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もともと、弟子など取るつもりはなかった。
単身フリーの鉱夫として気ままにやっていくのが性に合っていたし、個人艇であるソリチュード号に他人を乗り込ませるなど、考えただけで面倒ばかり目に浮かぶ。食糧や電力の消費は増え、余計な質量のせいで加速効率は落ち、生活空間は狭まり、おまけに鉱夫の仕事など何も知らない新人を、いちから鍛えねばならないという。どう考えても、多人数で回している大型採鉱船に送り込んだ方がよい。
そんな話を受けねばならなかったのは、新人の教育を依頼してきたのが、ほかならぬウィリアムズ・ウェストリバーエンドの駆け出し時代に面倒を見てくれた、鉱夫業の大先輩であったからだ。いかにウィリアムズが一匹狼を気取ってみたところで、粗野な男ばかりが集う宇宙鉱夫の業界にも、無視できぬ
引き合わされた新人は、およそ鉱夫など似つかわしくない、少女めいた紅顔の美少年だった。生まれつきだというなめらかな白髪が、深く下げた頭の周りでふわりと
「ユハナンといいます。十五歳、施設育ちで、姓はありません」
親を亡くし、あるいは捨てられ、孤児となって養護施設送り。長じて浮世に体よく放り出され、食うために働き口を探し、無学な子供でもいっぱしの労働者に鍛えてくれるとの評判だけを頼りに、星間鉱業組合の事務所を訪ねる。よくある話。ウィリアムズ自身が体験して知っていることでもある。
救いと言えたのは、少年が良い意味でも鉱夫らしからぬ礼儀正しさを身につけていた点。孤児となる前はそれなりの教育を受けていたであろう、微かな気品を感じさせた。
とはいえ気品で鉱夫業はできぬ。
「恩人の頼みだから、とりあえず引き受けてやるだけだ。てめぇが俺の指導について来られねえようなら、いつでも星鉱ギルドに叩き返して、別の船を探してもらうぜ。そのへんよーく覚悟しとけ」
「はい!」
意欲ありげな返事に気勢を削がれつつ、この時点ではウィリアムズも少年の根気を信じていなかった。
どうせすぐに音を上げる。短い付き合いとなろう。お互いの経歴に余計な傷をつけぬためにも、弟子などと呼んではやるまい。
善意の皮をかぶせた怠惰。そんな〝気づかい〟をウィリアムズが撤回するまでに、一年を要した。
ひ弱そうな外見に似合わず、生意気なまでに芯の強い子だった。
「ほーらどうしたまた死んだぞ。シミュレーターだからって雑な操船でもいいと思ってんのか? 実機で事故ったらてめえだけじゃなく、俺も道連れだぞ」
「わかってますよ……! だから、もっと具体的なアドバイスをお願いしてるんでしょう……!」
「口でガーガー言って操船技術が上がるなら世話ねえわ。まずはシミュレーターで死ね。ひたすら死ね。死んで覚えろ」
「だったら沈没判定出すたびに拳骨くらわすのやめてくれませんかねえ!?」
「なに言ってる、痛みもなしに死んだって何も覚えられるワケねえだろ。ミスと親方の拳はワンセット、鉱夫はそうやって仕事を学ぶもんだ」
「宇宙鉱業界がここまで前時代的だとは思わなかった……!」
「辞めたくなったか? いいぜ、いつでも降りてくれて」
「辞めませんよッ!」
いくらきつくしごいてみても、減らず口を叩きこそすれ逃げ出すことはなく。
「見とけよ坊主……金目があると見りゃあ、岩石惑星の地殻深部鉱脈だろうが、海洋惑星の深海底だろうが、巨大ガス惑星の雲海の嵐ん中だろうが! 資源をカッ
「だからってギガ・ワームの巣に潜るのは違うでしょうが! これ明らかに
「別に、体長二千メートルの化物をブッ殺しに来たわけじゃねえんだ。奴の体内で生成される希少物質をクソの山から掘り出して、こっそりトンズラするだけの簡単なお仕事……」
「あ、ワームがこっち来ますよ」
「逃げろや!」
まだ向こう見ずな若さを残していたウィリアムズを、ときに諫めときに後押しする、よきパートナーたらんと己を規定していた。そんな立場を楽しんで生きられる子供だった。
ようやく鉱夫が弟子と認める頃には、才気走った少年は未熟ながらも鉱夫を名乗れる水準に達しており、峻烈なスパルタ教育で磨かれた技能を、その師のために活かしていた。
助手としてのユハナンが有能であることを否定しきれなくなったから、教育者としての己が無能でないことを示すために、しぶしぶ師弟の関係を認めた形だ。ウィリアムズのそうした不器用さにも、ユハナンは敬意を失することなく応対した。初めての教え子に父のごとく慕われれば、ぶっきらぼうな男とて悪い気はしない。
ウィル、と呼ぶことを許したのは、いつからだったか。
「ぼくは鉱夫になったこと、後悔してませんよ。とびきりの腕利きに師事して、こうやって毎日、自分の成長を実感できる。生きた時間が無駄ではないと確信するのは、人間にとって幸福なことです。
それもこれも、あなたの船に乗せてもらったおかげなんですよ、ウィル……」
鉱夫仲間でも特に親しい者だけが口にした呼び名。ユハナンが呼ぶとき、そこには尊敬や友情を超えた親愛のアクセントがあった。
それはまた、一方通行の感情ではなく。
「けっ。おめえの頭なら良いとこの学校にでも入って、いくらでも楽して稼げる仕事があったろうに。もったいねえ話だぜ」
家族の記憶など、もはや
それが、きっと父性の萌芽だったと気付くのは、すべてを失くした後のこと。
師父と呼んでくれた子が、思い出と後悔だけを残して去った世界に、茫然と生きる己を顧みてようやく悟ったこと――。
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