第6話。愛と屋上
「アイ先輩」
学校の廊下で歩いていると、
ただ、この前と違っているのは、彩葉の片目には眼帯が付けられていた。痛々しく、嫌でも目についてしまう。
「それ、大丈夫なの?」
「少しアザになってるから、隠してるだけです」
「何かあったの?」
「先日の件、解決しました。ただ、その時に平和的解決は出来ず、顔を殴られてしまいました」
名誉の負傷。なんて言うのは失礼だろうか。そもそも殴られる原因を作ったのは彩葉だし、この程度で済んでよかった。
私は彩葉の顔に手を伸ばす。頬に触れそうな位置に手を近づけると、彩葉の方から頬に押し付けてきた。
「アイ先輩のせいじゃないですよ」
「その後。どうなったの?」
「最終的に誘惑された彼氏さんが悪いという話になって。私を無視して二人で喧嘩を初めてました」
「まあ、少しは悪いだろうけどさ……」
人の彼氏を誘惑をした彩葉が一番悪いとは思う。
「アイ先輩。ありがとうございます」
「その顔で言われると、なんか微妙」
彩葉がさらに私の手を頬に押し当てる。
「アイ先輩。お礼になんでもしますよ」
「別に頼み事なんて……」
一つだけ思い浮かんだことがある。だけど、彩葉の今後を考えれば、あまり気軽に頼めることじゃなかった。
「彩葉。バイトとか興味ない?」
「バイトですか」
「そう。ああ、強制じゃなくて。やりたい意思があるか聞きたいだけ」
「……考えてみます」
彩葉の方が楓奏より上手くやれると思うけど。店には女の子しかいないから、あまり人間関係を崩壊させるような行動はしないだろうし。
「返事はいつでもいいから」
「わかりました」
話を済ませて立ち去ろうとした時。彩葉が私の腕を掴んできた。
「アイ先輩って。兄弟いますか?」
「お姉ちゃんならいけるど」
「ふーん。お姉さんですか」
姉は髪が長いから、私と間違えることはないと思うけど。ほとんどの人が私達が双子だと知らないはずだった。
「お姉ちゃんのこと見かけた?」
「はい。よく似てますね」
「双子だから。同じ顔でしょ」
「いいえ。顔のことじゃありません」
彩葉が思わせぶりなことを口にする。
「雰囲気が似てます」
「それって、同じ意味じゃないの?」
「性格の話です」
私と姉の性格が似ている。姉は私に比べて、内気な性格でわがまま。一度決めたことでも簡単に曲げてしまう。
そんな姉と私が似ているなんてありえない。
「彩葉。適当なこと言うなら、嫌いになるけど」
彩葉が私から離れた。
「そのうち、わかりますよ」
そんな言葉を口にして、彩葉は立ち去る。
私と姉。双子であること自体は珍しいわけじゃなかった。それを示すように、姉だけが噂の人物として人気になっていた。
姉と比べられることに私は劣等感を抱くことはなかった。私は人気者の姉の後ろに隠れて平和に過ごしたい。
「アイ」
昼休み。学校の屋上で時間を潰していると、姉が姿を現した。
「屋上にいるなんて言った覚えないけど」
「アイのこと。知ってる人に聞いた」
姉に言われて思い浮かんだのは
「用があるならケータイで連絡すればよかったのに」
「お昼。一緒に食べたかった」
姉が少し困ったような顔をする。
「もう。食べたの?」
「今日は食べなくないから」
わざわざ私が屋上で時間を潰していたのは、教室で何も食べないでいると周りの人間が余計な思い込みをするからだ。
「そんなの。よくない」
姉が私に隣に座り込んでくる。
「アイ。今朝思ったけど。少し痩せてる」
「お姉ちゃんが太ってるだけじゃないの?」
「私よりも。アイが痩せてる」
姉が言うなら、そうなんだと思う。食事は適当にしてきたし、楓奏と遊んで体を動かしたりもするから痩せてしまった。
「ちゃんと。食べて」
少し姉は怒り気味な口調で袋を差し出してくる。
「それ、お姉ちゃんの分でしょ」
「余分に。買ってる」
袋の中を見てみると、菓子パンばっかり入っていた。私は惣菜パンの方が好きなんだけど、入っていなかった。
「美味しくなさそう」
私は袋を押し返した。
「嫌いなものあった?」
「いや、そんな問題じゃないから」
あまり食欲がないせいで、余計に食べる気がしなかった。姉はパンの袋を開けて、一口サイズにちぎって見せた。
「はい。あーん」
ぐっと、姉が私の口にパンを押し付けてくる。もちろん私の口は閉じたままだった。
「食べて」
「うざい……」
私は姉から顔をそむけた。
「食べたくないって言ってるのがわからない?」
姉の行動にイラついて、つい言葉が強くなってしまう。
「アイ。今朝も残してた」
「だからなに?」
「ご飯。本当は美味しくなかった?」
姉の顔を見ると、不安や他の感情も混じっているように感じる。もしかして、自分の味に問題があったと思っているのだろうか。
「お母さんの味がした」
「……っ」
よく覚えている。昔、私が食べた母親の作った料理の味。姉の作ったモノはよく似ている。だから喉を通るほど、嫌な記憶がよみがえるようだった。
「ねえ、お姉ちゃん。私、お母さんのこと大嫌い」
「どうして……?」
「お姉ちゃんとよく似てるから」
姉の手からパンの袋が抜け落ちた。
「アイ。私はママとは違う」
「違うから何?私が嫌いなのは、お姉ちゃんだよ」
「ううん。アイはママのことだけは嫌わないで」
何故、自分ではなく母親のことを庇うのか。
「どういうこと?」
「ママは……寂しがるから」
私は姉が真実を隠したことに気づいた。わざわざ隠すということは、簡単に口にするような内容じゃないとわかった。
もう少し責めたら、姉が口を割る可能性もあったけど。母親の話をあまり聞きたくないという、私の思考が追求を止めてしまう。
「ほら、食べなよ」
私は地面に落ちたパンの袋を拾い上げる。幸い中身のパンは無事。姉が食べやすようにちぎって、口元に近づける。
「……っ」
しかし、姉は想像よりも口を開けて、私の指に噛み付いた。引っ込み損ねた人差し指を噛まれ、強引に引き抜こうとした。
「気持ち悪い……」
案外簡単に抜けた。どうやら、本気で噛み付いたわけじゃなさそうだけど、指に付いた姉の唾液が私を不快な気分にさせる。
「びっくりした?」
「スッポンに襲われた気分」
姉の唾液。制服で拭いてもいいけど、なんだが汚く感じる。姉の制服に擦り付けようとすれば、姉は思いっきり逃げて行った。
その姿を見て、私もやけになった。立ち上がって、逃げた姉を追い回す。無駄に屋上が広いせいで二人で駆け回るけど、本気で追いかけた私は姉の背中に届いた。
「掴まえ……わっ!」
「アイ!」
姉を捕まえた時、バランスを崩した。そのまま二人で倒れ込むようにして地面に転がった。
「……空が青い」
私の視界には雲一つない青空が広がっていた。胸に重みを感じるのは、咄嗟に姉を庇ったから。私の上に姉が倒れている。
「ごめんね」
「なんで謝るの?」
「こんな。つもりじゃなかった」
「別にいい。怪我もしてないし」
久しぶりに全力で走ったせいで、少し疲れた。私は手を動かして、姉の頭に触る。髪を撫でるわけでもなく、ただ時間が過ぎることを待っていた。
「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「午後の授業。サボろうよ」
姉が顔を向けてくる。
「うん」
「……冗談だってば」
私は姉を乗せたまま体を起こす。姉もそれに合わせて起き上がってくれたから、そこまで重くはなかった。
姉の顔が私の目の前にある。触れたところから姉の熱が伝わる。重みが、姉の存在を強調する。なのに、私はどうしようもなく、姉のことが嫌いだった。
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