4.レイラとフェニックス

まずレイラたちは長瀞の都幾川家へ向かった。


何処にでもある住宅街にあるどこにでもありそうな一軒家。レイラはインターフォンを鳴らしたが中からの反応は無く、誰かが居る様子もなかった。ニューヨークで愛子と再会したものの、それ以降は連絡を取ることが出来なくなっている。


仕方なく立ち去るレイラたちだったが、そのとき二階からこっそり見つめる赤音の兄、蒼志の姿があった。しかしその存在にレイラは気づかず、同じアンドロイドのガイアだけが微かにそれを感じていた。ガイアはあえてそのことには触れず、何事も無かったかのようにレイラと共にその場を後にした。


 次にレイラとガイアは神奈川県の箱根町にある大涌谷おおわくだにへ向かった。


箱根は赤音がペンダントを手に入れた場所でもあったが、かつてレイラの父、ケインと母のサーニャが訪れた場所でもあった。レイラが昔から見続けている写真の一枚に映し出されていた場所、それが大涌谷だった。


富士山の噴火以降、箱根全体の景色はだいぶ変わっていて、その場所にあった建物はほとんどなく、新たに建設されていた。しかし両親が記念撮影した場所はかろうじて残っいて、傾斜になっているその場所は原泉が噴き出るエリア。その場所はより一層強い硫黄の臭いが漂っている。


「ひどい臭いだな」

ガイアが眉をひそめる。


「ここだわ!」

写真とその場所を何度も照らし合わせて、レイラは純粋に喜んだ。そして、その場で強く漂う硫黄の臭いを深くゆっくり吸い込んだ。

「温泉の臭いって何処か懐かしさを感じるわ」

そう言ってレイラは少し微笑むと突然その場に倒れこんだ。喉の辺りが熱くなり、強い痛みと鼓動が何度も心臓を駆け巡る。


「レイラっ!」

ガイアは急に苦しみだしたレイラを直ぐに抱きかかえると、その場から慌てて近くの診療所へ向かった。

ガイアは診療所の入口を豪快に開けると「急患です!」と大声で叫び、ずかずかと中を進んだ。

「ドクター!ドクター!」


「どうされましたか?」ナースが慌てて奥の診察室から駆け寄ってきた。


「原因はわからないが、源泉の湯煙をたくさん吸って中毒にでもなったのではないかと思う。とにかく、目の前でいきなり倒れて苦しみ、すぐに気を失ったんだ」

慌てながらガイアは状況をナースに説明した。


「・・・すぐに見ましょう」

診療室と書いてある部屋の扉は開いていて、中の老医師が声をかけた。


「皆さん、急患なので少しお時間下さいね」

老医師は順番待ちをしている三人の老婆たちにそう声をかけると、レイラを抱えたガイアを中に通した。そしてガイアに状況を確認すると、ガイアも外に出し、触診を始めた。

ガイアは待合室でひたすら立ち尽くしていた。他の患者たちはこの診療所の常連らしく、世間話で和気藹々と時間を潰していた。そしてそれから一時間後、診察室から老医師がガイアを呼んだ。


「火山性ガス中毒だね。解毒の注射は打っておいたから、今日は入院して行くと良いでしょう。あなたは明日の朝にでも迎えに来てください」


「ありがとうございます!」

ガイアは老医師の手を取り感謝を伝えると、寝ているレイラの頬を一度触り、その場を後にした。


翌日、レイラは目を覚ますと、真っ白なベッドの上にいた。意識はまだ朦朧もうろうとしていた。大涌谷で倒れる直後の記憶までしかなかった為、一瞬困惑した。


― 何故ベッドの上にいるのだろう。


「おはよう。レイラ」

何処からか聞き覚えがある声の男がレイラに話しかけた。


「ここは・・・?」

力ない声でレイラは男に問いかけた。


「ここか?ここはニュー・ライフ・ラボラトリーのフェニックス研究所だ。懐かしいだろう?」

男はレイラの真横に立ちそう言った。男は六十歳前後といった感じで額は頭頂部辺りまで禿げ上がり、残った髪は白髪と黒髪が入り混じっていた。髭を鼻の下に生やし、いかにも研究者といった出で立ちだった。


男のその“懐かしい”と言う言葉にレイラが微かに感じていた予感が的中した。そう、レイラはかつてここにいた。どこかで聞き覚えのあるその男の声に、微かにだが遠い過去の記憶がよみがえる。正直それが本当の記憶なのかも定かではないが、少なくともこの男とは初対面ではない気がした。危機を感じたレイラは慌てて体を起こそうとし、そこで両手両足に違和感を覚えた。


自分の体はベッドではなく診察台の上あり、両手両足首を固い鉄の装具で固定されていた。服も私服から病人用の患者衣に着替えさせられている。


動揺しているレイラに男は話を続けた。


「私は所長の五所川原ごしょがわら實満さねみつだ。ここはかつて君もいたことがあるのだよ。君が大切そうにしている首飾りは発信機になっていてね・・・。君の興味をそそるデザインになっているだろう。全ては私の計算通り。都幾川赤音君がそれを購入したことも、それを君が手にしたことも、ここにやってきたことも、気を失って診察所に運ばれたことも全て、全て私の計算通り」

そう言って五所川原はいやらしく微笑んだ。


「くそ!お前が赤音を殺したのか⁉」

レイラは五所川原に飛びかかろうとしたが、両手両足が固定されていて動くことはできない。


「殺した?それはイエスともノーとも言える。そんなこと一言では言い表せないさ。いや、なに、どのみち今から起こる現実に、君が動揺することは間違いない。そのために体を固定させてもらったのだから。話はこれからゆっくりしようじゃないか」

五所川原はそう言うと、目の前のスイッチを押した。するとレイラの診察台は機械音と共に前に起き、レイラは立ったような状態で正面の壁を見つめる格好となった。


「さあ、レイラ、本当のお母さんと再開だよ」


次の瞬間、目の前の壁がゆっくりと左右に開き、ガラス越しに信じがたい光景が現れた。


それは、心の動揺なんてものでは表せないほどの衝撃だった。


きっと夢の中なのだろうと思わずにはいられなかった。


「回線つないでくれ」

五所川原がそう言うと、ガラスの向こう側の音がこちら側に聞こえてきた。


“ピン・・・。ピン・・・”心電図であろう音が聞こえる。


「シュー。シュー」

その呼吸の音だろうか。静かな吐息が聞こえる。


「フェニックス・・・」


そうつぶやいたレイラの目の前にいるのは、いつしか夢で見た赤くて大きな鳥、フェニックスだった。


真紅の羽毛で覆われたその体の高さは6,7メートルくらいだろうか。


翼を横に広げたならばかなりの大きさだろうけれど、その翼の先は飛べない様に切り取られ、返しが付いた大きな針で吊り上げられていた。


首や足首にはかせがはめられ、翼の先や体のいたるところから太い透明の管で血液が採取されていた。


よく見ると、体の至る所の肉をそがれているようだった。


口には呼吸器が固定され、開いているのかわからない虚ろな目からは光を感じることはできない。


― それはレイラが夢で見ていたフェニックスの姿だった。


「ひどい・・・」

レイラの口からはそれを悲しむ言葉がこぼれた。


「わかるよ。わかるよ。けれど、これは全人類の為なんだよ。君も知っているだろう?不死鳥の伝説を。それがここにある。永遠の命。それが我々人類にもたらされるかもしれない。永遠の夢が手に入るかもしれないんだ」


「だからってやっていいことと悪いことがあるわ」


「おや?やはり君は何も聞かされていなかったんだね。君は約二十四年前、私たちの手によってここで作られたんだよ。君の父親は鹿留ししどめ あきら、おっと、彼はアメリカではケイン・アキラ・バードと名乗っていたね。そして母親はサーニャ。ナターシャ・ナタリー・シェフソフスキではない・・・。そうこのフェニックス!この鳥が君の母だ!」


レイラは物凄い衝撃を受けたが同時に納得もした。確かに母、サーニャの髪は自分と同じように赤かったけれど、それ以外の体毛は赤くはなかったし、髪をあえて赤く染めていることは成長するにつれ理解できた。それに自分とサーニャには似ているパーツが何一つなかった。


何より自分がタマゴを生む体質が不可解だった。人間の月経について母から聞いた話と自分に起こるそれは違い、むしろ鳥のようだと感じていた。しかしそれが、この不死鳥が母親であることで納得がいく。


「君は私が思ったよりも真実を知らないらしい・・・。まあ、あいつらしい手段だ。君は真実を知るべきだ。君はフェニックスと不死鳥研究に携わっていた男、鹿留の間に生まれた子供なんだよ。実験的に鹿留の遺伝子と、不死鳥の遺伝子を合わせて誕生させられた、いわば人造人間なのだよ。サーニャが代理出産をしてね。実験成功後、私情が膨れ上がった鹿留とサーニャはフェニックスの子である君を抱えて研究所を脱走した。そして二人はアメリカで名前を変え、結婚。サーニャは君の為にわざわざ金髪の地毛を赤色に染め、自分の子どもとして育て上げた。そして君は成長した訳だ。

ただ、彼らの誤算は君が父の出身国である日本に興味を抱いてしまったこと。君は大学に進学すると、日本への留学を決意し、親の猛反対を押し切ってかつて父の親友だった都幾川勝の家へホームステイをした。そして都幾川の家では同じ年齢の娘、赤音と親友となった。」


「なぜ、そこまで私のことを知っているの?それに両親のことだって、今は何処にいるの?」

レイラは酷く驚いた様子で五所川原に問う。


「君の父は大胆な行動をとったけれど、安易すぎる。外国に行けば、我々が見逃すとでも思ったのだろうな。甘い・・・。私たちはずっと君たちを監視し、この時をずーっと待っていた。ホームステイ先だって私が操作してそうなったことくらい今ならわかるだろ?どうだね、フェニックスについて、もっと知りたいかね?」

五所川原が得意気な笑みを浮かべながらレイラに問いかけた。


「・・・知りたいわ」

レイラは悔しさを噛みしめそう言った。全てこの五所川原の手のひらの上で踊らされていたかのような自分自身の人生。行方不明の両親だったが、自身の動向を知っていたかのような五所川原の言い草。赤音の家族も含め、多くの謎が頭の中を駆け巡る。レイラは自分の存在理由も含め憎しみに溺れそうになったが、今は何もできないことを冷静に受け止めていた。


不死鳥伝説については、火の鳥だとか死なないことだとか、血を飲めば永遠の命が手に入るなんてことは聞いたことがあったが、真実については何も知らない。とにかく謎だらけの自分の人生を解明したい気持ちに偽りはなかった。


― 五所川原は語った。


「二十八年前、富士山が噴火した時、我々は二羽のフェニックスの子供を富士山の噴火口で発見し、捕獲した。そしてその後、不死鳥について研究を重ねてきた。一羽はフェニックスへの知識があまりになかったために、死なせてしまった。しかしもう一羽は実験データを元に、生命維持に成功している。

フェニックスは、活動中の火山の火口にのみ生息する火の実を摂取することで、永遠に生き長らえることができることがわかった。ただし、火の実を食べ続けなければ、二、三十年で死んでしまう」


五所川原はフェニックスの話をし終わると憐れむような顔でこう続けた。


「レイラ、君も火の実を摂取し続けなければ、あと数年足らずで死を迎えるだろう」


そう言われるとレイラは無言で固唾を呑んだ。あまりに多い情報が頭の中にいきなり押し寄せたため混乱していた。


五所川原は白衣のポケットから何かを出し、それをレイラに差し出した。

「これは火の実の錠剤だよ。これを一週間に一回飲むといい。私の実験から出した推測だがね。ここにいるフェニックスにも一週間に一回、火の実の成分を投与している。正直、君以降でフェニックスと人間との間に子どもができた例もない。私は君が連れ出される前までのデータでこの実験結果に至っている。どうだいレイラ、これは君の為でもある。これから実験に協力してくれないか?そうすれば、もっと秘密を教えよう。薬も無償であげよう。そしてその枷もといてあげよう」


「・・・わかりました」

レイラは半ばあきらめた感じでそう言った。


「いい子だ」

五所川原はそう言うと、レイラの口に錠剤を押し込み、水で流した。


錠剤を飲むと体の中が燃えるように熱くなってきた。火の実の作用、自身は父とフェニックスの遺伝子によって生まれた人造人間だという事実。アメリカの両親は無事なのか。赤音は本当に研究所の連中によって殺されたのか。都幾川家の人たちは何処に行ってしまったのか・・・・。


胸の奥に詰まっていた想いがまるで走馬灯のように頭の中をぐるぐる廻る。


そして体内はますます熱くなっていく。体が痙攣しだし、湯気を発し始めている。


「ん?レイラ?どうした?」

苦しむレイラの様子をみた五所川原がレイラの肩に手をかけた。

「熱っい!」

想像以上の温度に、五所川原はすぐに手を引っ込めた。


「アァァァー!」


猛烈な熱さを体の奥底からレイラは感じていた。

レイラはそのマグマの様な何かを体の中に感じながら叫んだ。そしてレイラの意識は飛んでいた。意識が飛ぶ瞬間、まるで体が炎で全て燃えつくされてしまうような痛覚を酷く刺激する感覚を覚えていた。


そして意識を失ったレイラはまるで違う何かに取りつかれたかのような形相で、五所川原を睨み、次の瞬間には両手両足の枷は外れていた。


レイラの体は炎に包まれていた。枷はまるでマグマで溶かされたかのようにとろけている。


「これはまずい!」

五所川原は慌ててその場から一目散に逃げ出した。


“研究所職員に告げる!緊急事態!レイラが暴走した!全員脱出せよ!”


避難を促す警報音と共に所内放送が鳴り響く。


レイラは、フェニックスが幽閉された部屋との間にあったガラス窓に近付いた。ガラスはレイラの熱でどろりと溶けた。


レイラは目の前のフェニックスへ近づいた。周りの研究所職員は慌ててレイラを制止させようとしたが、レイラに近づいた者は引火し、真っ黒こげになり床をのたうち回った。さすがの慌ただしさに目を開いたフェニックスは、レイラを視界に入れると強いまなこでレイラを見つめ、涙を流した。


そして自分の体にまとわりつく全てを一瞬で払いのけた。


レイラはそのままフェニックスの体にそっと触れた。すると次の瞬間、互いの体は光があふれ、フェニックスの傷は癒えていった。


また、それに連動するかのように、黒焦げになった研究所職員も含む部屋中にいる全員の傷はみるみる癒え、同時にフェニックスはレイラと同じように炎に包まれた。


フェニックスは口からレーザービームのように炎を天に射出し、研究所の天井を打ち破った。

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