第13話。愛と母親
「あれ……」
目を覚ますと、隣で姉が眠っていた。
「……っ、そうだ。私の家じゃないのか」
昨日、私達が母親の家に泊まったことを思い出した。姉に押し切られて一緒の布団で眠ることになったけど、以前よりも私の中にある不快な感覚が小さくなっていた。
「お姉ちゃん……」
今まで我慢していたモノを全部、姉に吐き出してしまった。今になって少し後悔しているけど、割り切るしかなかった。
ケータイを手に取り、時間を確認してみるといつもより少しだけ早い時間に目を覚ましたみたいだった。だけど、問題はケータイにメールが届いていたことだった。
「メール……誰からだろ」
メールを確認すると、差出人は
内容は盗撮に関するものだった。ネットに載っていた写真から、関係のありそうな人間を見つけ出したようだ。
「あ……」
私は急激な恐怖に襲われた。
彩葉から指定されたサイトを開いて確認した。そこにはお店のことが書かれていて、同時にサイトに書き込まれた内容に既視感があった。
私は急いで、店長に電話をした。
緊急時に直接かけるために店長から番号を教えて貰っていた。
「……はい。もしもし」
店長は寝起きなのか、起こしてしまったことに罪悪感を覚えならがも。伝えるべき言葉を考え出していた。
「店長。お店で盗撮していた人がわかりました」
「誰?」
「……いつも私が居る時に来るお客さんです」
盗撮犯はスリルを楽しんでいたわけじゃない。私以外の従業員を辞めさせる為に盗撮をして嫌がらせをしていた。
だけど、本当の問題はそこじゃない。もし、その人間が危険人物であると判断するなら。私は気づいてしまった。
「昨日……その人に襲われました」
間違いなかった。
あの男の体つきや声で気づけるはずだった。私が狙われたのは偶然なんかじゃない。あれは、初めから私だけを狙っていた。
「そう」
急な話で、納得してもらえるとは思わない。
「アイさんはしばらく休みなさい」
「でも、お店が……」
「今は無理な状況だと、理解して。出来るかぎり対応はするから、今は、ね」
店長にさとされてしまった。私の考えが足りなかったのか、冷静になればあの男に鉢合わせる方が危険だ。
「わかりました」
通話を終わらせて、私は自分の腕に触る。
まだ体の震えが止まらない。きっと声にも出ていた。刻まれた恐怖は簡単には消えてくれなかった。
「アイ」
背後から伸びてきた腕が、抱き寄せてきた。
「お姉ちゃん……」
「私が。いるよ」
「別に……平気……」
言葉とはうらはらに私は体を動かして、姉に抱きついていた。今の私には姉がいないと駄目だった。
もう一度だけ、私と姉は一緒に眠る。
「じゃーん。朝ごはんよ」
次に目を覚ました時、リビングに足を運ぶと母親が料理を作っていた。既に食卓にはオムライスや目玉焼き、卵焼きにスクランブルエッグ。卵料理が並べられていた。
「離婚の原因って、これじゃないの?」
「あら酷いわ。あの人は卵料理が大好きよ」
どことなく、お母さんと店長の雰囲気が似ているせいで気軽に話しかけてしまった。なんだか今さら過去のことを私だけが引きずってみたいで、バカバカしくなる。
姉はまだ眠っていたし、母親と二人だけで話す時間は残っている。だから、聞きたいことを質問することにした。
「ねえ、お母さん。なんでお父さんと離婚なんてしたの?」
ずっと聞いてみたかっことだ。
それが原因で私と姉は喧嘩を続けていた。
「離婚なんてしてないわよ」
「は?」
母親の言葉に理解が追いつかない。
「今は別居中ってだけよ」
「いやいやいや、待ってよ。だって、最近まで街から離れてたよね?」
「あーそれはあの子と二人で旅をしてたから」
「えー……」
そんな単純な話だったのか。両親は離婚をしていたわけじゃなくて、別々に暮らしていただけ。
「思ったより旅が長引いちゃったから。今はこれからどうするか話し合いしてるのよ」
「じゃあ、そのうち一緒に暮らすってこと?」
「ええ。そうよ」
私は頭を抱えてしまった。過去のすべてが意味を失ってしまうような、重大な事実だった。
「幼い頃の私のトラウマって……」
「ごめんなさいね。ずっと、寂しい思いをさせたみたいで」
母親が私に近づき、頭を抱き寄せてきた。
「ねぇ。どうして、お母さんはお姉ちゃんと二人だけで旅に行ったの?」
「覚えてないの?本当はアナタとあの子の二人を連れて行く予定だったのよ。だけど、遠くに行くのがわかったアナタは、物凄く反対をしてた」
つまり、それを私が離婚したと勘違いした。
「最悪……」
「ふふ。若気の至りね」
「若いって言うか、まだ子供だったし……」
「今でも十分。アナタは子供よ」
母親はずっと私のことを抱きしめていた。
結局のところ母親と姉。私が二人を嫌う原因が何もかも無くなってしまって、これからどう接すればいいかわからなくなった。
「わたしのこと、嫌い?」
「……嫌いじゃないってば」
「じゃあ、あの子のことは?」
好きだとは言わなかった。ただ、今なら姉妹としてなら、仲良くしてもいいと思った。
「……私、ずっとお姉ちゃんのことが嫌いだった。お姉ちゃんがお母さんと一緒に家を出て行ってから、私は二人のことが嫌いになった」
「ごめんなさい。本当はアナタ達が望まないのなら、そのまま離婚する考えだったのよ」
「どういうこと?」
「先に子供同士で会わせたのは、お互いの意志を確認させるためなのよ。もし、二人が仲良く出来なかったら、わたしはあの子を連れて街を出て行くつもりだった」
つまり、もし私が本気で姉を拒絶していたら。二度と会うことが出来なくなっていたということ。
だけど、二人が喧嘩する理由なんて。
初めからなかった。
「お母さん。お姉ちゃんのこと起こしてくる」
「行ってらっしゃい」
私は椅子から立ち上がり、姉の部屋まで走って行った。扉を開けると、布団の上でぼーっとしている姉がいた。
「アイ。どうしたの?」
「お姉ちゃん……私……」
初めから私は勘違いをしていた。
母親と姉は私と父親を捨てたと思っていた。
だけど、まだ私達は家族のままだった。
「お姉ちゃんに謝らないと……」
私は姉に近づいて、その体を抱きしめた。
「お姉ちゃん、ごめん……私、ずっと勘違いしてた。お姉ちゃんとお母さんが……私達のこと捨てたと思っていたから……ずっと、恨んでた……」
姉が私の体を抱きしめてくる。
「いいよ。全然。気にしてない」
「でも、私、お姉ちゃんに酷いことたくさん言ったんだよ。お姉ちゃんは何にも悪くないのに……」
「ううん。私も悪いから。アイを一人にして。傍にいてあげられなくて。ごめんね」
もう、姉のことを離したくない。このまま二人で溶けてしまいたい。体も心もさらけ出して、すべてを無かったことにしたい。
姉も私と同じことを考えているのか、ただ強く抱きしめてくれる。私と姉、双子として生まれた時から別々の人間だけど。今なら一つにも戻れそうな気がしていた。
「ふふ。仲直りが出来てよかったわ」
その声で思考が正常に戻る。母親のことをすっかり忘れてしまっていた。
「ママ。邪魔しないで」
珍しく、姉がハッキリ感情をむき出しにしていた。
私も邪魔されたのは気に入らないけど、母親が姿を見せた理由にも察しがつく。だから、責める気にはなれなかった。
「別に姉妹でイチャイチャするのは構わないのだけど。朝ごはんが冷めてしまうわ。冷たいご飯が食べたいのなら、邪魔しないのだけど」
母親の言うことはもっともだった。
「お姉ちゃん。ご飯食べよ」
「でも」
「私、お腹空いてるんだけど」
「わかった」
私と姉は離れた。いつも以上に相手の熱を失うことに寂しさを感じながらも、私と姉は朝食を食べることにした。
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