第7話。愛と鈴佳
今日も私は放課後にバイトをしていた。
「アイリさん」
その日は珍しくリリィが仕事中に声をかけてきた。今はお客さんも少なくて、立ち話をしていても注意されることもない。
「今日、カエデさん居ないんですね」
「カエデは個人的な用事」
「じゃあ、ちょうどいいです」
リリィが私のすぐ傍まで近づいてくる。
「アイリさん。これ見てください」
リリィの手に握られていたものはケータイだった。そのケータイの画面を確認すれば、見覚えのある場所が映し出されていた。
「これって……」
「お店ですよね……」
写っている画像は、従業員のきわどい写真だった。一枚だけじゃなくて、何枚も撮られていて。これが盗撮された画像だと理解した。
「写真のこと誰かに話した?」
「いいえ。店長とカエデさんには話すのが怖くて」
あの二人なら盗撮犯を見つけ出して、半殺しにしかねない。それは冗談としても、カエデは後先考えずやってしまう可能性はあった。
「この写真、どこで見つけたの?」
「ネットに上がってたみたいです。お店に通っているお客さんから教えられて、写真が撮られてることを知りました」
幸い、スカートの中を覗いても下着が見えるわけじゃない。店長が万が一の為にと、そういう制服にしている。
けれど、肌の露出が多い場所を中心的に撮られている。下からじゃないと撮れないような写真もあって、気持ちが悪かった。
「どうすればいいですかね……」
「とりあえず、店長には話した方がいい」
「わ、私、お店が無くなるのは困りますよ」
「大丈夫だって。たぶん……」
私はリリィを連れて、事務所に向かった。普段は休憩室として使われているけど、何も無い時は店長もそこにいる。
「店長」
事務所の扉を開けると、ソファーに寝転がってる人物の姿が目に入った。寝ているのか、私達が部屋に入って来たことには気づいてなさそうだ。
「ナギさん」
私は声をかけて彼女を起こした。
「あれ……もう朝か?」
「事務所で寝ないでください」
ナギがゆっくりと体を起こした。
「いててて。二人とも何かあったのか?」
ナギ。このお店で料理を作っている人だ。店長とは古くからの付き合いがあり、二人のおかげで店は上手くいっている。
言葉づかいや人間としての在り方が男の人っぽいけど、実際は女性らしい。それらは本人も認めているから、わざわざ気は使わない。
「店長、何処に行きましたか?」
「アイツなら先に帰った。だから、オレが戸締り」
「そう、ですか」
「大事なことなら連絡するぞ?」
急用だから、連絡はしてほしいけど。
「そうだ。ナギさんに……」
私はリリィの持ってきた画像のことをナギに相談することにした。ナギは事務的なことには関わってないみたいだけど、今回の件は従業員全員に関係があった。
「盗撮ねぇ。それはまた厄介なことで」
ナギが立ち上がる。私よりも大きな身長。並んでいると親子に見えるだろうか。少しサイズ感が大き過ぎる気もするけど。
「オレの方から、アイツには伝えておく。カエデには……まあ、後で話せばいいだろ」
「他の子達には話すつもりですか?」
「被害の状況を考えると、黙っておくわけにもいかないからな。最悪、これを理由に辞められても仕方ないだろうな」
このまま被害が増えれば、さらに問題が大きくなっていく。出来ることなら早く解決をしたいところだけど。
「アイリ。余計なことはするなよ」
「なんのことですか?」
「怖い顔してるぞ」
自分の生活を脅かされて、平気な人間なんていないと思うけど。ただ、それは私が怒りを覚えるほどのことだろうか。
「二人とも今日はもう帰ってた方がいい」
「でも、後片付けが」
「こんな状況で従業員に遅くまで仕事させられないだろ。とりあえず、こっちで店長と話し合って急いで対策を考える」
私はナギと話を済ませて、帰ることにした。
着替えを終えた後、私は一人で店を出た。すると、突然背中に軽い衝撃を受け、少しだけ驚いてしまう。
「アイさん、一緒に帰りましょうよ」
「……いいけど」
リリィ。もとい、
鈴佳は私の腕を掴んで離れようとはしない。先程の件で怯えているのかもしれない。ただ、私には他人を安心させる方法を思いつかず腕を貸すことしか出来なかった。
「アイさん。今、好きな人いますか?」
沈黙に耐えられなくなったのか、鈴佳の方から会話を求めてきた。内容は突拍子もないけど、答えられないほどじゃなかった。
「好きな人はいない」
「気になる人は?」
「存在しない」
かなり適当に答えてしまったけど、事実なのだから仕方ない。鈴佳の表情が見るからに不機嫌になっていた。
「つまんないです」
「あのさ、私達。何でも話せるほど仲良くはないでしょ?」
「私はアイさんのこと友達だと思っていますよ?」
私は鈴佳に嫌われてると思っていた。それは勘違いだったみたいで、鈴佳は私のことを友達だと認識しているみたいだ。
「私、気になったことがあるんです」
「なに?」
「ドッペルゲンガーの話です」
私が前に話していた姉のことだ。鈴佳には言った覚えはないけど、あれだけ堂々と話していれば他人にも聞こえてしまう。
「盗み聞きしてた?」
「あはは、つい聞こえちゃいました」
鈴佳とは違う学校だし、姉のことを詮索される心配もなさそうだ。姉妹であることを隠したいのは学校内だけだし、鈴佳には話すことにした。
「私のお姉ちゃんの話だよ」
「あ、もしかして、双子なんですか?」
「そう、双子。でも、見た目は随分と違うけど」
本当は見た目の違いなんて髪くらいしなかったけど。今なら私と姉を見間違える人間はいないと思う。
「いいですね。姉妹って」
「鈴佳って、一人っ子?」
「いいえ。お兄ちゃんが一人いますよ」
「あーわかる」
鈴佳の甘え方が上手いのは、兄がいるせいか。
「アイさん、聞いてくださいよ。お兄ちゃんったら、この前は私が合コンしてる店に乗り込んできて。俺の妹をたぶらかすやつは誰だ!って暴れたんですよ」
「えー……」
「私だって、好きで合コンに参加したわけじゃないんですよ……ただ人付き合いってものがあるじゃないですか……」
私は鈴佳のことを誤解していた。ただ、可愛くて自分勝手な生き方をしていると思っていたのに。本当は人並みに苦労している。
「……鈴佳ってさ、何歳?」
「二十代ですよ?言ってなかったですか?」
「私の方が年下じゃん……舐めた口きいてすみませんでした」
「いやいやいや、職場的にはアイさんの方が先輩ですから!私は微塵も気にしてませんよ!」
私よりも大人の女の子。なのに、鈴佳と話していると年下の相手をしている気分になる。自分の周りにいる人間が、大人びて見えるせいだろうか。
「鈴佳。ごめん」
今度はちゃんと謝った。
「アイさん……?」
「私、ずっと鈴佳のこと誤解してた」
「あー……わかりますよ。私、何様って感じですよね……」
少しだけど、私と鈴佳の距離が縮まったような気がした。ようやく、お互いに相手を理解する気になった。
「ただ、嫌ってわけじゃないから」
「アイさん……」
鈴佳が瞳を潤ませて、泣き出した。
「ちょっ、なんで泣くの」
「アイさん人がよすぎますよー」
鈴佳が私に抱きついてきた。私はなだめるように鈴佳の頭をしばらく撫で続けた。こんな小さい体でどれだけのものを背負っているのだろうか。
「私、アイさんにならすべてを捧げられます」
「あーそういうのは要らないから」
「じゃあ、連絡先を交換しましょう」
「それは……まあ、いいけどさ」
初めて鈴佳と連絡先を交換した。
「アイさん。このアドレスって……」
「何か問題でもあった?」
「いいえ。ちっとも問題ないですよ」
自分のメールアドレスって、確か父親がケータイを買ってくれた時のままになっている。だから、アドレスなんて気にしたことがなかった。
あらためてアドレスを確認してみると、私は急に恥ずかしくなった。どうして、今まで気づかなかったのだろう。
「鈴佳、これは別に彼氏の名前とかじゃないから」
「え、はい。そうなんですか?」
「これは、お姉ちゃんの名前だから」
「あ、お姉さんの……」
私のメールアドレスには、私の名前と姉の名前が含まれていた。このアドレスは姉のことを知らなければ、自分の名前と誰か大切な人の名前を入れているようにも見える。
「アイさん。顔が赤いですよ?」
「これは……鈴佳のせい」
「私、何かしましたか!」
絶対、
見事に私は恥ずかしい思いをしたから、後で楓奏には仕返しよう。そんなことを考えながら、私は鈴佳と一緒に帰ることにした。
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