第16話。愛と暴力
放課後。
久しぶりに一人なってしまった。前は放課後に
楓奏が私と姉の関係を気にかけていることがわかってしまう。だから、楓奏を責めるつもりなかったし、今のままでもよかった。
「あれ、私……」
学校から真っ直ぐ帰るつもりが、お店の前まで来てしまっていた。ずっと働いてにしても、何気なくお店まで来るのは重症だった。
お店の中を覗き込んで見ると、
「何してんだ?」
声をかけられ、振り返ると。そこに立っていたのはナギだった。ナギには盗撮の相談をして以来、まともに話も出来ていなかった。
「ナギさん。何も言わずに辞めてごめんなさい」
「はは、そういうの意外と気にするんだな」
「私をなんだと思ってるんですか……」
「正直、気にしないと思ってたな。辞めたらオレと関わることもないだろうし、他人と何も変わらない」
確かにナギとは友達にもなれていなかった。それはナギとの年の差だとか、性格の問題じゃない。単純に自分が関わりたいと思わなかったからだ。
鈴佳という問題児と関わる環境で、さらに新しい問題を増やしたくなかった。ナギと関われば、私は余計な思考をしなくてはならない。
だから、私はナギとは他人のままだった。
「まあ、個人的には気に入ってたんだけどな」
ナギが私の肩に触れてきた。
「これから大変だと思うけど、頑張れよ。もし、アイが誰にも頼れない時はオレが助けてやるから。安心して、自分の決めた道を進むといい」
「ナギさん……」
「今なら特別に胸を貸してやってもいいぞ」
私はナギに抱きついた。何もかも男の人っぽいのに、凄くいい匂いがするのはズルい。それにナギに抱きしめられると安心する。この人の包容力は人をダメにする。
「ナギさん。ありがとう」
伝えたいことを伝えて、私は離れた。
「……本当に大丈夫か?」
ナギが不安そうな顔で見つめてくる。
「大丈夫ですよ。今の私には……」
隣を向いた時、姉の姿はなかった。
「……っ」
そうか。私はずっと不安だったのか。姉が隣に居る生活に慣れすぎたせいで、一人の状況に不安を感じていた。
それをナギには気づかれてしまった。
「私、帰ります」
「そうか。気をつけて帰れよ」
私はナギの言葉に従うつもりはなかった。
今の私が感じている不安をすぐにでも消し去りたい。それは簡単な話で、元の冷めた私に戻ればいいだけだった。
出来れば私は姉に負担をかけたくない。
そんなことを考えて、私が向かったのはこの時間帯でも、学校の制服を着た人間が出入りをするようなゲームセンターだった。
このゲームセンターにはよく楓奏と遊びに来ていた。なんとなく楓奏がいるような気がしたけど、知り合いはいないようだ。
クレーンゲームの景品を一通り見た後、最後に大きなクマのぬいぐるみを見つけた。そこまで欲しいわけじゃなかったけど、私はお金を入れて、操作していた。
「何やってるんだろ……私は……」
何度か繰り返している時、私の傍に近づく人影があった。
「キミ、可愛いね。今一人なの?」
「……」
若い男が私に声を掛けてきた。見た感じ、女の子に慣れてる感じがあるし、どうやらナンパされたようだ。
腐っても姉と同じ顔を持つことが災いした。私ですら、綺麗に思える姉の顔。それを自分が持つことに私が吐き気すら感じ始めた。
「ナンパするなら、他の子がいいですよ」
「いやいや、そんなつもりはないんだけどなぁ」
それ以上、何も言わずに私はクレーンゲームを続けていた。男は諦めたのか、私から離れ、姿を消した。
「あの……」
「なに?」
思わず、声を掛けられ反射的に睨んでしまった。
だけど、私に声を掛けてきたのは若い女の子の店員さんだった。おどおどとしていて、私は顔を逸らした。
「よかったら、動かしますよ?」
「あ、いや、別に……」
取りたくてやってたわけじゃない。だけど、店員さんからしてみれば、ずっと景品を取ろうとしている人に見えるだろう。
私が何も言わないと、店員さんがクレーンゲームの扉を開けてぬいぐるみを動かしてくれた。次動かせば、ほとんど確実に取ることが出来る。
仕方ない。最後のつもりで、お金を入れて、ぬいぐるみを落とした。すぐに店員さんが袋にぬいぐるみを入れ、私に渡してくれた。
「ありがとう」
本当は、もう少し居るつもりだったけど、店員さんに話しかけられたせいか居づらくなった。私はぬいぐるみの入った袋を持ったまま、ゲームセンターから出て行った。
思ったよりお金を使ったせいで、行けるところが限られてしまう。ゲームセンターから、私が向かったのは、家とは逆方向。まだ、私は帰る気にはならなかった。
色々と私が入れそうな店はあったけど、このぬいぐるみのせいで気軽には入れない。だからか、私はぬいぐるみを捨てようと考えた。
大通りから外れた脇道。人が通らないような道に入り、私はぬいぐるみが捨てれそうな場所を探した。
だけど、私は失敗した。
人の流れが無くなったからこそ、それが聞こえてしまった。私の後ろについてくる、誰かの足音。
危機感を覚えた私は、ポケットに入っているケータイに手を伸ばす。誰かに連絡をして、急いで逃げた方がいい。
しかし、次の瞬間。
私の腕は強烈な痛みに襲われた。
「痛ッ……!」
後ろに気を取られ、隠れていた人間に気づけなかった。振り下ろされた鉄パイプのようなもので私の腕は強打されてしまった。
反撃をする隙もなく、次の衝撃が襲いかかる。背後から、頭を殴られ、私の体はふらつき、地面に倒れ込んでしまった。
すぐに起き上がろうとしても、私の体は何度も鈍器のようなもので殴られる。痛みで悲鳴を上げる間もなく、私はサンドバッグのように殴られ続けた。
「ったく、ガキのくせに調子に乗りやがって」
すべてが終わった時には、私は体の痛みで動けなくなっていた。少しでも体を動かせば激痛に襲われ、声を漏らさないように耐えることしか出来ない。
これまでに味わったことのない暴力。自分がどれだけ周りに守られて生きてきたのか自覚して。余計に情けなくなる。
どうして、私がこんな目に遭わなければならないのか。
私がいったい何をしたのか。
誰か、教えて。
「お、結構金は持ってるじゃん」
「コイツ。連れて行くのか?」
何人もの男の声が聞こえてくる。
「いや、もういい。こんな女、要らない」
その中で聞き覚えのある声があった。一度だけじゃない。何度も聞いたことのある男の声。
お店とカラオケで聞いた、あの声だ。
つまり、これは。
初めから私を狙っていた。
「こんだけボコったんだ。どうせすぐに死ぬだろ」
「じゃあ、飯行こうぜ」
「さんせーい」
最後に腹を蹴られて、男達の声は遠くなっていった。代わりに聞こえてきたのは、どうしようもないくらいの、小さな風の音だった。
霞む視界の先、そこには綿が飛び出てボロボロになったクマのぬいぐるみがあった。私は、ぐちゃぐちゃの手でぬいぐるみを掴んで、抱き寄せた。
「ごめんね……」
この世は、理不尽なことばかりだ。
なんの前触れもなく、人間は不幸になる。
「お姉ちゃんがいなくて……よかった……」
全身が冷えていくような感覚。意識が朦朧として、もう目は開けられない。周りの音が少しづつ小さくなり、世界が閉ざされていくようだ。
永遠にも思えた静寂。
だけど、私の意識は呼び戻された。
「……」
ケータイの画面が光っている。
私は、最後の気力をふりしぼり、ケータイに触れた。そこから聞こえるはずの声が、私には届かなかった。
「──」
ああ、懐かしい声がする。
もう一度だけ、その声を聞きたい。
「お姉ちゃん……死にたくないよぉ……」
私の瞳から溢れ出した大粒の涙。色々な感情が混ざり合い、もう止まらない。だけど、私の意思に逆らうように、ぐらりと揺れた世界は。私の意識を奪った。
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