第3話。愛と彩葉

 バイトが終わった後に楓奏かなでと遊んでいたら、すっかり日が暮れてしまった。特に急いで帰る理由もないけど、明日も学校があるから一人で寄り道はせずに家に帰ることにした。


 近道の公園。公園を通り抜けようとすると、見覚えのある制服を着た女の子が、ベンチの上で膝を抱えて座っていた。


「……っ」


 それなりに見ていたせいで、一瞬彼女と目が合った。咄嗟に顔を逸らしたのは失敗だろうか。もう一度確認をした時には、彼女が小さな笑顔を私に向けていた。


 仕方なく、私は彼女に近づいた。


「こんばんは。先輩」


 一年生だろうか。私が二年生だと知らないはずだけど、適当を言った様子はない。そういえば、ウチの制服はよく見れば学年がわかるんだっけ。


「こんな夜に何してるの?」


「それを先輩が聞きますか?」


「私は友達と遊び回ってただけ」


「ふーん。私とは違うんですね」


 彼女は脚を下ろした。


「初めまして。私は一年生の藤咲ふじさき 彩葉いろはです。気軽に彩葉と呼んでください」


「二年生の奈々晞アイ。名前は適当に呼んでもらっていい」


 彩葉を見下ろし続けるのはあまり気分はよくない。私は話を続ける為にも彩葉の隣に座ることにした。


「アイ先輩は悩みってありますか?」


「色々あるけど」


「もしよかったら、私の相談に乗ってくれませんか?」


 今日知り合ったばかりの人間に相談するようなことだろうか。私が他人の悩みを解決出来るとは思わないけど。


「聞くだけなら」


「それで十分です」


 彩葉は鞄の中から取り出したケータイを見せてくる。今も更新され続ける画面。それは数人の人間が暴言を吐き出して、喧嘩をしているやり取りだった。


「待って。どういうこと?」


 少しだけ彩葉が黙ると。


「この人達と私は身体を重ねました」


「は……?」


 ケータイの画面には仲良しグループと書かれているけど、どう見ても修羅場というか。一人の女の子を取り合いして醜い争いが起こっている。


「それは別に問題はないですけど。この内の一人が彼女持ちだったらしくて、今、家の前で彼女さんに待たれています」


「だから、こんなところに……」


 別に生き方は人の自由だから否定する気はないけど。明らかに彩葉の行動に問題があるように思えてしまう。


「どうしたら、いいと思いますか?」


「素直に謝れば」


「アナタの彼氏を誘惑してごめんなさい。って謝ればいいですか?」


「あー……それはやめたほうがいいかな」


 一回くらい殴られた方が、対応も楽だけど。相手の怒り方次第で、彩葉が深く傷つけられる可能性もあった。


「でも、彼女がいるのに他の女に手を出す男にも問題あると思うけど」


「まあ、あの時は二人っきり……いえ、何も」


 彩葉は中々の悪女ではないだろうか。彩葉と出会い方が違っていれば、味方するのは難しそうな性格をしている。


「彩葉は、どうしたいの?」


「とりあえずは今晩の寝床が欲しいです」


「もしかして、彩葉。誰かに拾われるの待ってた?」


 彩葉が顔を逸らした。


「こんな人間、気持ち悪いですよね」


 その言葉は、あの男達が吐き出している暴言と同じモノだ。気持ちの悪い女。誰とでも寝る女。色々な悪口が彩葉に向けられている。


「よく、わからない」


 私は彩葉に手を差し出した。


「でも、彩葉の生き方は否定しない」


「アイ先輩……?」


「一晩だけ泊めてもいい。その後、ちゃんと問題と向き合うならだけど」


「厳しい条件ですね……」


 彩葉が断るならそれでもよかった。だけど、彩葉は私の手を握り返してきた。


「アイ先輩に拾われます」


 今日、私が拾ったのは野良猫ではなく、同じ学校の女の子だった。




「へーここがアイ先輩の部屋ですか」


 彩葉をマンションまで連れて帰ってきた。念の為に彩葉には家族に連絡をさせたけど、泊まっても問題はないようだ。


「適当に座って」


 私は帰りに買ってきた弁当の袋をテーブルに置いた。


 彩葉はベッドに腰を下ろして、部屋の見回していた。


「アイ先輩。ぬいぐるみ好きなんですか?」


「それ、ゲーセンの景品。欲しいならあげる」


「あーそういう感じですか」


 彩葉はクマのぬいぐるみを抱きかえる。


「アイ先輩の匂い」


 私が消臭剤のスプレーを彩葉にかけようとしたら止められた。それでも周りには一応かけておくことにした。


「はい、彩葉の分」


 今日の晩御飯はコンビニの弁当。昨日も、その前も弁当。家で料理をすることなんて滅多になかった。


「アイ先輩って、一人暮らしでもしているんですか?」


「ううん。お父さんと二人で暮らしてるよ」


 彩葉と一緒に弁当を食べながら、適当な会話をする。


「母親はいない感じですか?」


「うん。ずっと前に離婚してるから」


 特に隠すようなことじゃないけど、話題に出すと気にする人間がいることも知っている。でも、色々と悩みを抱えてそうな彩葉になら話してもいいと思えた。


「羨ましいですね」


「羨ましい……?」


 母親がいないことを羨むとは思わなかった。


「私の両親は良くも悪くも、普通の人です。娘が夜遊びをしていたら心配をして、将来についても考えてくれている。でも、普通だから、普通じゃない私とはズレがあるんです」


「……彩葉のそれって生まれつき?」


「どうでしょうね。少なくとも、私の兄と姉は両親の望まない道を選びました。普通の家族の中に普通じゃない人間が二人もいた。だから、私も普通にはなれないと思います」


 それは彩葉の勝手な思い込みではないのだろうか。だけど、先を進む兄や姉が示した道に彩葉が共感するのなら、言ってることは間違いではないのかもしれない。


「彩葉……私にとって、母親がいないことが普通なんだよ。もしも、彩葉に家族がいなかったとしても、そこに自分と同じズレを感じることは出来ないと思う」


 彩葉が目を伏せる。


「そうですか……そうですよね……」


「彩葉は自分に共感してくれる人が欲しいの?」


「今は共感ではなく、お互いの傷を舐めあえればそれでいいです。誰かを拠り所にするほど、私は他人を信じられません」


 だから、彩葉は誰彼構わず肌を重ねていると言うのだろうか。その行為が彩葉の傷ついた心を癒すというのなら、私には彩葉を助けることは出来なかった。


 私は自分の心さえも、癒せないと言うのに。




 弁当を食べた後、シャワーを浴びてから眠ることにした。


 彩葉を床で寝せるわけにもいかず、私のベッドで一緒に寝ることにした。


 二人で寝ることに不安もあるけど、そんな心配をするなら最初から拾ってこなければよかった。何が起きても自分の責任だと考え、彩葉を隣で眠らせる。


「アイ先輩」


 電気を消してから、僅かな時間が経った時。背後から伸びてきた彩葉の手が、私の体を這うように触れてきた。


「私、女の子同士も体験してみたいです」


 彩葉の言葉の意味なら理解出来る。わざわざ事前に確認を取るだけ、彩葉には常識があるのだと思えた。


「そう。なら、私以外に頼んでみたら」


「私はアイ先輩がいいです」


 私は彩葉の手を握った。ただ、握るだけじゃなくて、力を入れて潰す。痛みを与えることが目的で怪我をさせるつもりはない。


「彩葉。私は軽々しく許すつもりはない。もし、私の言っていることが理解出来ないなら、今すぐ家から出て行って」


 ゆっくりと彩葉が手を引っ込めた。


「夜は寒くて嫌ですから」


 後ろから動く音が聞こる。顔を動かして見てみれば、彩葉は私に背を向けていた。


 元々、二人で寝れる広さはないから、体の力を抜けば自然と自分の背中が彩葉の背中と触れ合った。


「おやすみ。彩葉」


「はい。おやすみなさい」


 誰かと一緒に寝るのは久しぶりな気がする。楓奏とは時々、寝転がったりもするけど。夜を共に過ごすのは違う感覚だった。


「寒い……」


 背中越しに彩葉の熱が伝わる。


 なのに。


 この寒さは、いまだに消えてはくれない。

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