第10話。愛と運動
「アイちゃん」
体育の授業中。体育館の隅で一人座り込んでいると、
「あれ、凄いね」
「セクハラ?」
「いやいや、違うって」
体調不良で休んでいる私と堂々とサボっている楓奏。それ以外の生徒は真面目に体育の授業を受けている。
今、行われているのはバスケだ。他のクラスも一緒に合同でやっているから、いつもと違う顔ぶれもあった。
「アイちゃんのお姉さん、バスケ部相手に張り合ってるけど」
「まあ、運動は得意みたいだし」
「勉強も出来るって聞いたけど」
「その結果、他のモノを色々放棄してる」
姉が街に戻ってきてから、約一ヶ月が過ぎた。
いまだに姉に友達が出来たという話を聞かなかった。何故、いまだに姉が孤立しているのかわからないけど、私が口出しする気はなかった。
「それって、ウチらのこと?あはは」
「私達、運動も勉強も出来ないじゃん……」
「マジトーンで言うのやめてよ。ガラス製の乙女チックなハートが傷ついちゃう」
「楓奏、なんか今日テンションおかしくない?」
楓奏が少し考え込むような顔をする。
「彼氏と別れた」
「どうして?」
「なんか、別の子が好きになったって」
楓奏は上手くやっていると思ったのに。
「……慰めてほしいの?」
「うーん。ちょっとだけ」
楓奏の顔が私の顔に近づいてくる。絶対、キスしないとわかってるからこそ、楓奏の顔を眺めていると。近くの壁に何かがぶつかる音が聞こえた。
壁に当たり、地面を転がっていくボール。私達のいる場所にボールが飛んでくるとしたら、直接狙うくらいしかなかった。
「アイちゃんのお姉さんにめっちゃくちゃ睨まれてる気がするんだけど」
「睨まれてないよ。あれは怒ってるだけ」
「へーお姉さん怒ったりするんだ」
「あれでも人間だからね」
しばらく、楓奏と話していると試合をする人間が入れ替わった。姉が私達に近づいてくるけど、途中で見知らぬ女の子達に囲まれていた。
「お姉さんモテモテだね」
「部活にでも勧誘されてるんじゃない?」
「ふーん。彼女も青春の犠牲者になるのかな」
「青春は悪いことじゃないでしょ。ただ、適応出来ない人間が嫉妬するだけで、人によっては価値があるし」
楓奏がわざとらしく笑う。
「アイちゃん、気をつけたほうがいいよ」
「何が?」
「アイちゃんは嫉妬する側だから」
楓奏が立ち上がり、何処かに行こうとする。
「トイレ?」
「保健室で少し寝る。今日は寝不足だから」
「ケータイで起こした方がいい?」
「いや、先生に頼むから大丈夫」
何故、急に楓奏が逃げたのか。それは姉が私のところに来たからだ。少し距離を置いて、姉は隣に座った。
「お姉ちゃん。どういうつもり?」
「知らない」
「楓奏に余計なことしないで」
もし、楓奏が姉に傷つけられたら。私はきっと楓奏の為に姉を傷つけてしまう。私の中で姉よりも楓奏の方が大切な存在だった。
「あの子のこと。好き?」
「世界で一番大好き」
「嘘」
姉は私の嘘を何処まで見抜けるのだろう。
「私と楓奏は付き合ってるから」
試すように口にした言葉。
「嘘。やめて」
「なんで、嘘ってわかるの?」
「アイが自分の好きな人と。付き合うわけない」
「……っ」
確かに私は自分の感情に対して、一つの感覚がある。それは好意を持った相手には幸せになってほしいという自己満足のような思考。きっと、恋愛だろうと同じ感覚を当てはめてしまう。
そして、誰かを幸せにする役割を果たすのは自分ではない。もっと相手には相応しい人間が他にいるのではないかと考えてしまう。
「うん、全部嘘だよ」
楓奏をダシに使ったみたいになったけど、きっと本人は気にしない。ただ、姉が私の嘘を見抜けるのはあくまでも私の考え方を知っているからだ。
本当の嘘は流石に見抜けないと思いたい。
姉は納得したのか、私の隣に座ってきた。鬱陶しいから離れようとしたら、服を引っ張られて止められる。
いくら私と姉が関わらないようにしてると言っても、時間が経てば双子の姉妹であることは周りに知れ渡る。
結局、どれだけ距離を置いても、私達は同じ場所に並んでしまう。そうして、私と姉はわかりやすく比べられるだろう。
優れた姉とは違って、妹の方は出来損ないだと。
「アイ。参加しないの?」
「運動は嫌いだから」
「わざわざ着替えてるのに?」
「体調不良」
本当は楓奏と一緒にサボるつもりだったけど、先生に捕まった。見学だけでもいいと言われ、周りの視線も気にせず堂々と見学していた。
「なに?」
姉が私の前髪に触れ、そのままお互いのデコを触れ合わせる。姉の体温が上がっているのか、わずかに香る、汗の匂い。
「熱っぽい?」
「お姉ちゃんの体温が高いだけでしょ」
私は姉を押し戻した。だけど、すぐに姉が顔を近づけてきた。
「アイ。ひんやりしてる」
姉が私の腕を掴んで自らの頬に当てる。その無邪気にも見える姉の行動に私は苛立ちを覚えてしまう。
「あのさ、やりすぎ」
「何も。悪いことしてない」
「人前じゃなかったら、殴ってる」
すぐに姉が離れた。私が冗談を言っていないことを察したのか、最初よりも少しだけ離れていた。
姉は昔の関係に戻ろうとしている。お互いの間に何も壁の無い仲良し姉妹。だけど、それは姉が勝手に納得しようとしているだけ。
まだ私の心は晴れてはいない。
「お姉ちゃん。本当に嫌い」
私は姉に聞こえるように言葉を口にした。
「嫌われたままは。辛い」
「ずっと苦しめばいいよ」
「……アイのいじわる」
また少しだけ、お互いの心が離れていく。
このままずっと遠くにいけばいい。
「アイ!危ない!」
「……っ」
突然、姉が飛びついてきた。そのまま二人で地面に倒れてしまい、私が姉に押し倒されたような体勢になっていた。
姉に名前を呼ばれた時、ボールが飛んできていた気もする。適当に飛んできたボールなんてたかが知れてる。だから、気にもしなかったのに、姉が私に飛び込んできたせいで痛かった。
「……」
きっと、私は不機嫌な顔をしていた。
私を見下ろす姉の顔が今にも泣き出しそうだった。
でも、思い返せば、私が姉と再会してから一度も泣いている姿を見たことがない。昔は泣き虫で、わがままで、姉らしさなんてなかったのに。
「邪魔なんだけど」
「アイ。ごめんなさい」
姉は私の体から離れた。今度は本当に落ち込んでいるのか、そのまま立ち上がって遠くの方まで歩いて行ってしまった。
「別に守ってもらう必要なんてなかったのに」
誰に聞かせるわけでもない独り言。
それをかき消すように授業が終わった。私は姉と一緒にならないように先に体育館から出て行くことにした。
姉も反省をしているのか、わざわざ私の後を追って来るようなこともなかった。
「あ、忘れてた」
体育館から教室に戻る途中で体操服のポケットに入れていたケータイが振動していた。運動するつもりもなかったから入れっぱなしだった。
ケータイを取り出して確認をすると、メールが届いていた。メールの送り主は
「カラオケ、か……」
鈴佳からメールでカラオケに誘われた。今日は私と鈴佳が揃ってバイトが休みだから。タイミング的にはちょうどいい。
楓奏はバイトだから、誘うことも出来ないし。彩葉は誘っても気を使わせてしまう。姉とは少し前に行ったばかりだから、結局は鈴佳と二人きりになる。
そもそも、これは鈴佳が二人で遊びに行くという目的があってのこと。他の人を誘うは間違いだった。
「まあ、いっか」
放課後に鈴佳とカラオケに行くことにした。
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