様々な高位技術の持ち込みである。

 鉱床の範囲および資源埋蔵量を絞り込む事前探査には、惑星クラスの天体をコアまで走査スキャンできる超大型ニュートリノ・レーダー搭載艦が動員された。基地の地表施設群は、資材と小型建造機械がパッケージングされた自己展開型居住モジュールを多数投入することで、ごく短期間に設営を完了させた。土砂からレーンシウムを取り出す選鉱作業についても、ナノマシンを用いて分子レベルで無駄なく標的を抽出する、最新機材の導入が予定されている。

 そのような現場で人間の鉱夫に期待されることと言えば、自律知性AIが禁じられた時代で人間にしかできない仕事と決まっている。

 より効率的な採掘のために。思考し、議論し、判断し、機械に命令を与える。あるいは愚鈍な機械がカバーしない細やかな作業領域において、昔ながらの肉体労働に精を出す。

「三次元レーダーマップに出てる鉱脈分布からして、ここはもっと深めに坑道を通した方がいいんじゃないか……」

「機械を信用しすぎるな。レーンシウム鉱床はそれ自体、磁場も重力場も歪めちまう。掘ってみて実際に触った土を信じるしかねえ……」

「発破はどうだ? 下側の岩盤をぶち抜いてだな……」

「てめえは何でも爆破したがるんじゃねえよタコ。露天掘りじゃねえんだぞ……」

「いったいどういう圧力が加われば、こんな形の鉱脈が形成されるんだ……」

 そうして鉱夫たちがあれやこれやと意見を出し合う中、確かな知識と技術を有する者は、誰が指名するでもなく自然と一目置かれるようになるものだ。

「ウィルよお、さっきから採掘エリア外のデータなんぞ漁って、どうしたよ?」

 誰かが問う。がなり合うように採掘計画の修正を論じていた鉱夫たちが、ふつりと言葉を切って、一人の男を見やった。

 西鉱区第一ブロック、会議室の片隅。同業者たちが議論するテーブルから一人離れて、ウィリアムズ・ウェストリバーエンドは何事かぶつぶつ呟きながら、鉱床周辺の地形観測データを眺めていた。

「……地下水はなし。生物の痕跡もなし。地殻変動でも、マグマの結晶化でも説明できねえ。だがマップデータを実測値で補正してみると、鉱床は地上から見て楕円形の範囲に広がってる……」

 このとき、ウィリアムズは三十四歳。宇宙鉱夫の業界では、まだ若手の範疇。だが歳若さゆえに彼を軽んじる同業者など、フォルグの星間鉱業界にはもはやいない。

 たぐいまれな操船技術と、鉱物資源に関する広範な知識。ギガ・ワームを巣穴ごと爆殺し、宇宙海賊の船団十五隻を単身相手取って返り討ちにする、ほとんど半神的な武勇伝の数々。実力と実績を兼ね備え、近年は若齢ながら優秀な後継者も育てているという。

 そんな生き方に、ある種の憧れを抱く者は少なからずいた。いずれ星圏の伝説になることを業界の誰もが疑わぬ、ウィリアムズはまさに鉱夫としての絶頂期にあったと言える。

「それで思ったんだがよ。鉱床まわりの地形、ずいぶん古いんで分かりにくくなってるが、こりゃ隕石衝突痕インパクト・クレーターじゃねえのか」

 鉱夫たちが、空間中に光学投影されたデータを覗き込む。

 ウィリアムズが手書きの線で囲った鉱床マップは、こうして図示されてみれば、確かに歪な楕円形のクレーターに収まっているように見えた。

「何だって? こりゃあ、まさか……」

。レアメタルを多量に含んだ隕石が落ちたとき、その飛散痕に沿って形成される、珍しいタイプの鉱床だな。

 レーンシウムの場合も……常温超電導やら高次構造部やら面倒な物性はあるが……形成プロセスは似たようなもんのはずだ」

 ウィリアムズは決して、自分が〝学のある方〟だとは思っていない。

 長らく一人で活動し、ここ二年ほどはユハナンと方々へ二人旅。こうして多数の鉱夫仲間に囲まれて、集団の中で己の知見を披露する機会などは滅多にない。鉱夫としての半生で培った技と知見が活きる実感を得て、彼は常以上に仕事を楽しんでいた。

「衝突のエネルギーで飛び出したメタルジェットが、断層や磁界にぐるぐる曲げられながら、縦横に地層を貫いて伸びた。そいつがテクトニクスやら潮汐作用やらで何億年もかけて攪拌されて、現在いまの鉱脈のもとになった……てえとこだろう。軽くシミュレーションを走らせてみたが、大きな矛盾はねえはずだ」

「他の鉱区にも推定値を送って、確認してもらおう。いいよな、ウィル?」

「もちろんやってくれ。いまの段階じゃ、単なる俺の妄想だからな」

 シニカルに笑うウィリアムズの前で、ユハナンと同年代くらいの若い鉱夫が目を輝かせている。

「何が妄想なもんか、あんた……すげえな! あんなデカいニュートリノ・レーダーでも分からなかった構造を、これだけのデータから読み解けるのか!?」

「読み解いちゃいねえ。勘だ、こんなもんは」

 少年の明け透けな感激を手ぶりで退けながら、ウィリアムズとて悪い気はしていない。一人のころなら、他人の賞賛を素直に受け取る心の余裕などなかったのだが。

 きっとこれものせいだ。若者から素直な尊敬を向けられることに慣れてしまい、〝大人らしく〟振る舞おうとする自分がいた。

「待てよ、ウィル、だとしたら……このへん一帯の鉱脈を、下へ辿っていけば……」

「おう、それよ。俺が言いたかったのは」

 最も気にしていた点に話が及び、我が意を得たりとばかり、ウィリアムズは〝鉱夫らしい〟野卑な笑顔を作ってみせる。

「落下の衝撃で丸ごと消し飛んじまってるんでなけりゃあ、衝突痕の最深部にがあるはずだ。衝突体の残骸。とんでもなく高濃度の、もしかすると純粋なレーンシウムそのもので出来た塊……それもクレーターの規模からして、かなりデカいと見ていい。

 そいつを掘り当てたチームが、今回の採掘プロジェクトのMVPになるのは間違いねえ。ボーナスを期待できるかもな」

 おう、と誰かが呻いた。ううむ、と誰かが唸った。

 鉱夫たちの眼に、ぎらりと野心の光が灯る。

「情報の裏が取れ次第、鉱区間でレースが始まるだろうよ。ひとあし先に採掘プランの修正を上申しておくのはどうかね……もともと鉱脈沿いに掘っていく方針だし、スポンサーも損はしねえ。たぶん、一発で通るぜ」

 大物を狙いつつ、全体の士気も上げる。利益が跳ね上がる嬉しい誤算に、採掘ペースの加速まで狙える。ウィリアムズの焚きつけたゲームは、出資元の企業から二つ返事の承認を下され、やがて大半の鉱区を巻き込んでの〝宝探し〟へと発展してゆく。

 そこに埋まっているのがと、誰も知らぬまま。



 最初にを発見したのは、東鉱区第二ブロックのチームだった。

 採鉱区域外から伸びる巨大な天然洞窟の奥に、岩より遥かに硬く高密度な固体が埋まっている――

 最新の地質調査により得られたそのデータは、担当チームの鉱夫たちを一躍狂喜させた。推定全長は百メートル以上、音響探査でも重力波センサーでも内部構造はおろか輪郭すら判然としない。この謎めいた塊こそ、いまや全区の鉱夫たちが血眼で探し求める〝財宝〟――はるか昔、宇宙の深淵より落ちてきたレーンシウムの鉱床コアであることは間違いないように思われた。

 掘削距離を最短にできる洞窟側から、掘るたび崩れてくる軟質の軽い土砂を根こそぎ掻き出すように取り除き、採掘チームは謎の塊をついに露出せしめた。だが、そこにあったのは妖しく輝く超重元素の結晶などではなく。

 

 音波も電磁波も呑み込んで返さぬ闇色の金属壁に、白い蛍光線でか細く縁どられた、横長の扉。枠外には開閉用と思しき回転式のハンドルが、ちょうど人の手で回しやすい位置に備え付けられている。

 もとは洞窟の奥に埋設されていた何らかのが、土砂崩れで入り口を閉ざされていたのだ――と明らかになったのは数時間後。異種文明遺跡の類ではなく、千年ほど前に建造された人類製の構造物であるところまでは解析できた。

 物体が鉱床コアでなかったことは鉱夫たちを落胆させたが、同時に浮上した新たな問題は、ほどなく東鉱区全体を巻き込む議論の種となった。

 扉を開けるべきか、開けざるべきか。

 より具体的な方針としては、謎の地下施設をとりあえず封印したままレーンシウムの採掘を続行し、内部の調査は後日に回すか。それともすぐに中身を検め、危険物や価値ある遺物の有無だけでも確かめるべきか。

 意見は割れた。中に何があるのか分からない以上、わざわざ踏み込んで無用のリスクを冒すべきではない――と一派が言えば、分からないからこそはっきりさせるべきだ――と別の一派が言う。不発弾かもしれぬ、いや財宝かもしれぬ。ことによると、我々の探し求める鉱床コアをずっと昔に見つけていた誰かが、かもしれぬ――。

 報告はプロジェクトの意思決定層へと上げられ、会議の議題にのぼった。出資者たる企業たちは〝箱〟の開放に消極的であったが、いまや採掘事業最大のターゲットと化した鉱床コアそのものが中にしまい込まれているかもしれぬ、となれば無視も憚られる。あの黒い箱ブラックボックスが振動、電磁、重力と通り一遍の探知手段に対する遮蔽を施してあるのは、外部からの探査波で発見されぬためというよりむしろ、高密度のレーンシウムが生み出すを洩らさぬためではないのか。そんな推測も、あながち捨てきれない状況だったのだ。

 結局、方針が固まる前に事態は動く。

 即時の内部調査を支持していた鉱夫グループの一部が、急ごしらえの監視体制を出し抜き、扉を開けてしまったのである。高値の付きそうな遺物があれば先んじて回収してしまおう、という盗賊そのものの発想。

 むろん彼らとて宇宙鉱業の専門家であるから、毒ガスにも放射線にも対応可能な装備で身を固めていた。ゆえに、無断で扉を開いてしまった性急な男たちは、最初のにならなかった。

 彼らは宝探しがてら遺構内部をくまなく調査し、そこが武器庫のようなものであるらしいことを突き止め、めぼしい財宝もレーンシウムの巨塊もないと判ると、見切りをつけて大人しく引き上げた。積み上げられた離散紀ディアスポラージュの兵器類に手を触れなかったのは英断と言えたが、いますこし彼らが賢明であれば、そもそも正体不明の遺跡を自分たちだけで秘密裏に調査しようなどとは思わなかっただろう。

 とかく、こうしてパンドラの箱は開かれ――

 盗掘者たちの防護服に付着していたが、彼らの密やかな帰還とともに与圧区画へ持ち込まれることとなる。

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