37
室内を染め上げるランプの光色は赤。黄色は隕石などの自然障害を示すが、赤のLEDが点灯しているときは「敵襲」を意味する。
コックピットに飛び込んだ彼は、モニターの中で次々とこちらの進路上に展開される軌道爆雷の光点を見ると、舌打ちしながら機体制御システムをマニュアルに切り替えた。
宇宙空間でいきなり襲ってくる敵など決まっている。
「――宇宙海賊が!」
よりによってこんなちっぽけな採鉱艇を狙うとは、向こうも相当食い詰めてると見える――などと敵情を推察していると、背後で閉じたばかりのドアが開いた。フランがこの緊急時にもかかわらず、ニコニコ笑いながら入ってくる。
「宇宙海賊と聞いて! やっぱり宇宙海賊というとですねー、頬の傷と眼帯がシブさを醸し出すおっさんとか、左腕が銃になってる不死身の団子っ鼻とかそんなんで、ロマンを求めて大宇宙を股にかける素敵なイカレ野郎どもっていうイメージありませんか?」
「てめえ以上のイカレ野郎はまだお目にかかってねえな――そのとんでもなく間違った知識はどっから仕入れてきた? 海賊なんてのはだいたい、ふだんは鉱夫やら運び屋やらやってる連中が、金に困った時の副業としてやるモンだ。ただの強盗なんだ――よッ!」
壁のように配された爆雷を避けるべく、ウィリアムズは姿勢制御用のサブスラスターを全開にし、船体を前傾させた。同時に放出した核融合ペレットを、完璧な角度とタイミングで起爆。主観的に見て〝下〟となる方向へと、衝撃波に乗ったソリチュード号が、爆雷を避けながら急降下する。
「うわ――お客さま大丈夫ですか? いまちょっと人体の限界に迫る加速度出ましたけど」
鉱夫は唸りながら応じた。
「海賊とやり合うのなんざ慣れてんだよ。人間をなめんな」
躱されたと悟った敵が、遅まきながら遠隔操作で爆雷を炸裂させる。が、撒き散らされた超硬タングステン合金弾とソリチュード号との相対速度は、すでにマイナスまで落ちている。
つまり、艇の後ろから弾が飛んできているものの、艇の方が弾より速いため、絶対に当たらない。ウィリアムズは強引な方向転換と加速によって、爆雷の散弾を無効化したのである。
フランが歓声を上げたのもつかの間、センサーが新たに三つの反応を捉える。今度は爆雷ではなく、船舶の反応だった。
「今ので諦めてくれりゃあ、良かったんだがな――律儀に追って来やがって」
敵は武装した小型輸送機が三機。輸送機とはいえ、こちらも採鉱艇なのだから非戦闘用の船であることには変わりない。数の差が多少は不利に働くと見て取り、ウィリアムズは覚悟を決めた。
本格的な戦闘機動には大量の推進剤を消費するが、この際もったいぶっていては拿捕される。向こうはこちらの積み荷――まだ何も載せていないのだが――が欲しいのであって、撃沈するつもりはない。そこを突けば勝算はある。
しかし、フランがまったく想定外のことを言い出した。
「初手をあっさり避けられて慌てたんだか、敵さんが自分から寄ってきましたね。それじゃ、こっからはあたしの役目です。お客様は向こうの攻撃を避けることに専念しててください」
「……はあ?」
――どういう意味だ、「あたしの役目」とは?
「なんですかその、鳩が豆のショットガン喰らったみたいな顔は。あたしが外に出て行って、全部片付けるって言ってるんです」
言うなり、彼女は船室からエアロックに抜ける通路へ消えた。
「ちょっと待て、外に出るって――何をやってやがる!」
フランはエアロックの二重扉を開けていた。その様子が船内カメラのモニターに映るに至って、ウィリアムズはようやく『外に出る』の意味を理解する。正気の沙汰ではない。三機の武装船を相手に、腕が二本多いだけのサイボーグが出て行って何ができる?
走っていって怒鳴りつけてやりたいが、戦闘中にコックピットを離れるわけにもいかない。
奇行に走っている当の本人はというと、相変わらず楽しげに笑っていた。戦闘機動の慣性に振り回されながらも上手くバランスを取り、見上げる形のカメラ目線でフランが喋る。
「〝会社〟に与えられたあたしの任務は、お客さまのお手伝いと護衛。てなわけで、こんな時はお客さまを守って戦うのが仕事です。そのために、宇宙空間での単独行動もできるよう調整されてるんですよ――船舶相手の実戦は初めてですけど、演習は何度もやってますから」
何か言う前に、ウィリアムズの思考は戦場へと引き戻された。海賊たちがソリチュード号を半包囲するように散り、機関砲を三方向から撃ちかけてきたのである。
おそらくはレールガンの類。弾の初速が大きすぎて、相対速度を殺す方法は使えない。
データから弾道を瞬時に見切ったウィリアムズは、レバーとフットペダルだけで機体の挙動を複雑に操ってみせた。理屈や計算ではなく、勘と経験。
青白い噴射炎が
一息ついて、ウィリアムズも口を開く。
「……読めたぜ。目撃者は生かして帰さねえってわけか」
「そういうことです」
拿捕されれば、フランの存在が露見するのは必定である。
「いまあたしの存在が部外者に知れて、この艇の足取りを辿られたりするとまずいんですね。〝会社〟が
「真空中でも動けるたぁな。法を気にせずナノテク改造された人間ってのは、つくづくバケモノかよ。勝てるのか?」
「もっちろん! 計画の秘匿性を厳守する必要もありますので――海賊の皆さんには、チリ一つ残さずこの宇宙から消えてもらいます」
あくまで無邪気に言う声。だが、数知れぬ修羅場を渡ってきた男をして、心胆寒からしめる何かがそこにはあった。
フランの姿が通路から消え、二枚のハッチが閉じる。ウィリアムズは「どうやって戦うつもりだ」と訊こうとしたが、エアロック内の気圧値が急低下するのを見て諦めた。減圧された後では何を言っても聞こえまい。
かくなる上は、お手並み拝見と行こう――開き直ったウィリアムズは、言われた通り回避に全力を傾けることとした。どんな戦い方をするのか知らないが、敵を倒してくれるならそれでよし。返り討ちにあって破壊されるようなら、それはそれでお荷物がいなくなって助かるというものである。
敵の砲撃が途切れた一瞬をついて、フランはエアロックから宇宙へ飛び出した。
海賊船を肉眼で視認。誘導ミサイルやビーム兵器は持っていないようだ。それら正規軍が使うような兵器は高価だし、持っていても強力すぎて海賊には扱い切れないだろう。
軌道爆雷に、単純な質量投射型レールガン。フランから見れば大した火力ではない。噛ませ犬が絶妙のタイミングで現れた、というのが彼女の評価だった。
着ていた四つ袖の服が裂け、改造された日から時の止まった少女の背中が露わになる。そこには二本の副腕と同じく、人間にはないもう一つの追加器官が隠されていた。
恒星からの光を反射し煌めく、十二枚の板。それが変形し、放射状に延びてゆく――折りたたまれていたものが展開されているのだ。面積が拡がってくるにつれ、その正体がきわめて薄い膜翅のような器官であるとわかる。
延び切った長大な十二の翅が、玉虫色の微光を放つ。同時に、フランの身体がぐんと加速を始めた。
半透明な薄膜状器官の正体は、推進力を生み出すナノスラスター・シートである。皮膜上に敷き詰められたハイゼンベルク加速器が、位置自由度と運動量不確定性の交換によって粒子を弾き出し、反動を得る。
推進剤となる荷電粒子は、恒星風が無尽蔵に運んでくる。燃料の心配が要らないことを熟知しているフランは、燐光の翅をめいっぱい拡げ、最大加速で敵船の背後に喰らいついた。
正体不明の小型機に追尾されていると気付いた敵が、動揺も露わに爆雷をバラ撒きながら散開する。一拍遅れて、爆発が連鎖。
飛び散った数万発の強化タングステン弾は、いくつかがフランの翅を貫いた。しかしその程度の穴は、
反転してレールガンを雨と浴びせてくる海賊たちに、少女は翅の向きを巧みに操っての完全回避を見せつけた。
「海賊さんがた、ごきげんよう! さっそくですが死んでいただきます!」
もちろん真空中で声は出せない。が、フランは戦闘に際して言うべき(と、本人が勝手に思っている)科白のパターンを数百種類も用意している。戦闘シーンで
そして啖呵を切ったならば、攻撃に移るのがセオリーである。
肩の後ろから伸びた副腕が、肘から先でぐにゃりと輪郭を歪ませた。細胞を構成していたマシンセルの分解・再構築が行われる。
十秒と掛からず、二本の腕は即席のレールガンに変わっていた。敵のそれと違い、発射するのは砲弾ではない。天文学的な数の、加速用に電荷を帯びた有機分子アセンブラである。
「行っけぇ」
矢継ぎ早にアセンブラ群を撃ち出す。当然、それ自体は小さすぎて見えない。ほどなく敵船に異変が起きはじめたことで、命中が確認される。
すべからく宇宙船は、宇宙に満ちる高エネルギーの電磁波やプラズマ流をものともせず、多少のデブリも弾き返す堅牢な装甲に覆われている。
海賊船とて例外ではない。だがその表面に、染みのようなものがぽつぽつと浮かび始めた。
始めは点であったそれが加速度的に拡がっていき、まもなく三機の船体を覆う。
「あたしのいる艇を襲ったのが運の尽き――あんたたちの人生は、ここで打ち切り緊急クランクアップです。走馬燈をどーぞ」
フランは副腕を元の形に戻した。分子兵器への対抗手段を持たない海賊相手なら、散布したマシンの雲に掠りでもした時点で勝負はついている。
放たれた無数のアセンブラは、船体に取りつくと
人工的な技術格差を統治のツールとする、統一銀河連邦の技管主義体制下では、しばしばこのような隔絶した技術レベル間での戦闘が見られた。
かたや古典的な質量弾の投射兵器。かたや中央の高度技術にも肉薄するかという散布型ナノテク兵器。前者は急所に直撃でもさせなければ効果が薄いのに対し、後者は広範囲攻撃の一端が引っかかるだけで致命傷となる。
多少の頭数や戦術ではひっくり返せない、根本的な戦力の非対称性――テクノロジー・レベルの断絶を挟んで行われる戦闘とは、そういうことだ。宇宙海賊たちはそもそも、フォルグ星圏の民間船舶を襲える程度の武装で、フランと戦うべきではなかった。
もっとも、高度禁制技術で武装している少女自身は、そのような時代の
「楽勝楽勝。けど、せっかくナノマシンなんてスーパー万能アイテム使ってるんだし、もう少し派手な戦い方もしたいですねえ……髪を単分子ブレードに変形させて白兵戦とか、こんど試してみますか」
フランは分解されつつある船の一つに近づき、拡大する装甲の裂け目から内部をのぞき込んだ。
真面目にも宇宙服を着込んだ男たちが、生きながら分子分解される苦痛にのたうち回っている。そんなものを着ていなければ、船体に穴が開いたときに窒息か空気塞栓で死ねたはずだ。少なくとも、その方が楽だったのは疑いない。
輝く翅を拡げて自分たちを見ているフランに、彼らのうちのひとりが気付いた。まだ相手の方に向けられる唯一の器官である目に、すべての感情を乗せ、幼い告死天使と視線を重ねる。
怨嗟の言葉か、命乞いか。口元を動かした男の声はしかし、真空に阻まれ誰にも届かない。何を言われたのか解らなかったので、聞こえないことは承知の上、フランも勝手に答えた。
「いまごろ脳内で絶賛自分上映中かもしれませんが、スタッフロールまで見送る時間はあげません。おさらば!」
情けなど掛けない。敵に容赦するのは人間だけだ。
死にゆく男に一度だけ手を振ると、フランは右の翅をひと打ちし、身を翻した。ソリチュード号はもう予定のコースに戻り、いまは慣性で機体を流している。
フランの顔に、意外の相が表れた。
自分を疎んでいるはずのウィリアムズが、さっさと再加速をかけるでもなく待っている。そのことに彼女は驚いていた。それは決して、不快な驚きではなかった。
少女の姿をした殺戮者が去ってほどなく、海賊たちは存在の痕跡すら残さず消え失せた。
次いで、あらかじめプログラムされた稼働時間が経過すると、レプリケーター群は各々いくつかの断片へと自壊し、禁制技術の痕跡を隠滅した。ウイルス大の微粒子でしかないそれらの残骸は、やがて恒星から吹くプラズマの風に散らされてゆく。
かくして、空間戦闘におけるフランの初陣は幕切れとなる。
「なるほど、戦闘用サイボーグでもあるわけだ……ナノマシンの性能もドレクスラーの正規品と同等、いや
確かに「役に立つ」代物だ。怖気をふるうほどに――ときおり飛んでくる流れ弾を躱しながら戦闘の経過を見ていたウィリアムズは、フランに対する扱いを少しばかり考え直すことにした。
どうせ逃げてもひとりで追ってくるであろうし、同じ艇の中にいてはネグレクトにも限度がある。ならばいっそのこと、高度禁制技術による怪物じみた性能を、積極的に利用させてもらう。
ナノテクの助けを借りるというのが癪ではあるが、少なくとも、護衛としては優秀に違いない。正直なところ、フランの戦闘能力はウィリアムズの想像を遥かに超えていた。
「道具は使わねえとな」
モニターには、まもなくこの艇に追いつこうというフランの姿が映っている。楽しそうに手を振る少女の笑顔は、敵とはいえ人を殺したばかりの人間のものではない。
あれは兵器なのだ。その事実が、一つの疑念を喚起する。
社に不都合な事象を知った者は消す――まさか、俺もか?
あり得ない話ではない。仕事が済むまでは護衛と監視を行い、〝会社〟のステーションに帰還する直前あたりでウィリアムズを艇ごと消滅させ、目当てのものだけを回収する。
ビジネスの相手にそこまでするとは思いたくないが、海賊たちの無残な末路を見たあとだ。秘匿性を重んじるらしい雇い主の裏切りという、最悪のケースが否応なく現実味を帯びる。
「ま、ここで考えてもしゃあねえわな」
いざとなれば、フランを破壊してモノポールを持ち逃げするまでだ。歴戦の荒くれ鉱夫がそう簡単にハメられると思っているのなら、〝会社〟は見積もりの甘さを赤字で報いられることになる。
ナノテクが相手なら、切り札はある。エアロックが与圧される音を聞きながら、ウィリアムズは余裕を持って酒のボトルを空けた。手を離すと容器は回りながら飛んでいき、その先でコックピットのドアが開く。
「お客さま、ただいま戻りましたぁ!」
入ってきたフランは、もうこの一月で見慣れた姿に戻っていた。背中の翅は折り畳まれ、裂けた服も
「ああ……フラン、よくやった。見直したぜ」
欺瞞だ。命令を聞かないサイボーグの、労働意欲を高めるためだけに出た、心にもない労いの言葉。
しかし少女は感激した様子で、別の所に反応していた。
「いま、はじめて……初めてあたしの名前、フランって……」
言われてみてウィリアムズは、考えてやった名前を結局使っていないことに気付いた。命名のあとも「四本腕」「元人間」「六脚クリーチャー」などと、ろくな名前で呼ばなかったのだ。
飛びついてくるフランを反射的に躱す。
「急に名前で呼んでくれたのはもしかして、あたしの戦いっぷりについ惚れちゃったりしたからですか? ううんそんな、お客さまサイボーグ嫌いですもんね。でも愛が憎しみに変わったりその逆があったり? いやん、殿方の心ってどうしてこうフラジャイルでアンビヴァレントなんですかね――」
「ぶち殺してえ……」
ヒトもどきを調子に乗らせてしまった。後悔が津波となって押し寄せる。「こいつはしょせん道具だ」と自己暗示のように脳内で繰り返し、どうにか耐え忍ぶ。
――モノポール捕獲用の磁場ケージも、こいつも同じだ。道具を使いこなすには、それなりに忍耐と努力が要る。
燃料弾を余計に使う羽目にはなったが、どのみちあと数日でマイルストーンに着く。溜まった鬱憤は、そこで晴らそうと算段をつけた。
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